第二章:願いのリナシメント/01
第二章:願いのリナシメント
走り出した遥が向かった先は、街角にある、とある高速道路の高架下だった。
横幅の広い高速道の高架、少し長めのトンネルになっている……そんな場所の出口近く。そこで逃げ惑う人々を追うように、複数の異形の怪人たちが我が物顔で闊歩していた。
――――その数、五体。
すべて量産型のコフィンなどではない、通常のバンディット……しかも上級に分類される強力な怪人ばかりだ。少なくとも、今まで遥や他の神姫が……少なくとも、遥が記憶を失っている間に戦ってきたどのバンディットよりも強い個体。それが五体同時に現れ、人々を襲っていた。
既に何人もの犠牲者が出ている。血溜まりの中に沈む、捕食され用済みとなったズタボロの遺体。それを踏み越え、更なる獲物へと迫る五体のバンディットたちの前に遥は滑り込んだ。
逃げ惑う人々の合間をバイクですり抜け、ギャァァッと派手に横滑りして停まる。一目散に逃げていく一般人と、それを追う五体のバンディットの間に入る位置に停まった遥は、被るヘルメットのバイザーをクッと上げつつ叫ぶ。
「逃げてください、早くっ!」
そうして皆に叫びながら、遥は目の前に居る五体の強敵を凝視する。
――――皆、どれも見た目からして手ごわそうな相手ばかりだ。
そんな手ごわそうな五体のバンディットは、突然割って入っては自分らの狩りの邪魔をした遥をじっと睨み付けている。
それに対し、遥は怖じ気づくことはなく。真っ青な双眸でジッと見据えながら、五体の敵を素早く見極める。
――――遥の前で徒党を組む五体。その上級バンディットの群れは……こんな見た目をしていた。
まずは一体目。上方向に捻じれた一対の巨大な角を持つ凶悪そうな見た目の怪人だ。
ロングホーン・バンディット。これはテキサスロングホーン……牛の一種だ。その特性を宿した上級バンディットだ。大男のような巨体は、黒と灰色が混ざったまだら模様。その身体が長い毛皮に覆われているせいで、どうにも分かりにくいが……全身の筋肉は異常なまでに発達し、まるでボディビルダーのように隆起している。
…………次に二体目、クレイフィッシュ・バンディット。
こちらはクレイフィッシュ、つまりザリガニの名を冠するだけに、全身を赤黒い甲殻で包んだ頑丈そうな見た目をしている。両手には巨大な爪、頭部には一対の長い触覚と、そして背中には十本の脚のような細い突起物を生やしている。一発でザリガニ怪人と理解できるような、そんな分かりやすい見た目だ。
…………三対目、タランチュラ・バンディット。
これに関しては、タランチュラ――――毒グモの一種の特性を宿した個体らしい。複眼を有した醜悪な顔つきに、背中に生えた脚のような六本の突起物と……見た目はかつて遥たちが戦った下級個体、同じクモ怪人のスパイダー・バンディットとよく似ている。
だが体色は紫がかった黒色で、背中にある蜘蛛の脚めいた突起はスパイダーのものよりも太く、丈の短いものだ。
そんなタランチュラ・バンディットは見た目からして凶悪で、その風貌通りスパイダーの正統進化系といった感じだろう。口から吐く蜘蛛の糸も強化されているとしたら、凄まじく厄介な敵になることは間違いない…………。
――――四体目、コンドル・バンディット。
こちらはどうやら、鳥を原型にした飛行型バンディットのようだ。宿す特性は名前通りコンドルか。
体色は黒灰色と白のツートンカラーで、身体はやはり鳥のように柔らかな羽毛で覆われている。口にもくちばしを有していたり、両腕は鳥の翼のような形状をしていたりと……鳥を原型にした怪人であることは疑いようもない。
見た目通りの飛行型、空中でのトリッキーな戦い方をする敵と見るべきだろう。だがコンドル怪人だけに、かつて戦ったカブトムシ型のビートル・バンディットや、ハチ型のホーネット・バンディットの時以上の苦戦を強いられることは間違いない。厄介な相手になりそうだ……。
――――最後に五体目、モス・バンディット。
