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第05話 陰陽師の芦屋透香

 一週間後。


 芦屋がオカ研に通うようになって一週間ほどが経過した。

 クラスの奴らの視線は相変わらず感じるが、最初に比べたらだいぶマシだ。

 こんな生活にも慣れた。

 慣れればこれも平穏だ。


 因みに、芦屋の呼び方を「芦屋さん」から「芦屋」に変更した。

 変更したというか、芦屋に強制された。


『芦屋さんじゃなくて、芦屋』

『な、なんだいきなり……』

『私のお母さん、なんて呼ぶつもり?』

『あ、芦屋さんだろ』

『で、私は?』

『芦屋さんだろ』

『駄目。芦屋』

『えぇ……』


 と、いった感じで芦屋呼びになった。

 芦屋と一週間話して分かった事だが、芦屋はこちらで一人暮らしをしているらしい。


「川畑君、それ取って」


 教室に設置されている長机に肘をついていると、芦屋が俺の近くに置かれているおさつスナックを要求してくる。


「ほいよ」


 はぁ、平和だ。

 実にいい。

 平和をこよなく愛する俺としては、こののんびりとした空気がずっと続けばいいと思う。


「――皆!!」


 俺が読みかけの本に手を掛けると、急に黒先輩が立ち上がった。


「私はとんでもない事に気づいてしまったよ!」

「……なんすか」


 芦屋は黒先輩の方を見て首を傾げている。

 嫌な予感がする。


「ここ一週間、私達はオカ研として活動してないのだよ!!」

「あちゃー、気づきましたか……」


 確かに、芦屋が来るようになってからオカルト研究会はお菓子研究会になっている。

 俺的には平和で、そちらの方がいいのだが。


「本来! オカ研は心霊スポットなどに行って真相を確かめる事を活動としている! 私も楽しくて忘れていたが、一週間も活動していないのは研究会として許されない事なのだよ!」


 まぁ一年間で何か所も心霊スポットと呼ばれる場所を周ったが一度も幽霊なんか見なかった。


「私、オカ研じゃない」

「うっ、そ、それでもだよ! 私と川畑君は活動をする義務があるのだよ!」


 確かに月に一度出す活動報告に『お菓子を食ってました』なんて書いたら生徒会怒られるしな。


「という訳で私は昨日調べてきたよ!」


 そう言うと黒先輩はいくつかの写真と手紙をカバンから取り出す。

 俺は近づいて写真を手に取る。


「ん、怪我の写真?」


 それは腕を包帯で巻かれた男の人の写真だった。


「そう、それとこの写真だよ!」

「……これは、洋服店? 中がぐちゃぐちゃにされてますけど」


 もう一つの写真は、ショッピングモール内に入っている洋服店のものだった。

 だが、ぱっと見で分かるほど店内が荒れている。

 綺麗に並べられているはずの洋服たちは乱雑に飛び散り、試着室は横に倒れ、店の看板は床に落ちている。

 地震でも起きた様な。それか暴徒でも侵入してきた様な。

 そんな有様だった。


「この証言者曰く「俺は鬼に食われかけた」との事だ」

「鬼ですか……」

「鬼……ッ!」


 鬼というワードを聞くと、お菓子を食べていた芦屋が詰め寄ってきた。

 珍しく、芦屋が戸惑っているように見える。


「おぉ、芦屋君も興味あるのかい!」


 黒先輩は目をキラキラさせて嬉しそうな顔をする。


「……ここ、どこ?」

「ん、ここはイーヨンだよ。鹿児島でも最大級のショッピングモール」

「しかし、イーヨンに鬼って……ミスマッチですね」

「場所なんてどこでも良いのだよ!」


 テンションが上がっている黒先輩。

 芦屋はショッピングモールの写真を睨みつけるように見ていた。

 ……洋服屋に恨みでもあるのだろうか。


「私、帰る」

「ん、お菓子はまだあるよ?」

「いい……。それと、イーヨンに近づいたら駄目」


 なんだあの真剣な顔。

 芦屋はカバンを持って教室から出て行った。





 その夜。結局、俺と黒先輩は芦屋の忠告を聞かずにイーヨンに来た。

 しかも深夜の二時だ。

 俺と黒先輩はイーヨンの水の広場側入り口の前に居る。


(ねみぃ……)


