第11話 霧島黒
というわけで、翌日の夜。
今は深夜の一時、夕方はあんなに騒がしかった天文館だったが、流石に閑散としている。
しかし、深夜の一時は条例で高校生は外に出てはいけないはずなのだが……。
黒先輩に聞くと「手は打ったから大丈夫だよ」と言われたが、どう手を打ったら大丈夫になるのか教えて欲しい。
集まったのは俺、芦屋、黒先輩、そして何故か光が居る。
本当になんで居るの。
「なんで、光が居るんだ?」
「兄貴には関係ない」
「いや、あるだろ」
「……ない」
「私が誘ったのだよ」
黒先輩が光の隣に立ち、光の肩に手を乗せて言った。
「二人、知り合いだったんですか?」
「つい先日会ってね。全く、君に妹がいるなんて知らなかったよ! 話してくれてもいいのに!」
こちらを指差し、「水臭いな」と言う黒先輩。
俺も黒先輩も互いの家庭に関してあまり踏み入ってこなかった。
「ねぇ、あの子誰?」
芦屋に袖を引っ張られ、振り向くと質問された。
「あぁ、こいつは俺の妹で光だ」
「よろしくお願いします」
光が頭を下げて挨拶をする。
な、なんだと、光がしっかり挨拶をするなんて……反抗期じゃなかったのか光。
家以外での光がこんなにしっかりとした対応をするなんてしらなかった。
理由は、光に「もし、外で見かけても話掛けないでよ。絶対、絶対だからね! 本当に話掛けないでね!」と念を押されたからである。
なので、一度外で会った時に言われた通り無視したら、その日は一日不機嫌だった事がある。
どうしろというのだ。
「私、芦屋透香、よろしくね……川畑君、なんでビックリしてるの?」
「ひ、光が挨拶するなんて……」
吃驚してしまう。
なんで、俺の事は今でも偶に無視するのに、俺以外とは普通に話すんだ。
お前はもっと、私に触れるな的な感じだろ。
もしかして、俺にだけなのか。俺にだけああなのか。
今なら反抗期の娘を持った父親の気持ちが分かる。
「兄貴、私をなんだと思ってるのよ。初対面なんだから挨拶くらいするでしょ」
「俺の事は無視するじゃねぇか」
「……兄貴は特別なのよ」
そっぽを向いて、光は言った。
なんだその特別……全然嬉しくない。
「さて、光君の紹介もできたね。全員カメラも持ったね!」
俺達は、ポラロイドカメラを黒先輩から手渡されている。
因みに前に貰ったポラロイドカメラは後日、黒先輩に返した。
返した際、「ん、それは譲ったつもりなのだが」と言われ、金銭感覚狂ってるなこの人と思った。
このポラロイドカメラ、〇万円もするのに……。
「それでは――くじを引いてくれたまえ! 二人一組で」
黒先輩は背負っているバッグの中から、四本の割りばしを取り出した。
「えっ、全員一緒じゃないんですか?」
光は驚いた顔をしている。
まぁ、俺と黒先輩の時だけでも二手に分かれるから、俺にとってはいつも通りだ。
それに、天文館は広い。
二人で移動するのは防犯意識だろう。
「あぁ、天文館は広いからね。日が昇ってしまう。っと、渡し忘れてた」
黒先輩はバッグから四本の黒い棒状の物を取り出した。
それには赤いボタンと白いボタン、そして数字の書かれたダイヤルが付いている。
先端には銀色の三つの突起が付いている。
それを全員に手渡す。
これってもしかして……。
「何これ」
「スタンガンだよ。海外製の特別強力なやつ」
芦屋の質問に答える黒先輩。
やはりスタンガンだった。
しかも海外製の強力なやつって、どうやって手に入れたんだ。
「あ、注意だが、それ以上出力電圧を上げてはいけないよ。最悪殺してしまうからね」
「どんだけ危険な物渡してくれてるんですか!?」
光のツッコミを初めて聞いた。
気持ちは分かる。
いくら護身の為とはいえ、人を殺せるレベル代物を渡さないで欲しい。
「まぁ、人は来ない様に手配しているから、使う機会はないと思うけどね」
「……兄貴、あの人って何者なの」
「しらん」
光が俺に質問するくらい、黒先輩は当然の様に非常識な事を言う。
不思議っ子という点では芦屋もそうだが、オカ研には俺以外に普通の奴がいない。
