第三章:郷愁は紅蓮の彼方に/04
ハイウェイを降りたダッジ・チャージャーでセラが向かった先は、郊外にあるダイナーだった。
ダイナーというのは……まあ、言ってしまえばアメリカ式の庶民的なレストランだ。ハリウッド映画でよく見かける、いかにもアメリカ風といった店……と言ったら分かりやすいだろうか。
セラが戒斗を連れていった先は、そんな店だった。
広い駐車スペースを有する店の外観は、白い西洋風の住宅といった感じで……いかにもダイナーといった感じではないものの、しかし見た目からして西海岸っぽい雰囲気を醸し出す、まさにアメリカンな感じだ。
そんな外観をしたダイナーの駐車場には、こんな雰囲気の店だからか、セラが乗り入れた七〇年式のチャージャー以外にも何台かアメ車の類が停まっている。
銀色の二〇〇七年式フォード・マスタングに、二〇一八年式の黒いシボレー・シルバラード……こちらは後ろ半分が荷台になった、いわゆるピックアップ・トラックという奴だ。
その他には一九八八年式の、アメリカのドラマ『ナイトライダー』でお馴染みな黒いポンティアック・ファイヤーバード・トランザムGTAなんかも停まっていた。
恐らくは全て客の車だろう。店の外観や雰囲気からして、アメ車乗りを惹きつける店ということらしい。
「着いたわよ」
「この店なのか?」
「そういうこと。アタシの馴染みでね。……さ、行くわよ戒斗」
そんなアメ車の群れの中にセラは自分のチャージャーをサッと停めると、戒斗を連れて店の扉を潜っていく。
「……へえ、中々に本格的だな」
「でしょう? アンタが好きそうだと思ってね、此処をチョイスしたってワケよ」
戸惑いながら戒斗がセラに連れて来られた店の中は、予想以上に本格的なダイナーといった風な造りだった。
白黒チェック柄のツルッとした床に、白を基調とした壁面。カウンター近くにある丸椅子や、テーブル席のソファは真っ赤。そのこざっぱりとした雰囲気や……古いコカコーラの自動販売機に、レコードを使う古めかしいジュークボックスなんかの調度品も相まって、店の内側は本場のダイナーそのものといった感じだ。
それこそ、ハリウッド映画の世界に迷い込んだかのような錯覚を覚えてしまうぐらいだ。戒斗がセラに連れて来られた、彼女の馴染みだというその店は……そんな独特な雰囲気のダイナーだった。
「今日はアンタと二人だし……テーブル席でいっか」
戒斗がそんな店の様相に目を奪われていると、その間にも馴染みらしい店のマスターと数言交わしていたセラがさっさと席の位置を決めてしまう。
「あ、ああ……」
戸惑い気味に戒斗が付いていくと、通された席は……店の隅にある、窓際のテーブル席だった。
そこにセラと戒斗、二人が小綺麗なテーブルを挟んで向かい合わせに座る。
真っ赤な革張りのソファに腰掛けながら、メニューと数分睨めっこした後に昼食を注文。そうして食事が運ばれてくるまでの間、二人は暫し雑談を交わしていた。
「どう? 良い店でしょう?」
「そうだな。正直面食らったよ。近場にこんな良い店があったなんてな」
「こっちに来たときから、アタシがちょくちょく通ってる店でね。アンタなら気に入りそうだと思ったのよ。有紀から聞いてるけど、アンタってホントはアメ車党なんでしょう?」
「ご明察。だから君のチャージャーの横に乗らせて貰えただけでも、今日は大満足だ」
「そう、それなら良かったわ。アンタが喜びそうだと思って、わざわざ引っ張り出してきたのよ?」
「マジかよ、手間を掛けさせたな」
「感謝しなさいよね、アタシに」
「感謝するさ。君のほど良いコンディションのチャージャーの横に乗せて貰える機会なんて、そう滅多にあるモンじゃないからな」
「アンタさえ良ければ、貸したげても良いわよ?」
「魅力的な提案だ。だが……今日のところは遠慮しておくよ。また後日、機会があれば貸して貰うさ」
「なによ、ビビってんの?」
「まさか。俺に限ってビビると思うか?」
「でしょうね、分かってて言ってんのよ」
「理解度が高くて嬉しいよ」
「だってさ、アンタの350Z……とんでもないバケモノじゃない。あんなのを平気で乗り回してる時点で、アンタが乗り手としてただ者じゃないってのは分かるわ」
「……へえ、セラには分かったのか」
「言っちゃえば、アタシも同類だからね。見てくれこそ純正そのまんまだけれど……雰囲気で分かるのよ。アンタの350Z、漂うオーラからして別格よ」
「そこまで褒めるか」
「そこまでのモンだからね。戒斗さ、アンタ何処であんなバケモノを?」
「企業秘密って奴だ」
「ちょっとぐらい教えてくれたって良くない?」
「……ま、色々あってな」
と、そんな風に戒斗とセラが二人で雑談を交わしていると、やがて店のマスターが二人分の昼食を持ってきてくれた。
二人の目の前、小綺麗なテーブルに出されたのは、どちらも皿に載った大きなハンバーガーだ。
ベーコンチーズバーガー。分厚いパンズの間にこれでもかというぐらいに肉とチーズ、それに肉厚なベーコンが挟まったそれは、まさにタワーと表現するのが適切なぐらいの大きさ。名前からは想像も出来ないぐらいのビッグサイズだ。
まさにアメリカンのそれが、本日の昼食。千円超えと、ちょっとお値段が張る代物だが……それだけの価値はある。
ちなみに付け合わせにはオニオンリングが付いていて、ドリンクもセット。二人ともコーラのチョイスだ。それ以外にも追加でサイドメニューのフレンチフライ……要はポテトフライも単品で頼んである。こちらは大皿に盛り付けてある奴を二人で分けて食べる為だ。
「……おお、美味いな」
「これがまた美味しいのよね。ディナー時になるとバックリブのステーキだったり、他にも色々あるのよ?」
「へえ、そりゃあ良いじゃないか! 今度はそっちも食べたいな……!」
「ふふっ、アンタさえ良ければいつでも連れてきてあげるわよ」
出されたそんな巨大なハンバーガーに齧り付き、舌鼓を打ち……子供みたいな顔ではしゃぐ戒斗。
そんな彼を真っ正面から眺めながら、セラは頬杖を突いてコーラをストローでちびちびと飲みつつ、嬉しそうに微笑んでいた。まるで……楽しそうな子供を見守る、母親のような顔で。