ポティト領へ
当てが外れて今回はデービッドは酷い目には遭いません。
デービッドが出したのはメイド服だ。
「…私達のメイドとでも言い張るつもりなの?」
呆れ顔のミッシェル。デービッドは至極真面目に「無論だ。」と答える。
「まぁ…確かに女顔だが喉仏や腕のゴツさは男のそれだ。」
「これで隠せばいい。」
デービッドは長袖のシャツとチョーカーを出す。
「声色は?まさか裏声で話すわけじゃないわよね?」
デービッドは行李から風船を取り出す。
「この中のガスは空気より軽く、声を一時的に高く聞かせることが出来る。話す必るす要がある時にはこれを使う。」
気球の中にガスを充填して浮かせる実験をした時に偶然見つけた特性だ。
「試しにやってみろ。」
「おう。」
すう、と大きく息を吸い込むデービッド。
「こんにちは。私はミッシェル。」
皆からの評価は…
「…アヒルか?」
と散々なものであった。
いずれにせよ今回の強奪の件でオーウェン達が手を汚すわけにはいかず、計画は頓挫したかのように思われた。
が。
これしきの障害など彼にとっては障害にすらならない。
「であれば話さなければいいだけだ。」
モンスターか何かに襲われて言葉を失った、というならばいいだろう。とデービッドは宣う。
「…そんなうまくいくのかなぁ。」
杜撰にも程のある計画だ。
「首尾よく潜り込めたとして、エクスカリバーもどきとすり替える事なんて出来るのか?」
「そこはトロイの仕事だな。」
「トロイの?」
皆がトロイを向く。
「スリは猫の得意技でやす。」
石に腰掛けぷかぁ、とキセルを吹かすトロイ。
「こう見えて野良の生活が長かったでやすからねぇ。生きる為に一通りの事はやってきやした。」
「苦労しているんだな。」
オーウェンがトロイを見る。
「一番酷かったのは魚を盗みに入った詰所で斬られそうになった時でやすかねぇ?初太刀をかわしたおかげで詰所の人間に気に入られて暫くそこでお世話になってやしたわ。」
在りし日を懐かしむようなトロイの目である。
「あー、でもあの伯爵と食事だなんて嫌だなぁ。じゃがいもは美味しいけど。」
ミッシェルはオーウェンに「牛乳振ってバター作ってよ。」と言う。
「断わる。しかし俺もあの伯爵と食事するのはちょっとなぁ…」
オーウェンはそう言うとデービッドを見た。
「俺だって嫌だ。俺がこのじゃがいも領に入るのが嫌な本当の理由はお前らがよ〜っく分かってやがるよな?」
デービッドは顔をしかめた。
ミッシェル、オーウェンは微妙な顔をしながら目を閉じる…。
ーー
破壊神討伐の冒険。
勇者と聖女の冒険譚でおまけの付け人扱いの男。
おまけも男だけに人並みに初恋はしてきている。行動力だけは無駄にあるので何度もチャレンジしては砕けまくり、その都度心折れかけるばかりであったが。
冒険に赴く前に
「せめて一度(禁則)がしてみたい!そうじゃなくてもいいから一度デートしてみたい!」
という思いから、初恋の人に迫ったものの…
「私、隣のドルイド伯爵領にメイドとして行くから。」
とにべもなく断られた上に
「何度もストーカーされてホントキモかった。冒険で死んでね。」
とまで言われる始末であったのだ。
まだ猫を被っていたミッシェルから
「そのような不心得者にはいつか神罰が降るものです。」
と傷心を慰められ、オーウェンには
「まぁ…気にするな。」
と微妙に慰めになっていない慰めを貰った。
そして…破壊神の眠る洞窟を突き止め、態勢を整える為に一度王都に帰還し…最後の休暇という事で三日後にドルイド伯爵領で集まろうと言っていたが、集合日、翌日からの冒険の為に日持ちする食品などを見繕っていたデービッドは見た。
キャベツの如く大きなお腹の初恋の人を。
オーウェンも破局をし真っ青な顔でドルイド伯爵領に入り…
「こんな世界破壊神に滅ぼされちまえ!」
