第十一章:哀しみは吹きすさぶ旋風とともに/03
「いらっしゃま――――戒斗さん、アンジェさんも。おかえりなさい」
そのままセラと別れた二人は、戒斗の実家でもある喫茶店に戻り。そうしてカランコロンとベルの鳴る戸を潜れば、いつものように店番をしていた遥に出迎えられていた。
「ただいま、遥さん」
「遥、ただいま」
笑顔で出迎えてくれた遥に挨拶を返しつつ、二人はそのままカウンター席の隅に腰掛ける。
見ると、店の中に客の姿はそこまで見受けられなかった。テーブル席に二、三組といったところか。
中途半端な時間帯だけに、今はそこまで忙しくもないらしい。だからなのか、カウンターの隅に座った二人に……遥が小声で話しかけてきていた。
「それで……どうでしたか、美雪さんの行方は」
「結局、分からないままだ」
カウンターの奥から身を乗り出してくる遥に、戒斗が肩を落としながら囁き返す。
すると、遥もまた「そうですか……」と残念そうに肩を落としていた。
彼女とて、美雪のことが心配なのだ。失踪した美雪のことを心から案じているよう顔をする遥は……何というか、何処までも彼女らしいというか。他人のことをここまで思える辺りが、彼女が神姫ウィスタリア・セイレーンである何よりもの理由なのかも知れない。
「……私も、気になることがあるんです」
と、戒斗がそんな遥の心配そうな顔を何気なしに見つめていると。すると遥はやはり小声で、今度は少しだけ神妙な面持ちで二人に囁きかけてくる。
「最近……めっきり、バンディットが現れなくなりました」
「遥さんも気付いてたんだ。……今日、丁度その話題だったんだ」
「美雪さんが姿を消されたというあの日から、今日までの数ヶ月……不自然なぐらいに感じないんです、敵の気配を」
やはり、遥もまたそのことを気にしていたようだ。
バンディットが現れれば、神姫である彼女やアンジェは本能的にその気配を察知できる。誰に教えられるでもなく、P.C.C.Sの保有するバンディットサーチャーを用いるでもなく。彼女ら神姫は……自ずと、敵の襲来を察知できるのだ。
だが、その気配をここ数ヵ月間、殆ど感じていないと遥は言った。アンジェもまたそれは感じていて、きっと……いいや間違いなく、セラも同じ感想を抱いている。
無論、戒斗も同様だ。さっき本部での話にも上がったことだが、P.C.C.Sの方でも敵の襲来をキャッチしていない。バンディットサーチャーの故障を疑うぐらいには、ここ数ヵ月間は敵を感知できていないのだ。
そして当然ながら、敵が出ないということはVシステムが出動する機会も無いということになる。
厳密に言えば、無くはないのだが……それでも以前までの頻度を考えれば、ここ数ヶ月の間は異様なまでに機会が減っている。
故に戒斗もまた、その違和感は遥たち神姫と同様に肌で感じ取っていた。
「どういうこと、なんだろうね…………」
「理由は分かりません。ですが……どうにも、違和感は拭えません。何か、大きな変化の予兆のような……私には、そんな気がしてならないんです」
アンジェが首を傾げ、遥が神妙な面持ちで呟く。
戒斗はそんな二人の言葉に耳を傾けることしか出来ず、また二人にもその明確な答えは導き出せぬまま。ただ、時間だけが流れていった。
そんな風に三人が奇妙な違和感を感じている中、店の外に吹く風は…………今日も少しだけ、強かった。
(第十一章『哀しみは吹きすさぶ旋風とともに』了)