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第02話 白熊

 と、まぁ、教室を出たはいいものの芦屋さんがどこに行ったかなんてわからない訳で、なんだか探すのもめんどくさくなったから、勧誘は明日でいいか。

 このまま、帰宅するか。


 と、その前にスーパーで今晩のおかず買っとかないとな。

 昨日は魚だったし、ハンバーグでいいか。

 スーパーに入り、かごをもって精肉コーナーに向かっている途中、お菓子売り場で熱心にお菓子を選んでいる光を見つけた。


 まぁ、話しかけたも無視されるだけだろうし、見なかった事にして――


 ――ドサッ!


 俺が一歩踏み出すと誰かにぶつかってしまう。

 完全に俺の不注意だ。


「す、すみません!」


 俺はすぐに相手の顔を見て謝る……あ――。


「大丈夫……あっ――」


 ぶつかったのは芦屋さんだった。

 芦屋さんは俺に気づくと、少しだけ嫌そうな顔をした。

 黒先輩……これ、勧誘するのは難しいですよ。


「……芦屋さん」

「私、オカルト研究会には入らない」


 勧誘する前から拒否られた!


「違うよ。別に勧誘しようなんて思ってないから」


 すみません。本当は勧誘しようと思ってます。

 でも、今はこう言っておかないと話すらしてくれなさそうだ。


「偶然だよ。たまたま、買い物に来たらよそ見をして芦屋さんにぶつかっただけ、本当にどこもゲガしてなか?」

「大丈夫、あなたに傷をつけられるほど軟じゃない」


 君は格闘家か何かか。とツッコミそうになったがぐっと堪える。


「それじゃあ」


 芦屋さんが帰ろうとする。

 ここで会えたのはラッキーだ。

 明日、教室で隙を見て芦屋さんに話しかけようと思ったが、今思えば芦屋さんに隙なんてないだろう。

 何故なら、芦屋さん目立ちすぎるからだ。


(なんだ白髪美少女でクールって!)


 それに対して俺は地味キャラだ。

 そんな俺が話しかけたら、絶対に悪目立ちしてしまう! それだけは避けたい!


 俺は、ショッピングモールの中にあるカフェの事を思い出す。


「そうか。あ、そうだ! そこのカフェでお茶でもしないか?」


 ……強引過ぎるか?

 これじゃ、まるで――


「――ナンパ? 断る」

「いや、違う……なんか俺もそう思ったが違うからな!」

「なんか、必死で怪しい……」


 そりゃ、必死になる。黒毛和牛がかかってるんだ。

 それに今、勧誘しておかないと学校で話しかけるのはめんどくさい。

 芦屋さんに話しかけたら絶対に周りから何か言われる。

 なんとしても、ここで勧誘をしてしまいたいんだ。


「違うって! ただ、ほら芦屋さんって鹿児島に来たばかりなんだろ? だったら、名物でも奢ってやろうかと思ってな」

「名物?」


 確か、ここのカフェには――


「鹿児島の名物、白熊だ。うまいぞ?」


 白熊とはかき氷の上に練乳と果物を載せた鹿児島の名物お菓子だ。


 「……」


 芦屋さんは黙ってしまう。

 流石に、こんなんじゃつれないか……。


「――分かった。食べ終わったら帰る」


 あ、つれた。





 カフェ。平日のこの時間は流石に人も少ないな。

 しかし、白熊って700円もするのか。

 地元の名物なんて、地元民は食べないからな……。


「むぐむぐ」

「……美味いか?」


 美味そうに食っている芦屋さんに問いかける。

 無表情なのに両頬を膨らませて食っているというのは何とも面白い光景だ。


「そこそこんぐ、むぐむぐ」


 強がりだな。

 飲み込んでから離せばいいのに口に入れたままだし。


「の割には美味そうに食うな」

「セクハラ」

「えっ、今のどこが!?」

「冗談」

「……笑えん冗談はやめてくれ……」

「私は笑える。嗤笑(ししょう)


