前
「なぁなぁ、お前らっていつから幼馴染みなの?」
片岡正臣こと、臣くんが私といっくんを見比べながら、徐に聞いてくる。
今私たちは、臣くんと純香さんに誘われて隣町の喫茶店に来ている。
いわゆるダブルデートというやつだ。
時刻は昼を少し過ぎたところで、昼食を食べ終わり、私はちょうど食後のアイスコーヒーを飲んでいた。
臣くんは、2月なのにアイスとか邪道だ!と喚いていたけど、猫舌の私はホットコーヒーが冷めるまで待たなければならなくなるのが嫌で、外で頼むときはいつもアイスにしている。
既に昼食も食後のコーヒーも飲み終えているいっくんをちらりと窺うが、全く答える様子はない。
臣くんの隣では、純香さんが興味津々といった風に目を輝かせて身を乗り出している。
アイスコーヒーをテーブルに戻すと、カラリと氷が鳴った。
「えーっと、確か私が3歳の時に、いっくん一家が隣に越してきたから、それからになるのかな…?」
「何だ、生まれた時からとかじゃないのか。」
何故か期待が外れたみたいな顔をして、つまらなさそうに呟く臣くんを、純香さんが胡乱げな眼差しで見つめる。
そんな二人の様子に苦笑いしながら、私はいっくんと初めて出会った日のことを思い出していた…ーーー。
ーーーーー
その日は確か、家の近くの公園に遊びに行っていたんだった。
まだ幼かった私は、いつも私にしか見えないモノたちに怯えていた。
それらが見えない両親は、いつもビクビクと何かに怯えていた当時の私をとても心配していたらしい。
両親には見えていないため、いくら訴えても分かってもらえないと早々に理解した私は、この時既に両親に何とかしてもらうことは諦めていたんだと思う。
そんな私の事情を全く知らない両親は、同じくらいの年頃の子がいそうな公園に行けば、普通の子どもと同じように喜んで遊ぶんじゃないかという企みのもと、そこへ私を連れて行った。
しかし、場所が変わっても居るものは居る。
むしろ、家の中よりたちが悪いのがごろごろと。
ブランコの前にも、滑り台の下にも、ジャングルジムの横にも、公衆トイレにも、砂場にも、見渡す限り魑魅魍魎に溢れており、私にとっては正に地獄絵図だった。
それらは、自分達の姿に怯える私を見つけるや否や、戯れるように追いかけてくるのである。
それから必死に逃げる私は、端から見たら公園の中を何周も全力疾走するおかしな3歳児だったに違いない。
それらは、私をいたぶるように付かず離れずの距離で追ってきた。
3歳児の体力なんて、たかが知れている。
泣きながらもう走れないと、諦めかけたその時、公園の入り口に後光が射している男の子を見つけた。
そう、まさにそれがいっくんであった。
…うん、今思い出しても、あの時のいっくんは間違いなく私にとっての神様だった。
後光射してたし。
私と目が合うやいなや、恐ろしく顔を強張らせるいっくんに、自分の同士だと確信した私は真っ直ぐいっくんに向かって走った。
そして、体当たりするようにいっくんのもとに逃げ込んだ私を、まだ5歳だったいっくんは受け止めきれず、二人して後ろに勢いよく倒れ込む。
周りで親たちが騒いでいるのを遠くで聞きながら、私は自分を追ってきた恐ろしいものたちが、一気に自分達に距離を置いたのを茫然と見つめた。
そして、やっぱりこの人は神様だ、この人の側に居れば怖いのは寄ってこないんだ、と瞬時に悟った私は、その後しばらく、どんなに親が力を込めて引っ張っても、いっくんから離れようとしなかった。
私からしたら、ようやく見つけたオアシスである。当然だという感覚だったが、親は自分の子が人様の子どもに張り付いて離れないなんて、恥ずかしくて堪ったものではなかっただろう。
離そうとする親と離れまいとする私との攻防を止めたのは、後からいっくんを迎えに来たいっくんママだった。
公園と私たちの状況を確認して、これまでのことを察したいっくんママが、いっくんから絶対離れないと誓った私ごと、いっくんを抱き抱えて私たち親子をいっくん宅に招待してくれたのだ。
その時に、いっくんが隣に引っ越してきた子だということが発覚して、狂喜乱舞したのは言うまでもない。
そして、見えざる者たちは力が強い者には畏怖の念を抱いており、おいそれと近付けないのだということをいっくんママから教えてもらい、いっくんの側は安全だというお墨付きをいただいたのだ。
つまり、出会った瞬間から、私にとっていっくんの側は世界で一番安心できる場所だった。