第04話 軽羹VSかすたどん
後日――昨日は寝れなかった。
恥ずかしくて、夜中三時まで布団の中で悶えていた。
まぁ、寝たら少しは落ち着いたから大丈夫だろう。
今朝、光に「おはよう」と声を掛けられて驚いてしまった。
やはり、昨日の白熊効果か……。
あくびを噛み殺しながら、教室の扉を開けた。
昨日の空気的に少し不安だったが、いつも通りのクラスだ。
皆いつも通りのメンツとつるんで、笑い話をしている。
お、蒼が今日も俺に手を振る。
数舜後には元気な声で「おはよー!」と言ってくるんだろう。
「おはよう川畑君」
「おう、おはよあ……お……芦屋さん?」
俺は蒼だと思い挨拶を返したが、俺の前に立ち挨拶をしてきたのは芦屋さんだった。
「そう、芦屋さん」
「……あぁ、おはよ」
「おはよう」
……あぁ、次の展開が予想できる。
「おいおいなんで川畑君が」
「いつの間に?」
「そういえば、昨日オカ研のある方から芦屋さんが走ってくの見たぜ」
やっぱり、教室中がざわめきだした。
そりゃそうだ。平々凡々な俺に、恐らく学年一の美女が話しかけてきてるんだから、ざわめきもする。
まさか、オカ研の教室じゃなく、ここで話しかけてくるとは……。
あまり、悪目立ちはしたくないのに。
「あぁ、それじゃ」
俺は芦屋さんの横を通り抜ける。
そのまま自分の席に向かった。
これ以上、目立つのは面倒だ。
「あ、お、おはよう生命」
「あぁ、おはよ蒼……」
挨拶をしてくれる蒼だが、困惑しているようだ。
中村に至っては俺の後ろに目をやって、挨拶もしない。
「なぁ、なんで芦屋さんがお前の後ろに引っ付いてるんだ?」
芦屋さんは席に向かう俺の後ろについてきた。
「……あまり深く詮索しないでくれ」
俺は頭を抱える。
「あはは、それにしても驚いたよ。いつの間に仲良しさんになったの?」
「仲良しじゃない。友達でもない」
蒼の質問に即答の芦屋。
これには蒼も少々引いている。
「ふーん、ま、なんでもいいけど」
「あはは、生命は面倒事を吸い寄せる体質だからね」
「なんだそのはた迷惑な体質……俺はどこにでもいる普通の高校生だろ」
「なぁ、生命」
「ねぇ、生命」
「「――鏡って知ってる?」」
息揃えて言いやがった……!?
後ろの芦屋さんも堪えているが笑いそうになってるの分かってるからな!
「それにしても、芦屋さんの方から寄ってきてるのにも驚いてるけど、生命がそれを突っ撥ねてないのにも驚きだよ。僕の時は近づいただけで「なんだよ」って威圧的だったのに!」
蒼、どんだけ根に持ってるんだよ。
……でも、確かに俺はそういう奴だ。
「……へぇ」
芦屋さんが意外そうに俺を見る。
そういう奴のはずだったんだけどな……。
「お節介な人、だと思ってた」
「お節介って……あはは、生命はそういうのが一番嫌いな性格だよ」
「だな……まぁ、友達には少しお節介する時もあるけどな」
「あ、それは分かる! でも、他人には凄く冷たいよね!」
芦屋さんの言葉に蒼と中村が答える。
ちなみに蒼、俺は別に凄く冷たくしている訳じゃないんだぞ。
適切な距離を保っているだけだ。
「……へぇ……」
心なしか芦屋さんが嬉しそうな顔をしているように見えた。
はぁ、今日はめんどくさい一日になりそうだ……。
――放課後。
意外な事にクラスメイトは誰も話しかけてこなかった。
変わったことと言えば、昼休みに一緒に飯を食うメンツに芦屋さんが足されたくらいか。
まぁ、話しかけられなかっただけでチラチラと視線は感じていたが、少し気が散るくらいだった。
俺は話しかけられないのはめんどくさくて良い事だと思い、いつも通り407教室の扉に手を掛ける。
「――で、なんで芦屋さん付いて来てるの?」
「オカ研に誘ったのは川畑君」
「まぁ、そうなんだが」
はぁ、まぁいいか。
俺は教室の扉を開けた。
「――おぉ、我が研究会の金のたま……ご…………」
いつも通りの黒先輩だ。
黒先輩はいつも俺より先に教室に来ている。
あれ、なんか固まった。どうしたんだ?
「う、後ろの少女は昨日の銀の卵!」
そう言うと黒先輩は俺の後ろの芦屋さん目掛けて迫ってきた。
しまった! 昨日芦屋さんに言われていた事伝えるの忘れてた。
やばい止めないと!!
