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幻想神姫ヴァルキュリア・ミラージュ  作者: 黒陽 光
Chapter-01『覚醒する蒼の神姫、交錯する運命』
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第一章:平穏で幸せに満ち溢れた日々の中で/04

 アンジェと一緒に、家に隣接した少しだけ大きなガレージの前に立った戒斗は、懐から取り出したリモコンを操作する。

 そうすれば、閉じられていた電動シャッターが独りでに開き……その向こう側に姿を現したのは、オレンジ色の少し古い国産スポーツカーだった。

 ――――二〇〇三年式、日産・フェアレディZ。

 型式で言えばZ33型、その最初期型だ。ジヤトコ製の五速オートマチック・ギアボックスを搭載したバージョンTで、エンジンはVQ35DE型。海外名称の『350Z』と呼んだ方がピンとくることもあるだろう。二ドア二シーターで、大体二十年ぐらい前の機種だ。

 色褪せが欠片も見受けられない、綺麗なオレンジ色のボディカラーを煌めかせる流線形のボディが、そこに鎮座していた。

 …………これこそが戒斗が普段から乗り回している、彼の愛機だった。

 別に派手なエアロパーツを装着しているワケでなく、外装はフル純正だ。トランクリッド部分に小さな純正リアスポイラーが付いている程度で、純正オプションの泥除けまで付いている始末だ。

 外観上の純正との相違点を挙げるとするのなら……前後のエンブレムを、英国日産から取り寄せた金色の物に取り替えていることと、テールライトをLED搭載の後期型用の物に取り替えていることぐらいか。見た目の上では、よく見かける純正のZ33と殆ど相違はない。

 純正仕様なのは内装も同様で、シートは純正の革張りパワーシートだし……強いて変わっている点を挙げるのなら、AT用のシフトノブを後期型の物に取り替えている点と、メーターパネルをNISMO製の時速三〇〇キロ対応の純正交換メーターに替えているぐらいで。内装も外観同様、やはりほぼほぼノーマル状態だ。

 ――――が、それは見た目だけの話だ。

 このZ、内部にはとんでもないレベルで手を入れてある。パッと見では分からないが、純正とは殆ど別物と言っていいレベルだ。

 弄った点は多すぎる為に、全て列挙するとどれだけ時間があっても足りないが……幾つか例を挙げるとしよう。

 まずひとつ。エンジンにはHKS製の過給器、GTスーパーチャージャーを取り付けている。それに対応する形で追加インジェクターなども装備してあり、それらを同社製のVコン……要はサブ・コンピュータで高度に制御している。エンジン内部に手を入れるメカチューンこそまだしていないが、それでも純正状態とは比較にならないほどの大パワーに生まれ変わっているのだ。

 また冷却系も……ラジエータはATオイルクーラーと組み合わせた、ARC製の一点物を取り付けてあった。いわゆるワンオフ物だ。スーパーチャージャー用のインタークーラーは同キットに同梱されていた付属品。惜しむらくはエンジン用のオイルクーラーだけ、スペースの問題で取り付けられなかったことだが……純正フロントバンパーに拘っている以上、こればかりはどうしようもない。

 …………とまあ、挙げ始めたらキリがないぐらいに手を入れてあるこのZ33。他にはCUSCO製のLSDだったり、IMPUL製のマフラーを始めとした排気系の全交換などがあるが……総合的に見て、バランス良くチューニングしてあると戒斗は自負している。

 残念ながらシャーシダイナモの類で厳密にパワーを計測したことがないから、ちゃんとした馬力は分からないが。しかし少なく見積もっても四〇〇馬力オーヴァーは確実。実際乗っての体感で……恐らく四五〇馬力は出ていることだろう。

 ある意味でモンスター・マシーンだ。無論、絶版となって久しいゴールド色のRAYS・GT‐Cホイールから覗く、同じゴールド色のキャリパーが目立つブレーキ・システムも……ENDLESS製の強力なレーシング仕様に交換してある。

 だから、決して止まれない特攻機というワケではないのだ。踏めば走り、ちゃんと曲がって止まる。車にとって基本的なところもちゃんと抑えた、優れたチューンドカー……それがこの、今二人の目の前に姿を現したオレンジのZ33というワケだ。