 嗤笑。他人を見下して笑う事。

 笑うってそういう……。


「笑えるって、嘲笑ってる方かよ……。なぁ、なんでそんな人に嫌われるような行動をとるんだ?」


 勧誘する空気作れないし、少し気になっていた事を聞いた。

 芦屋さんの人を突っ撥ねる態度は、なんだか違和感を感じさせる……演技を見せられている様な感覚すらある。


「……あなたには関係ない」

「ま、そうだけどよ。それじゃ、頼れる人間が居なくなっちまうぞ?」


 俺には何だかんだ友達がいるが、芦屋さんはこのままだと本当に頼れる存在が出来ないだろう。

 そりゃ、親や兄弟はいるかもしれないが、友人という距離感の相手は大事だ。

 その距離でしか話せない事はある。


「私は他人に頼らない。だから問題ない」

「…………なんか、悲しいな」


 悲しい――そう言う理由は芦屋さんの表情がとても無理している様に見えたからだ。

 無表情であるが目は下を向いて、何かを悲しい事を考えている様な――そんな顔に見えた。


「哀れみなんていらない。私は幸せ……」


 あぁ、その顔、とても悲しそうに見える顔を俺に見せないでくれ……。


「はっ、それが幸せそうな奴の顔かよ。それ食ってる時の方が幸せそうだったぜ」

「……あなたに関係ない」

「そうだな。確かにそうだ。でも、心配して言ってるんだぜ?」


 これは本心だ。似合わない言葉だろうが、何故だか彼女の悲しそうな顔を見ているとほっとけない……。

 普段は俺も人を突っ撥ねる様な態度を取るのに、人の事を言えないのに、芦屋さんを他人だからと切り捨てられない。


「心配、なんで?」

「……クラスメイトだから」


 いや、本当はそんなくだらない理由じゃない。

 でも、言葉にするのが難しい。

 俺は、何故心配している。


 彼女が悲しそうな顔をしていたからか? ――違う。


 彼女が可愛いからか? ――違う。


 彼女に惚れちまったとか? ――違う。


 どれも違うのに、どれも近い気がするんだ。


(はぁああああ、なんなんだ俺! 訳分らん!!)


「今日転校してきたばかり」

「クラスメイトに期間は関係ないだろ」

「朝言った。仲良くする必要はない」

「別に仲良くしようって訳じゃない。仲良くないと心配しちゃ駄目なのか?」

「お節介」

「そうかもな」


 俺は仲良くない人間と話すのは苦手なはずなのに、彼女とはスラスラと話せる……。

 あぁ、なんだか俺じゃないみたいで気持ち悪い!


