第十三章:BLADE BRAVE/01
第十三章:BLADE BRAVE
「僕の速さに……付いてこられるものなら!!」
「ハッ……!!」
「フルチャージ! 纏めて吹き飛ばすわよ……持ってけぇぇッ!!」
超加速を開始したアンジェが速度で翻弄しつつ、両手のミラージュカリバーで斬り刻み。その撃ち漏らしを遥が聖剣ウィスタリア・エッジを振るい、洗練された一閃で以て斬り伏せ。そして別の一団に対しては、セラが両肩の重粒子加速砲から太い重粒子ビームをブッ放し、四体ほど纏めて一気に消滅させてしまう。
そんな風に三人が三人とも、多勢に無勢も良いところなこの状況で善戦していた。
善戦していたのだが……流石にこれだけの数を相手に楽勝とはいかず、三人はどうしてもコフィン・バンディットの圧倒的な物量に押され、上手く戦えないでいた。
「はぁっ……はぁっ……!! い、幾らなんでも数が多すぎるよ……!!」
「無理はなさらず、まだそのレベルの加速には慣れていないのですから。……しかし、本当に多すぎる。ガーネット・フェニックス、貴女の一斉射撃でどうにかなりませんか?」
「やれるモンならとっくにやってるわよ! っつーかやりたいのは山々なんだけどね……これだけの人口密集地、ヘタにアタシの最大火力をお見舞いしてご覧なさい? 敵丸ごと街が全部消し炭になっちゃうわよ」
「でしょうね……だったら、一体ずつ地道に倒していくしかありませんが…………」
「雑魚の癖に妙に硬いのよね、コイツら……。一匹倒すのにも手間が掛かるし、かといって粒子砲はちょっと加減をミスると――――」
「街がボロボロになってしまうでしょうね」
「そそ、そゆこと」
やれやれ、と皮肉げに肩を竦めるセラと、慣れないヴァーミリオンフォームの異次元レベルな超加速を行使しすぎて息切れを起こしたアンジェ。そして、そんな彼女に声を掛けつつ、セラの言葉にも頷き返す遥。
散開状態からもう一度集結した三人は、やはり三人が三人とも苦い表情を浮かべていた。
「結論としては地道に、持久戦ってワケね。……そういうことだからアンジェ、無理せずにスカーレットで行きなさいな」
「う、うん……そうするよ……」
息切れを起こしたアンジェは両手のミラージュカリバーを投げ捨て、再びフォームチェンジ。今度は速度を犠牲にして、威力に特化したスカーレットフォームに変化する。
緋色の強靱な装甲に変化した両腕、そこに装備された格闘戦用の大型ガントレット『スカーレット・フィスト』に包まれた両手を握り締め。俯いていた状態から顔を起こすと、アンジェはグッと構えを取り直す。
「ですが、問題は――――」
「ええ……あのバッタ野郎って言いたいんでしょ? 分かってるわよセイレーン、アタシもさっきからアイツが気になって仕方ないの」
と、そんなアンジェを傍らに遥とセラが静かに言葉を交わし合う。
二人の視線の先――――展開するコフィンたちの群れの向こう側。そこには、腕組みをしたまま状況を静観するのみで、全くこちらに攻撃を仕掛けようとしないグラスホッパー・バンディットの姿があった。
バッタのような顔面、何処に眼があるのかは分からないが……ジッと見つめてくる双眸から、何やら熱い視線を三人はずっと感じ続けていた。不気味なぐらいに何もしてこないバッタ怪人の、熱の籠もった視線を。
「なによアイツ、こっちばっかジロジロ見ちゃって。馬鹿ね、デートのお誘いならお断りよ。生憎とバッタ野郎にエスコートされる趣味は無いから」
「それに関しては同感です、ガーネット・フェニックス。どうせなら貴女の方が余程良いです」
「あら? 意外ね、アンタの口からそんな冗談が出てくるだなんて」
「冗談のつもりはありません。貴女が強情な態度を変えてさえくだされば、お話ぐらいなら伺いますから」
「それこそ冗談よ。アタシの意志は変わらないわ、今も昔もね…………」
「…………そうですか。少し、残念です」
遥とセラ、二人でひとしきりそんな言葉を交わし合った後――――遥は聖剣ウィスタリア・エッジを、そしてセラは全身の重火器を構え直す。
