第七章:身体は傷付き心は手折られ、それでも…………。/04
戒斗は今まで胸の内に抱えていたこと、誰にも話せなかったことを全てウェズに打ち明けた。
それは、真に対し自分が何もしてやれなかったことや、挙句の果てに自分の無茶のせいでVシステムを駄目にしてしまったことへの深い後悔の念と、自分自身に対する失望感と、それに伴うどうしようもない虚無感。自分が力を得たなんてのは、やっぱりただのまやかしで……結局、今も無力な自分のままなんじゃないか、と思い続けていたこと。
その全てを、戒斗は少しずつ……ポツリポツリと、全てをウェズに打ち明けていた。
「――――なるほどなあ」
そんな何もかもを戒斗が話し終えた頃、今まで丸椅子に座って腕組みをしたまま、黙って話を聞いてくれていたウェズが呟き、唸る。
そうして唸った後で、ウェズはこんなことを戒斗に告げた。
「なあ兄弟、ひとつだけ言わせて貰ってもいいか?」
「……なんだ?」
「お前はひとつ、勘違いをしている」
「勘違い?」
きょとんとする戒斗に「ああそうだ」とウェズは深く頷き、
「お前は無力なんかじゃないぜ、兄弟」
と、柔な笑顔とともにウェズは戒斗に言った。
「…………だが、俺は」
俯き、深い影色の差した横顔を見せる戒斗。そんな彼に、ウェズはこう言葉を続けていく。
「確かに、お前は無茶をやらかした結果、虎の子のVシステムをお釈迦にしちまったさ。そりゃあ間違いねえ。状況やら諸々のファクターはあるが……お前のミステイクが無かった、とは言い切れねえ。司令やドクターは何かしらのフォローをしてくれたんだろうが、あの場に居た俺はそう考えてる」
「……当然だな」
がっくりと俯いたまま、自嘲じみた……何処か卑屈にも思える笑みを漏らす戒斗に対し、ウェズは「だが」と言って。
「ミスはどうしたって起きちまうモンだ。どれだけ厳しい訓練をこなしてきて、どれだけ修羅場を潜り抜けてきた奴でも……人間である以上、時にはミスを起こす。
俺だってそうだ。軍に居た頃、ヤバいミスをしたことは何度だってある。だから……俺も、お前を責めたりはしねえよ」
そんな言葉をひとしきり紡ぎ出した後、続けてウェズは「……それに」と呟き、更なる言葉を戒斗に向かって言う。
「何より、お前が無力だってのは絶対に違う」
と、慰めでもなんでもない……あくまで事実を述べているといった風に、自信のある言葉を。
「……でも、俺は何も出来なかった」
「出来なかった、ってのは違うな。お前はお前に出来ることを全力でやったんだ」
「……ウェズ」
――――慰めなら、やめて欲しい。
そう言おうとした戒斗だったが、しかしふと目にしたウェズの顔が……その双眸から注がれる真っ直ぐな視線が、単なる慰めの言葉ではないことを暗に告げていて。だからこそ戒斗は喉元まで出かかっていた一言を言葉の形にすることはせず、ただウェズの紡ぐ言葉に耳を傾けた。
「なあ兄弟、無力な人間ってのはな、行動を起こせない、何も出来ない人間のことだ」
「つまり、それは俺のことだろ?」
尚も自嘲めいた言葉を漏らす戒斗に、ウェズは「いいや、違う」とキッパリとした否定で返す。
「お前は確かに行動した。あの嬢ちゃんの為に……翡翠真のために、お前はお前に出来ることを全力でやったんだ。その結果がこのザマで、そんでもってVシステムの大破って結果だとしても……失敗に終わったとしても、俺はお前に敬意を表する」
「ウェズ……」
「もしも……もしも俺がお前と同じ立場だったとして、多分俺はああいう風に飛び出せなかった。自分の身も厭わずに、あの嬢ちゃんのことを助けようなんて……俺なら、絶対に出来なかった」
ウェズはそう言った後で、一呼吸の間を置き。戒斗の顔をじっと真っ直ぐに見据えながら、彼に心からの言葉を告げる。
「だから、俺はお前の行動に……お前の勇気に、心から敬意を表する。ドクターがお前をVシステムの装着員に選んだ理由、今なら分かる気がするぜ」