 黒先輩に「来てくれたら美味しい物をあげるから」と言われて、ほいほいついて来てしまった。


「ん~、今日こそは幽霊出そうだね!」


 深夜なのにテンションの高い黒先輩。

 というか、なんで学校のジャージで来てるんだ。


「……てか、深夜の二時って店閉まってますけど、どうやって入るんすか」

「あ……!」


 黒先輩は、しまった! という顔をする。

 おい、この人マジで何も考えずに来たのか。


「なんてね。しっかりと合鍵を持って来てるよ」


 ジャラジャラと束になった鍵をカバンから出した。そしてドヤ顔がムカつく。

 この人って偶にとんでもない事をしれっとやるから、この程度の驚きには慣れている。


「わーさすが黒先輩ー」

「棒読みの賛辞をありがとう。それでは行くとしようか」


 自動ドアの鍵を開け、手動で自動ドアを開く。

 中に入ろうとした時、黒先輩は何かを思い出したかの様な声を出して立ち止まった。


「っと、その前にこれを持っていたまえ」

「カメラですか」


 カバンから取り出し渡されたのはポラロイドカメラだった。


「そう! これこそが数多の心霊写真を収めてきたきたという曰く付きのカメラ!!」

「へぇー」

「反応が薄いな生命君!!」

「黒先輩の反応が濃いだけでは」

「へっへへ、私はついにこの目で本物のオカルトを見れるとワクワクが止まらないだけなのだよ!」


 気持ちの悪い笑い方をして肩を震わせている黒先輩を、俺は若干引きながら見ている。


(本物のオカルトマニアだなこの人……)

「それでは二手に分かれて探索だよ! 私は一階を周るから、君は二階を周ってくれたまえ!」

「はぁ、分かりました。なんかあったら連絡します」


 本当は、こんなめんどくさい事したくないんだが、一応俺もオカ研の一員だからな。

 それに、めんどくさいからって手を抜いたりしたら黒先輩怒るしなぁ。

 あの人、怒ったらめんどくさいんだよなぁ……。






――芦屋透香SIDE――



 深夜の一時四十五分。


(よし、もう人の気配は感じない)


 隠れていた三階の物置から出て、イーヨンの中を探索する。

 オカ研の教室で手に入れた【鬼】の情報。


 【鬼】――それは最強と言われる妖怪だ。

 昔、二つの家系【芦屋家】と【阿部家】が共闘して、そのほとんどを滅ぼしたが生き残りがいる……。


「大丈夫。私はあの時より強い」


 自分に言い聞かせる。


 私も小さい頃に一度だけ【鬼】と戦った。

 もう十年も前。

 結果は惨敗で手も足も出なかった。


 【鬼】はそれぞれに力があり、【何か】を奪う能力を持っている。


 私が戦ったのは【色の鬼】。色を奪う鬼。


 負けた私は体の【色】のほとんどを奪われた。

 肌は血の気を感じさせないほど白く、髪も白く、血の色さえ白い――。

 醜くて仕方がない。まるで色を塗り忘れられた絵。


 唯一残ったのは目の色だけだった。


 私はいつか、この色を奪い返す……。

 鹿児島に来た理由の一つはその事、【色の鬼】が鹿児島に居るという情報を手に入れたから。

 まさか、たったの一週間で【鬼】の情報が手に入るなんて。


「女の子がこんな時間に何をしてるのかなぁぁハハハ」


 イーヨンの中を歩き、鬼を探していると後ろから声を掛けられた。

 咄嗟に振り向き確認する。


「鬼ッ――!!」


 声を掛けてきたのはやはり鬼。

 体は青く、角が一本生えた鬼。

 それを確認するだけで分かった。


(色の鬼じゃない)


