第四章:開演、ベラスニェーシュカ/01
第四章:開演、ベラスニェーシュカ
リザード・バンディットの背後から、陽炎揺れる遊歩道の向こうからゆっくりと歩いてくる少女。日差しを反射して煌めく銀色の髪を揺らす彼女に、戒斗たちは全く見覚えが無かった。
その少女――――年頃はアンジェとそう変わらないだろう。十六歳前後といったところか。
背丈は一六七センチと少し高めで、ほっそりとした比較的スレンダーな体型だ。数値にして上から八三・五四・八〇なのだが……当然、こんなことを三人が知るはずもない。
揺れる綺麗な銀髪の髪はセミロング丈、肩甲骨の辺りで切り揃えている。瞳の色は氷のようなアイスブルー。雪のように透き通る肌の具合からして、北欧系なのだろうか。
そんな彼女、格好は白のワンピースにデニムジャケットを羽織り、編み上げの……レースアップの黒いハイヒールを履いた格好だ。清純系とも言えるこの組み合わせのお陰か、ただでさえ現実離れして可憐な、それこそ人形のような少女の印象を更に際立たせている。
――――舞い落ちる、真っ白な雪。
少女を一言で喩えるなら、まさに雪だ。可憐で儚く、触れてしまえばすぐに溶けてしまいそうな……そんな独特の雰囲気と美しさを醸し出す、不思議な美少女だった。
「リューダ……といったな。飛鷹、彼女は一体……?」
小さな歩幅で、ゆっくりと歩いてくる銀髪の美少女――――飛鷹に『リューダ』と呼ばれていた彼女を見つめながら、戒斗が怪訝そうに問う。
「飛鷹さん……まさか、あの娘って」
そんな彼の横で、アンジェは何かを察した顔で続けて囁きかける。
すると、飛鷹はアンジェの問いかけに対し「ああ」と小さく頷くことで、暗にそれを肯定してみせた。
「リュドミラ・ルキーニシュナ・トルスターヤ。私と美雪でモスクワ支部から助け出した……人工神姫だ」
「ッ……!」
「……なんてこった、畜生」
「そんな…………」
――――――人工神姫。
飛鷹の口から飛び出してきたその言葉を聞き、遥たち三人は表情を強張らせる。
人工神姫……二人目の、犠牲者。
つまり、彼女……リュドミラは翡翠真と同じく、秘密結社ネオ・フロンティアの手で改造され、人為的に神姫の力を植え付けられた被害者ということだ。
だとすれば、彼女の身体もまた真と同じく、既に改造手術が施され……機械化された、サイボーグの身体ということなのか。
それを思えばこそ、戒斗は苦虫を噛み潰したような顔をヘルメットの下、ヴァルキュリアXGの黒いヘルメットの下で浮かべていた。
「シュルルル……!」
戒斗たちがそうしている間にも、リザードは背後から近づいてくるただならぬ気配を察知し。とすれば優先すべき標的を変更。バッと地を蹴って踏み込めば、リュドミラに向かって飛び掛かっていく。
「…………」
それに対し、リュドミラはサッと避けることで回避。とすればリザードに生まれた隙を突き、バッと素早く関節を極め……その腹に何発も鋭い殴打を叩き込んでいく。
殴打を叩き込み、怯んだところで側頭部に回し蹴り。するとリザードは――――蹴られた位置が丁度、さっき戒斗の零距離一斉射撃を喰らった場所だったからなのか、妙に痛がりながら後ろに小さくたたらを踏む。
「…………」
だがリュドミラは油断することなく、追撃を何発も喰らわせていく。
彼女の繰り出す、そんな格闘術は――――ひとつひとつが研ぎ澄まされたもので。彼女の手捌きはまるで飛鷹や、その弟子の美雪を彷彿とさせるものだった。