 とにもかくにも、そんな一風変わったZ33が戒斗の愛機で、そして毎朝のようにアンジェを学園まで送り届けている機体の素性だった。

 ――――閑話休題。

「アンジェ、時間はまだ大丈夫だよな?」

「うん、もうちょっとなら大丈夫だよ」

「なら良し、だ。暖気はちゃあんとしなきゃな……」

 呟きながら、戒斗はそんなZの右側面へと回り。二ドア特有の横長なドアを開ければ、鍵穴にキーを突っ込んで前に捻る。

 少し手前でキーを止め、まずは電装系に火を入れる。そうしてワンテンポ置いた後でキーを奥までグッと捻り、続けてエンジンを始動させた。

 ――――咆哮。

 イグニッション・スタートとともに、そう喩える以外に表現のしようもない、地鳴りのように強烈な音を立てて排気量三・五リッター、スーパーチャージャー過給器付きのV6エンジンがボンネットの下で目を覚ました。

 その唸り声は、何処か古いアメ車を彷彿とさせる。仮にもツインカムのエンジンだというのに、その音色は七〇年代のOHV形式のV8エンジンのようでもあった。

 とにもかくにも、そうしてエンジンを始動させた戒斗は――――センターコンソールに手を伸ばし。何故か二種類が備え付けられているカーナビの、上段にある純正品の方のTV切り替えスウィッチを押し込み。古い液晶画面に表示させた水温油温、油圧や電圧、それにブースト計などの数値を眺めつつ……暫くの間、エンジンが暖まるまでの暖気の時間を待った。

 …………これは余談だが。今こうして彼が操作し、デジタルメーターを表示させた方の純正カーナビに関しては、もうカーナビとしては全く使っていない。

 何せ二〇〇〇年代初めのカーナビだ。CDで地図データを読み込んでいたような時代の代物、流石に今となっては使いものにならない。

 そこでカーナビの下、本来はカーステレオが入っていた2DINスペースへ新たに現代的なカーナビ・ユニットを突っ込み、今はそれを使っているのだが……問題は残った純正ナビの方だ。

 取り外してしまっても良かったのだが、それはそれで手間が掛かる。そこで戒斗はHKS製のCAMP2という……そう、今まさに表示しているように、カーナビをデジタルメーター化するキットだ。それを装着し、古い純正ナビを取り外すことなくデジタルメーターとして再利用しているというワケだった。

 ――――少し、余談が過ぎたか。

「ねえカイト、まだなの?」

「そう急かすなよ……もうすぐだ」

「んもう、まあいいけど」

「焦るなよ、焦ったって何も始まらないぜ?」

「それは同感。焦る方が失敗しちゃうもんね、何事も」

「そういうことだ。……さあてと、そろそろ良さげかね」

 右手首に巻いた細身な腕時計の刻む時刻をチラ見しつつ、急かしてくるアンジェとそんな会話を交わしつつ。純正ナビに表示されたデジタルメーターの数値を見て、水温油温が適正値まで暖まったのを確認し……戒斗は暖気が終わったと判断。助手席の方へと回ると、そちら側のドアを開けてアンジェを助手席に乗せてやる。

 彼女がシートに身体を預けたのを見て、戒斗は横長のドアをバタンと閉じ。そうすれば自分も運転席へと乗り込んだ。

「アンジェ、ちゃんとシートベルトは締めてくれよ。一点減点は御免だからな」

「分かってるよー。そういうカイトも忘れないでね?」

「俺がそこまで間抜けに見えるか?」

「うん。カイトってば結構おっちょこちょいだから」

「……仮に忘れてたとしても、警告ブザーで車の方が教えてくれるさ」

「おっちょこちょいなのは否定しないんだね……」

「否定できないだろ?」

「あははは……」

 苦笑いするアンジェに戒斗はスッと自虐気味に肩を竦め。そうすれば隣の彼女に「んじゃ、行くとするか」と告げてからサイドブレーキを下ろし、ギアをパーキング位置から一気にドライヴ位置へと下ろす。

 動き始めたZをじりじりとガレージの外まで出し、そうすればまたリモコンを操作して電動シャッターを下ろし。シャッターが完全に閉じきったのを確認してから、戒斗はアクセルを踏み込み公道へと繰り出していく。

 スーパーチャージャー付きの大排気量V6エンジンを唸らせ、清々しい朝風を流線形のボディで切り裂いて真っ直ぐに向かう先。それは――――アンジェの通う学園、私立神代学園だ。

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