第01話 白髪の転校生
俺、川畑生命は多分普通の高校生。
血液型はAB型。趣味は読書。
鹿児島生まれの鹿児島育ちで、好きな物は海老と平和だ。
俺には小さい頃から不思議な物が見えている。
周りの人には見えない。そんな物が見えている。
物心つく前から見えているのだから、今更不思議に思う事もない。
幽霊や妖怪なんて考えた事もあったが、霊感があるという友人に見てもらっても見えないと言われた。
もし、幽霊なら写真に写るはずだと思い、写真で撮った事もあるが写らなかった。
不思議だ。
だが、特に何をされる訳でもなく、払えば湯気の様に消える。
だから、不思議ではあるが困ってはいない。
産まれた時から目に見えるのだから怖くもないし驚きもしない。
俺にとってその『不思議な物』は羽虫と変わらない。
(第一章)
いつも通りの朝。
五時半に目を覚ました俺は、二階の寝室から一階の台所に向かう。
学校に行く前に朝食と弁当を作らなければいけない。
我が川畑家では料理は当番制である。
両親はどちらも仕事で海外に行っている為、妹と交代交代で作っている。
朝食は妹の好きなオムレツにするか。
朝食が出来上がり、弁当も出来上がったというタイミングで、妹が二階から降りてくる。
「光、早く準備しないと遅れるぞ?」
「うっさい、分かってるから」
「……分かった」
これは妹の機嫌が悪いとかではなく、普段からこうだ。
反抗期というやつだろう。
俺、川畑生命―十七歳―高校二年生。
妹、川畑光―十五歳―高校一年生。
俺達は鹿児島京城高校に通っている。
今の時間は7時45分だ。
学校に遅刻せずにつくには8時10分には家を出ないといけないのに、光の髪はボサボサで服も
パジャマのままだ。
今から準備して間に合うのか。
「朝食と弁当、台所に置いてあるからな」
「……」
無視。いつも通りだ。
光が中学に上がって、両親が海外に行った時からこの調子だ。
もしかして、ではなく俺は光に嫌われているのだろう。
だが、死ねや消えろとは言われていないから心の底から嫌われてはいないのだろう。
「それじゃ、俺は先に行っとくから」
「……」
靴を履き玄関を開ける。
行ってらっしゃいなんて言葉はここ数年聞いてない。
「行ってきます」
だが、言ってしまう。
返事は当然ないのだが、期待してしまう。
家を出て通学路を歩く。
天気がいい。珍しく、少しだけ肌寒さを感じる。
家を出る時は少しだけ憂鬱な気分だったが、このいつも通りの空を見ていると落ち着く。
いつも通り、空は青く、雲の下を飛行する翼の生えた人の様な物、桜島からはもくもくと煙が上がり、その周りを大きい角の生えた鳥の様な生き物が飛んでいる。
今日も平和だ。
学校に到着する。
204教室、ここが俺のクラスだ。
中からは賑やかな声が聞こえる。
教室の扉を開けると、二人が俺の方を見て一人が手を振ってくる。
「――生命ー! おはようー!!」
元気よく挨拶をしてきたのは山下蒼。
高校から一緒になった男友達だ。
俺より20センチほど背が低く、中性的な顔立ちで一見女か男か分からないが男だ。
「蒼、おはよ」
俺の席は教室の窓際の一番後ろだ。
そこまで行き、挨拶をする。
「おはようさん」
「中村、おはよ」
俺の前の席に座っているこいつは中村――小学校からの幼馴染だ。
眼鏡をかけているが運動神経は良い。
「あ、メイは知ってるか?」
「知ってるって何を?」
中村は少しにやけた顔で問いかけてきた。
これは、俺が知らない事を分かってて質問してるな。
「――今日、転校生が来るんだって!」
「ちょっ、俺が言おうと思ってたのに」
蒼のおかげで中村のドヤ顔を見ずに済んだ。
中村は悔しそうに、蒼を見ている。
蒼は中村を見て『ごめん! つい言っちゃった!』と謝る。
しかし、中村はどこからそんな情報を手に入れてくるのだろうか。
「転校生、ゴールデンウイーク明け早々か」
「可愛い女の子らしいぞ?」
「へぇ、そうか」
特に興味はない。
いや、可愛い女の子に興味が無い訳ではないが、転校してきた可愛い子と絡むのはめんどくさい。
人だかりは出来るだろうし、ただでさえ鹿児島は暑いのに、これ以上暑くなったら溶ける。
というか中村、なんでそんな事まで知ってるんだよ。
「生命! なんかやらしい事考えてない?」
蒼が俺に詰め寄ってきた。
やらしい事? 何の事だ?
