第一章:過去への旅路/03
その頃、遥は――――間宮遥は、店から遠く離れた街中でバイクを走らせていた。
黒いフルフェイス・ヘルメットから飛び出た青い髪、綺麗なストレートロングの髪を風に靡かせながら、真っ黒な愛機……二〇一九年式のカワサキ・ZX‐10Rで早朝の道を駆け抜ける。その行く先に敵の気配はなく、ただ道だけが真っ直ぐに何処までも続いていた。
――――遥が家を飛び出し、こうして独り孤独にバイクを走らせている理由。それは戒斗たちが予想した通り、彼女の記憶が蘇ったからに他ならない。
突然、何の前触れもなく記憶が蘇ったのだ。自分が今まで何処でどう生きていたのか、自分が何処から来て、そして何処へ行こうとしていたのか。何故神姫としての力を得て、そして戦い続けていたのか。自分の本当の名前、大切な思い出、掛け替えのない仲間たちとの記憶…………。
その全てを、失われていた全てを、遥は取り戻していたのだ。
だからこそ、彼女には行かねばならない場所がある。確かめなければならないことがあるのだ。
故に遥は、こうして家を飛び出し……独り、遠く離れた場所でバイクを走らせていたのだった。
きっと、いいや間違いなく戒斗やアンジェには心配を掛けてしまっているだろう。皆には何も知らせぬまま、書き置きだけを残して家を出てしまった。
皆を心配させてしまっているだろうと思えば、遥も心が痛む。申し訳ないと思う気持ちもある。
――――それでも、行って確かめなければならないことがあるのだ。一分でも、一秒でも早く。
「ふぅ……っ」
そうしてバイクを走らせる中、遥は休憩がてらに目についた適当なコンビニに寄っていた。
そんな、休憩の為に寄ったコンビニの駐車場。そこで自分のバイクに寄りかかりながら、遥は飲みかけの缶珈琲を片手に小さく息をつく。
息をつき、バイクに寄りかかりながら缶珈琲をちびちび飲む。
そうしていれば、ふとした折に懐のスマートフォンが震え始めた。誰かから電話の着信が来ている報せだ。
誰だろう、と思い見てみると。すると……電話を掛けてきた相手は、戒斗だった。
「……流石に、無視するワケにはいきませんよね」
電話に出るか否か、ほんの少しだけ悩んだ後、遥は戒斗からの電話に出た。
『――――遥か?』
右耳に当てたスマートフォン、そのスピーカーから聞こえてくるのは、聞き慣れた彼の声だ。
横からは、アンジェやセラの声も僅かにだが聞こえてくる。皆で一緒に居るのだろうか。
聞こえてくる皆の声音は、やはりどこか心配そうというか、自分のことを案じているようで。それを聞いた遥はチクリと胸に僅かな痛みが走るのを感じながら、小さく「……はい」と頷き返した。
『急に飛び出していって、色々と訊きたいことはあるが……その、一体どうしたんだ?』
続く彼の問いかけに、少しばかり言いにくそうに問うてくる彼に、遥は僅かに言い淀んだ後でこう答える。
「…………どうしても、行って確かめなければならないことがあるんです」
『遥……ひょっとして、記憶が?』
恐る恐る問うてくる戒斗に、遥は少しだけ間を置いた後で「……はい」と頷き返し、記憶が戻ったことを肯定した。
「実は、少し前に突然戻ったんです、私の記憶が」
『そうか……』
遥が打ち明けると、戒斗は安堵の色を滲ませた声で小さく唸る。
そうした後で、彼は続けてこんな質問を彼女に投げかけた。
『それで、遥は……戻ってくるんだよな?』
「出来ることなら……許して貰えるのなら、私はずっとそこに居たいです。戒斗さんや、アンジェさんたちの傍に。今の私にとっての居場所は……お二人の傍だけですから」
もしかしたら、受け入れられないかも知れない。記憶を取り戻した自分の居場所は、彼らの隣じゃないのかも知れない。
そう思いつつも、遥は意を決して彼に言う。
すると、戒斗は『……分かった』と、心からの安堵が滲み出た声で頷いてくれた。
『今は深いことは訊かないでおく。だから……帰ったら、ゆっくり聞かせてくれ』
――――帰ったら、ゆっくり聞かせてくれ。
それは、戒斗が自分を受け入れてくれた何よりもの証拠。記憶があってもなくても、自分がそこに居ても良いと……そう言ってくれたような気がして。その言葉を聞いた遥は、思わずほんの少しだけ涙を滲ませそうになってしまう。
…………でも、グッと堪える。
グッと堪えたまま、遥は「はい」と小さく、でも嬉しそうに彼に頷き返した。
「……すみません、ご心配をお掛けして。アンジェさんやセラさんにも、そう伝えておいてください」
『二人とも、もう聞いてるよ。先生も傍に居る。……代わるか?』
アンジェやセラ、それに有紀の声が聴ける。
それは今の遥にとって、記憶を取り戻し……そのせいで少しだけ不安定な今の彼女にとって、あまりにも魅力的な提案だった。
でも、遥は「いえ」と首を小さく横に振る。皆の声を聴けば、きっと戻りたくなってしまうから。いつか戻る、今の自分にとっての居場所でも――――今はまだ、戻るワケにはいかない。
そうして遥が首を横に振ると、戒斗は『そうか』と頷き、
『…………気をつけてな』
最後に短く、それだけを言って、電話を切った。
通話が途切れ、ツーッ、ツーッという電子音だけが響くスマートフォンを懐に仕舞い、遥は「ふふっ……」と小さく微笑む。
そうしながら、彼女は心の底から思っていた。本当に、本当に良いヒトたちに巡り逢えたな……と。
「でも――――今は、行かなくてはならない場所がある」
ひとりごちて、今までの微笑みから一変。表情をクッとシリアスな色に塗り替えると、遥は手にしていた珈琲の空き缶を傍らのゴミ箱に放り投げ。そして自分のバイクに跨ると、ヘルメットを被りエンジンを掛け、コンビニの駐車場から飛び出して……再び、走り出す。
風を切って彼女が駆け抜ける先、行き先はただひとつ。遠い過去、彼女たちと共に生きた――――あの街だ。




