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幻想神姫ヴァルキュリア・ミラージュ  作者: 黒陽 光
Chapter-05『オペレーション・デイブレイク』
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第一章:揺れ動く心、不穏の気配と戸惑いと/02

 それから少し後。P.C.C.S本部を出た戒斗は、アンジェとともに実家でもある純喫茶『ノワール・エンフォーサー』に戻っていた。

「お二人とも、おかえりなさい」

 カランコロンとベルの鳴る扉を潜り、店の中へ。ガランとした店の中、そう言って二人を微笑みとともに出迎えてくれたのは、やはり間宮(まみや)(はるか)だった。

「ただいま、遥」

「遥さん、ただいまーっ」

 出迎えてくれた遥にアンジェと二人で挨拶を返しつつ、戒斗は珍しく客の居ない店の中、アンジェと一緒にカウンター席に着く。

「それで遥、例の話なんだが――――」

 そうしてカウンター席に着いた後、戒斗は遥に対してそう話を切り出した。

 話す内容は、やはり現れた謎の敵……秘密結社ネオ・フロンティアに関してのことだ。今日P.C.C.S本部に出向いて、新たに分かったことを遥に説明する形で……戒斗は改めて、ネオ・フロンティアに関してのことを彼女に話した。

「それで、遥……何か思い当たる節はないか? 奴らは君のことを知っていたみたいだが……」

 そうした会話の中、戒斗は最後にそう遥に問いかけていた。

 だが、遥は少しの間を置いた後で「……分かりません」と首を横に振り、

「でも……いつか何処かで、私が彼らと戦っていたことは分かります。まだ記憶は戻っていません。けれど……分かるんです。私が彼らを、秘密結社ネオ・フロンティアを倒さねばならないと……それだけは、私の中の何かが強く訴えかけてきているんです」

 と、ありのままの言葉でそう述べていた。

「そうか……」

 ひょっとしたらネオ・フロンティアの出現が、遥の記憶を取り戻す切っ掛けになるかもと思ったが、どうやらそうはならなかったらしい。

 戒斗は小さく肩を落としつつ、目の前にあるティーカップを手に取り、遥が淹れてくれたアールグレイの紅茶に小さく口を付ける。

「それもだけれど……美雪ちゃんのことも、心配だよね」

 そうして戒斗が紅茶に口を付ける傍ら、彼の横で同じく紅茶を飲んでいたアンジェがポツリ、と呟いていた。

「……ああ、そうだな」

 戒斗は僅かに(うつむ)きながら頷いて、持っていたティーカップをコトン、とソーサーの上に置く。

「美雪のことも、気掛かりだよな……」

「はい……あの神姫、ジェイド・タイフーンは確かに美雪さんでした」

「どうしちゃったんだろう、美雪ちゃん……」

 遥とアンジェが心から案じた顔をする傍ら、天井を見上げた戒斗は独り「復讐……か」と遠い目をして呟く。

「美雪の気持ちは分かる。痛いほどに、な……」

 実際、戒斗は美雪の気持ちを……言葉通り、痛いほどに理解していた。

 理解出来るのは、彼もまたあの現場に居合わせていたからだ。自分の大切な誰かの、あんなに無残な死に様を目の当たりにしてしまえば……美雪が復讐の鬼となってしまうのも、無理もない話だ。

 自分が同じ立場だとしたら、きっと……いいや、間違いなく復讐の鬼になっているだろうと戒斗自身、確信している節はある。もし自分が彼女と同じ立場だったとしたら、きっと自分は銃を取っていただろうと戒斗は思う。美雪が神姫ジェイド・タイフーンとして復讐を誓ったように、自分もまた……修羅の道を歩んでいたのだろうと、戒斗は内心で確信を抱いていた。

 だからこそ、戒斗は美雪を責められない。彼女の気持ちが、本当に痛みを伴うほどに理解出来てしまうから…………。

「あんなことがあったんだもんね、仕方ないかもだけれど。でも……でも、美雪ちゃん」

 そんな風に遠い目をして天井を見上げる戒斗の傍ら、アンジェもそう呟いていて。今にも泣き出しそうな声で呟く彼女の肩をそっと抱き寄せつつ、戒斗はまた遠い目をして呟く。

「あの時、俺もまさかと思ったんだ。だが……本当に、美雪が神姫になっちまうとは」

「今何処で、何をしているんだろう……?」

 肩を抱き寄せてくれた戒斗の身体にそっと寄りかかりながら、呟いたアンジェ。そんな彼女に戒斗は「さあな」とぶっきらぼうな調子で返し、

「ただ、あの時の美雪は……どうしようもないぐらいに、悲しい眼をしていた」

 と、やはり此処では無い何処か遠くを見つめるような、そんな遠い目で呟いていた。

「…………」

 そんな二人の会話を聞きながら、遥はカウンターの奥に無言のまま立っていた。ただ話を聞くだけで、敢えて自分は口を挟まないようにして。

 だが、そうしていると――――ふとした折に、遥の頭にはなんの脈絡もなく、聞き覚えのない誰かの名前が過ぎっていた。

「――――!?」

 …………北條(ほうじょう)美桜(みおん)青葉(あおば)瑠衣(るい)来栖(くるす)紫音(しおん)。そして――――伊隅(いすみ)飛鷹(ひよう)

「ぐっ…………!?」

 その名前が頭を過ぎった瞬間、遥は鋭い頭痛を覚えて顔をしかめる。

 痛みのあまり、思わずそのまま頭を抱えながら(うずくま)ってしまい。そんな風に頭を抱えてしゃがみ込んでしまった彼女を見て、戒斗は「どうした?」と心配そうに声を掛ける。

「いえ、何でもありません。少し目眩がしたもので……」

 だが、すぐに頭痛は治まり。遥は立ち上がると、心配そうに見つめる戒斗と、そしてアンジェにそう言って誤魔化した。

(今のは、一体…………?)

 頭に過ぎった、聞き覚えのない四人の名前。でも不思議と温かい気持ちになる名前。同時に奇妙なまでの哀しさも覚えてしまう、聞いたこともない誰かの名前…………。

 その四人の名前は、間宮遥と……そして、彼女ではないもう一人の彼女を繋ぐ道標。封じられた遠い彼方から聞こえてきた、遠い日の呼び声だった。彼女も知らない彼女自身と、今の彼女を繋ぐもの。

 ――――――綻びは、確実に始まっていた。

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