「……あなたみたいに言ってくる人は初めて…………」


 彼女は嬉しそうな……なのに悲しそうな顔をしていた。


「なぁ、無理して人を避けてるなら」


 俺がそこまで言うと芦屋さんは首を横に振る。

 俺って、こんなにお節介だったか……。

 もっと、他人なんてどうでもいいと思ってはずなんだがな。


「……すまん。お節介過ぎたな」

「……私も、分かってる」


 芦屋さんは語りだす。


「人を避けて、孤独を感じるなんて馬鹿みたい」


 そうか、彼女は孤独なのか。


「でも、そうしないと駄目なの」


「なんでだ?」


 俺がそう聞くと、彼女は空になった白熊の容器を見つめる。

 言い淀んでいる。

 きっと、彼女にとってそれは言いにくい事なんだろう。


「人の、傷つくところを見たくないから――」


 ……また、悲しそうな顔をする。





――芦屋透香SIDE――


 芦屋透香――私は陰陽師の家系の跡取りとして育てられた。

 一族でも随一の除霊術と妖気を操れる私の周りには強い妖怪や悪霊が寄ってくる。

 その為、昔親友を妖怪との戦いに巻き込み大怪我を負わせたことがある。

 それ以来、私は……人を避けている。


 京都からこちらに引っ越してきたのは、とある目的と鹿児島に陰陽師が居ないからだ。

 なのに、よく今まで大きい事件が無かったと思っている。

 私に寄ってくる妖怪や悪霊もいない。


 鹿児島は京に次ぐ悪霊妖怪の出現率だと聞いていたのに拍子抜けだ。


 そんな鹿児島で私に話しかけてきた人がいる。


 私のクラスメイトであり、あの変な黒髪の人の仲間。


 いつも通り突っ撥ねようとしたが、卑怯な手につられてしまい、カフェで話している。

 女の子はスイーツに弱い。これは陰陽師とか関係ない。


 それに……なぜか彼と話すと言うつもりのない事まで言ってしまう。


「人の、傷つくところを見たくないから――」

「そうか」

「意味、分からないって顔」

「そりゃな。主語が抜けすぎて訳分らん……」


 軽くため息を吐いて、頭を抱える彼。

 いい、別に理解してもらいたい訳じゃない。

 陰陽師は秘密組織、詳しい事を他人に言えない。


「でも――芦屋さんが優しいって事くらいは分かった」


 ……彼は顔を上げて微笑んで言った。

 なんだかとてもセリフっぽい、臭い言葉だけど……少しだけ、ほんの少しだけカッコいいと感じてしまう。


「……口説いてる?」

「いや、確かに俺も臭いセリフだとは思ったが言わんでくれ、口説いてないし」


 彼は顔を真っ赤にしている。

 なんだろう。この気持ち、久しぶり。


「ふふ、冗談」


 数年振りに微笑んだ。


「……」

「どうした?」

「いや、芦屋さん笑ってる方が可愛いな」


 か、可愛いって……。

 それは流石に照れる。

 私は少しだけ俯いて顔を隠す。

 おかしい、数年守っていた私の鉄仮面が、こんな簡単に剥がれるなんて……。


「……口説いてる?」

「いや全然」

「全然は失礼……あまり、女の子にそういう事言ったら駄目だと思う」

「えっ、でもクラスの連中も朝可愛いとか綺麗とか言ってただろ?」

「それとこれとじゃ違う」

「……お、女心分からねぇ」


 彼はテーブルに肘をついた。

 確かに、少し鈍感そう。

 もし、彼に惚れる娘が居たら頑張らならいと駄目ね。


「……なぁ、芦屋さん」

「何?」

「友達……は仲良くしたくないなら無理かもしれないが、偶にこうして話さないか?」

「……」


 とても嬉しい。

 こうして、面と向かって話そうなんて初めて言われた。

 皆、私が一度突っ撥ねたら話しかけて来なくなるから、それでも話そうと言ってくれるのは嬉しい――でも、駄目。


「……口説いてる?」

「そうかもな。一人ぼっちの女の子をほっとける男なんていないだろ?」

「……それ、臭すぎるよ」


 あれ、なんで……駄目って一言言えばいいだけなのに――。


「……わ、分かってるよ」


 彼はまた顔を赤くしている。


「でも、うん、口説かれてあげる」


 違う……駄目……また、傷つけちゃう。

 考えている通りに口が動いてくれない。


 ……そうか。

 これが、私の本心――私はどれだけ人を突っ撥ねてきても、一人に慣れなかった私の本心。

 いつも、友達のいる子が羨ましくて、いつも――私を重ねていた。


 もし、あそこで楽しそうに話している娘が私なら――ずっと、考えてた。


 でも、私から歩み寄る事はできない。

 傷つけるのが怖いから、傷つくのが怖いから――。


 だから、歩み寄ってきてくれた彼を――本心で話してくれる彼を突っ撥ねる事が出来ない。

 私は酷い娘だ……彼が傷つくかもしれないのに――彼と話したいと思ってる。


「そうか。オカ研の教室、放課後はいつでも開いてるから来てくれ。お菓子も飲み物沢山あるからな」

「やっぱり、勧誘」

「あ、あはは、でも嘘は言ってないからな」


 分かってる。

 私は、あなたを疑ってない。


「……あのしがみついてきた人」

「黒先輩か?」

「黒先輩さん、次はしがみつかないでって言ってて」

「あぁ!」


 嬉しそうな顔の彼。


 守ろう――。


 次こそ、彼一人くらいなら私が守れる――。


 私はあの時と違う――。


(だから、神様――最後にチャンスをください)


「最後に……あなたの名前を教えて」

「俺は、川畑生命だ――」

「川畑君……。白熊ありがとう。また明日」

「あぁ、また明日な」


 私は、振り返らずに店を出た。

カフェで話す二人を見ている一つの影があった。


「――お、お兄ちゃんが美人に口説かれてる……!!?」

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