芦屋はスタンガンのスイッチを押して、ビリビリと弾ける電気を見ている。
凄い音だ……本当に人を殺傷できる武器だな。
「それじゃ、くじを引いてくれたまえ。私は残り物で構わないよ。まずは生命君から」
「はいはい」
俺は適当に一本引く。
割りばしの手で隠れていた部分は赤色で塗りつぶされていた。
なるほど、こんな感じで分けるのか。
「次は芦屋君」
「うん……」
芦屋は黒先輩に近づくと、割りばしをじっと見つめる。
そして、一本を決めて、引いた。
「青だねー」
芦屋は肩を落として、黒先輩から離れる。
「では、最後に光君」
「はいっ!」
光、なんでそんなに気合入ってるんだ。
光は割りばしに近づくと、手を合わせ祈った。
あぁ、俺と同じ班にならない様に祈ってるのか。
悲しい。
光は割りばしを一本引く。
「青……なんで……」
光は青色の割りばしを引き当てた。
肩を震わせているが、そんなに嬉しかったのだろうか。
「では、私と生命君、芦屋君と光君で探索だね。とりあえず、1時間経ったらここに再集合だよ!」
黒先輩の目はキラキラと光り、芦屋はいつも通りの無表情、光は顔を下に向けている。
全員の温度差が激しいな。
「それでは! オカルト研究会の活動スタートだ!」
「おー」
「……おー」
「なんで……」
黒先輩の元気のいい掛け声に俺は適当に返事をして、芦屋は少しずれて恥ずかしそうに返事をし、光は上の空だ。
俺、なんだか心配になってきた。
――俺と黒先輩チームは天文館で一番大きい通りを歩いている。
幽霊という物を一度も見た事のない俺だが、ここまで静かで閑散とした雰囲気だと出そうだなと思う。
しかし、黒先輩は本当にオカルトが好きなんだなと思った。
普段は一緒に行動しないから知らなかったが、この人はオカルト探索の時。
「ふんふーんふーん」
鼻歌を歌いながら歩いている。
「生命君、オカルト的な物を見つけたらすぐに教えてくれたまえ! 特に女の子だ!」
「はいはい、分かってますよ」
ここまで上機嫌の黒先輩を見るのは初めてだ。
オカルトの話をしている時は大体上機嫌だが、それよりもさらに機嫌がいい。
「どうして黒先輩は、そんなにオカルトが好きなんですか?」
そんな黒先輩を見ていて、つい聞いてしまった。
俺もそうだが、黒先輩も霊感という物を一切持っていない。
それなのに、オカルトに興味を持つなんて、何かきっかけが無ければあり得ない。
「ふむ、何故かか……」
黒先輩は足を止めて少し悩む素振りを見せた。
別に聞かせたくないなら聞かせなくていいですよ、と言おうとした時「君にならいいだろう」と言って黒先輩は俺を見た。
「私は昔、【何か】に助けられた」
「何か、ですか……」
曖昧な表現である。
だが、黒先輩がそんな表現をしたという事は、それは【何か】と形容するしかない物だったのだろう。
「そう、それが何かは分からない。覚えているのは車に轢かれて大怪我した私を、彼が助けてくれたという事くらいだよ」
「……よく分からないですね」
「あぁ、そうだろうね。私自身、全然わからないんだよ……でも、私にとっては彼は王子様の様な存在さ」
「彼って事は人だったんですか?」
「うむ、あるいは宇宙人か超能力者か……幽霊という可能性もあるね。彼は私とそこまで年の変わらない子だった。私が血塗れで倒れていると、彼は詰め寄ってきたんだ……」
「……それで」
「……さぁ、私にも分からない。気が付けば私は病院の一室だったのだからね……。病院の先生は言っていたよ。男の子が私を病院まで連れてきたと……私は血塗れで、男の子から取り上げて、すぐに手術室に連れて行ったと――」
聞けば聞くほど不思議な話だ。
そんな事が本当にあったのかと、黒先輩が話していなければ信じていなかっただろう。
だが、あまりに真剣に話す黒先輩の話を疑う事は出来なかった。
「――でも、血塗れの私には掠り傷すら付いていなかったらしいよ……。私の服はボロボロで血塗れで、血も乾き切ってないのに……私の傷は治っていたのだよ」
