第九章:ヴァルキュリア・フォーメーション/01
第九章:ヴァルキュリア・フォーメーション
「っ、これは……!!」
港湾地帯の大橋に滑り込む、黒のZX‐10R。それに跨がる遥は……誰よりも早く現着した彼女は、予想を遙かに超える光景に小さく顔をしかめていた。
感覚からして、敵の数が多いことは分かっていた。分かっていたが……まさか、これほどまでの数とは。
だが、例え多勢に無勢だろうと引き下がるワケにはいかない。例え記憶は失っていても……彼女には、間宮遥には戦う理由があるのだから。
(この数……流石に苦戦は免れませんね)
「でも……戦えない数じゃない!!」
だからこそ、遥は内心で冷静に分析しながらも、己を鼓舞するようにひとりごち。そして遥は被っていたヘルメットを脱げば、停めたバイクを降り……その場でスッと右手を胸の前に構える。
――――閃光。
胸の前に構えた彼女の右手の甲に、甲高い唸り声とともに眩い閃光がパッと瞬く。
とすれば、その瞬きが収まった頃にはもう、彼女の右手の甲には蒼と白のブレスが……神姫たる証、セイレーン・ブレスが現れていた。
「ハァァ……ッ」
気を練るように深く呼吸をしながら、遥はバッと両手を斜めに広げる。
そのまま、左右斜めに大きく広げた両腕を時計回りに、ゆっくりと……精神を統一させるかのように半周回し。その後で握った左手は腰の位置にバッと引き、同時に右手は斜め前方に突き出して構えた。その右手にあるセイレーン・ブレスを、エナジーコアから眩い閃光と低い唸り声を上げる、そのブレスを見せつけるかのように。
「チェンジ・セイレーン!!」
構えると同時に遥が叫べば、鼓動のように高鳴るエナジーコアの唸り声とともに、彼女の身体は凄まじい閃光に包まれ……そして次の瞬間にはもう、彼女の姿は神姫のものへと変わり果てていた。
――――蒼と白の神姫、ウィスタリア・セイレーン。
やはり基本形態のセイレーンフォームだ。蒼と白の神姫装甲に身を包んだ遥は神姫への変身を遂げるや否や、バッと右手を真横に掲げ。とすれば歪む空間から、何も無かった虚空から細身な長剣――――聖剣ウィスタリア・エッジを召喚し、構える。
「此処で、食い止める……!!」
ウィスタリア・エッジの柄を右手で握り締めた遥は呟くと、足裏のスプリング機構を圧縮。それを一気に解放して急加速すれば、剣を片手に敵陣へと果敢に斬り込んでいく。
「シュッ――――!!」
「っ!」
飛び込んだ遥がウィスタリア・エッジを振るい、その刃を一体のバンディットが……カマキリ型のマンティス・バンディットがその手の鎌で以て受け止める。
「ははは、来てくれたねセイレーン。歓迎するよ」
そうして遥が飛び込んできて、マンティスと鍔迫り合いを始めた頃。彼女の姿に気付いた潤一郎はニッコリと嬉しそうな笑顔を浮かべながらそう言う。言葉通り、心から彼女を歓迎しているような……まるで、パーティにやって来た来賓を出迎える時のような笑顔で。
「これは僕からのちょっとしたご挨拶だ、是非受け取ってくれよ」
続けて潤一郎はそう言うと、バッと手を振って周囲の量産型、コフィン・バンディットに指示。すると二〇体全てのコフィンが一気に遥へと飛びかかっていく。
「ッ! ……ハァッ!!」
一斉に突っ込んでくる、量産型の群れ。
その気配を鋭く察知した遥は、今まで鍔迫り合いをしていたマンティスから一旦距離を置き。とすれば遥はまずコフィンの迎撃に打って出た。
一人、また一人とバッタバッタと薙ぎ倒し、一閃の下に返り討ちにしていく遥。
そうして十体ばかりを一気に斬り伏せてやれば、残りの十体はセイレーンフォームの必殺技『セイレーン・ストライク』を叩き込む。
「懺悔とともに……眠りなさい!」
練りに練った気を右手に集中させ、蒼の焔を纏わせたウィスタリア・エッジを振るう。
