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幻想神姫ヴァルキュリア・ミラージュ  作者: 黒陽 光
Chapter-09『フォーミュラ・プロジェクト』
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第七章:氷結の妖精少女、リュドミラ・ルキーニシュナ・トルスターヤ/02

「…………おかえり、美雪」

 そうして飛鷹の隠れ家に、彼女と共に住むアパートの一室に戻ってきた美雪を出迎えたのは、他でもない彼女――リュドミラだった。

 リビング前にあるテーブル、ちゃぶ台みたいに背の低いそれの前にちょこんと座った格好で、振り向いたリュドミラが帰宅した美雪を出迎える。どうやらニュース番組でも見ていたのか、リュドミラのすぐ前にあるテレビの電源が付いていた。

「ただいま」

 いつも通りにぽけーっとした顔で出迎えてくれたリュドミラに、美雪はそう挨拶をしつつ。同時に「師匠は? 居ないの?」と彼女に問う。

 するとリュドミラはコクリと頷き、

「飛鷹なら、少し前に出ていった。行き先は……知らない」

 と、何故か不在の家主、伊隅飛鷹のことを美雪に教えてくれた。

 美雪はそっか、と納得すると「じゃあ、とりあえずご飯にしよっか」と言う。

 それにリュドミラは「飛鷹はいいの?」と気を遣ったようなことを言うが、美雪はそんな彼女にこう答えた。

「この時間に出掛けていったのなら、師匠はきっと外で食べてくるよ。お腹減っちゃったし、私たちは私たちで食べちゃおう?」

 答えると、リュドミラは「分かった」と小さく頷き。とすればテーブルの前から立ち上がって、美雪にこんなことを言った。

「だったら美雪、今日はアレがいいな」

「アレって……リューダ、またカップ麺食べたいの?」

 呆れた顔の美雪に、リュドミラは目を輝かせながらうんうん、と小さく頷いて肯定の意を示す。

Да(ダー)。カップ麺、とても好き。今日は昨日食べた……醤油? らーめん……? とは違う、もうひとつの方が食べたい」

「はいはい、カップ焼きそばね……。ホントに好きなんだね、こういうインスタントの食べ物」

「うん、とても好き。飛鷹と美雪が教えてくれた、日本のおいしい食べ物。今は私の大好物になった」

「分かったよ。リューダがそんなに食べたいなら、今日は私も付き合おっかな」

 無表情気味ながら、何処か嬉しそうなリュドミラの視線を背中に感じつつ、仕方ないなといった調子で美雪はキッチンに立つ。

 流し台の下にある収納から取り出すのは、大盛りのカップ焼きそば二つ。当然、自分とリュドミラの分だ。

 そんな大盛りカップ焼きそば二つを取り出せば、手早く包装を破いて調理……というほどのことでもないが、とにかく美雪はさっさと支度をする。面倒だから二人分同時にやってしまおう。

 ベリッと蓋を半分まで剥がし、中に入っているかやく(・・・)とソース、後はふりかけの小袋を取り出す。かやく(・・・)だけは開け、他は完成まで放置。ちなみにかやく(・・・)は麺の下に入れるのがコツだ。

 そうすれば、ポットからお湯を注いで三分待機。十分に麺がほぐれたところで、蓋にある湯切り口の部分を剥がし……流し台にお湯を捨てる。

 最近のカップ焼きそばというのは便利なもので、事前に容器に接着されたフィルム蓋には湯切り口まで備えている。昔のカップ焼きそばみたく、油断して外れた蓋から中身がダバア、折角の焼きそばが流し台に全部身投げをする……ということも無くなった。

 それだけじゃない、銘柄によってはかやく(・・・)が事前に麺の下に仕込まれているものまである。これぞ至れり尽くせりという奴だろう。インスタント麺も進化している、ということらしい。

 …………少し、話が逸れ過ぎたか。

 とにかく三分待った美雪は、二人分のカップ焼きそばを一気に湯切りしてしまい。後はそれぞれ小袋からソースとふりかけを麺の上に開け、上手い具合にかき混ぜれば完成だ。

「はい、お待たせリューダ」

 そうして超絶簡単な調理、いや調理とすら呼べないお手軽な行程が終われば、美雪は二人分のカップ焼きそばを箸と一緒にテーブルの上に置く。当然自分の前と、そして待ち侘びていたリュドミラの前に、だ。

Спасибо(スパシーバ)、美雪」

「どういたしまして。……さ、食べよっか」

Да(ダー)

 そんなこんなで、本日の夕食はカップ焼きそばだ。

 美雪とリュドミラ、二人で背の低いテーブルを囲みながら、同じカップ焼きそばをズルズルと啜る。

「…………вкусно(フクースナ)

