第一章:乙女たちの残光/02
その頃、有紀とセラの二人はバンディットサーチャーが反応をキャッチした件の場所、古い神社の廃墟に立っていた。
――――来栖大社。
一週間前、記憶を取り戻した遥と飛鷹が共に特級バンディットと戦った場所。その末に遥が再び記憶を失った……彼女にとっての、何よりも大切な場所。
そこに、有紀とセラは立っていた。
勿論この二人は先日の戦いのことを知らない。遥の事情も、何もかも二人は知らないのだ。
故に、こうして石神の命によって来栖大社の調査にやって来ていたのだった。
「なんつーか……随分とボロボロね、この神社」
「来栖大社なら、約一年半前に焼け落ちてしまっているからね。ここの神主さんも同時期に行方不明、今はこうして廃墟って有様さ」
セラが来栖大社の惨状を眺めながら呟いた言葉に、有紀がいつも通りのニヒルな調子で返す。
――――知っての通り、現在の来栖大社は既に廃墟となって久しい。
本殿は焼け落ち、一番目立つ境内の入り口にある鳥居は半壊していて。きっと昔は美しく咲き誇っていたであろう境内の桜の木もまた、無残にへし折れてしまっている。
境内のあちこちも穴だらけになっていたりと、二人が立つこの来栖大社はまさに廃墟と呼ぶに相応しいほどの荒れ模様だった。
「にしたって、これ……どう見ても何かあったって感じよ?」
「そうだろうね」
眺めるセラに頷きながら、有紀は続けてこう言う。
「バンディットサーチャーが故障していない以上、此処で何かあったのは間違いない。恐らく、我々が想像もできないほどに強い敵と……それと真っ正面から戦えるほどの、強い神姫との戦いがね」
「…………ウィスタリア・セイレーン」
共に背中を預け合いながらも、未だ互いに名も知らぬ戦友。
そんな彼女の名を呟くセラに、有紀は「或いは、我々が未だ知り得ぬ神姫という線もあり得る」と返す。
『あらゆる可能性を考慮すべきです、ドクター』
とすれば、二人の傍に停まっていた蒼いスポーツカーがそう、合成音声で語り掛けてくる。
――――ガーランド。
C8型シボレー・コルベット・スティングレイをベース車として造られた、人工知能搭載のスーパー・マシーンだ。本来ならヴァルキュリアXGと、その装着員たる戒斗のサポートメカなのだが……今日は移動のアシも兼ねた分析要員として、彼にも同行して貰っていた。
ちなみに、余談だが――――来栖大社は表にある長い石階段の参道以外にも、車で通れる坂道が裏手にあるのだ。今日は表からではなく、その裏口を通ってガーランドを境内まで連れてきたのだった。
「ガーランド、君に言われるまでもなく分かっているつもりだ」
『では、手を動かしてください。私もお手伝いしますから』
「……小言ばかりだな。君は私の母親か?」
『どちらかといえば、私にとっては開発者たるドクター、貴女こそが私の母親なのでは?』
「相変わらず無駄に口が回るな、君は……」
皮肉に皮肉で返してくるガーランドにやれやれ、と肩を竦めつつ、有紀が境内のあちこちを調査すること小一時間。有紀はふぅ、と息をつきながら立ち上がると、崩壊した本殿の方からガーランドの傍に戻ってくる。
「終わったの?」
「ああ。見るべきものは見て、確かめるべきことは確かめた。これ以上この場に留まったところで、得られるものは何もないだろう」
「んじゃあ、とっとと帰りましょうよ。立ちっ放しで暇なのよね……」
「フッ、それは悪いことをした。お詫びにセラくんには今日、焼肉でも奢ってあげようじゃないか」
「へーえ? 気前良いじゃないの有紀。やっぱやめたはナシだからね?」
「たまには上司らしいこともしてあげないと、ね。折角なら戒斗くんたちも呼ぶかい?」
「賛成。どうせなら皆で食べた方が美味しいもんね」
「特に私の奢りなら、だろう?」
「そういうこと♪」
二人で笑みを交わし合いながら、二人は境内に停めていたガーランドに乗り込んでいく。
今日はセラが運転席、有紀が助手席だ。アメ車故の左ハンドル配置のガーランドに乗り込むと、セラはシートに背中を預けながら、ふぅ……と何処か憂鬱そうに息をつく。
「……アタシたちが想像もできないレベルの敵、か」
とすれば、次にセラの口から出てくるのは、そんな物憂げな言葉だった。
「戦えるのかしら、今のアタシたちに」
「フッ……案ずることはないさ」
溜息交じりにセラが呟けば、有紀はそんな含みを込めた言葉を返す。
そんな有紀の含みのある一言を聞けば、セラは「有紀のことだから、また何かコソコソ作ってるんでしょう?」と、全て見透かしたような顔で隣の有紀を見た。
「オルブライト家から……シャーロットから追加の出資があったって話も、南からチラッと聞いてるしね」
