第十二章:白き流星/04
『レッドアイ、全弾弾かれたッス。……何者なんスか、あの白い奴』
『分からん。……だが戒斗くん、気を付けてくれ。奴のアーマーを構成している技術水準、君のVシステムと同等か……それ以上かもしれん』
「知ったことかよ。奴はやっちゃならないことをした。そのツケをキッチリ払わせる……俺のやることは、それだけだッ!!」
困惑する南と、珍しく焦燥感を微かに滲ませた有紀の通信にそう返しながら、戒斗は怒りに満ちた心でガトリング機関砲を……左手に銃把を握り締める、MV‐300E2レッドアイ大型機関砲をブッ放した。
狙うは当然、プロトアルビオン……篠崎潤一郎だ。
奴はセラだけじゃない、アンジェまでこんな目に遭わせた。故に戒斗が怒りを滲ませる理由も、情け容赦なく引鉄を絞る理由もある。
「さあ、来いっ!! 君か僕か、どちらが優れているか白黒付けるとしようッ!!」
そんな戒斗の機銃掃射に対し、潤一郎は逃げも隠れもしないまま。トータス・カートリッジによって展開した防御フィールドで迎え撃つ。
「ほざけよ!!」
彼の展開した金色のエネルギーフィールドに、戒斗の放つ大口径のバルカン砲弾はことごとくが弾かれてしまう。
だが、それでも戒斗は撃ち続けた。諦めずに、銃身が焼き付くのも厭わずに撃ち続けた。
『EMPTY』
すると――――撃ちまくるレッドアイの残弾がなくなる寸前、潤一郎の構えたアルビオンシューターからそんな電子音声が鳴り響いたかと思えば、途端に彼が展開していた防御フィールドが消失してしまったのだ。
「くっ……! 肝心な時にエネルギー切れとはね……!!」
防御フィールドが消失すると、彼を守っていたものはなくなり。とすれば潤一郎は戒斗の放つ機銃掃射の直撃をモロに喰らい、純白の装甲のあちこちから火花を散らし始める。
そうして撃たれながら、潤一郎は横っ飛びに飛んで……一旦物陰に隠れた。
『MV‐300、残弾ゼロッス』
同時に、戒斗が構えていたレッドアイの方も弾を切らす。
南の弾切れ報告に「分かってる!」と戒斗は怒鳴り返せば、今まで撃っていたレッドアイを雑に投げ捨て。とすれば左太腿のハードポイントから大型拳銃、HV‐250スティレット自動拳銃を抜き、それを構えながらプロトアルビオンの方へと駆けていく。
「そっちか!」
「ああ、こっちだ!」
そうして駆けていくと、潤一郎は物陰から飛び出してアルビオンシューターを発砲。戒斗も回避行動を取りながら、同時にスティレットを発砲する。
潤一郎の放つエネルギー弾と、戒斗の放つ独自規格の九ミリ弾、特殊徹甲弾とが交錯し合う。
放った弾は互いの装甲で弾け、互いの装甲に火花を散らし。互いに小さく体勢を崩しながらも、それでも撃ちまくる。
そうして撃ち合いながら走り、戒斗と潤一郎はそれぞれ別の鉄柱の陰に身を隠した。
「……やるね」
「お前如きに負ける俺じゃない」
柱越しにそんな言葉を互いに投げ掛け合いながら、潤一郎はアルビオンシューターのローディングゲートを開く。
そうすれば、装填されていたトータス・カートリッジが独りでに排出され、彼の足元にカランと落ちた。まるで空薬莢のように。
排出されたトータス・カートリッジ……エネルギー切れを起こしたそれは、潤一郎の足元で小さな煙を上げている。
実際、空薬莢というのは比喩でもなんでもなく……これは本当に空薬莢のようなものだ。戦闘用Bカートリッジはエネルギー使い切り方式の使い捨て。つまり残量ゼロになったこのトータス・カートリッジは、今や単なるゴミでしかない。
(そろそろ、タイムリミットも近い……決着を付けるなら、早めに付けるべきかな)
足元に転がる、そんな使用済みのカートリッジに一瞥もくれないまま。潤一郎は内心でそう思いつつ、再び最初のカートリッジ……変身用の青いアルビオン・カートリッジをシューターに装填し直す。
(……互角、といったところか)
一方、戒斗の方もまた内心で冷静に実力差を分析しながら……こちらも弾切れを起こしたスティレット、その空弾倉を足元に棄てていた。
右太腿に装備していた予備弾倉を掴み取り、それを銃把の底から叩き込む。それから拳銃のスライド、後退状態のまま静止しホールド・オープンしていたスライドを空いた右手で掴めば、更に後ろに小さく引いてロックを解除。バネ仕掛けでスライドを前進させ、再び初弾を薬室に送り込む。
(僕と彼の勝負)
(野郎と俺との勝負)
(決まるとしたら――――次の一手だね)
