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幻想神姫ヴァルキュリア・ミラージュ  作者: 黒陽 光
Chapter-02『新たなる神姫、深紅の力は無窮の愛が為に』
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第九章:Je t'aime plus que tout au monde.

 第九章:Je t'aime plus que tout au monde.



 ――――ウィスタリア・セイレーン、そしてガーネット・フェニックス。

 二人の神姫が三体のバンディットと繰り広げる戦いを見守りながら、戒斗とアンジェはただただ立ち尽くしていた。

「二人目の、神姫……?」

「遥さん……」

 戒斗は突如として現れた二人目の神姫、ガーネット・フェニックスを――――正体がセラだと知らぬままに見つめ、困惑していて。そしてアンジェは遠くで戦う遥を見つめながら、彼女を案じるような言葉をポツリと漏らす。

 二人の見つめる先、遥とセラの戦いは……やはり、劣勢を強いられているようだった。

 セラが増えたことで先程よりも劣勢感は拭えていたが、それでも二対三だ。数の上ではまだ遥たちの方が不利。それでも二人は三体のバンディットに対し善戦していたのだが、しかし彼女らの背中には守らねばならぬ対象が――――即ち、自分たちが居て。そのせいで遥もセラも、思うように動けないでいるようだった。

 彼女らが苦戦している原因は、何も強敵グラスホッパーの存在だけではない。その原因のひとつは、紛れもなく自分たちの存在だった。

(僕にも、遥さんたちみたいな力があれば…………)

 ――――こんなの、ただのお荷物ではないか。

 内心で呟き、そして思い。歯痒さを覚えながら胸の内で呟くアンジェは、いつしか左手の甲に妙な感触を覚え始めていた。

 それは、少し前から感じ始めていた奇妙な感触。胸の高鳴りにも似た、鼓動にも似た……静かで、確かな感触。あの耳鳴りに似た感覚と同じ頃から覚え始めていた、そんな奇妙な感覚を……今までで一番強く、アンジェは左手の甲に感じ始めていた。

「しまった――――抜けられた!!」

 アンジェがそんな感覚を覚えている間にも、隙を見てマンティスがセラの横をすり抜け、戒斗たちの方へと急接近してくる。

 恐らく、戒斗たちを先に仕留めて神姫たちを動揺させようという魂胆なのだろう。撃ちまくるストライクフォームのセラの傍をスルリとすり抜けたマンティスは、その腕の鎌を振りかぶりながら戒斗とアンジェ、二人の方に飛びかかってくる。

「やらせるわけには……!!」

 マンティスに抜けられた瞬間、咄嗟に振り返ったセラは見えたマンティスの背中に右手のガトリング機関砲を向け、その照準をピッタリと合わせはしたが。

「駄目……撃てない……っ!!」

 しかし……流れ弾がアンジェたちに当たってしまうことを恐れ、セラはガトリング機関砲の引鉄を引けない。

 実際、その判断は正しかった。

 もしセラが躊躇無く撃っていたとしたら……一分間に数千発という勢いで放たれた機関砲弾、その流れ弾がアンジェと戒斗に襲い掛かっていたことだろう。

 一見すると腰抜けのように思えるセラの判断だが、しかしその判断は間違っていなかったのだ。長い戦いの日々の中で戦闘経験を培った彼女だからこそ、今は撃たないという選択肢が取れたのだ。

 だが――――だからといって、アンジェたちに迫る危険が取り除かれたワケではない。今も尚、鎌を振りかぶったマンティスは彼女たちの方へと近づきつつある。

「いけない!」

 そんな風にセラが撃てないのを見て、遥はすぐにライトニングフォームへとフォームチェンジ。今まで持っていた左手のブレイズ・ランスを捨てると、今度は金色が差し色で入った鋭角な神姫装甲に包まれたその右手で、聖銃ライトニング・マグナムを虚空より召喚。それを構え、金色に変色した右眼で狙いを定めると……間髪入れずにマグナムから光弾を撃ち放つ。

「っ!?」

 遥がライトニング・マグナムから放った光弾は、確かにマンティスの背中を正確に撃ち貫くはずだった。

 だが――――遥の右の人差し指がマグナムの引鉄を絞る一瞬前、グラスホッパーが目の前に割り込んできて。バッと脚を振り上げたグラスホッパーが繰り出すハイキックをモロに右手へと喰らってしまい、遥は撃つ直前でその狙いを逸らされてしまっていた。

 故に、強烈な閃光とともに放たれたライトニング・マグナムの光弾は……マンティスに命中することなく、明後日の方向へと飛び。近くにあった電柱に直撃すると、それを半ばからへし折ってしまった。

