第七章:身体は傷付き心は手折られ、それでも…………。/03
「話はセラや南から聞いちゃいたが、思ってたより元気そうだな。全くホッとしたぜ」
「俺もアンジェから聞いてる。世話になったな、ウェズ」
「ああいう時はお互い様だ。それに礼を言うべきは俺じゃなく、アンジェちゃんやあの嬢ちゃん……風谷美雪っつったっけか。そっちの方だぜ、兄弟」
「……二人になら、もう言ったよ」
「マジでか。アンジェちゃんはともかく、あの嬢ちゃんにもか?」
「ああ。美雪も来てくれたからな……見舞いに」
「へええ、結構律儀なとこあるんだな」
「それがなウェズ、聞いて驚くなよ? なんと美雪の奴な……そこの窓から入ってきたんだ」
「はぁあ? おいちょっと待てよ、此処って確か十二階だろ? 冗談ならもうちょいマシなのにしてくれよ」
「嘘みたいなホントの話だ。俺も最初見たときはひっくり返りそうになったよ」
「おいおい……神姫ってのはマジに人間離れしてやがるんだな」
「神姫でも、あんなこと出来る奴は滅多に居なさそうだがな…………」
「まー、でも嬢ちゃんの師匠のことを思えば納得だぜ」
「師匠? ……ああ、俺がぶっ倒れた後に現れたっていう、伊隅飛鷹とかいう奴のことか」
「そうそう。あっちの嬢ちゃんも大概おかしかったからな。何せコフィンの大群を生身でブッ飛ばしてたんだぜ? しかも特殊徹甲弾じゃない普通の銃弾で仕留めるわ、挙句の果てには素手でどうにかしちまうわ……見てる俺は開いた口が塞がらなかったよ」
「広い世の中、探せばびっくり人間も案外居るもんだな」
「全くだぜ」
とまあ、石神の代打として見舞いにやって来てくれたウェズと、そんな風な冗談交じりの会話をひとしきり交わし合った後。戒斗とウェズはお互いに小さく息をつき、暫しの間無言のままだった。
そうして互いに何も言葉を発しないままでいると、ふとした折にウェズが「……なあ」と話しかけてくる。さっきよりも幾分か神妙な顔で、だ。
「なんだ?」
それに戒斗が反応を返すと、ウェズはこんな問いを彼に投げかける。
「……お前、また何か悩んでんだろ?」
と、ある種の確信を秘めた問いかけを。
「…………流石に、ウェズにはお見通しか」
完全に見透かされた戒斗がやれやれ、と肩を竦めると、ウェズは「まあな」と相槌を打ち、
「嬢ちゃん……アンジェちゃんからさっき頼まれた、ってのもあるがね」
その後で、意外な彼女の名前もウェズは口にする。
不思議に思った彼が「アンジェに?」と問うと、ウェズはその理由を……この会話の中で何故アンジェの名前が唐突に飛び出してきたのか、その理由を説明してくれた。
「さっき、来る前に本部の廊下で偶然バッタリすれ違ってな。俺がお前の見舞いに行くって言ったら、その時に頼まれたんだよ。お前が何か悩んでるっぽいから、思い出したら相談に乗ってあげて欲しい……ってな」
「アンジェ……」
「兄弟、まさかあの娘が気付いてないとでも思ったか? とっくに気付いてたんだよ。今のお前が怪我人で、そんでもって色々と頭の中がぐちゃぐちゃだろうから……って遠慮して、敢えて今までお前には言わずにいたんだろうけどよ。嬢ちゃん自身はすっげえ悩んでたぜ。苦しそうなお前の為に、自分は何をしてあげられるんだろうって」
「…………大馬鹿だな、俺は」
アンジェが気付いてくれていたことにも、気付けなかったなんて。
視野が狭くなっているにも程がある、そんな自分に嫌気が差し。戒斗が自嘲じみた笑いをこぼす中……ウェズは「かもな」と頷く。
その後で、ウェズは表情を軽く崩し……こうも戒斗に言ってみせた。
「だがまあ、幸せ者じゃねえか。あそこまで真剣に思ってくれる娘なんざ、早々出会えるモンじゃねえよ。悪いと思うなら、アンジェちゃんのことを精いっぱい大切にしてやんな」
「ああ……そうだな」
「それで、だ。何か悩み事があるんだろ? 話してみろよ、兄弟。俺とお前の仲だろ?」
人懐っこくてフレンドリーで、それでいて頼れる……正真正銘、戒斗にとっての兄貴分。
そんなウェズの言葉に絆されて、戒斗はポツリポツリと話し始めた。自分が内に秘めていたことを、抱えている気持ちを……彼に、兄貴分たるウェズリー・クロウフォードに打ち明けるかのように。