第10話 天文館の噂
一週間ほどが経過した。
放課後、いつもの様に俺はオカ研の教室で本を読んでいる。
オカルト研究会。
その活動は教室にてお菓子を食べるか、黒先輩の思い付きでオカルトスポットに行くかだ。
芦屋もオカ研に入ったが、前と変わった事は無い。
だが、それは俺にとって大変いい事だ。
静かな時間が過ぎる。
何もなく、無駄な時間が過ぎていく。
そんな時間が俺は大好きだ。
「そこのお菓子取って」
「おう」
お菓子の入っている棚から、春駒を取り出す。
春駒は小豆餡で作られた独特のねばりと弾力のある細長い甘い、伝統的な薩摩菓子だ。
芦屋は春駒を受け取り、もきゅもきゅと食べる。
オカ研のお菓子消費量の八割は芦屋となっている。
よくその華奢な体に入るな。
そして、毎日毎日オカ研はお菓子を置いているけど、誰が補充してるんだ……黒先輩しかいないか。
「ひーまーなーのーだーよー」
「そうですねー平和ですねー」
黒先輩は椅子を前後ろに動かしながら、「暇だ」と連呼している。
まぁ、それはいつもの事なので無視だ。
芦屋は最初から無視していた。
「お菓子取って」
「食うの早いな。タルトじゃっどの安納芋と紫芋どっちがいい?」
「どっちも」
「食いしん坊か」
タルトじゃっとはさつまいものタルトだ。
安納芋と紫芋の餡に分かれている。
しかし、ずっと食べ続けるな芦屋。
「んあー、暇なのだよー」
「そうですねー。今日でそれ20回目ですよ」
「24回目なのだよー」
「数えてるんかい」
「生命君、君は何かやりたい事ないのかい?」
「そうですねー」
俺は本を読みながら黒先輩の話を聞いている。
正直、半分程度しか聞いていないが「暇だ」としか言わないから、「そうですねー」と返事していればいい。
「君、話を適当に聞いてないかい?」
「そうですねー」
「……将来なんになるの?」
「そうですねー」
「そこは、公務員と答える所だろう!」
「痛っ!」
黒先輩にいきなり叩かれた。
どこから出したんだそのハリセン。
「なんで、公務員?」
お菓子に夢中だった芦屋がこちらの話に混ざってきた。
「ん、見た事ないのかい? 生命君、将来なんになんの?」
「こうむいーん」
なんで、いきなりそんなネタを振ってくるんだ。
だが、体が反応してしまうのは鹿児島県民のさがなのだろう。
「と、こんな風に鹿児島訛りで話すローカルCMがあるのだよ」
「そうなんだ」
興味無さそうだな芦屋。
「お菓子取って」
「ん、あぁ……ってありゃ、お菓子がもうないな」
「そ、そんな……」
無表情だが、ショックを受けてるのは分かる。
なんであれだけ食べたのに満足できないんだ。
「芦屋君はお菓子が大好きだね……そうだ! 折角だし買い出しに行こうじゃないか!」
あ、なんだかめんどくさくなる気がしてきた。
という訳で、我々は鹿児島一の繁華街と言われる天文館へとやってきた。
しかし、電話一本でリムジンを呼び出す黒先輩には相変わらず驚かされる。
韓流スターの来日並みに人が群がってきていたぞ。
なんでも黒先輩行きつけのお菓子屋さんがあるらしい。
鹿児島一の繁華街とはいえ、平日だ。
人もそこまでいないだろう……
……と、思っていたのだが人が多い。
右を見ても左を見ても人人人、人に酔いそうだ。
「天文館は久しぶりだね」
「人多い」
「俺、人込み苦手なんだ」
黒先輩に引っ張られて人込みを通り抜けていく俺と芦屋。
お菓子買いに行くのに三人必要なんだ。
「お菓子屋についたのだよ! さぁ、好きな物を選びたまえ!」
「……どれでもいいの?」
芦屋はお菓子を選び始めた。
あ、かりんとう饅頭だ。懐かしいな。
「お、おぉ、いらっしゃいませ黒様!」
お菓子を見ていると店の奥からいかにも店主と言った見た目の白髪のご老人が出てきた。
ご老人は黒先輩を見るなり駆け寄って、腰の低い挨拶をする。
「お久しぶりです」
「本日は何をお求めでしょうか?」
「本日は私ではなくて、彼と彼女のお菓子を買いに来ましたの」
……黒先輩がとても上品な言葉遣いをしている。
これには芦屋もお菓子を選ぶ手を止めて黒先輩の方を見る。
黒先輩がまるで令嬢の様に見える。
「そうでしたか! ごゆっくりお選びください」
おじいさんは会釈をしてその場を去った。
しかし、何者なんだ黒先輩。
黒先輩と一年近く一緒に居るが、偶に見せるお金持ち感が凄い。
だが、家の事を聞くのがめんどくさくて今の今まで聞いていない。
「黒先輩さんって……何者……」
「さぁ、俺にも分からん」
小一時間ほどお菓子を選び、俺達は店を出た。
外に出るともう日が暮れていた。
黒先輩に「送っていくよ」と言われ、黒先輩のリムジンに乗った。
芦屋は買ったお菓子を食っている。
「ふふ、ふふふ」
リムジンの中で黒先輩は気味の悪い笑い方をする。
「聞いてしまったのだよ」
「……何をっすか」
聞くのがめんどくさいが、聞かないとなおめんどくさい気がする。
「――天文館に幽霊が出るらしいのだよ!」
まぁ、黒先輩のテンションが上がるのなんてオカルト関連の事くらいだから察していた。
というか、その噂は俺も聞いていた。
それは俺達がリムジンを待っている間の出来事。
俺達の近くでやんちゃそうなお兄ちゃん達が話していた。
『聞いたか』
『あぁ、あの女の子の霊の話だろ?』
『鹿実校の東さんもやられたらしいぞ』
『おいおい、あの人までやられたってヤバいだろ』
『しばらく夜の天文館には来ない方がいいな』
と、こちらに聞かせたいのか。と思うほど大きい声で言っていた。
それを聞き逃す黒先輩ではなかったという事だ。
「今日は流石に準備不足だから明日行こう!」
「……めんどくさい」
「川畑君が行くなら」
どれだけ俺の秘密を探ってるんだ。
「生命君! 黒豚!」
俺は気だるい表情を引き締め、背筋をピンとした。
「任せてください。幽霊と黒豚は俺が捕まえます」
「ちょろいのだよ」
「肉には勝てない……」
そう、男は肉に勝つ事の出来ない生き物なんだ。