遥が焔を纏う刃を振るった瞬間、ウィスタリア・エッジの刀身から蒼い光の刃が放たれ……その刃が、残り十体のコフィン・バンディットを纏めて吹き飛ばしてしまった。
まさに一網打尽だ。潤一郎の周囲に控えた他のバンディットたちが僅かに怯えるほどに、それほどまでに遥の戦いぶりは圧倒的の一言だった。
「へえ? コフィンじゃ相手にもならないんだ。流石だねセイレーン、お爺ちゃんたちを苦戦させた相手だけはあるみたいだ」
そんな遥の戦いぶりを目の当たりにした潤一郎は、心底感心したような声で彼女を褒める。
「何を……!!」
「だったら、次はこうしようか」
キッと睨み付けてくる遥に微笑み返し、潤一郎は更にバンディットたちに手振りで指示。自身の近衛たるグラスホッパー以外、残る九体のバンディット……一度倒され、そして再生された連中全員を遥へと差し向けた。
潤一郎に指示された九体のバンディットが、ザッと素早く遥を取り囲む。間宮遥を中心に三六〇度、全方位が敵で埋まっていた。
(流石にこの数を相手に、というのは厳しいですが……)
そんな逃げ場のない圧倒的劣勢の中、しかし遥は冷静さを欠片も崩さないまま、自身の置かれた状況を冷静に分析。
(……でも、いずれも一度倒した相手。屠るのは――――容易い!!)
瞬時に遥はそう判断すると、右手のウィスタリア・エッジを投げ捨て。とすればバッと小さく掲げた右手の甲、セイレーン・ブレスの下部にあるクリスタル状の物質『エレメント・クリスタル』を紫色に光らせた。
そうすれば、遥の身体が空間ごと一瞬だけぐにゃりと歪み。その歪みが晴れた頃、遥の姿はまた別のものへと変質していた。
――――近距離戦特化形態、ブレイズフォーム。
左腕を紫の鋭角な神姫装甲で包み込み、左の瞳は紫色のオッドアイ状態に変色。同時に左前髪に同じ紫のメッシュが入ったその姿は……間宮遥の、神姫ウィスタリア・セイレーンの第三の姿。接近戦に特化した形態に他ならなかった。
そんなブレイズフォームにフォームチェンジした遥は、やはり左腕を頭上に掲げ……虚空から新たな武具、細身な長槍を召喚する。
――――聖槍ブレイズ・ランス。
使い慣れたその細く長い槍を呼び出せば、遥はそれをクルクルと回しながら左脇に抱えて構える。同時に右手も間合いを計るようにバッと前に突き出して、遥は隙の無い構えを取ってみせた。
「私が、止めてみせる……!!」
自身の周囲を取り囲むバンディットたち、相手はどれも一度倒している相手だ。流石にこれだけの数を一気に、それもたった一人で相手にするとなると、一筋縄ではいかないが……それでも、勝てる相手には違いない。
「……!!」
そうして意を決した遥が聖槍ブレイズ・ランスを片手に、一気に斬り込もうとした――――その瞬間だった。
「――――おおっと、アタシたちを忘れて貰っちゃ困るわよ!!」
何処からか、聞き慣れた少女の声が木霊してきて。とすれば橋の上に真っ赤な大型クルーザーバイクが滑り込んでくる。
ギャァァッと派手なスキール音を上げながら、滑り込んでくる真っ赤なバイク……ホンダ・ゴールドウィングF6C。
それに跨がる誰かがショットガンを撃ち放ち、数体のバンディットを怯ませて。その隙に懐へと斬り込んできた別の何者かが、遥の周囲を取り囲んでいたバンディットたちを神速の斬撃で以て斬り刻み、激しい火花を散らせながら、異形の怪人たちを大きく後ずさらせる。
「――――待たせたね!」
「騎兵隊の到着よ!!」
そうして敵を斬り刻み、滑走する足で激しく火花を散らしながら滑り込んできた少女と、両手のショットガンを撃ちまくりながら悠々と合流してきたもう一人の少女とがそう、遥に言う。
――――アンジェリーヌ・リュミエール、神姫ヴァーミリオン・ミラージュ。
――――セラフィナ・マックスウェル、神姫ガーネット・フェニックス。