 火花を散らしながら垂れていく電線と、ズドンと重い音を立てて傍の民家にめり込んでいく折れた電柱。

 それを横目に見ながら、遥は再びマグナムの狙いを定めようとしたが……しかし続けざまに鋭い蹴りを放つグラスホッパーが鬱陶しくて、マンティスに狙いを付けている暇がない。

「二人とも、逃げてっ!!」

 だから、遥に出来ることといえば、もう叫ぶことだけだった。

 しかし――――叫びながらも、遥は逃げ切れないことを察してしまっている。あの位置からでは、もうどう見たって戒斗もアンジェも間に合わない。そんな風に頭の片隅で冷静な判断を下してしまう自分自身を、遥は今ほど恨めしいと思ったことはなかった。

「っ……!」

 飛びかかってくるマンティスを前にして、戒斗はただただ立ち尽くす。今から逃げたって逃げ切れないことを、彼もまた察してしまっていたのだ。

 ――――絶望は、しない。

 だが、一縷(いちる)の望みは抱かせてもらう。マンティスが自分に気を取られている隙に、アンジェだけでも助かってくれれば……と。迫り来る不可避の死を前にしても、戒斗は自分の身を案じるより先に、アンジェのことを案じていた。

 それは、ある意味でどこまでも戒斗らしい思考で。そんな彼と――――アンジェが同じことを思わぬはずがなかった。

「カイトっ!」

 立ち尽くす戒斗の前に、アンジェがバッと両手を広げて躍り出る。迫り来るマンティスとの間に割って入るように、まるで自分が盾になるかのように。

「アンジェ、何をっ!?」

「僕はどうなってもいい! でも……カイトだけはっ!!」

 ――――あの時、誓ったから。君が僕を必死に守ってくれたように、今度は僕が君を守るって。

 アンジェは、自分が戒斗の盾となるつもりだった。

 彼のためなら、自分の生命(いのち)なんか惜しくない。彼を生かす為ならば……あのとき自分を守ってくれた彼のように、今度は自分が彼を守れるなら――――。

 そう思い、アンジェは戒斗の前に躍り出て、バッと両手を広げてマンティスの前に立ちはだかっていた。

 だから――――小さく振り返ったアンジェは、笑顔を浮かべていた。薄く、とても儚い笑顔を……アンジェは、背にした戒斗に見せていた。

「アンジェさんっ!!」

 グラスホッパーの蹴りをいなしながら、遥が叫ぶ。

 だが――――間に合わない。

「アンジェっ!!」

 意を決してマンティスに腰の榴弾砲の照準を合わせながら、セラが叫んだ。

 だが、イザ榴弾砲を撃とうとした矢先にビートルに空中から飛びかかられ、セラは思うように撃てない。

 ――――間に合わない。

(もし、もしも僕に力があったのなら。もしも、遥さんみたいな力が僕にもあったのなら…………)

 遥が、そしてセラが叫ぶ中。鎌を振りかぶり飛びかかってくるマンティスの前に立ち塞がりながら、降りしきる雨に打たれながら……アンジェは内心でそんなことを考えていた。

 今際の際に思うことは、そんな叶わぬ願い。

(カイト。本当は僕、君のことが大好きなんだ。誰よりも何よりも、僕は君のことを愛している。君だけを愛している。出来ることなら……僕は君と、ずっと一緒に居たかった。ずっとずっと、君の傍で……君のことだけを、誰よりも近くで守ってあげたかった)

 飛び込んで来るマンティスの大鎌が、アンジェの華奢な身体に迫る。彼女を斬り刻まんと、彼女の陶磁より透き通った、雨に濡れる真っ白い肌を斬り裂こうと……振り上げたその鎌を、マンティスは力の限り振り下ろした。

「アンジェ――――――――っ!!」

 そんな光景を前にして、戒斗が絶望の雄叫びを上げる。自分の無力さを呪い、そして何よりも大切な彼女が目の前で奪われる……その光景に、戒斗は絶望の雄叫びを上げていた。

 彼の叫び声を背中越しに聞いた、その瞬間。アンジェは思っていた。迫り来る死神の鎌を前にして、彼女は強く願っていた。

(――――僕は、生きたい。生きて、カイトを守れる力が欲しい――――――!!)

 強い、強い願い。

 そう彼女が願った瞬間、高鳴る唸り声と共に左手から放たれた眩い閃光に、アンジェの身体が……そして、周囲一帯が包まれた。





(第九章『Je t'aime plus que tout au monde.』了)

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