「不思議な話ですね」
黒先輩は自分の腹部を摩りながら、懐かしそうに話している。
きっと、そこが傷のあった……いや、"なかった"場所なのだろう。
その行為だけで、黒先輩の話が嘘ではないという証拠だろう。
「あぁ、そうだね。とても不思議な話さ。彼は何者だったのだろうかと……ずっと考えていた。そして行きついたのが」
「オカルトですか……」
「うむ、その通りだよ。それから私はずっと探している。ずっとずっと、彼を探している。そして、一言お礼が言いたいのだよ……」
「そうですか……」
そんな乙女チックな理由があったなんて想像もしなかった。
黒先輩は少し恥ずかしそうに頬を赤らめ、自分の頭を摩って「照れるね」と言った。
まぁ、そんな初恋エピソード的な事を話すのは恥ずかしいだろう。
だが、俺はそれを茶化そうだなんて思わない。
素敵な思い出だ。
だた、そう思った。
「――でも、彼がオカルトを調べる原因ではあるけど、好きになったのは単純に私の趣味に合ったからだよ! 彼を探す為という目的ももちろんだけど……私はオカルトが大好きだ! 彼を見つけた後でも私はこうしてオカルトを探していると思うよ!」
「そうですか。確かに、黒先輩のオカルト好きは筋金入りですもんね」
「その通りなのだよ!」
俺を指差し、黒先輩は天真爛漫な笑顔で言った。
その顔を見ていると俺もつい微笑んでしまう。
こんな人だから、俺はオカルト研究会に入ったんだろう。
「おっと、話過ぎたね。それでは続けるよ! 今は彼ではなく女の子だ!」
「そうですね」
俺と黒先輩は再度幽霊探しを開始した。
だが、幽霊のゆの字もない。
そんな事を思いながら歩いていると、"足音もなく"路地から三人の人? が歩いてきた。
(確か、黒先輩は人が来ない様にしているって言ってたけど……まさか、本当に幽霊……)
その三人を良く見ると、頭にはイバラと同じ様に角が生えていた。
一人は黒い服を着た一本の角を生やした女。
一人は赤い服を着た華奢な三本の角を生やした男。
一人は黄色い服を着た巨漢の二本の角を生やした男。
三人は俺達に気が付くと何かを話し始めた。
「おォ、人間がいるじゃない」
「あいつに会う前につまんでいくかァ?」
「俺様はあの男が欲しい」
……あぁ、これはあれだ。
幽霊じゃない。
そもそも、女の子はいない。
二人は男で一人女が居るけど、女も女の子という年ではないだろう。
「黒先輩、少し待ってもらっていいですか?」
「うむ、どうかしたのかい」
だけど、万が一という可能性がある。
俺はポラロイドカメラを構えて、俺を見ている三人を撮る。
三人は写真のフラッシュに驚いて、びっくりした顔になった。
「うおッ、いきなり撮るなんて失礼じゃない人間?」
「おいおい、お前ェ俺達が見えんのか?」
「これは当たりだな。食い応えがあ――」
「――やっぱり、違うか……」
俺は現像された写真を確認する。
目の前の三人は幻覚確定だと確信した。
何故なら、カメラに写らなかったからだ。
幽霊ならカメラに写らない訳がないのだから、カメラに写らないこいつらは俺の幻覚だ。
俺は幻覚だと確信した瞬間――目の前の集団を消した。
手で払えば音もなく湯煙の様に消える。
まぁ、最初からこうすれば幻覚かどうかは分かるのだが、もし手が当たって逃げられたら黒先輩に怒られてしまう。
「ど、どうしたんだい急に写真を撮って……いたのかい! 幽霊が居たのかい!?」
「いえ、見間違いです。ほら、写真にも写ってない」
興奮気味に詰め寄ってきた黒先輩に現像された写真を見せた。
そこには、先程の集団の姿はなく、綺麗な天文館の写真だけが写っていた。
「そうかい……うぅ、期待したのだよぉ」
肩を落とす黒先輩。
なんだか、申し訳ない。
「まぁ、芦屋達も居ますし、そっちに期待しましょう」
「そうだね……。そうするとしようか」
そして、俺と黒先輩は再度幽霊探しを開始した。
【あとがき】
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