「な、なんだ蒼、やらしい事って何がだ?」
「ははは、蒼、心配しなくても生命はモテないから大丈夫だ」
おい、何の事かよく分からんが失礼だろ。
蒼、なんか言ってやってくれ。
「……確かに、大丈夫かも」
おいおい、蒼さん!?
「……お前ら、失礼って言葉しってるか?」
「おいおい、俺は別にお前の容姿が悪いからモテないって言ってる訳じゃないだ。ただ、お前はめんどくさいとか言って人と一線置くからモテないって言ってるだけだ」
まぁ、確かにそこは否定しないが、わざわざモテないって何回も言う事ないんじゃないか。
流石に傷つくぞ。
「僕と初めて会った時も『あぁ』か『そだな』か『無理』でしか会話してくれなかったしね」
「そんな事もあったな」
俺は、初対面の人と話すのは苦手だ。
というかめんどくさいと思っている。
俺は一人の時間が好きなタイプの人間だから、そこまで仲の良くない友人と話して時間を無駄にするのは苦手だ。
というか、仲の良くない友人とは友人と呼べるのだろうか。
「僕、結構傷ついたんだよ?」
「それは、すまなかったな」
蒼はふくれっ面で言ってくる。
蒼の怒った顔は相変わらずこれっぽっちも怖くないな。
むしろ可愛い。
蒼は何故か、俺が軽くあしらっても俺の友達になりたいと言ってきた。
その根気に負けて、高校に入って初めての友人となっている。
「まぁ、今は話してくれるしいいんだけど……」
そう言う蒼は少し微笑んでいた。
――キーンコーンカーンコーン。
そんな話をしていると、始業のチャイムが鳴った。
先生が教室の中に入ってきた。
その後を一人の少女が付いてくる。
少女は息を呑んでしまうほど、綺麗な白色の髪をした人だった。
教室中の視線が少女に集まる。
目を奪われる、とはこの事だろう。
「そいじゃ、朝のショートホームだ。お前ら今日は転校生が来ているぞ」
教室がざわめく、どうやら知っていたのは中村だけだったらしい。
『綺麗』『肌も白ーい』『惚れた』『私、髪白に染めようかな』『校則違反だぞ』
クラスの全員が少女の話をしている。
「それじゃ、自己紹介してくれ」
女性教師にそう言われると、少女は一歩前に出る。
「――京都から転校してきた芦屋透香」
少女は軽く会釈をする。
そして、一歩引いて先生の方を見る。
「……終わりか?」
「はい」
「短くないか? もっと話してもいいんだぞ?」
「時間が勿体ないのでいいです」
「……そうか」
先生は小さくため息を吐いた。
これは、俺も人の事を言えないが話す事が苦手なタイプか。
「という訳だ。皆、芦屋と仲良くやって行けよ」
「仲良くする必要はありません」
「……そうか」
先生が頭を抱えてしまった。
これは上級者だな。流石の俺もそこまではしない。
クラスメイト達は先程とはまた違う理由でざわめいていた。
「芦屋の席は一番後ろの扉側だ」
「はい」
芦屋さんは俺の反対側の扉側の席に座る。
クラスメイトはチラチラと芦屋さんを見ている。
それに気づいた芦屋さんが周りを見る。
「何?」
おぉ、目つき怖い。
まつ毛まで白いがハーフなのか。
ま、どうでもいいか。俺には関係ないし。
放課後――俺は教室から出て所属している同好会に向かう。
今日の教室は少し暗い空気だった。
理由はまぁ、転校生の芦屋透香さんだ。
何をあそこまで人を避ける必要なんだろうか。
クラスのほぼ全員が話しかけたいが近寄れないという感じだった。
まぁ、俺はいつも通り中村と蒼と居たからどうでもいいのだが、クラスがあのまま暗い空気なのは気が滅入りそうだな。