まるで舞台の上で華麗に踊るかのような軽快な動きでの格闘術、恐らくは飛鷹が手ほどきをしたものだろう。美雪と同じく、彼女もまた飛鷹の手で鍛え上げられたというワケか。
「…………まだ、これから」
リュドミラはそうして優れた格闘術を駆使し、生身のままリザードを圧倒。そうすれば隙を突いて右手を懐に突っ込み……そこから小振りな自動拳銃を抜いた。
旧ソ連製のマカロフ自動拳銃だ。かなり単純な機構の拳銃で、サイズも口径も小さいが、だからこそ扱いやすく信頼できる。玄人好みの一挺といえるだろう。
リュドミラはそんなマカロフを懐から抜くと、即座に左手でスライドを鋭く引いて初弾装填。すぐさまリザードの口の中に銃口をねじ込み……引鉄を引く。
ズドン、と九ミリマカロフ弾の鋭い銃声が木霊する。
「シュルルル……ッ!?」
それが続けざまに二回、三回と響く中、口内に直接鉛玉をブチ込まれたリザードが驚きと僅かな苦悶の入り混じった喘ぎ声を漏らす。
そうして、そんな銃声が八回連続で響いた後。リュドミラは弾切れのマカロフ拳銃をリザードの口から引っこ抜きながら、バック宙気味にトカゲ怪人の顎をハイヒールの爪先で蹴り飛ばしつつ距離を取る。
「……飛鷹、この後はどうしたらいい?」
バッと後方宙返りして距離を取れば、着地したリュドミラはマカロフ拳銃の弾倉を交換しつつ、囁くような細い声音で飛鷹にそう問いかける。
「リューダ、構う必要はない。全力で奴を倒せばいい」
「ん……分かった」
飛鷹の言葉にコクリと頷くと、リュドミラは弾倉交換を終えたマカロフを懐に戻し。そうすれば彼女はリザードと対峙しつつ、その右手をそっと胸に当てた。
瞬間、彼女の右手から閃光が発し――――そんな輝きが収まれば、彼女の右手の甲には純白のブレスが現れていた。
――――『ホワイト・チェンジャー』。
神姫の力を有した乙女たるその証を出現させたリュドミラは、戒斗たちが戸惑いの視線を注ぐのも気に留めぬまま……その場で静かに構えを取る。
いいや、これは構えというよりも舞踊だ。
胸に当てた右手にホワイト・チェンジャーを出現させた彼女は、その場でスッとつま先立ちになり。とすれば軽やかなステップを踏みながら、クルリと身体を一回転させる。
そうして正面に向き直れば、リュドミラはつま先立ちのままそっと両手を軽く左右に広げた。
すると――――彼女の背中から、真っ白い大きな翼が現れる。
それはまるで、天使の羽のようで。さも舞台の上で舞い踊るように……バレエでも踊るかのように華麗に舞ってみせた彼女は、そんな背中の白い翼を広げながら、そっと小さく囁く。まるで、舞台の幕開けを告げるかのように――――。
「――――開演、Белоснежка」
そっと囁けば、彼女の身体は折り曲げた背中の翼に丸ごと包まれる。
包み込む翼の向こうに彼女が姿を消したのは、ほんの一瞬。リュドミラの身体を覆い隠していた真っ白い翼がバッと広がれば、その向こうにあったのは――――純白の神姫装甲を身に纏う、儚げな少女の姿だった。
「…………」
開いた翼から抜けた無数の白い羽が舞い散る中、リュドミラは閉じていた瞼をそっと開く。
そんな彼女が身に纏う、綺麗な純白の神姫装甲は――――所々に銀色とアイスブルーが差し色として入るそれは、あまりにも優雅なラインを描いていて。その姿は異形と戦う戦巫女というよりも、寧ろ舞台上に立つバレリーナのようだった。
――――神姫スノー・ホワイト。
その名こそが、今のリュドミラの名。人工神姫第二号たる彼女の、神姫としての名だった――――。




