第八章:蒼の流星は空っぽの夜空に流れ落ちて/02
「…………」
そんな風に遥が自室で悶々としていたのとほぼ同時刻。戒斗は自室の椅子に腰掛け、独りぼうっと天井を眺めていた。
「ん?」
すると、傍にあるデスクの上に放置していたスマートフォンが短く震える。
見てみると、アンジェからメッセージが届いたようだ。曰く『窓を開けて』と。
メッセージを見た戒斗は座ったまま傍にある窓に手を伸ばし、閉まっていたカーテンと窓を開ける。
すると、その先――――すぐ目の前にある隣の家の窓も開いていて。その窓から、同じように椅子に座っていたアンジェが顔を出していた。
――――戒斗とアンジェの部屋は、物凄く近い距離で隣り合わせになっている。
それこそ、こうしてお互い窓越しに話せるほどに近い距離だ。変な話、橋を渡せば簡単にお互いの部屋を直接行き来出来てしまうぐらいの、そんなごく近い距離で二人の部屋と窓は隣り合っていた。
……尤も、流石に危険なので実際に橋を渡したことはないのだが。
子供の頃からずっと、お互いに何かあると……いつもこうして二人で窓越しに話していた。何時間も、夜が明けるまでずっと。
「カイト……具合、どう?」
窓の向こうのアンジェが、心配そうな顔で訊いてくる。
「見たとおりの五体満足だ」
それに戒斗は普段通り、皮肉っぽい調子で答え。その後で「そういうアンジェはどうなんだ?」と彼女に訊き返した。
「さっきまで頭ぐちゃぐちゃだったけれど、今は落ち着いたよ。身体の方は……戒斗も知っての通り、大丈夫だからね」
「……なら、良かった」
ふぅ、と息をつく戒斗は、アンジェの言葉を聞いて心の底から安堵していた。
あの時――――遥が戦っていた時、アンジェは混乱しきっていたのだが。今の彼女の顔を見る限り、自分で言っていたようにもう落ち着いたらしい。
それに、遥があの怪人を無事に撃破してくれたお陰で、二人とも傷ひとつ負っていなかった。
厳密に言えば、転んでアンジェを庇ったときに戒斗が軽く擦り傷を負っていたのだが……そんなものは怪我の内に入らない。
とにかく、二人は遥のお陰で大した怪我も負うことなく、またこうして無事に二人で話せていた。
「……それにしても、遥だよな」
そんな互いの安否確認を終えた後で、戒斗が天井を見上げながらポツリと呟く。
「あの姿……一体何だったんだろうか」
「もしかして、遥さんが噂のヒーローなんじゃない……?」
ポツリと呟き返したアンジェの言葉を聞いて、最初戒斗は「噂?」と彼女に視線を向けながら首を傾げたが、しかしすぐに合点がいくと「……ああ、かもな」と頷き返していた。
「……ねえ、カイト?」
そんなやり取りの後、少しの間二人は無言で。暫くの静寂が漂った後、アンジェが改まった調子で戒斗に話しかける。
戒斗は彼女に「なんだ?」と反応すると、アンジェは「これは……僕の思い過ごしかもしれないけれど」と前置きをしてから、窓越しの彼に話した。
「僕たちを運んでくれている時の遥さん、なんか……凄く、思い詰めたみたいな顔してたんだ」
「……なあ、まさか」
戒斗が呟く横で、アンジェは深刻そうな面持ちで「うん」と頷き。そして目の前の彼に問いかける。
「ひょっとしたら、遥さん……出て行ったりしないよね?」
と、心の底から間宮遥のことを案じた顔で。
「まさか。……いや、でもな」
「…………行こう、カイト。今なら――――今ならまだ、間に合うかも知れない」
あり得なくはない、と言いたげな戒斗の反応を見て、アンジェが言う。
そう言った彼女の顔も語気も、とても強い芯のあるもので。戒斗もそんな彼女と視線を合わせながら、やはり深刻な面持ちで「……ああ」と頷き返していた。