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第06話 最強の鬼

 なんで、彼が――来ちゃ駄目って言ったのに!

 札の刺さったマネキンの写真を撮る彼、距離は三十メートルくらい。

 駄目、鬼から逃げきれる距離じゃない。


「んん、人間かァ?」


「――!!」


 逃げて、そう叫ぶ。

 しかし、私の音は奪われ声は出ない。


「おぉ、もしかしてだがあの人間はお前の知り合いかァ? 見た感じただの人間だがァ」

「――ッ!」


 しまった。鬼に気づかれてしまった……!!

 逃げて、逃げて川畑君!! 叫ぶ声は彼に届かない。


「その焦り様は正解みたいだなァ……ハハハッ!! いいぜェいいぜェ、先にお前の目の前であの人間を食ってやるよォ」

「――!?」


 駄目、それだけは……やめてお願い、お願いします……私の事はどうしても構わない……彼にだけは手を出さないで――!!


「人間の、それも陰陽師の絶望した顔……ハハハ、ハハハ、最高だァ……」


 気持ちの悪い笑みを浮かべる鬼――その表情は絶望を楽しみ、抑えきれない欲望をむき出しにしている表情だった。

 誰か、誰でもいいから彼を逃がして――!!


 ……誰かって……誰が……なんで誰かに頼っているの、なんで私が助けない。

 なんで私の体は――動いてくれないの…………。


 なんで私は――彼を守れないの……。


 弱かった。弱すぎた。

 どれだけの努力も惜しまなかった……それでも守れなかった……それは私が弱かったから――。


 なんで弱いのに、私は彼を巻き込んでしまったの――。


 私の周りに強い悪霊が、妖怪が寄ってくるのは分かっていたのに――。


 私は最低だ。最悪だ。

 自分の孤独に耐えられなくなって、歩み寄ってきてくれた彼を殺してしまう。


 最低だ――。


「お前の前であの小僧の内臓を引っ張り出してやるよォハハハ!! ……そいじゃァ、行――」


 鬼は笑いながら一歩踏み込んだ。


「――かせるかよ」

「ぐあァ!!?」


 鬼は一歩踏み込んだ瞬間、踏み込んだ方向と逆の方向に吹き飛ばされた。

 私ですら目で追えなかった。


(あの鬼を一撃で――誰っ!?)


 鬼を一撃で吹き飛ばした者を見る。

 陰陽師? そう思ったが違った。

 そこに立っていたのは――


 ――綺麗な金色の長い髪を靡かせ、真っ赤なルビーの様な目を光らせた女性だった。

 見た目は私と同い年くらいに見える……。

 華奢な細腕は、とても鬼を吹き飛ばす力を出したとは信じられない。


 でも、一目見れば分かる


 彼女には一本の角が生えていた。


 ――鬼だ。


「人のご主人様によォ。断りなく近づくんじゃねェよ」

「だ、誰だッ!!」

「アハッ! 誰だとは酷ェじゃねェか……お前らの総大将の一人を忘れたってェのか?」


 鬼の、総大将……!!

 まさか、酒呑の鬼!?


 酒呑の鬼は昔、鬼を引き連れ二家の陰陽師と戦った最強の鬼。

 まさか、なんでそんな鬼が――!


「なッ、お前……あなたは茨木様……!?」

「そうだ。オレはお前らの総大将の一人――茨木の鬼だァ!」


 茨木……知らない。そんな、そんな鬼……。

 でも、あの音の鬼の驚き様は嘘じゃない事を物語っている。


 つまり、鬼には酒呑以外にも総大将となる鬼が居た……!?


「っと、大きい音を出したら気づかれちめェや。オレから近くの音を奪うぜェ」

「な、なんでだァ!! あんたはあの戦いで死んだはずだァ!」

「アハハッ! 誰だそんな事を言いやがってるのはァ? どうせ酒呑の奴だろうがなァ」


 酒呑を呼び捨て……やはり、この鬼は本物の総大将。

 音の鬼は鼻から血を流しながら、茨木と名乗る鬼に近づく。

 一瞬で見えなかったけど、殴られたのは顔だった。


「オレがよォ……たかが普通の陰陽師程度にやられるかよ。少し訳あってなァあの男に憑いてるんだァ。あの男には気づかれてないがなァ」

「……あんたほどの鬼があんな男に憑いてるだと……なんでだ?」

「アハハッ、不思議かァ? 不思議だろうなァ……だが、教えてやらねェよバァ~カアハハッ!!」


 ……鬼の総大将が川畑君に憑いてる!?

 気づかなった。彼の近くで一週間近くも過ごしていたのに、気配すら感じられなかった。

 私との格の違い表している……。


 力が入らない。動けない。

 でも、私は悔しさで歯を食いしばっていた。


「なッ!」

「オレはテメェにお話ししに来た訳じゃねェんだわァな。オレはテメェを始末しに来ただけだァ」

「……どういう事だ!」

「アハハッ、怖がるなよ焦るなよォ……。なんでテメェを始末するかなんて聞かなくても分かるだろォ」


 圧倒的な強者の風格。

 格が違うと言わんばかりの余裕の笑み。

 音の鬼も、もう私の事など忘れているのだろう。

 見向きもされない……。


「――テメェがあの男に手を出そうとしたからに決まってんだろォ?」

「……ハハハ、ハハハッ!!! 鬼の総大将が小僧の子守とはなァ!!」


 茨木の鬼は真剣な面持ちでそう言い。

 音の鬼はそれを笑う。

 川畑君、あなたは一体何者なの……。


「恐れ知らずだなァテメェ」

「恐れる? そこまで軟弱になったお前なんか恐れるに足るかよォ!! 俺はお前と違って"あの大戦"を生き残った! 最後まで戦い生きた!! 途中で抜けて子守なんかしていたてめェに負けるかよォ!!」