現れた二人は他でもない、遥もよく知る二人……赤と白、そして赤と黒の神姫だった。
アンジェもセラも、二人とも基本形態。それぞれミラージュフォームとガーネットフォームの姿だ。
遥は現れたそんな二人の姿を目の当たりにして、思わずフッと小さく笑みを零してしまう。
「……ご助力、痛み入ります」
そうすれば、口から自然とお礼の言葉が出てきていた。馳せ参じてくれた二人に対する、心からの感謝の言葉を遥は自然と口ずさんでいた。
「でも、数がちょっと多すぎるね……これは僕の想像以上だよ」
「全部アタシたちが一度はブッ飛ばした相手よ、気張んなさい二人とも! この程度でビビるようなアンタらじゃあないってこと、アタシは嫌ってほど知ってるわよ!!」
「……うん、分かってるよ!」
「ええ……!!」
苦笑い気味なアンジェの言葉に、セラは重砲撃形態のストライクフォームにフォームチェンジしながら、いつもの強気な調子で鼓舞するように言う。
そんな彼女に、二人もまた小さな笑みとともに頷き返す。
確かに状況は劣勢そのものだ。だが……遥もアンジェも、そしてセラも。誰一人として戦意を喪失してなどいない。此処で自分たちが退けば、大勢の人々がこの異形の怪人たちの毒牙に掛かってしまうのだ。それを思えばこそ、三人が三人とも怖じ気づくどころか、寧ろ今まで以上に激しい闘志を燃やしていた。
――――戦えるのは、神姫である自分たちだけなのだ。
であるのならば、戦うのにこれ以上の理由は必要ない。誰かが助けを求めるのなら、誰かの幸せが壊されようとしているのなら。また哀しみが繰り返されるのなら……戦うことを、恐れたりはしない。各々の守りたいモノの為に、彼女たちは戦うことを恐れたりしないのだ。誰のものでもない、自身の胸に宿した光を信じて。
「一人頭どのぐらい狩れば……って、あのキザ野郎も合わせたら十一匹か。三人じゃ割り切れないわね」
「あはは、困っちゃったね」
「でしたら、私が一体余分に頂きましょう」
「――――いいや、その心配は無用だ」
敢えて囲まれてやる中、背中合わせになった遥たち三人がそんな相談をし合っていると。すると……何処からか聞こえてきた低い声、そんな声とともに猛烈な銃声が大橋に響き渡り。とすれば、どこからともなく飛来した三〇ミリ砲弾に背中を撃ち抜かれた蛇型の怪人……コブラ・バンディットが一撃で爆散してしまった。
「カイト!」
「馬鹿、遅すぎんのよ!!」
「…………ヒーローは遅れてやって来るモンだ、そうだろ?」
爆死を遂げたコブラ・バンディットの遺した炎の向こう、陽炎揺れるその向こう側には……彼の姿が。増加装甲と重武装で身を固めた漆黒の重騎士、ヴァルキュリア・システムに身を包む戒斗の姿がそこにあった。
手には大型狙撃ライフル、SV‐X2レギュラスを携えている。どうやらアレの一撃によってコブラ・バンディットは不意打ちの爆死を遂げたらしい。
見ると、重々しい姿で仁王立ちする彼の後ろには、ウェズ以下STFヴァイパー・チームの姿もある。彼らもまた、皆が皆一様に大型自動ライフル、ARV‐6E2エクスカリバーを構えていた。
そんなSTFヴァイパーの面々に背中を預けながら、重武装に身を包む戒斗がそこに居る。
黒いボディ、真っ赤な眼……その上から更に漆黒の増加装甲、アサルトアーマーで身を包んだ今の姿は……フルアーマー状態の彼は、普段よりも更に力強く、そして何処までも果てしない闘志を感じさせるものだった。
「さて、一暴れするとしようか……!!」
構えたレギュラスのボルトを抜き取り、空薬莢を放り捨て。側面のカートリッジホルダーから掴み取った新しい一発をライフルに装填しつつ、戒斗はヘルメットの下で不敵に笑む。その真っ赤な鋭いカメラアイで敵の大軍勢を……その奥で楽しげに微笑む青年、篠崎潤一郎を睨み付けながら。