きっと、あのグラスホッパーは観察しているのだ。自分の率いたコフィンたちの戦いぶりと、それに相対する自分たち神姫の戦い方を。
二人とも、それは最初から分かりきっていた。コフィンよりは明らかに強いはずのグラスホッパーが何故、すぐに自分で相手にしようとせずにコフィンたちに任せっきりなのか。何故ああも気味が悪いぐらいに観察に徹しているのか……少し考えれば分かる話だ。
だからこそ、二人は敢えて今はグラスホッパーのことはあまり考えず。とにかく目の前のコフィンたちの群れを撃滅することを考えていた。
今までの戦いで――――必死に抵抗した警察部隊やSTF、そして遥たち神姫の戦いぶりもあって、何だかんだと五〇体前後のコフィンを撃破出来ている。
しかし、まだ五〇体以上のコフィンが生き残っていて、今もこちらにライフルの銃口を向けてきている。
――――このままでは、ジリ貧になる。
分かっていても、しかし地道に対処していくしか手段は無いのだ。
本来ならこんな状況、ストライクフォームになっているセラが全武装を一斉射撃すれば半分以上は片付くのだが……生憎と此処は市街地のド真ん中、即ち人口密集地だ。こんなところでセラの馬鹿みたいな最大火力を遠慮なしにブッ放せば、それこそ比喩抜きに街ひとつが消し飛びかねない。そこに住む人々を諸共に、だ。
だからこそ、三人はこんな泥臭い戦い方を強いられていたのだ。
「……セイレーン、アンタが活路を拓いて」
「承知しました」
「出来るわよね?」
「出来る出来ないじゃありません、やるしかないんです」
「……ふふっ、それもそっか」
遥の言葉に小さく笑い、そしてセラは両腕の武装を構え。両手に握り締めたガトリング機関砲、その六本ひと束になった砲身を高速回転させ始める。
「露払いは任せなさい! セイレーン、突破はアンタに任せた!」
「任されました……!」
「斉射開始! 在庫一掃大盤振る舞いよ……釣りは要らない、好きなだけどうぞッ!!」
セラが両手に握り締めたガトリング機関砲、回転する巨大な六銃身が斉射を開始する。
「懺悔とともに――――――」
ブァァァッと独特なガトリングの発砲音が木霊する中、遥は自身の内側で静かに、強く気を練り。それを右手を通してウィスタリア・エッジに注ぎ込み……その刀身に青白い焔を纏わせる。
「――――眠りなさい………………!!」
そして遥は極限まで気を練ると、蒼の焔を纏わせた刃を横一文字に振るう。
そうすれば、ウィスタリア・エッジの刀身から放たれるのは……蒼の焔を纏った光の刃。研ぎ澄ました一閃を乗せた光刃が、青白い焔を纏ってコフィンたちに斬り掛かる。
――――『セイレーン・ストライク』。
セイレーンフォームの必殺技、その直撃を喰らい……光の刃が身体を通り抜けた瞬間。五体のコフィンが青白い焔に焼かれ、そして爆発し灰となって消えていった。
「今です!」
「ッ……!!」
そうしてセイレーン・ストライクで敵の群れに一瞬の隙を、陣形に僅かな穴を作り出した瞬間、遥は叫び。そしてそれに呼応するかのように、アンジェが駆け出していた。
「一撃入魂……! 叩き付ける、全速力でッ!!」
そうして突撃しながら、アンジェは左の拳……格闘戦用兵装・大型ガントレット『スカーレット・フィスト』に包まれた左の拳に昂ぶる感情を乗せ、腹の底からの雄叫びを上げる。
走りながら、己が内で強く強く気を練り。胸の内側に秘めた思いを高め……それを真っ直ぐにぶつけるために、全てを左の拳に乗せていく。
高まる鼓動、静まる心。胸はこれほどまでに熱く昂ぶっているというのに、拳はこれほどまでに熱く燃え滾っているというのに。なのに心は不思議なぐらいに静かで……何処までも、落ち着いていた。
「僕の覚悟……受けきれるものなら、受け止めてみせろッ!」
そして――――練りに練られた気の高まりが、昂ぶる感情が最高潮に達し、明鏡止水の極致が如く究極までに心が落ち着いた瞬間。アンジェは腰部スラスターを点火し、更に勢いを付けながら駆けていく。
目標は、ただひとつ。目の前に立ち塞がるコフィン・バンディットの大軍勢。その壁を真正面から喰い破るために――――貫く、この拳で!!
