第二章:もっと君を知れば/06
――――それとほぼ同じ頃、私立神代学園の校舎屋上。昼休みを迎えた学園の中、例によって施錠されている扉をピッキングで解錠して……セラは屋上の一段高いところに昇り。普段のように貯水槽にもたれ掛かりながら座り込んで、ぼうっとしながら遠くの景色を独り眺めていた。
「…………」
そうしていると、真下で扉がキィッと軋む音がする。
セラがその音にも構わないでいると、次に聞こえてくるのはカンカンカン、と誰かが梯子を昇る音。
その音が止んだ頃、下からひょっこりと顔を出したのは……案の定というべきか、アンジェだった。
「あーっ、セラってばやっぱり此処に居た」
どうやらセラを探しに来たらしいアンジェは、貯水槽にもたれ掛かっている彼女の姿を見るなり、小さく頬を膨らませながらそうやって声を掛けてくる。
「……別に良いでしょう。私が何処でお昼を食べようが、私の自由よ」
セラはそんな彼女に、やっぱり朝と同じように素っ気ない態度で返す。
「それはそうだけどさー。お昼休みになってすぐに何処かに行っちゃうから、流石に心配したよ」
「心配してくれたことにはお礼を言っておくわ。でも……ごめんなさい、独りになりたい気分だったの」
視線を向けないまま、遠くの空を眺めながら呟いたセラに、アンジェは「そうだったんだ」と頷き。
「ねえセラ、隣いいかな?」
と、次に彼女は笑顔でそんな問いかけをセラに投げ掛けていた。
「…………アンジェ、今の話聞いてた?」
「えへへ、独りで食べるのも寂しいからさ。人肌恋しいっていうのかな? 別に僕と話したくないのなら話さなくたっていいし、傍に居させてくれないかな?」
遠慮がないというか、何というか。
妙に押しの強いアンジェに結局は押し負ける形で、セラは「はぁ……負けたわ。好きになさいな」と溜息交じりに言って、何だかんだと折れてしまう。
「うんっ♪」
諦めてセラが折れると、笑顔を浮かべたアンジェは梯子を昇りきり、貯水槽の傍……セラのすぐ隣にちょこんと腰を落とす。
座ったアンジェは持ってきていた自分の弁当の包みを開き、そのまま暫くの間……アンジェは何も話さずに、ただセラの隣で自分の弁当の中身に箸を付けていた。
「……やっぱり、昨日のことを気にしてるの?」
そうして自分の弁当を食べ終わった頃、アンジェはボソリと呟いてみる。
セラはその問いかけに対し「……まあね」と彼女の方を見ないまま、遠くの空を眺めながらで呟き返す。
「…………悔しいけど、アイツの言う通りよ。アタシの考えがあまりにも浅はかだった。あのまま無鉄砲に撃ってたら……あの子たちは、アタシのせいで死んでたのよね」
「セラ……」
「正直、セイレーンのことは今でも認めたくないのよ。アンタ以上に、アイツを認めたくない気持ちは強い」
その後でセラは「でも」と続けて、
「――――でも、確かにアイツは強いわ。多分……いいえ、間違いなくアタシ以上に強い。どれだけの間、どれだけの敵と戦い続ければああも強くなれるのか……アタシには、想像も付かないぐらいだわ」
そんなセラの言葉に、隣のアンジェは「まあね」と頷き、
「遥さ……んんっ、セイレーンはすっごく強い神姫だよ。あのヒトは、多分誰よりも何よりも強くて、そして何処までも気高いヒト。神姫になりたての僕じゃあ足元にも及ばないほどに、セイレーンは強くて高潔な神姫だと僕は思うな」
「実力はともかくとして……気高さって意味では、アンタも十分負けてないと思うけどね」
「えへへ、褒めてくれるの?」
嬉しそうに微笑むアンジェに「そんなんじゃないわよ、馬鹿」とセラは肩を竦め、
「でも、それに比べてアタシは…………」
そう呟くと、俯くセラは悲しそうな表情を浮かべる。
俯いて、悲しげな顔でひとりごちて。そしてセラは急に立ち上がると、そのまま貯水槽の傍から下にタンッと飛び降りてしまう。
「セラ、どうしたの?」
一段高い場所から身を乗り出し、下方を見下ろしながらアンジェが問いかけると。するとセラは頭上のアンジェの顔を見ないままで、
「体調悪くなってきたから、今日は早退させて貰うわ」
そう言うと、アンジェの返す言葉も聞かないまま……独り、屋上を出て行ってしまった。
「…………いっぱい考えちゃうんだよね。セラもカイトと同じで、とっても優しいから」
彼女の消えた屋上、彼女の残り香に鼻腔をくすぐられながら……貯水槽にもたれ掛かりつつ、アンジェが小さくひとりごちる。
――――結局のところ、後のことはセラ自身が解決すべきことなのだ。
少し心配には思うが……でもきっと、セラなら自分で乗り越えてくれるとアンジェは信じている。だって自分は、誰でもない彼女の……セラフィナ・マックスウェルの友達で、そして同じ敵と戦う使命を帯びた神姫なのだから。
(第二章『もっと君を知れば』了)