これがただの美少女だったらクラスの空気が暗くなる事は無かっただろうが、彼女は目立ちすぎる。
無視するにはインパクトが強すぎるんだ。
放課後も早々に帰ったしな。
余程人との付き合いが苦手なのだろう。
クラスの空気はそのうち元に戻るだろうし、彼女と俺が関わる事はないだろう。
「どうも、こんにち……わ…………」
407教室。
俺が所属している『オカルト研究会』の教室だ。
メンバーは二人で俺と黒先輩だけだ。
黒先輩は黒髪の長髪で瓶底メガネ掛けた女性だ。
たまにはっちゃけるが普段は物静かでお淑やかさを感じさせる。
「オカ研に入ってお願いしますぅーーーー!!!!!」
――そんな黒先輩が今日転校してきた芦屋さんに土下座をしている。
……なんだこれ。
がしゃ。俺は一度教室の扉を閉めて――もう一度開ける。
「いや、しがみつかないでください」
「お願い! お願い! 私のオカルトセンサーがあなたに反応してるの!!」
黒先輩は床に膝を立てて、芦屋にしがみついていた。
――よし、帰ろ。
俺はそっと教室の扉を閉め――
「――あぁ! 我が同好会員の生命君じゃないか!! いいところに来た!!」
見つかってしまった。
「俺にはいい所なんて見えないんですが」
「彼女が言う事を聞いてくれないんだ! 頼む! 私と一緒に彼女を説得してくれ!」
しがみつく黒先輩を引き剥がそうとする芦屋さん。
どう見ても悪い事してるのはこっちだな。
もしこれに俺が混じったら、俺は警察に突き出されても文句を言えない。
なら、答えは一つ――
「――いやです」
「ガーン!」
ガーンって口で言うか……。
ショックで黒先輩の力が抜け、芦屋さんは黒先輩ホールドから逃げ出した。
俺と黒先輩をひと睨みして教室から走り去った。
俺、助けた側なのに睨まれた……ちょっとショック。
「あぁ、逃げられてしまったのだよ!」
「まぁ、捕まえてたんですから逃げますよね」
「あぁ、銀の卵が……ぁ」
黒先輩は涙目で芦屋さんが出て行った方に手を伸ばす。
銀の卵って、金じゃないのか。
改めて紹介する。
彼女は霧島黒――オカルト大好きなオカルトオタクだ。
学年主席の秀才だが、オカルト関連の事になると化けの皮が剥がれた様に理性が無くなる。
さっきのがいい例だ。
「生命君、彼女を連れてきなさい! そして、オカ研に勧誘してください!!」
黒先輩は俺を指差し、頭を下げてきた。
命令なのかお願いなのかどっちなんだ。
まぁ、どちらにしても返事決まっている。
「――いやです」
「即答!? ぶ、部長命令だよ!!」
「はは、部活じゃないから部長じゃないですよ黒先輩」
「……せ、先輩のお願いは聞くものだよ!!」
「黒先輩、同じ二年生じゃないですか」
そうなのだ。黒先輩は黒先輩というあだ名の同級生だ。
因みに隣のクラス。
何故、黒先輩というあだ名かというと、最初に先輩だと勘違いして、それ以来呼び方を変えるのがめんどくさくて黒先輩というあだ名になった。
「……なら、『あれ』の借りを返すって事でどうだい?」
「『あれ』ってもしかして……」
「あぁ、『あれ』だよ。もし、オカルト研究会に彼女を入れてくれれば……『あれ』の件はチャラにしてあげる」
魅力的な提案だ。
だが、俺のポリシーである『平穏を大事にする』に反する。
男が……男が簡単にポリシーを曲げてはいけない。
「ついでに黒毛和牛を二人ぶ――」
「大至急行ってまいります!」
男は肉に勝てない生き物なんだ。
俺は降ろしていたカバンを持って、芦屋さんを追いかける。
待っててくれ、黒毛和牛!




