第十章:グラファイトの少女/02
「ふざけるなァァァァ――――ッ!!」
翡翠真がグラファイト・フラッシュに変身したのを目の当たりにした途端、激昂した戒斗はアンジェを振り切り……左腰に収めていたコンバット・ナイフを抜刀しつつ、激情に身を任せて香菜へと斬り掛かっていく。
「ふざけてなどいませんわよ?」
だが、その斬撃は香菜が防御フィールドで防ぐまでもなく、間に割って入ってきた彼女が……翡翠真が止めてしまっていた。
戒斗が順手持ちで振るったコンバット・ナイフ、そのブレードを人差し指と中指で摘まむ……真剣白刃取りの格好で、真は戒斗の斬撃を止めていた。
そんな風に真剣白刃取りでナイフを止めてみせた彼女の瞳には、やはり光はなく。その表情も、顔色も……ただただ無機質。至近距離で目の当たりにする真の顔からはもう、今までのような活発さは失われていて。そこにあるのはただただ虚無だけが満ちた……人形のように生気のない、そんな少女の顔だけだった。
「目を覚ませ、真っ!!」
「…………」
「俺だ、戦部戒斗だっ! 俺が……俺が分からないのか!?」
「……殲滅」
それでも、戒斗は説得しようとした。
だが、そんな戒斗の必死の叫びも虚しく。戒斗はそのままナイフを半ばからバキンとへし折られると、その流れで振るわれた真の拳に吹き飛ばされてしまう。
「ぐあぁぁぁっ!?」
とても真の手が繰り出したとは思えないぐらいの物凄い衝撃に襲われると、彼女の拳の直撃を喰らった戒斗は激しく吹っ飛ばされ、そのまま地面を派手にゴロゴロと転がってしまう。
Vシステムの装甲、そのあちこちから火花が吹き出し……そうして地面を転がる中で、ヘルメットは一部が割れてしまい。その隙間から、戒斗の素顔が露わになってしまっていた。
「カイトっ!!」
「戒斗さんっ!!」
「馬鹿、無茶しすぎよ……!!」
ただでさえ大ダメージを負っていた上でのこの損傷、戒斗は……いいや、ヴァルキュリア・システムはどう見たって戦闘不能だ。
故に、吹っ飛ばされた彼を目の当たりにしたアンジェと遥、そしてセラは彼を助けに行こうとした。
しかし……グラスホッパー・バンディットと潤一郎、そして香菜が増援として呼び出していたらしい、更なるコフィン・バンエィットの大群が取り囲み、彼女たちの行く先を遮ってしまう。
「退きなさいっ!!」
「悪いけれど、姉さんの邪魔はさせないよ。もう時間切れだけれど……君たちの足止めぐらいなら、ギリギリ出来るかな?」
怒鳴るセラはそれでも突っ切ろうとしたが、しかし立ちはだかる潤一郎は……バイザーを真っ赤に染め、関節のあちこちから白い蒸気を吹き出す彼は軽薄な口調でそう言いながら、三人に向けて右手のアルビオンシューターをバッと構える。
どうやら、この大群を突破しない限り、三人の神姫たちは戒斗の救援に向かえないらしい。
「ここで僕が動かないと……ここで踏ん張らないと、カイトがっ……!!」
「分かってるわよ、そんなことッ! 言われなくたって……アタシにだって、分かってるわよ……ッ!!」
「しかし……この数を突破するには、時間があまりにも足りなさすぎる……!!」
青ざめた顔で言うアンジェと、完全に頭に血が上った顔で言い返す、セラの焦燥感に満ちた声。そして遥が……冷静さを保っているが故に、状況の深刻さを誰よりも感じてしまっている彼女が呟く。
――――状況は、最悪を通り越して最悪だ。
とはいえ、突破しないことには彼を助けられない。無理にでもこの場を突破しなければ、戒斗を助けられない。
だからこそ三人の神姫は覚悟を決め、アンジェは腕のアームブレードと脚のストライクエッジを、セラは両手に二挺体制で呼び出したショットガンを、そして遥は左手の聖銃ライトニング・マグナムをそれぞれ構える。
「僕が……僕がカイトを、守るんだ……っ!!」
ダンッと地を蹴ってアンジェが飛び出すのを合図に、三人の神姫は潤一郎たちとの交戦を開始する。
「コイツはマズいぜ……野郎ども、嬢ちゃんたちを援護だ! 一秒でも早く道を切り拓くぞッ!!」
そんな状況を目の当たりにし、ウェズもこれはマズいと危機感を覚え。周りに展開する自分の部下たち、STFヴァイパー・チームの面々に号令を下し、彼女たちの援護射撃を開始する。
