第09話 黒毛和牛のすき焼きと妹
夜。学校から帰ってきた時には黒毛和牛が届いていた。
二キロ……いや、送り過ぎじゃないですか。
二人分って、一人一キロも食べれないっすよ。
しばらくは肉料理が続くな。いい肉だし、すぐに使い切るだろう。
我が家の夕食は基本、俺と光は別々の時間に分けている。
理由は光の反抗期だ。
だが、今日は違う。
ここまで良い肉の食べ方なんて決まっている。
そう、我が家では『それ』が出る日だけは、必ず全員一緒に食事をとる。
その料理は……
「――すき焼き出来るぞー」
『すき焼き』である。
因みにうちは、割り下をひたひたにそそぐ関東風のすき焼きだ。
「すき焼き……どうしたの?」
すき焼きと言えば、自室にこもっている光もリビングまでやってくる。
人とは食に逆らう事の出来ない生き物なのだろう。
「ちょっと、黒毛和牛を黒先輩に貰ってな」
「……黒先輩って、オカ研の人?」
「ん、良く知ってるな」
黒先輩はうちの学校ではそこそこの有名人だ。
光が知っていても不思議ではない。
学年主席で生徒会長に立候補していないのに推薦されたという経験をしている。
スポーツも万能で、偶に体育会系の部活に助っ人として行っている。
あれで容姿も良ければ、本当に完璧だと言われている。
まぁ、他の人は黒先輩のオカルト狂いを見てないから、そう言えるのだろう。
「ふーん、こんないい肉貰えるなんて好かれてるのね」
光はこちらを睨むように言ってくる。
「なんで不機嫌なんだよ。それに、この肉は黒先輩の依頼をこなしてもらった報酬だ。何もせず貰った訳じゃないぞ」
「そう……」
次は嬉しそうな顔になって肉を見た。
なんなんだ……女心って分からん。
「なんで嬉しそうなんだよ」
「いいお肉があるんだから嬉しそうにするでしょ。あと、一々顔見ないでくれる?」
「はいはい」
いつも通りの反抗期モードに戻った。
ここ一週間、光は俺に話しかけてくれるようになった。
前までは、何か話しかけても無視、もしくは「うるさい」「黙れ」「キモイ」しかいわなったのに。
辛辣な口調ではあるが、兄妹の距離が縮まった事に嬉しさを感じていた。
その後は、喋る事もなく黙々とすき焼きを食べた。
肉は沢山あるし、光も食べ終わった時は嬉しそうな顔をしていたから満足してくれたのだろう。
食後のティータイム。
前までは一人だったが、光も一緒にお茶を飲んでいる。
「……ねぇ、おに……兄貴」
「兄貴って……ヤンキーかお前は」
光に兄として呼ばれたのは何年振りだろうか。
中学に上がった辺り以来な気がする……。
「呼び方なんてなんでもいいでしょ」
「なんでもよくはないだろ」
そんな事言ったら、俺はお前の事「光ちゃん」とか呼ぶぞ!
……我ながらそれはきもいから絶対にしないが。
「それより、一つ聞かせなさい」
「命令口調かよ……拒否権ないじゃねぇか」
「今日、ずっと兄貴の後ろを付きまとってた女って誰……?」
「付きまとって……あぁ、芦屋か」
今日、一日中後を付けられてたからな。
一年でも噂になったのだろう。
芦屋は変な所があるが、美少女だ。
美少女が男を尾行してるなんて、高校生がネタにしない訳がない。
「芦屋……前まではさん付けじゃなかった?」
「ん、あぁ、よく覚えてるな。色々あって芦屋呼びになったんだよ」
なんだか、少し不機嫌になる光。
何かあったのか?
もしかして、俺が芦屋につけられてる事をいじられたとかか。
「仲いいの?」
「いや……別に良くはないんじゃないか。悪いとも言えんが」
「……でも、あの人は兄貴の事……す、好きなんじゃない?」
「なんでだよ。あり得んだろ」
なんだか、俺の秘密が気になるとは言っていたが、あの目は俺自身に興味があるというより、その秘密というのに興味がある目だった。
しかし、俺の秘密とは一体何なんだろう。
「だって、授業中は兄貴をずっと見てるし、休み時間になると兄貴から距離取ってじっとみてるし……昼休みはわざわざ貯水タンクの裏まで行って兄貴を見てるし……」
「なんでそんなに詳しいんだよ……」
「た、たまたま友達に聞いただけだから! 変な誤解しないでよね変態!」
まるで俺の一日に密着していた様な語り方に寒気がしたが、そうか噂か……。
芦屋って目立つからな。
白い肌に白い髪、青い目……そんな彼女が一人の男の後をつけているのだから噂にならない訳が無い。
「人を勝手に変態にするな……。まぁ、それでも芦屋が俺に惚れてるなんてあり得ん。あれは……人付き合いが苦手なだけだろ」
「ホント?」
「本当に本当だ」
「……じゃあ、あの人がオカ研に入ったのも兄貴に惚れたからとかじゃなくて」
そんな事まで噂になってるのかよ。
芦屋って誰かにストーキングされてるんじゃねぇか。
心配になってきたぞ。
「あぁ、ただオカルトが好きなだけだろ」
「……ふーん……まぁ、兄貴に惚れる女なんて、そんなに居る訳ないしね……」
「そんなにって……ゼロじゃないんだな」
俺がそう言うと、光は顔を真っ赤にした。
そのまま立ち上がり、俺の前まで来る。
「……! バカ変態! 自転車漕いでる時に灰が目に入って焦ればいいんだ!!」
「なんだその鹿児島あるある」
そして、両手で殴ってきた。
「ちょ、殴るのは駄目だ……って……」
殴ると言っても力が弱すぎて、おもちゃのピコピコで叩かれてる程度にしか感じない。
しかし、そんなに怒る事言ったか?
数十秒殴り続けると、「勘違いしないでよね!」と言って部屋を出て行ってしまった。
「……え、えぇ……なんなんだ」
前回の【尾行する少女】は芦屋ではなく彼女だったりします。
あと、妹の容姿を書き忘れていたので、この場を借りて書かせていただきます。
『川畑光』
148センチの貧乳少女。
兄とは似ていないが、整った顔をしている。
茶髪で天然パーマ。瞳の色は黒。