第九章:惨劇はなんの前触れもなく/03
店を出た三人は、夕暮れ時の住宅街を横並びになって歩く。
風谷家までの道を狭い歩幅で歩きながら、笑顔を交えて話すのは他愛のないことばかりだ。
話題は殆どが美雪に関することばかり。もう学園には慣れたかな、この街には慣れたかな。クラスにお友達は出来たかな、何か困ったことはないかな。あったらすぐ僕たちに相談してね。遠慮なんていらないから……と、主にアンジェが問いかける形で。
それに美雪は、笑顔を浮かべながら答えてくれた。学園にはすっかり慣れてしまった、この街にも慣れた。最近クラスで何人か友達が出来た、困ったことは特に思い当たらない。ありがとうございます、その時はお願いしますね……と。
そんな風に談笑しながら、三人でとぼとぼと夕焼けに染まる道を歩くこと、およそ十分と少し。楽しい時間もあっという間に過ぎ去れば、無事に風谷家の前へと三人は辿り着いていた。
「わざわざ送って頂いて、ありがとうございましたっ」
「いいよいいよ、近いからね。それじゃあ美雪ちゃん、また明日ねー」
「じゃあな、美雪」
「はいっ! また明日ですっ!!」
ペコリとお辞儀をする美雪に別れの挨拶を告げ、クルリと踵を返し。戒斗とアンジェはそのまま美雪と別れようとしたのだが。
「あれ……?」
しかし家の玄関扉を開けた美雪が、そんな風に首を傾げる気配に気付いて。二人は足を止め、美雪の傍に歩み寄っていく。
「美雪ちゃん、どうしたの?」
「アンジェさん。いえ、その……なんか、家の様子が変だなって」
首を傾げる美雪が呟く傍ら、戒斗も横から家の中を覗き込んでみる。
すると――――確かに、家の中には妙な雰囲気が漂っていた。
チリチリと肌を焦がす、奇妙な感覚。神経を逆撫でするような、張り詰めた緊張感。
この感覚を、戒斗は前にも味わったことがある。何度も、何度も。
それに、鼻腔をくすぐるこの臭い。家の奥から微かに漂ってくる、この臭いは…………。
「――――まさか」
気付けば、違和感は確信へと変わる。
戒斗は不思議そうに首を傾げる美雪たちを後ろに押し退け、彼女たちの前に出ると。すると羽織っているグレーのカジュアルスーツジャケットの下に左手を突っ込み、吊していた革製のショルダーホルスター、右脇のそれから自動拳銃を抜く。
――――シグ・ザウエルP226、マーク25。
「えっ、拳銃……?」
「カイト、どうしたの……?」
「二人は此処で待っていろ。俺の勘が正しくないことを祈りながらな……!!」
戒斗が取り出したそれを目の当たりにして戸惑う美雪とアンジェ。そんな二人に戒斗は言って、P226の銃把を左手でグッと握り締める。
そうしながら、弾倉を軽く抜いて残弾を確認。弾倉の後ろに空いている覗き穴を見て、九ミリパラベラムの特殊徹甲弾が十五発フルロードされていることを確認し、また弾倉を銃把の底に叩き込む。
親指で撃鉄をカチンと起こし、右手でスライドを僅かに引いて装填状況も確認。微かに後退したスライドの隙間から覗く金色のカートリッジを見て、薬室にも一発が装填されていることを確かめる。
そうして銃の状態を確かめてから、戒斗はP226を構え。戸惑う二人を玄関口に置き去りにして、独り家の中へと踏み込んでいく。
(生憎と信心深い方じゃないが……今度ばかりは、神様って奴に祈りたくなってくるな)
内心でそう思いつつ、戒斗は銃の下部に取り付けたシュアファイア・X300Uのウェポンライトを点灯。目が眩むほどの光で薄暗い室内を照らしつつ、周囲を慎重にクリアリングしながら、一歩ずつリビングルームと近づく。
そして、辿り着いたリビングルーム。そこで戒斗が見たものは――――――。
「っ、やっぱりか……!!」
戒斗の視界の中。そこにあったのは――――三人分の遺体と。そして……血まみれのリビングルームに立つ、スコーピオン・バンディットの姿だった。
(第九章『惨劇はなんの前触れもなく』了)