第六章:ORBITAL MEMORIES/02
来栖大社の裏にある深い森を抜け、獣道のような山道を歩いていくと。そうして二人が行き付いた先は、広い洞窟の入り口だった。
先導する飛鷹に連れられ、遥は彼女とともにその中に入っていく。嘗て来栖大社が祀っていた聖域たる洞窟の中へと、遥は飛鷹とともに入っていった。
「此処は……昔のままなのですね」
「ああ。遠い昔、私たちと同じように戦っていた神姫たちの生きた証だ」
二人の入っていった広い洞窟。その洞窟は……公表はされていないものの、来栖大社が太古の昔より聖域として祀っていた神聖な場所。
そんな洞窟の内側に所狭しと描かれていたのは、壁画――――古代の神姫たちの戦いを描いた、無数の古い壁画だった。
剣を携えた青い神姫と、その周りに集う幾人もの神姫たち。そんな彼女らが対峙するのは、この世のものとは思えぬ異形の怪人――――妖魔、即ちバンディットの軍勢。
ひとつひとつ例を挙げていけばキリがないが、とにかく洞窟の内側に描かれていたのは、そんな古代の神姫たちの戦いを記した壁画だったのだ。
遥はそんな洞窟の壁画を眺めながら、先導する飛鷹とともに洞窟の奥へと進んでいく。
「それで飛鷹、私に見せたいものというのは?」
「アレだよ、美弥」
そうして洞窟の最奥付近に辿り着こうという頃、遥がそう問うと。すると立ち止まった飛鷹はコクリと頷いて、自身の前方――――広い洞窟の突き当たりを指差した。
僅かにひび割れた洞窟の天井、その隙間から陽の光が差し込むそこには、まるでスポットライトに照らし出されるように光を浴びる大きな岩があり。そして、その岩には……遥にとってはあまりに見覚えのある、そして何処までも懐かしく、尊く、切ない思いを抱かせる――――そんな、一振りの刀が突き刺さっていた。
「これは……!?」
差し込む陽光に照らし出される岩と、そこに突き刺さる刀。
それを目の当たりにした途端、ハッとした遥はすぐに駆け出し。飛鷹の横をすり抜けて刀の傍まで駆け寄っていく。
そして突き刺さる刀を目の前にすれば、遥は信じられないといった顔でその刀をじっと見つめていた。
「――――――ハバキリキャリバー」
駆け寄っていった遥を、後ろからゆっくりとした歩調で追いかけて。飛鷹は遥の隣に並び立てば、遠い目をしてそう呟く。
「紫音さん……来栖紫音、神姫オーキッド・キャリバー……お前の母親が使っていた武具だ、美弥」
――――ハバキリキャリバー。
遥たちの目の前にある岩、スポットライトのように陽の光が照らし出すそこに突き刺さるその刀こそ、間宮遥の……来栖美弥の実母、来栖紫音。神姫オーキッド・キャリバーの振るっていた武具に他ならなった。
「でも、どうして……だって、母様はあの時に」
声を震わせる遥に「そうだ」と飛鷹は頷き返し、
「紫音さんは一年半前の戦いで、ソロモン・バンディット……篠崎十兵衛に肉薄し……一歩届かず、亡くなった」
と、淡々とした口調で。でも何処か辛そうにも聞こえる口調で、そう呟いた。
「でも紫音さんは亡くなる間際、この場所に辿り着いて……ハバキリキャリバーを遺したんだ。他ならぬ美弥、お前の為に」
「私の……?」
「紫音さんの詳しい意図は私にも分からない。ただ……これだけの長い年月を経ているにも関わらず、神姫の武具が実体化したまま残っているというのは異常なことだ。それだけの強い想いが……きっと、紫音さんにはあったんだと私は思う。紫音さんがそれほどまでに想う相手は、美弥……お前しか居ないだろう?」
続けて言うと、飛鷹は隣に立つ遥の肩をポンっと叩いた。
――――神姫の武具は、基本的に長く実体化していることはない。
遥の振るう聖剣ウィスタリア・エッジや聖銃ライトニング・マグナム、聖槍ブレイズ・ランスのような神姫の武具は、変身解除後まで実体化し続けることはないのだ。
彼女たち神姫が呼び出した武器は、変身を解くとともに光となって霧散する。彼女らが身に纏う神姫装甲と同じく、変身を解いた瞬間に武器もまた消えてしまうのだ。
――――だが、今二人の目の前にハバキリキャリバーは残っている。
一年半前の戦いで亡くなった神姫の武具が、未だに実体化したままこの場に残っているのだ。これがどれほど異常なことなのかは、神姫の力を有した乙女ならば誰しも分かること。こんなこと、普通はあり得ないのだ。
だが、あり得ないことが今、現実の事象として二人の目の前に存在している。
故に遥はこうして、言葉を震わせてしまうほどに驚いているのだった。
――――端的に言えば、今二人の目の前にあるハバキリキャリバー。嘗て彼女らと共に戦い、そして散っていった神姫……来栖紫音、オーキッド・キャリバーの武具が今も存在していること自体、本来ならばあり得ないことなのだ。
「母様……」
遥は呟きながら、ハバキリキャリバーの突き刺さった岩の前に跪き。そうすれば、コバルトブルーの瞳から僅かに涙を流しながら、じっと目の前のそれを……母の遺品たるその刀、ハバキリキャリバーを見つめる。
そんな彼女の背中を見下ろしながら、スッと眼を細めながら。飛鷹は遥にそっと語り掛ける。
「……それをどうするかは、お前の自由だ。それは紫音さんがお前に遺したもの。抜くも抜かないも、美弥……お前が決めろ」
「…………本音を言えば、今すぐに触れてみたいです」
――――でも。
「でも、まだ駄目だと思うんです」
「どうしてだ?」
「はっきりとした理由は、私自身にも分かりません。ですが……母様が言っている気がするんです。まだその時ではないと。時が来れば、必ずこの剣に巡り逢う日が来る……と。今こうしていて、母様にそう言われた気がしたんです」
岩の前に跪き、大切な母の遺した刀……ハバキリキャリバーを前にして、涙を流しながら呟く遥。
そんな彼女と、そして彼女の目の前で煌めく刀を見つめながら。飛鷹はただ「……そうか」とだけ頷き返していた。
――――跪いて涙を流す遥と、そして彼女の傍に立つ飛鷹。
地球の意志が生み出した、この地球の抑止力たる戦巫女……神姫。悠久の刻の中で戦い、抗い続けてきた彼女たちの歴史を記す、この神聖なる洞窟の中で。柔らかな陽の光に照らし出されるハバキリキャリバーの煌めきは……何処か優しく。まるで、遥たち二人を静かに見守っているかのように、そっと刀身を煌めかせていた――――。




