第五章:どうか、この日々がずっと続きますように/09
「アンジェ、ちょっとこの店寄らないか?」
「ん? 良いけれど、でもどうして?」
「折角だし、な」
そんなこんなで、次に二人が訪れたのは服飾店だった。
女性向けの服飾店だ。こんなところに戒斗がアンジェを連れ込んだ理由なんて……敢えて語るまでもなく、明らかだろう。
「うーん、どうかな?」
「悪くない、悪くないが……こっちも試してみてくれ」
「えー? これでもう十着目ぐらいだよ?」
「いいからいいから、ほら」
「仕方ないなあ、分かったよ。じゃあまた着替えるから、ちょっとだけ待っててね?」
……で、だ。二人が店に入ってから十五分も経った頃には、試着室の前には大量の服が山のように積み上がっていた。
全て戒斗の仕業だ。彼が半ば自分の趣味でアンジェを着せ替え人形みたく次から次へと試着させているものだから、店のあちこちから取ってきた服がすぐ傍のテーブルへ山のように積み重なっている。同伴してきた女性店員が軽く引き攣った顔になるぐらいの量を既に戒斗はアンジェに着させていた。
「っと、これで全部かな。それでカイト、どれがどんな感じだった?」
「そうだな……これとそれ、後はそっちの二着とこっちの三着。この辺がベストだったな。後は今アンジェが着てる奴か」
「あ、うん。っていうか……全部買う気?」
「折角だからな」
「幾ら何でも悪いよ、こんなに……」
「いいからいいから、半分俺の趣味みたいなモンだ」
「むぅ……でも、ありがと」
それから更に三十分ぐらいが経過した後、やっとこさ一人ファッションショーめいていた長い長い試着が終わり。戒斗はアンジェに試着してもらった中でも特に似合っていた物をチョイスし、アンジェの制止も聞かぬままにソイツを女性店員と一緒にレジに持っていき、さっさと精算してしまう。
とんでもない数のお買い上げだ。これにはアンジェも凄く申し訳なさそうな顔をしていたが……でも、同時に嬉しそうでもあった。
「じゃあカイト、今度は僕の番ね?」
「……なあ、まさか」
「そのまさか、だよ。君にやられてばっかりってのは、僕的にもちょっとね。勿論カイトなら付き合ってくれるよね?」
「…………好きにしろ」
「うん、好きにさせてもらうよっ♪」
そうして幾つかの大きな紙袋を抱えて二人で店を出て、とすれば半ば強引にアンジェに連れて行かれたのは……同じフロアにある、別の服飾店だった。
こちらはさっきとは打って変わり、どう見たって男性向けの店。そこに戒斗は連れて行かれると……今度はさっきとは逆の立場、つまりは戒斗の方がアンジェの着せ替え人形にされてしまっていた。
「わはぁ♪ 良い感じ良い感じ! ねえカイト、次はこっち着てみてよっ!」
「……まだやるのか?」
「さっきのお返しだよっ。ほらほら、早く着てみてよ!」
「分かった分かった……こんな感じか?」
「わぁー! 良いねぇ良いねぇ! よし、これも買っちゃえ!」
「待て待て待て待て!? どんだけ買う気だよ!?」
「いいのいいの♪ これは僕の趣味みたいなものだから♪」
「なんてこった……」
そうして、さっきと真逆の立場で戒斗が着せ替え人形にされること三十分弱。またも店員が困り顔になるぐらいの量を着せ替えまくったアンジェは……その中でも一番気に入った数点を手に取ると、止める戒斗の言葉も聞かぬままにさっさとレジで支払いを済ませてしまった。
「はい、カイトっ♪」
そんなこんなで精算が終わると、試着室から少し疲れ気味の顔で出てきた戒斗にアンジェが大きな紙袋を……今まさに彼女が支払ってきた、戒斗の服が入ったそれを笑顔で差し出してくる。
戒斗は何とも言えない顔になりつつも、彼女が差し出してくれたそれを「……ありがとな」と少し照れくさそうに礼を言いながら受け取った。
「これでおあいこ、そうだよね?」
「……そうなるかもな」
「ふふっ、良かった良かった♪ 実はね、服は最初からカイトに買ってあげようかなって思ってたんだ。カイトが僕のを買ってくれたのは、ちょっと想定外だったけれど……でも、嬉しかったよ。ありがとねカイトっ」
「喜んで貰えたなら、何よりだ。それに……嬉しいよ、俺も」
――――彼の嬉しそうな顔が見られるのなら、自分も嬉しい。
――――彼女の喜んでいる顔が見られるのなら、自分も嬉しい。
二人とも、口に出すことはしなかったが……互いに互いの笑顔を眺めながら、そう思っていた。
お互いがお互いに差し出した、互いの淡い気持ちが籠もった……そんな紙袋を抱えたままで。