そんな、心の底からの敬意を込めた一言を。
「……俺は、無力じゃないのか?」
ウェズの言葉を受け、複雑に渦巻いていた戒斗の心が……暗雲の立ち込めていた彼の胸の中が、少しだけ晴れてくる。
するとウェズは「ああ」と頷いて同意の意を示し、その後でこう続けた。
「少なくとも、俺やドクター、司令やセラに……アンジェちゃんから見れば、お前は全然無力なんかじゃない。お前は立派に戦えてるよ、兄弟」
「…………」
少しだけ、肩の荷が下りたような気がする。
抱えていたモノが少しだけ軽くなって、さっきよりは幾分か表情がマシになった戒斗。そんな彼の横顔を間近から眺めつつ、ウェズは「あと、ひとつだけ教えておいてやる」と更なる言葉を戒斗に言う。
「アンジェちゃんはな、本当はお前に戦って欲しくないと思ってるんだ」
「……まあ、そうだろうな」
ある意味で、分かり切っていた話だ。
だからこそ、戒斗は小さな相槌を打つだけで……それ以上、何も言おうとはしなかった。
「理由は……敢えて俺から言うまでもないだろうが、一応聞くだけ聞いておいてくれ」
そんな戒斗にウェズは言うと、彼の返答を待たないままに続けてこう告げる。
「アンジェちゃん、お前を危険な目に遭わせたくないんだ。出来ることなら戦って欲しくないし、お前が傷付くのも見たくない。お前は意識を失ってたから知らんだろうが……あの時、アンジェちゃん大泣きしてたんだぜ?」
「…………本当に、申し訳ないことをした」
がっくりと肩を落とす戒斗に「まあ聞け」とウェズは言って、
「……でもな、アンジェちゃんは何も言わないだろ? お前がこうして大怪我をしても、それでも何も言わなかったはずだ。戦って欲しくない、もう戦うなとは……一言も言わなかったはずだ」
「……ああ」
「何でか分かるか?」
「…………何となく、な」
コクリと頷く戒斗に、ウェズは「それが、お前の意志だからだよ」と告げる。
「お前が自分の意志で決めたことだから、お前が自分で戦うと言い出したことだから……嬢ちゃんは何も言わないんだ。本当は戦って欲しくない、傷付いて欲しくない……そう思いながら、でも絶対に言わないんだ。それはお前が決めたことだから、お前が嬢ちゃんと一緒に戦うって決めたから」
「…………俺の、意志」
そうだ、とウェズは深く頷く。
「今、お前の心はポッキリ折れちまってるのかも知れない。それでも、お前になら出来るはずだ。あそこまでの勇気を持っているお前なら……きっと、手を伸ばした先でまた何かを掴み取れるはずだ。お前ならまた立ち上がれると、俺もドクターも、司令もセラも……アンジェちゃんも、皆信じてる」
ウェズにそう言われて、戒斗はフッと小さく笑み。そして、ウェズの方に横目の視線を流すと……親身になってくれた彼に対して、兄貴分の彼に対してこう言った。
「……ありがとう、ウェズ。お前と話してたら、何だか色々と吹っ切れたよ」
と、憑き物が取れたような……今までの重く暗い面持ちとは違う、いつも通りの顔で。
そんな戒斗の顔を見て、ウェズも満足し。そうすればニヤリと嬉しそうに笑む。
「気にするなよ、兄弟。困った時はお互い様だろ?」
「…………ああ、そうかもな」
ニッコリと人懐っこく笑うウェズと、フッと僅かな笑みをこぼす戒斗。
そうして二人で笑みを交わし合っていると、ふとした折にウェズの懐でスマートフォンがぷるぷると震え出す。
なんだよ、と億劫そうにズボンのポケットからスマートフォンを引っ張り出し、その画面に視線を落としたウェズだったが……次第に、その顔色がシリアスなものに変わっていく。
「ウェズ、どうした?」
そんな彼の反応を不思議に思った戒斗が問うてみると。すると、ウェズはスマートフォンをズボンのポケットに仕舞いながらこう答えた。
「バンディットサーチャーに反応があった。出たらしいぜ――――敵のお出ましだ」
(第七章『身体は傷付き心は手折られ、それでも…………。』了)