進路~怒り~
「ねえ、家庭教師の人、どんな人?」
下校中、私はふと拓海に尋ねてみた。
「あー、やっぱり心配してるやろ」
拓海は悪戯な子供のように答える。
「ちがうー」
私は慌てて答える。
あははは、やっぱりそう言うと思った。
と言うように拓海は笑った。
「おもろい奴やで。二十歳の大学生で、なんかノリのいい兄ちゃんやわ。いろいろCD貸してくれたり、今度、一緒にギター見にいくねん。兄貴ができたみたいやわ。」
「いい人でよかったね。」
この時はいい家庭教師がついた。
拓海と同じ高校へ行けるかもしれない。
そんな期待をしていた。
会える時間が減り、私たちは手紙のやりとりを始めた。
お互い、空いた時間に書き、自宅の郵便受けへ入れに行った。
多い日は1日に5通来たこともあった。
待ち遠しかった。
何度も郵便受けを見に行っていた。
そんなある夜。
今日はまだ、拓海からの手紙が1通もない。
拓海、どうしたのかなー。
勉強中なのかなー。
机の前でボーとしていると、ドアのノックの音が聞こえた。
お母さんだった。
深刻そうな顔で、リビングへ呼び出された。
リビングへ下りると、お父さんも深刻そうな顔をしていて待っていた。
「何?何の話?」
恐る恐る聞き出した。
「楓、あなた受験勉強していないの? 拓海君から手紙が入っていたわ。」
と手紙を読み出した。
『兄貴から、このままやったら、どこの高校も難しいって言われてしまった。でも、楓と同じ高校へ行けるように頑張ってるぞ・・・・・・』
お母さんが続きを言いにくそうにしていると、お父さんが腕組をして口を開いた。
「お前ら何をしとるねん。こんなしょーもないやりとりをする間があれば勉強せい。拓海はアホか。どこの高校も行けんのか。高校も行けんようやったらこの先、まともにいけるわけがない。そんな低レベルやったら、いい就職先はない。しんどいだけや。今のうちに別れなさい。」
急な親の言葉に私は信じられなかった。
昨日まで拓海君は明るくて、優しくて、思いやりのある子。いい子やね。
最近、拓海君の顔見てないけど、また顔見せにおいでって伝えておいてね。
って言っていたのに・・・・・・
「楓。聞いてるのか。」
私は唯々動揺していた。
将来、拓海君とどんな家庭を築くのか楽しみ。
って楽しく話ししていたのに・・・・・・
父がまた口を開く
「いいか、アホとは付き合うな。ろくな仕事に就けへん。『楓と同じ高校へ行けるように頑張るぞ』って、アホが楓のレベルに届くわけが無い。そんな現実も解らないアホか」
さっきから何を言ってるの?
父をまっすぐ見れなくて目が泳ぐ。
私は俯いた。
父は淡々と話し続ける。
「まともなやつと付き合え。阿部とは別れなさい。アホとは別れなさい。楓が別れを言いにくいんやったら、母さんから言ってもらえ。」
ちょっと、何言ってるの?
別れる? 拓海と?
勝手に決めないでよ・・・・・・
心臓の音がドクンドクンと大きく感じる。
握りこぶしを胸に当てた。
「母さん、いいな。明日にでも阿部さんのお宅へ挨拶に行きなさい。」
お母さんは黙って私の様子を伺っていた。
父の言い分は続く
「いいか、楓はできるんや、何もそんな高校も行けんアホに無理して合わすな。ろくな社会人になられへん。今のうちに別れなさい」
もう、黙ってよ・・・・・・
胸が痛い。
目を堅く瞑り、歯を食いしばった。
口元が震える。
父の発言が続く。
「楓は楓に合った高校に行って、公務員になればいい。そこで自分に合う奴、なんぼでもおるから。」
もう聞きたくない・・・・・・
もう嫌だ・・・・・・
「アホとは縁を切れ。」
ブチッ
私の中で何かが切れた。
目を見開いてまっすぐ父を見た。
「お前なー。ええ加減黙れ! 同じようなこと繰り返し好き勝手言いやがって! 勝手に人の手紙を読むな! 人の大事な人のことをアホアホ言うな! 学歴で人生すべてが決まるわけ無いやろ! 公務員? どんだけ偉いねん。 端から公務員なる気ないわ! 人形扱いするな!」
「親に向ってその言い方はなんや!」
すぐさま父が立ち上がり、私に向かおうとした。
私は父を睨み付け、力いっぱい勢いよくリビングのドアをバタン!と閉め、2階の自分の部屋へ戻った。
苛立ち、拓海を馬鹿にされた悔しさ、それを止めれない私自身の情けなさで涙が止まらなかった。