終業式
「私は、初恋の人と結婚して、幸せになるんだ。」
そう思っていた。
これからくる波なんて予想もしなかった。
私、須藤楓の初恋は小学校一年生の春。
同じクラスの元気な男の子。
その頃の私はおてんばな女の子だった。
でも、思った事や言いたい事を口に出すことが苦手な子。
泣き虫で、いつも小さいことにでもよく泣いていた。
痛いとき、怖いとき、しんどい時、辛いとき時、悔しい時、とにかくすぐ泣いていた。
そんな時、いつも走ってきて、私が笑い出すまでずっと隣にいて、面白い顔したり、私を笑わせようと一生懸命にしてくれる。
阿部拓海。
「大人になってもずっと一緒にいようね」
そんな言葉を毎日のように交わしていた。
小学1年生の夏休み、4人で水族館へ行った。
白い生地に赤い小さな水玉模様のワンピース、白いレースのリボンでお嬢様結びをした私。
当時大流行していた、ふんわりした前髪で眉を隠し、セミロングの髪をサイドは外向きに、バックは内側にゆるくカールをした髪型。白いフリルのブラウスとベージュのロングスカートの私のお母さん。
紺色のキャップ帽子、白い生地に紺色のラインが入った水兵さんTシャツ。デニムの短パン。赤と紺色のラインが入った白いハイソックスをはいた拓海。
紺色のリボンが付いた麦わら帽子。ブルーのロングワンピース。拓海のお母さん。
4人並んでイルカショーを見ていた。
2頭のイルカが眩しい水しぶきをあげて、ハイジャンプやスピンジャンプをしてみせていた。
最後に胸びれを水面から出して振っていた。
ショーが終わった後、お土産コーナーへ入った。
私はすぐにイルカのぬいぐるみを見つけた。
ブルーとピンクのペアセットで売られていた。
「イルカだー。かわいい」
とピンクのイルカのぬいぐるみを抱えた。
拓海のお母さんは人差し指を立て、得意そうに
「イルカは海の神様の使い、守り神よ。愛と平和の象徴でもあって、幸運への先導者。特に思いやる優しさを司っていると言われているのよ。」
とイルカについての豆知識を語った。
私と拓海は並んできょとんとしていた。
「あなたたちにはまだ難しい話ね。」
と2人のお母さんたちは笑っていた。
拓海と私は顔を見合わせ、真剣な顔でお母さんたちに
「なんとなく解る! 俺、楓を守る!」
「楓、拓海と結婚する!」
と大きな声で誓った。
そうしてペアのイルカのぬいぐるみを買ってもらい、拓海はブルーを私はピンクを手に入れた。
「ずっと一緒にいようね」
「大人になってもずっと一緒にいようね」
「楓ー!! 起きなさーいっ!」
そんな声が聞こえて目が覚めた。
イルカのおやすみコードが付いた電気。
女の子らしいかわいいピンクの学習机と椅子。
机の本棚には辞書や教科書、ノートが並んでいる。
机の上にはイルカの写真立て。水族館で4人で撮った写真とピンクのイルカのぬいぐるみ。
机の横にはピンクのフレームの引き出し付きハンガーラック。
夏用のセーラー服が掛かって、下にはスクールバッグが置いてある。
東と南の窓には薄いピンクの花柄カーテン。
いつもの私の部屋。
「楓ー! 起きたのー?」
階段の下から母が声を上げていた。
「はーい」
私はとりあえず布団の中から返事をした。
ベッドの頭元にピンクの丸い目覚まし時計。
そっと時計に手を伸ばし、時刻を見た。
時刻は午前8時。
私は飛び起きた。
「わっ! わっ! わっ!」
慌てて、パジャマを脱ぎ、制服に着替え、制服に赤いリボンを結んだ。
セミロングの少し茶色がかった黒髪を後ろで一つに束ね赤いリボンで結んだ。
いるかのぬいぐるみを撫で、スクールバッグを持ち、1階へ駆け下りる。
「お母さん、おはよ~」
そう挨拶をしながら、母が入れてくれた野菜ジュースを飲む。
「おはよう。遅くまで勉強していたの?」
母が温かいパンを差し出してくれる。
そのパンを頬張りながら、うんうんと適当に頷く。
野菜ジュースで流し込み、鞄を持ち上げる。
「行ってきまーす」
ろくに会話もないまま、私は家を飛び出した。
15歳の中学3年生、7月20日。
今日は終業式。
明日から中学生最後の夏休み。
「勉強」や「進路」という言葉がよく耳に入る。
私は特に希望の高校はなかった。
ただ、拓海と同じ高校へ入れたらいい。
そう思っていた。
夜遅くまで起きていたのは拓海と同じ高校での生活を妄想していたからだった。
学校までは約1.5キロの道のり。
住宅地を出ると、田んぼや竹藪が多く、緑が多い田舎道。
小走りで学校へ向かう。
前方に人影が見えた。
手を振りながらこっちへ向かってきた。
身長178㎝、白いスクールシャツに黒の学生ズボン。拓海だった。
「楓。おはよう!寝坊か?」
そう言いながら私の鞄を持ち、手を取り、引っぱり、走り出した。
「うんっ、おっ、はっ、よっ」
息を切らしながら挨拶をした。
学校のチャイムが鳴り響きだした。
拓海が手を引いてくれたおかげで間に合った。
「楓、大丈夫か?」
少しヒューヒューと喘息発作が出ていた。
私は頷き、深呼吸をし、呼吸を整えていった。
下駄箱についた。
隣のクラスの拓海は向かい合わせの場所だった。
私は下靴と上履きを入れ替えながら、まだ少し息が切れている状態で尋ねた。
「拓海。1人だったの?」
拓海は私の方を見ながら
「あー、悠斗と一緒やったけど、先に行ってもらった。朝はやっぱり楓の顔を見ないと始まらん」
と履き替え終えていた。
持っててくれた鞄を受け取り、クルッと回り、スカートと髪を踊らせ、笑顔で言った。
「ありがとっ」
「えー、充実して中身のある1学期が・・・・・・(中略)・・・・・・。登校日、8月7日に全員元気で会いましょう。」
校長先生の長い挨拶が終わった。
中学生最後の長い夏休みが始まる。