(決着が付くとすれば――――この次だ)
潤一郎と戒斗、身を隠す柱越しに互いの気配を感じ取りながら、全く同じことを考え……結論付け。そして意を決すると、二人とも全く同じタイミングで柱の陰から飛び出していた。
戦部戒斗と篠崎潤一郎、ヴァルキュリア・システムとアルビオン・システム。黒い重騎士と純白の戦士とが互いの前にその姿を現し、互いの得物をバッと向け合う。
「さあ、勝負だ!」
「キメてやる……! 行くぞッ!!」
スティレットとアルビオンシューター、それぞれの得物をそれぞれ目掛けて撃ちまくりながら……戒斗と潤一郎は互いに螺旋を描くように走り、回りながら徐々に互いの距離を詰めていく。
そうして走っていれば、やがて互いの距離は殆どゼロになり――――いつしか二人は、至近距離で互い目掛けて得物を突き付け合っていた。
「ッ……!」
「ふっ……!」
息遣いが聞こえてきそうなほどの至近距離。戒斗が左手で構えたスティレットの銃口がプロトアルビオンの青いバイザーを睨み、そして潤一郎が右手で構えたアルビオンシューターの銃口が、ヴァルキュリア・システムの真っ赤なカメラアイを射線上に捉える。
左腕と右腕、互いの腕同士が交差する中、至近距離で……しかしどちらも引鉄を引かぬまま、ただジッと睨み合う。
――――メキシカン・スタンドオフ。
少し違う気もするが、似たような状況だ。どちらかが撃てば、相手もまた同時に撃つだろう。どっちが先に仕掛けたとしても、互いに手傷を負う結果には変わりない。
そんな千日手のような状況の中、戒斗と潤一郎はヘルメット越しに……至近距離から、互いにジッと睨み合っていた。
「……流石だね。実を言うと今日の本命は君だったんだけれど、予想以上に楽しめたよ」
「俺はこれっぽっちも楽しくなんてねえがな。だが……予想以上だってのは変わりないか」
「良いね、とっても楽しいよ」
「イケ好かねえ野郎だ」
「そうかい? 僕は君のこと、結構気に入っているけれどね。クールで良いじゃないか、そういうスタンス」
「……本当にムカつく野郎だな、お前は」
「僕たち、出逢い方が違えば良い友達になれたかも知れないなあ」
「ほざけよ悪党、誰がテメエなんかと」
「悪党? それこそ冗談だ。悪党は君たちの方だろう?」
「どの口が言いやがる、ネオ・フロンティアの手先が」
「手先とは失敬な。僕は世界の平和を守るために、こうして君らと戦っているワケだが?」
「ジョークのセンスがまるでなっちゃいねえ野郎だ。これ以上寝言をほざくってのなら、あの世で好きなだけほざけよ」
「ふっ……君は本当に面白い男だ」
「なら刻め、俺の名を。戦部戒斗という俺の名を。お前を倒す、俺の名を……!」
「だったら君にも刻んで貰おうじゃないか、僕の名を。この正義の味方……篠崎潤一郎という、僕の名をね」
不機嫌そうな口調で皮肉る戒斗とは裏腹に、潤一郎は心の底から楽しそうな声で、心底この状況下を楽しんでいるかのような声でそう言う。
だが、そう言った直後――――彼の、プロトアルビオンの関節から突如として白い蒸気が噴き出し始めた。
『DANGER』
同時にアルビオンシューターから警告のような電子音声が鳴り響き、青かったバイザーも赤色に変色する。
「…………残念だ、もう時間切れか」
すると、潤一郎はボソリとそう呟き。
「まあいい、この続きはまた次の機会にしよう」
そう言いながら、唐突に戒斗の腹へと強烈な蹴りを不意打ち気味に喰らわせ、彼を転ばせてしまう。
「っ!?」
妙なタイミングでの不意打ちに、流石の戒斗も対応しきれず。彼の蹴りをモロに喰らって仰向けに転びながら、同時にスティレットも取り落としてしまった。
彼方へと転がっていく大型拳銃。それを見つめながら……戒斗はその背中を廃倉庫の地面に叩き付ける。
「今日は楽しかったよ。神姫の皆も、そこの君も。また僕と遊んでおくれよ」
そんな風に戒斗が地面に転がる傍ら、潤一郎はアルビオンシューターからカートリッジを抜き……空のままローディングゲートを閉じて変身解除。最後に戒斗たちに笑顔を向け、ピッと指二本を立てる別れのポーズなんか取ってみせて……そのままクルリと踵を返して歩き出す。
「ま、待て……!」
そうして乗ってきた自分のバイク、ドゥカティ・959パニガーレコルセに跨がると、潤一郎はヘルメットを被り直してエンジン始動。寝転がった戒斗の制止も意に介さぬまま、颯爽とこの場から走り去って行ってしまった。