エピローグ:Ride Out/04
――――港湾地帯の端に、大きな埠頭がある。
内海の埋め立て地、文字通りの埠頭だ。陸地と大きく長い橋で繋がったそこは、昼間ですら人気のない閑散とした場所。強いて言えばコンテナを積んだ大きなトレーラーが通るか、或いは路駐をして運転手が居眠りをしているか。そんな閑散とした場所だ。
そんな人気のまるでない、閑散とした埠頭の交差点。大きな道と道とが交差するその交差点、赤信号の前に、二台のモンスター・マシーンが横並びになって滑り込んでくる。
――――二〇〇三年式、日産・フェアレディZ。
――――一九七〇年式、ダッジ・チャージャーR/T。
煌びやかなサンセットオレンジのボディが流線形を描くクーペと、漆黒の無骨で大柄なアメリカン・マッスルとが横並びになって交差点、赤信号の前に滑り込んでくる。
そんな横並びになった車同士、開け放ったサイド・ウィンドウ越しに……それぞれのステアリングを握る戦部戒斗とセラフィナ・マックスウェルが、こんな風に言葉を交わし合っていた。
「――――アタシはさ、神姫になってからずっと戦い通しで……キャロルが死んじゃったり、色んなことがあったわ。本当に、辛いことばっかりだった」
「……そうだな」
「でも、走っている時だけは全てを忘れられた。アクセルを目いっぱい踏み込んでいる時だけ、スピードの世界の中でだけは……アタシは色んなしがらみや神姫のこと、全部忘れていられたの」
大排気量440マグナム・エンジンの低い脈動がドロドロと響く中、大きな木製のステアリングを握り締めながら……遠くを見つめて、セラは隣り合う戒斗に呟く。
まるで、自分のありのままを曝け出すかのように。嘘偽りのない、着飾らない心からの言葉を、彼女は隣の彼に話していた。
そんな彼女の言葉を、戒斗は黙ったまま真正面から受け止める。愛機Z33の握り慣れたステアリングを握り締めながら、大排気量V6エンジンの甘美な鼓動を感じながら。ただ戒斗は、隣の彼女の……真っ赤な髪を揺らすセラの気持ちを真っ直ぐ、真摯に受け止めていた。
「だから、アタシは昔から走ることが大好きだった。バイクも車も、アタシはどっちも好き」
「…………」
「四分の一マイル、四〇〇メートルに全てを賭けている時だけは……アタシは、究極に自由でいられたのよ」
「…………そうか」
戒斗がフッと小さな笑みを向けてみると、セラも綺麗な金色の瞳で横目に見つめながら……同じように、小さな笑みをドア越しに向け返してくれる。
「数えて四つ目の信号までが、丁度四分の一マイル……キッカリ四〇〇メートルよ。これっきりの一本勝負、勝っても負けても一本っきりのバトルよ」
「最高だ」
「ふふっ……そうこなくっちゃ。アンタなら乗ってくれるって信じてたわ」
「約束しただろ? 俺とセラ、二人で勝負するって」
「……アンタのそういう律儀なトコ、アタシはどうしようもなく好きになっちゃったのかもね」
オレンジ色のコクピット・シートに身体を預けながら戒斗が何気なく呟いた言葉に、セラはそうポツリと本音を漏らしていたが……しかし互いのマシーンの重低音に遮られて、その本音が彼の耳に届くことはなく。戒斗は「何か言ったか?」と訊き返すが、
「なんでもない」
セラは照れ隠しのようにそう言って、上手い具合にはぐらかしてしまった。
そんな彼女の頬は、僅かにだが朱に染まっている。
でも、それ以上に――――セラの胸の内では、二つの焔が燃え滾っていた。
隣り合う彼に対しての熱い親愛の情と、それ以上に燃え滾る闘志の焔が。風に揺れるツーサイドアップの髪、焔のように真っ赤な髪のように……セラの胸中では、そんな二つの焔が激しく燃え滾っていた。
「それより、負けても吠え面掻くんじゃないわよ?」
「そっちこそ」
「ふふっ……!」
「フッ……」
最後に二人で微笑み合い。とすればギアをニュートラルに入れたまま、二台は派手な空吹かしを始める。
アクセルを煽り、回転数を上げてエンジンを吠えさせる。
ツインカムとOHV、VQ35と440マグナム。互いの生まれた時代に三〇年以上の差はあれど、走りに賭けるそのスピリットは変わらない。閑散とした埠頭に響き渡る重低音の二重奏は、そのエグゾースト・ノートは、気高き魂の鼓動のように激しく高鳴る。
赤色が灯る信号が切り替わるのを、今か今かと待ち続け。そして青になった瞬間――――セラフィナ・マックスウェルと戦部戒斗、ダッジ・チャージャーとZ33が激しく後輪を空転させながら、派手な白煙を上げながら。手加減抜きのフルスロットル、猛スピードで走り出した。
四〇〇メートル先を目指し、どちらも譲らぬ気迫とともに――――――。
(Chapter-05『オペレーション・デイブレイク』完)