「貫き通す……止められるものなら、止めてみろぉぉぉぉっ!!」
――――激突。
最大限まで練った気を一点集中させた左の拳が、スカーレット・フィストに包まれた左の拳が、眼前のコフィンの胸へと叩き付けられた。
その拳は、やはりコフィンの纏うコンバットアーマーを容易く叩き割る。
だが……敢えてコフィンの胴体を拳で貫いたりはしない。
その代わりに、拳に集めたエネルギー。その全てをコフィンの内側へと叩き付け、その更に向こう側まで貫き通す。
「ッ……!!」
――――手応え、アリ。
確かな手応えを感じると、アンジェは突き出した左腕を放し、そのままコフィンから大きく飛び退く。
「これが……僕の覚悟だ!」
飛び退いたアンジェは左腕をバッと払うように振り、そして叫ぶ。
「キィエエエエエ――――!!」
すると――――アンジェが一撃を喰らわせたコフィンが、断末魔の絶叫と共に内側から弾けて真っ赤な焔に包まれた。
そのまま、連鎖するかのように後ろのコフィン、更に後ろのコフィン……と、続けざまに六体のコフィンが一直線に爆ぜていく。
先程アンジェが左の拳を通して叩き付けたエネルギー、それがコフィンの内側で暴走し……身体を内側から爆発四散させたのだ。
そして、そのエネルギーはコフィンの身体を通し、背後に立っていたもう一体へと貫通。そして更にもう一体へ……と六体まで連鎖し、続けざまに内側から弾けさせた。
――――『スカーレット・インパクト』。
これこそが神姫ヴァーミリオン・ミラージュ、スカーレットフォームの必殺技。一点の陰りもない覚悟とともに繰り出す拳から強烈なエネルギーを送り込み、それを暴走させることで敵を内側から爆発炎上させる断罪の一撃。それを少し応用して、六体を纏めて裁いてみせた。
それがアンジェの繰り出した、このスカーレット・インパクトだった。
「よし、これで突破口は開けた……!」
後はこのまま突っ切って、グラスホッパーを仕留めれば。
恐らくは指揮官と思われる奴さえ倒してしまえば、この先の戦いも幾分か楽になるはず。
そう思い、アンジェは更に踏み込んで敵陣を突破し、背後に構えるグラスホッパーの懐まで切り込もうとしていたのだが――――。
「っ!? 後ろですっ!!」
「えっ――――?」
だが、アンジェは油断していた。
それは大技を撃った直後が故なのか、それとも彼女の経験の浅さ故なのか。
少なくとも、無意識の内に油断が生まれていたからこそ――――アンジェは背後に忍び寄り、飛びかかってくる三体のコフィンの姿に気付けていなかった。
(あ……ヤバいかも)
先んじて気が付いた遥の叫び声で振り向いてみると、すると……アンジェの双眸が捉えたのは、自分に向かって飛びかかってくる三体のコフィン・バンディット。それぞれコンバット・ナイフを構え、その刃をアンジェに突き立てんとして迫り来る、SF映画の兵士めいた格好をした三体の敵だった。
――――絶体絶命。
回避はもう間に合わない。そんな状況下でアンジェの頭にふと過ぎったのは、そんな言葉だった。