 そんなに都合よく、目的を見つける事はできないって事。

 でも、だからって倒さない訳にはいかない。

 鬼を放っておくと、被害は甚大……最悪一つの町が消える。

 写真の人も、生き残れたのが奇跡。


「陰陽師、芦屋透香。鬼の討伐を開始」

「陰陽師? 芦屋? ほー、なるほどねぇ。芦屋といえば先の大戦で逃亡した弱虫集団かぁ」


 先の大戦――それは阿部と芦屋が協力して戦った鬼との大戦。

 数百の鬼に二千に及ぶ陰陽師との戦い。

 逃亡? 何の事を言っている。


「ん、その反応聞いてないのか? ハハハ! これはこれは芦屋一族、自分たちの汚点を子孫達に伝えないとはな」

「何を言っているか分からない。けど、鬼の言葉に元より耳は貸さない!」


 陰陽師は【霊力】を操り、肉体の強化・思考能力の飛躍・式神の使役・除霊術を行う。

 私の得意分野は肉体の強化と除霊術。


 鬼に対し、強化した足で蹴りを入れる。


「ハハハッ! 人間風情が鬼に力比べとはな!!」


 私の蹴りはあっさりと止められた。


(嘘ッ。全力だったのに――)


 考える間もなく、掴まれた足を持ち上げられ、私は宙づり状態になる。

 マズい。何とかして抜け出さないと。


「――――!!」


 式神を呼ぼう叫んだ。

 だが、声が出ない。


 口は動いている。息も出ている。舌も動いている。

 だが――声が発せられない。

 声に霊力を込め、式神を呼ばないと式神は召喚されない。いや、それだけじゃない。他の術もほとんどが詠唱を必要とする。


「フッハハハ! 俺は【音の鬼】陰陽師ってのは声を出せなかったらその力の7割を発揮でないってのを知ってるんだァ! 甘かったなァ!!」

「――ッ!!」


 私は投げ飛ばされた。

 即座に肉体を強化し、衝撃で気絶する事を免れた。


(なんて力……一度投げ飛ばされただけで体に力が入らない)


 これが鬼――それも先の大戦を生き残った強き鬼の力。


「一撃で沈まないとはなかなかやるねェ。ハハハ! でも、もう体は動かないんじゃないかァ?」


 鬼の笑い声……。ここは寝具売り場、武器になる物はない。


「全然、効いて、ない……」

「ぷッハハハ! いい威勢だねェ! そういう人間を食うのは……大好きだァ」


 鬼が一歩ずつ近づいてくる。

 大丈夫、私にはまだ奥の手がある。

 あと六メートル。


「久しぶりの上物」


 あと五メートル。


「しっかりと」


 あと四メートル。


「味わって食べなきゃなァ」


 あと三メートル。


「それじゃあ」


 あと二メートル。


「食うぜェハハハ!」


 一メートル――


(――今ッ!!)


 私はポケットに隠していた札を取り出し、鬼に向かって投げる。

 これは鬼と戦う為に、準備していた私の霊力全てと引き換えに一撃必殺の除霊術を発動する札。

 どんな悪霊や妖怪でも、これを食らえば消える――!!


「何ッ!?」


(避けられた……ッ)


 完璧なタイミングだった。これ以上無いタイミングだった。

 鬼も完全に油断していたはず……。


 札は後ろに設置されているマネキンに当たり、マネキンは倒れ大きい音を静かな店内に響かせた。


 なんで、避け――


「――危ない危ない。もしも油断してたらやられてたァ」


 この鬼、油断していなかった……!


「残念だったなァ。俺はあの大戦で陰陽師ってのが油断ならねェって事を知っているんだァハハハ」


 油断していたのは私だった。他から応援を呼ぶべきだった。

 鬼という言葉を聞いて、舞い上がってしまった。

 本当に陰陽師としての役割を、誰かを守るという役割を果たすのであったら、こんなに軽率な行動をするべきではなかった。


 自分が強いと慢心してしまった。


 悔しい。悔しい。悔しい……!

 後悔が止まらない。


(私が死んだら、彼を守れない……)


 死ぬ事より、死んだあと、彼を悪霊や妖怪から守れなくなる事を考えている。

 あの時、次こそ守るって……神様にも頼んだのに……。


「んじゃぁ、改めて食わせてもらうぜェ」


 せめて、死ぬ前に私の生命力を霊力に変えて、こいつに浴びせる。

 そうすればしばらくこいつは弱る……。


 私が死んだ事を知った他の陰陽師でも倒せるレベルまで弱らせられるはず……。


 ごめんなさい川畑君。

 折角、歩み寄ってきてくれたのに――。




「――なんだこれ、なんでマネキンに紙が刺さってんだ?」




 生命力を霊力に変換しようとしたその時――。

 川畑君の声が聞こえた。

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