そうしてウェズたちは彼女らの道を切り拓こうとするが……しかし、ARV‐6E2エクスカリバーは所詮五〇口径だ。バンディット相手には豆鉄砲に毛が生えた程度の威力でしかない自動ライフルだけでは力が及ばず、精々コフィンの数を間引くぐらいの援護しか出来ない。
「…………殲滅」
「や、めろ……真っ……!!」
「まずはP.C.C.Sの切り札から潰すことに致しましょうか。やってしまいなさい、真」
「真、目を覚ませ……!!」
「――――撃滅」
「ぐあああ――――っ!?」
その間にも、戒斗は真の細腕に首根っこを掴まれ、グッと持ち上げられていて。そうして首を絞められたまま身体を持ち上げられながらも、それでも戒斗は彼女の目を覚まそうと必死に説得していたが……しかし彼の声は届かず。香菜の指示に頷いた真は、そのまま戒斗の胸に強烈な殴打を見舞い、また彼を激しく吹っ飛ばしてしまう。
『システム、損傷率九〇パーセントを突破! マズいっすって……戒斗さんがっ!!』
『分かっている! Vシステムは破棄して構わん! 今すぐ緊急離脱するんだ、戒斗くん!!』
「真……!!」
『聞いているのか!? 今すぐに離脱しろと言っているんだ、戒斗くんッ!!』
南が狼狽し、有紀が今まで聞いたこともないぐらいの剣幕で、激しく荒げた声で叫ぶ中。それでも戒斗は傷付いた身体に鞭を打って立ち上がる。
ボロボロになったヘルメットの隙間、素顔が露わになった半壊状態のヘルメットから真を見つめつつ、彼は今一度立ち上がった。それでも、説得を試みようと…………。
「真、俺だ……分かるか…………?」
「…………」
「覚えてるか? 中学の時さ、俺と君とでよく授業サボって学校抜け出して、一緒にゲーセン行ったりカラオケ行ったり……楽しかったよな。覚えてるだろ? 覚えてるって言ってくれよ。なぁ、真…………!!」
「…………」
だが、真は答えない。
光の消えた瞳で、焦点の合わない双眸でじっと戒斗を見つめつつ……ボロボロの彼にゆっくりと歩み寄りながら、真は無言のままに右腕の神姫装甲を展開。そうして展開した装甲、手首の内側から柄だけの形で射出された、日本刀型の武具『グラファイトソード』を掴み取れば、瞬時に延伸したその刀身に禍々しい闇の力を纏わせる。
真が柄を握り締める右手の日本刀、グラファイトソード。その僅かに反った細い刀身が纏うのは……漆黒の炎と表現する以外にない、深き闇の体現たる禍々しき力。
そんな闇の力を纏わせた刀を手に、翡翠真は……グラファイト・フラッシュはゆっくりと戒斗に歩み寄っていく。
「なぁ、プロのカメラマンになるんだろ? それが君の……真の夢だったんだろ? だったら……だったらなんで、こんなことをしてるんだ…………?」
「…………」
「思い出してくれよ、真…………俺たちさ、色々あったけど今日まで仲が続いて……腐れ縁っつーのかな、こういうの。なんて言うか、俺は真のこと、親友だと思ってるんだ。真はそう思っちゃくれなかったのかも知れない。けれど……でも、俺は君のことを親友だと思ってる! 今までも、これからもッ!!」
「…………」
「頼むよ、元の元気な翡翠真に戻ってくれ……いつだって馬鹿みたいに元気な君だから、俺は今日まで親友でいられたんだ……!!」
「…………」
「思い出してくれ、真ぉっ!!」
「――――殲滅」
戒斗は叫んだ。力の限り、思いの丈を込めた叫びを。翡翠真へのありのままの気持ちを込めた叫びを、彼女に叩き付けた。
だが、そんな戒斗の叫びも虚しく……彼の身体を漆黒の刃が斬り裂いてしまう。
「ぐあああぁぁぁぁ――――――っ!!」
――――――『エンド・オブ・ザ・ワールド』。
神姫グラファイト・フラッシュの必殺技、世界の終わりを告げるその刃に斬り裂かれ、Vシステムは完全に機能を停止。戒斗は叫びながら、背中から橋の欄干に激突し……そのまま、地面にずり落ちたまま。激突した欄干にもたれかかったまま、動かなくなってしまった。
「戒斗さんっ!!」
「戒斗っ……!?」
「そんな、嘘だよ……カイト、カイトぉ――――っ!!」
遥の、セラの、そしてアンジェの叫び声が響き渡る中――――人類の切り札たる漆黒の重騎士、XVS‐01ヴァルキュリア・システムは完全に機能を停止し。そして、戦部戒斗は――――その意識を、手放してしまった。
(第十章『グラファイトの少女』了)