 そうすれば、リュドミラは満足そうな顔でポツリと呟いた。

「気に入ったみたいだね、焼きそば」

 そんな彼女の嬉しそうな顔を横目に見つつ、クスッと微笑みながら美雪が言う。

Да(ダー)。やっぱり美雪たちが教えてくれる食べ物、すごく私好み」

「それは良かった。気に入ってくれたのなら私も嬉しいよ。……生憎と、インスタントだけれどね」

Нет(ニェット)。こういうものは、多少安っぽい味の方が美味しいもの」

「……安っぽいとか、そういうのは分かるんだ」

「分かる」

「ふふっ……本当に面白いね、リューダは」

 無表情のままズルズルと焼きそばを啜り、コクリと頷くリュドミラ。

 そんな彼女の顔を横目に見つめながら、美雪は小さく笑いながら呟いた。

「ところでさリューダ、日本にはもう慣れた?」

「やっぱり、色々難しい。でも、結構慣れた気がする」

「なら良かった。でも……リューダ、本当に私たちに付いてきて良かったの?」

「? 美雪、それってどういう意味?」

 きょとんと不思議そうに首を傾げるリュドミラに、美雪は焼きそばを啜りつつ「言葉通りの意味だよ」と言う。

「私と師匠は……確かに、貴女を助け出した。でも、貴女に戦って欲しかったワケじゃない。神姫として戦うこと、それが貴女の望んだことだと分かっていても……リューダが望んで私たちに付いてきてくれたって分かっていても、それでも時々思うんだ。本当に、これで良かったのかな……って」

「良いに決まってる。私は美雪や、飛鷹に付いて行きたいって思ったから。私は美雪たちと一緒に戦いたいと、そう思ったから此処に居る」

 少し(うつむ)き気味に呟く美雪に、リュドミラはそう言った後。やはり無表情のまま、しかし少しだけ声のトーンを低くして……こんなことも、続けて呟いていた。

「それに……パパとママも居なくなって、独りぼっちな私。今の私じゃあ、もうバレエは出来ないから」

「…………そっか」

 そんな彼女の言葉に、美雪はただ頷くことしか出来なかった。

 ――――リュドミラ・ルキーニシュナ・トルスターヤ。

 知っての通り、ロシア人の少女だ。バレリーナ志望だったリュドミラは、こんなことになってしまう前はモスクワで……バレエの名門、ボリショイ・バレエ学校に通っていた。

 かなりの才能があったらしい彼女は、そこで将来を有望視されていたらしい。だが……結果は、ご存じの通りだ。

 彼女はその才能を見込んだネオ・フロンティアに拉致され、その際に両親も殺されてしまっている。加えて、彼女もまた先の人工神姫……翡翠真、神姫グラファイト・フラッシュと同様に改造手術を施され、真と同じく一種のサイボーグになってしまっていた。

 幸いにして、洗脳処置が施される前に美雪たちが助け出したが……それでも、彼女の亡くなった両親は戻ってこないし、彼女の身体は決して元には戻らない。当然……バレリーナになるという夢も、閉ざされてしまった。

 それを思えば、美雪は焼きそばを食べる箸を止め、じっと(うつむ)きながら表情を曇らせてしまう。

 すると、リュドミラはそんな美雪の内心を察してか、無表情の上に微かな笑顔を浮かべながら、美雪に対してこう言った。

「大丈夫。今、私は幸せだから」

「幸せ……?」

 きょとんとして顔を見る美雪に、リュドミラは視線を合わせながらうんと頷いて。

「うん、幸せ。私の傍には飛鷹が居て、美雪も居る。神姫にさせられたことは、今でも複雑な気持ち。でも……二人が傍に居てくれれば、私は大丈夫。私は美雪たちの傍に居たいから、美雪たちの守ろうとしているものを、一緒に守りたいから……だから、一緒に居ようと思った。美雪や飛鷹と一緒に戦おうと、そう思った。私は私なりに、神姫として――――スノー・ホワイトとして」

 真っ直ぐな瞳で、アイスブルーの綺麗な瞳で見つめながら、リュドミラが言う。

 そんな彼女の瞳の色を見て、真っ直ぐな言葉を聞いて。美雪は「……そっか」と呟くと、

「ごめんねリューダ、変なこと訊いちゃって」

 と、暗い表情を崩しながら、小さく微笑みながら、目の前の彼女にそう詫びていた。

「美雪は気にしなくていい。美雪が私のことを心配して言ってくれたって、私は分かってるから」

「……リューダは優しい()だな、本当に」

「美雪も、すごく優しい。いつも私の傍で、私のことを気遣ってくれる。とても大切な、私の友達」

「ふふっ……」

 無表情の上に、ほんの少しだけの微笑みを見せてくれるリュドミラ。

 そんな彼女の無邪気な微笑みを見ていると、美雪もまた思わず表情を綻ばせてしまう。

 そうして二人で笑い合いながら、今日の夕餉(ゆうげ)の時間は過ぎていく。内容はインスタントのカップ焼きそばと、少しばかり貧相にも思えたが……それでも、二人にとってはご馳走だった。互いの笑顔が傍にあるだけで、美雪もリュドミラも……とても、満たされていた。





(第七章『氷結の妖精少女、リュドミラ・ルキーニシュナ・トルスターヤ』了)

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