「ふむ、セラくんは流石に耳が早いね」
有紀はニヤリとして、白衣の懐から取り出したアメリカン・スピリット銘柄の煙草をおもむろに口に咥える。
『ドクター篠宮、私の中での喫煙はおやめください。内装に臭いが付着して取れなくなると、あれほどご説明しましたよね?』
「うるさいな……ガーランド、少しぐらい良いだろう?」
『駄目です。何なら車外に放り出しましょうか? 屋外でならご自由に喫煙なさって構いませんので』
「全く……最近は特に小言が多くなったな……アンジェくんの影響か?」
『かも知れませんね』
だが、ガーランドにくどくどと諫められたものだから、有紀は仕方なしに煙草を口から放し。観念して元通りにポケットの箱に戻す。
そうした後で、有紀は「これを見たまえ」と言って、あるファイルを隣のセラに差し出した。
「……『フォーミュラ・プロジェクト』?」
受け取ったセラはそのファイルの中身を読み始め、記されていた見慣れないワードに首を傾げる。
それに対し、有紀はしたり顔でこう説明した。
「見ての通り、外付けの増加装甲で神姫のスペックを底上げするシステムだ。まあ……仕組み自体はヴァルキュリアXGの応用だがね。君やシャーロットくん、後はキャロルくんが遺したデータや……新しく取らせて貰ったアンジェくんのデータを元に開発した」
といっても、完成しているのはまだひとつだけだがね――――。
有紀が自慢げな顔でそう説明する傍ら、セラは手元のファイルから視線を外さぬまま、その中身に目を走らせていた。
そうして中身を読み進めながら、セラがボソリと呟く。
「『フォーミュラ・エクステンダー』……これを使うのね」
呟いた後で、ファイルから視線を上げ。続けてセラは隣の有紀にこう問いかける。
「で、誰に使わせるの? アタシ? それともアンジェ?」
だが有紀は「いや」と首を横に振り、そのどちらでもないと否定した。
「まずは、彼女に……ウィスタリア・セイレーンに託したいと思っている」
「……良いの? そんなことして」
「彼女が外部の人間、しかも素性も知れぬ相手だからかい?」
ニヒルな顔で訊き返す有紀に「そういうことよ」とセラは呆れっぽく頷き返し、
「アタシとしては……まあ、別に良いと思うけどさ。でも有紀、どうしてなの? どうしてセイレーンに」
と、続けてそう問うていた。
「ふむ。それを訊かれると困ってしまうね。何せ、私自身も確たる理由を持ち合わせてはいないんだ」
「なによ、それ」
微妙な顔をするセラにニヒルな笑みを返しつつ、有紀は遠い目をして言う。フロント・ウィンドウの向こう、遠くの空を見つめながら――――有紀は、こう言った。
「強いて言うなら――――彼女の眼が、気に入ってるんだ」
「眼……?」
きょとんとするセラに「ああ」と有紀は頷き、
「誰かを信じ、誰かの為に戦える。彼女の、セイレーンの眼にはそういう……何と言うのかな、優しさがあるように思えるんだ」
「ま……それはアタシも分かるわ」
「私は彼女の眼が本当に好きでね。とても純粋で、とても優しい色をした眼だ」
フッと肩を揺らすセラに有紀は言い、
「だからこそ、私は彼女に賭けてみたいと思った。……それだけのことさ」
と、件の『フォーミュラ・エクステンダー』を真っ先にセイレーンに、遥に託そうと思った理由をセラに打ち明けた。
「いつも通り、理想論ね」
それに対し、セラはやれやれと肩を竦めながら言う。
「君は嫌いかい?」
「ううん、良いんじゃないかしら? アタシもアイツは……セイレーンは、信じて良いと思ってる」
実際、セラも有紀と同意見だった。
相手がP.C.C.Sとは関わりのない人間、素性の知れない相手、正体不明の神姫であるという部分はあるにしろ――――セラ自身、ウィスタリア・セイレーンは信頼に足る相手だと認識している。
だからこそ、セラはああ言いつつも、結局は有紀の意見に賛成だったのだ。確かに外部の人間に渡すという問題はあるし、彼女の正体は未だに分かっていないが……それでも、セラは渡して良いと思っていた。件のフォーミュラ・エクステンダーを、セイレーンに。
「それに、彼女は少なくとも我々の敵ではない。彼女の素性は未だ不明のままだが……しかし、我々は彼女に幾度となく窮地を救われた。彼女が何者であれ、敵対的な立場でないことは間違いない」
「……ええ、そうね」
続く有紀の言葉に頷きながら、セラは手元にあるファイルに再び視線を落とす。
――――――フォーミュラ・プロジェクト。
新たなる力が目覚める日は、どうやらそう遠くはないらしい。
(第一章『乙女たちの残光』了)