 音の鬼は明らかに虚勢を張っている。

 音の鬼より弱い私でも分かるほどに……彼女とこの鬼には圧倒的な差がある。


「……そうじゃねェよ。と言っても、もう時間がない」


 茨木の鬼は後ろの柱に設置されている時計を見て、そう呟いた。


「――俺の音を消すぜェハハハッ!!」


 茨木の鬼が時計に視線を移した瞬間、音の鬼は動いた。

 当然、今ほどの隙はない。

 今ほどのチャンスはない。

 飛び込まない訳がない。 


「……音消しか。音とは気配、自分からその音を奪う力は奇襲において最強とも言える」

「おらァッ!!」


 音の鬼から発せられる音は殴った後の奇声以外聞こえない。

 その上、早い!


 流石の茨木の鬼も、音もしないその上早い攻撃は避けられない。

 音の鬼の一撃を腹に食らった。

 だが、茨木の鬼は微動だにしない。


「鬼の力とは人間を優に上回る。一撃は巨木だって倒せる」

「食らえやァ!!」


 次の一撃は首への突きだ。 音はしないが、とてつもない一撃の風がこちらにも微かに飛んできた。

 二撃目で気づいた。

 茨木の鬼は避けれないんじゃない。


 ――避けてないんだ。


「な、何故倒れねェ!!」


 音の鬼は怯えていた。

 先程まで私を怯えせていた笑みは綺麗に消えていた。


「だがなァ。テメェは忘れてるんじゃねェのか?」

「なッ、き、消えッどこにッ!」


 茨木の鬼は姿を消した。

 音すら聞こえない。


「アハハッ――」


 微かに笑い声が聞こえる。


「――その音を奪う力を与えたのは他でもねェオレだァ!!!」

「んがァ――!!?」


 音の鬼の目の前に"突然"現れた茨木の鬼は、強く握った拳を文字通り消える速度で放った。

 音の鬼の顔面に当たったのだろう、拳のめり込んだ痕が綺麗に残っている。

 アハハ、と笑い声がもう一度聞こえ、次は目で追えるが何本も腕が増えたように見える速度のラッシュが始まった。


「テメェが鬼の総大将であるオレに力で勝てる訳ねェだろォ!!」

「ぐうゥッ!!」


 避けようがない。

 一撃一撃が致命傷になるであろう攻撃を連撃で放たれる。

 考えたくもない……。


「しめェだ。大人しく死んじまえやァ――!!」

「あがァァァァ……」


 私を死の寸前まで絶望の淵まで追い込んだ音の鬼はあっさりと消え去った。

 悪霊や妖怪は絶命すると、体が煙へと変化する……。

 鬼が煙になる所を、私は初めて見た……それも鬼の手によるものだ。


(あ、圧倒的……桁が違い過ぎる強さ…………そんな鬼を憑かせているなんて…………川畑君、あなたは………………)


 茨木の鬼を見ていると、茨木の鬼はこちらに気づいた。


「ん、テメェは……」

(気づかれた。私も殺される……)


 もし、私の生命力を霊力に変換した所で、掠り傷すら付けられない。

 でも……良かった。茨木の鬼は川畑君に憑いてる……それは川畑君を殺せないという事……。

 本当に良かった……。彼は、生きれる。


「や、ヤベェ……ちょ、テメェ死ぬなよ! 絶対に死ぬなよ!! と、とりあえず、ベットに!」


 茨木の鬼は何かを言っている。

 駄目。もう、ほとんど耳が聞こえない……。

 霊力は陰陽師にとって体の機能全てを支える物……それをほとんど使い果たした私の耳はほとんど聞こえないし、視界も……もう霞んでほとんど見えない。


 なんだか、体が揺れている気がしている。

 感覚までおかしくなっているのかな。


「霊力をほとんど使い果たしてんのか。オレの霊力を分けるから死ぬなよ!」


 叫んでいる? 何かあったのだろうか。


「あぁ、ヤベェってマジで、ご主人様に知られたら……ヤベェよ」


 私を絶望させる事でも言っているのかな。

 でも、もう大丈夫……彼を殺される以上の絶望なんてないから……私は安心して死ねる……。

 さぁ、いっそ一思いに殺しなさい。


「あぁ、ヤベェご主人様が来たァ!? く、クソッ、逃げるしかねェ!!」


 え……? 茨木の鬼は消えた。

 何かあった……。

 それに、なぜかさっきよりも体が軽い。

 意識は朦朧としているけど、薄目を開ける事くらいは出来た。


 そして、目の前には知っている顔があった。

 そうか……、だから茨木の鬼は消えた。


「なっ、芦屋がなんでこんな所で寝てんだ?」


(川畑君…………ごめんなさい……)


 私は、川畑君に守られてしまった……。

 私が守るって言ったのに……。


「……まさか部長の言った通り芦屋もオカルトとか好きなのか…………」


 ごめんなさい。もう、ほとんど聞こえない。

 でも、心配してくれているのは分かる。

 ……ありがとう、川畑君……。


(次は……絶対に私が…………守る…………)


 私は意識を落とした――。

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