こちらも前述のコンドルと同じく飛行型だ。だが宿す特性はコンドルのように鳥ではなく、モス……即ち蛾のようだった。
土色の身体で、その背中から白っぽい大きな羽を……文字通り、蛾の羽のようなものを生やした気色の悪い見た目だ。かなり分かりやすい蛾怪人といった見た目で、この五体の中では一番の生理的嫌悪感を否応なく覚えさせられるような、モス・バンディットはそんな気持ち悪い見た目の怪人だった。
そんなモス・バンディット、見た目ではどんな攻撃を仕掛けてくるか分からない。同じ飛行型でも、鳥ベースのコンドルほどの機動性はないにしろ……油断が許される相手ではないだろう。
「思っていたよりも、数が多い……!」
そんな五体の強敵を前にして、遥は僅かな焦燥感を滲ませつつも……しかし臆することはなく。被っていた黒いフルフェイス・ヘルメットを脱げば、停めたバイクから降りて怪人たちの前に躍り出る。
すると、遥は生身のまま目の前のバンディットたちに格闘戦を仕掛けた。
「ハァッ!!」
助走をつけて勢いを乗せた回し蹴りを放ち、ロングホーン・バンディットを怯ませる。
全ては時間を稼ぐためだ。まだ全ての一般人が逃げ切ったワケではない。神姫に変身するのを見られるワケにはいかない、という事情もあるが……とにかく遥は逃げ遅れた人々を逃がすために、その時間を稼ぐために五体の上級バンディットに生身の格闘戦を挑んでいた。
「フッ……!!」
初撃から続けて放つハイキックの三連撃に、肘打ちと掌底。小刻みにステップを踏んで他のバンディットたちの攻撃を回避しつつ、五体の注意を自分に引き付ける。
「これ以上、貴方たちの好きにはさせない!!」
そうして格闘戦を続けながら、周りからヒトの気配が無くなったのを感じながら……遥が叫ぶ。
「全て上級バンディット……だとしても、私は!」
タランチュラ・バンディットが口から吐いた蜘蛛の糸を避けつつ、地を蹴ってバク転気味に飛び、タランチュラの顎先に強烈なオーバーヘッドキックを叩き込みつつ……その勢いのまま大きく後ろに飛んで着地。間合いを取った遥は、その場でクッと構えを取る。
「誰かの自由を、未来を……笑顔を! 絶対に奪わせたりなんかしないっ!! 私が……守ってみせる!!」
雄叫びと共に胸の前に構えた右手の甲、彼女の昂ぶる感情に呼応するかのように輝き始めたそこに――――閃光とともに、蒼と白のガントレットが出現する。
――――セイレーン・ブレス。
それは、彼女が神姫たる証。間宮遥であり、来栖美弥である彼女に与えられた、大いなる力の証明。人々の笑顔の為に戦い続けてきた、蒼と白の気高き戦士……神姫ウィスタリア・セイレーンであることの、何よりもの証。
それを右手の甲に出現させた遥は、その場でバッと構えを取ってみせた。
「はぁ……っ」
両腕を左右斜めに広げて、そのまま時計回りにゆっくりと半周回す。呼吸は深く気を練るように深呼吸し、心は静寂な水面のように穏やかに、しかし熱い闘志を滾らせて。
「――――チェンジ・セイレーン!!」
熱い鼓動のように高鳴る、エナジーコアの甲高い唸り声。
そうすれば遥は叫び、握った左手を腰の位置に下げ。そして右手はバッと斜め前方に突き出して構えた。まるで、その右手の甲にある青と白のセイレーン・ブレスを……そこに埋め込まれた丸い宝石、エナジーコアの輝きを見せつけるかのように。
瞬間――――高鳴るエナジーコアの唸り声とともに、遥の身体は一瞬、目も眩むような眩い光に包まれる。
…………閃光は、ほんの一瞬。
そんな一瞬の内に、彼女の姿はもう、神々しき蒼の戦士へと変貌を遂げていた。
――――神姫ウィスタリア・セイレーン。
それこそが、彼女の……間宮遥、いいや来栖美弥の真の姿。蒼と白の艶やかな神姫装甲に身を包んだその姿こそ、始まりの青き乙女たる彼女の。選ばれし歴戦の勇士たる彼女の、真の姿だった。
「もう、誰の悲しい顔も見たくない。だから私は戦う。戦い抜いて……守ってみせます。この力で、私の守りたい全てを」