「ストップ黒先輩!!」
「うぐっッ!?」
俺は芦屋さんに某世界一の大泥棒の様にダイブする黒先輩を抱き止めた。
危なかった。
あのままダイブしてたら、また芦屋さんに逃げられる所だった。
「なんでいきなりル〇ンダイブかますんですか。また逃げられますよ」
「す、すまない。気持ちの高ぶりを抑えられなかった」
はぁ、この人はオカルトの事になると歯止めが効かないからな。
「やっぱり、その人苦手……」
いや、その気持ちは痛いほど分かる。
俺も、最初勧誘されてた時はそうだった。
長く付き合えば悪い人じゃないんだが(というかいい人なのだが)基本第一印象は最悪だ。
「そ、そんな……ガーン」
「ガーンって口で言いますか……」
「で、でも、来てくれたって事はオカ研に入ってくれるって事だろう? 流石生命君!」
俺の両手を握って上下に振る黒先輩。
「――私、オカ研に入ってない」
「流石せいめ……えっ」
芦屋さんの言葉に黒先輩は固まる。
あぁ、これはショックを受けてる顔だ。
さっきのガーンとか言ってる時よりも、本当にショックを受けている顔だ。
「川畑君からお菓子食べ放題って言われたから来た」
「いや、食べ放題とは言ってないよな俺」
勝手にねつ造するんじゃない芦屋さん!
「せ~い~め~い~くん~?」
黒先輩がふらつきながら近づいてきた。
「い、いや、仕方ないじゃないですかー。まだ勧誘途中という事で許してくださいよ」
貞子みたいだと思ってしまったとは、口が裂けても言えない。
いや、オカルトマニアだし逆に喜ぶか?
「……分かったよ。まぁ、彼女が来てくれるってだけでも大きいからね」
「そういや、なんで彼女に執着してるんですか?」
「うん? そんなの私の勘が彼女にオカルト的な物を感じたからに決まってるじゃないか」
キョトンとした感じで、当然のことの様に言う。
いや、勘って……俺の時もそうだが、この人は自分の勘を疑わないからな。
トランプでもウノでも負けた事ないんだけど。
「そんな、何かおかしい事でも? とでも言いたげな顔で見ないでください。部長の勘が当たってるのなんて見た事ないですからね」
「し、失礼な! 確かに私は運が関わるゲームで君に勝った事は無いが人を見る目は本物だぞ!」
「……そもそも、黒先輩に勧誘された俺も霊感なんて無いですし」
幽霊なんて見た事もない。
なんか、変なのが見える時はあるが、あれはカメラにも写らないし、幽霊じゃないだろう。
だって、心霊写真とかあるし、幽霊がカメラに写らない訳がない。
「そ、それは、君が気づいていないだけかもしれないじゃないか!」
意地っ張りだな……。
俺と黒先輩が話していると、俺の袖を芦屋さんがクイクイと引っ張る。
「ん、なんだ芦屋さん?」
「お菓子、頂戴」
……芦屋さんってもしかしなくても甘い物が好きなんだろうな。
「……あぁ、軽羹でもいいか?」
「軽羹?」
「鹿児島では有名な和菓子だ。美味いぞ?」
まぁ、俺は年に一度食べるかどうかの頻度でしか食べた事ないけど。
「じゃあ、それで」
両手を俺に突き出してくる芦屋さん。
なんか、餌付けする気分だな。
確か、軽羹はオカ研の棚の上……。
「あ、私かすたどん持って来てるよ」
俺が、軽羹を取ろうとすると、黒先輩が芦屋さんに近づいて言った。
かすたどん? 確か、クリームの入ったふわふわしたお菓子だよな。
小学校の時、食べたが美味かった記憶がある。
「かすたどん?」
「私の好物でね! 中にカスタードの入った饅頭の様な物だ。生地がふわふわしていて美味しいのなんの!」
「そ、それ食べたい」
俺の軽羹の時とは明らかに食いつきが違う。
な、なんか悔しいな。
「あぁ、もちろんあげるとも! フッ……」
か、勝ち誇った顔でこっちを見やがった。
さっきの事、根に持ってるな……。
だが、かすたどんは確かに美味い……それに軽羹も先輩が持参していた物だし……。
なんでか、とても悔しい……。
「はい、半分」
黒先輩からかすたどんを受け取ると芦屋さんは俺に近づいて、二つあるうちの一つをくれた。
「え、くれるのか?」
「黒先輩さんは自分の分もあるみたいだから」
……う、嬉しい!
ふふ、黒先輩が悔しそうにこちらを見ている。
残念でしたね。あなたは試合に勝って勝負に負けたんですよ。
結局、帰宅時間まで三人でお菓子を食って終わった。
オカルト研究会とは……。
三人で校門まで歩いている。
「今日は楽しかったよ!」
「お菓子食ってるだけでしたけどね」
「……そ、それでもだよ! 私、同年代の子と仲良くなった事ないし!」
さり気なく悲しい事を言われた。
確かに、この人は普段近寄り難い。
小耳に挟んだんだが、黒先輩は普段全然喋らずに勉強に集中しているザ・陰キャがり勉みたいな感じらしい。
オカ研だと結構騒がしいのにな。
「私も、美味しかった」
そう言う芦屋さん……楽しかったじゃないんだな。
「芦屋君! いつでもお菓子を食べに来てくれてもいいからね!」
「……オカ研には入らないけど」
「……ま、まぁ、入って欲しいが――君とお菓子を食べる時間が楽しかったっていうのは本当なんだよ。だから、また来てくれたまえよ」
ん、芦屋さん、少し嬉しそうな顔してるな。
黒先輩、この人ってこういうところあるからな……。
『君と一緒に色々な物を見てみたいのさ! だから、君を誘っている!』
……。
はぁ、俺がオカ研に入って、もう一年か。
「分かった。また、行く……」
「本当かい! 嬉しいね!!」
……俺も明日からはお菓子を持ってくるか。