と勇者とそのパーティにあるまじき暴言を吐いた後に二人揃って金貨を握りしめて夜の街に消えて行ったのだ。
ーー
「結局あの子の父親ってドルイド伯爵だったんだ?」
「知らんし知りたくもない。」
ミッシェルは心底気持ち悪そうな顔をしてデービッドを見る。
「アンタそこ確認しときなさいよ。いくら伯爵だからってそうした関係をメイド全員に持つわけないじゃない。多分。
男ってホントこうした所は女々しいっていうか…。切り替えていけばいいのに。オーウェンはとっくにそうしてるわよ。」
オーウェンは…「お…おう…」とやや歯切れ悪く答えた。
「オーウェン、故郷へは?」
「討伐前に一度帰ったきり帰っていないな。」
「…あんたら。」
オベロンはナンセンスとばかりに首を振る。
「まぁこうした話は結婚するまでだからな。
結婚したらしたでそこからの苦労が多いものだしそれが男を磨く。」
「そうですよね、オベロン様。」
ミッシェルがオベロンに同調する。が。
「お前昔ティターニアの瞼に浮気草の汁塗った分際で分かったような事言うな。」
というデービッドの言葉により台無しとなった。
ーー
ドルイド伯爵領『ポティト』。
温暖な気候と王都『タンカート』に程近い距離から住民が多く住み王都のベッドタウンとしても著名である。
主要産業は農業、酪農。そして酒造り。
先代伯爵は若くして亡くなったが、単なる農村と化していたポティトを王都のベッドタウンに発展させ、主要産業である農業や酒造にも明るかった名君だった。
治世があと10年続けば彼によってポティトのみならずこの国の農業は様変わりしていただろう、と言われている。
領民達から今現在も彼は『マイロード』と呼ばれ、彼の忌日は領民達が自主的に喪に服している。
如何に彼が領民から慕われていたか理解できようというものだ。
「先代伯爵は大変な名君だったが欠点は存在した。城にいる時間が短すぎて息子の教育に失敗する、愛人を抱えて妻と不和を招くなど決して褒められた人物とは言えない。」
と指摘する人間もいるが、それは先代伯爵に完璧を求め過ぎである。
卓抜した才能というものは必ず応じた欠落がセットだ。
私人としての欠陥はあれど公人としてはその欠陥を大いに上回る功績を残している。
次代が暗愚であるが故に一層貶められるのは名君の宿命でもあるのだ。
ーー
「先代伯爵には一度御目通りしたかった。」
ポティトの街に入る前にデービッドが呟く。
先代伯爵はデービッドが10になる前に亡くなっているので今現在のデービッドと意見の交換をする事は不可能であるのだが。
「先代伯爵?司教が言うには公人としては文句無し、私人としては女好きで大酒飲みで向こう見ずの無頼漢だったみたいよ。
ただ教会の連中が好まないタイプだったから、相当くさして言ってるけど…色んな所にアイデアを持つ人だったみたいだわ。」
身体を動かすのが大好きで、非常に好奇心の強い人物だったようだ。
「伯爵にしては接しやすい方だったようで、ウチの村にも最新の技術を自ら教えに来ていたな。
仕事が終わった後に子供達と遊んでくれたんだが、その時の日に焼けた痘痕顔に浮かべた満面の笑みを忘れられん。」
オーウェンはそう言うと目を細める。
「民草の生活に尽くした賢君か。良き主であったのであろう。主君に愛されし民草と会うのも楽しみだ。」
良きかな、とオベロンも高評価だ。
だが、その評価もポティトの街の門を見て一変する。
『熱烈歓迎 勇者、聖者』
「…あたし女だけど?!」
「無礼者共が!妖精王たる俺を勇者、聖女以下の順列に置くとは!」
憤慨するミッシェルとオベロン。
「まぁまぁ。今回お忍びとはいえ一応公表していやしたから。
妖精王が来るとなっちゃあ国賓扱いしかあり得ない事でさぁ、妖精王様。」
こう見えてオベロンは王。伯爵などよりもずっと偉く、公爵や侯爵よりも順列はずっと上だ。
「俺には派手な揚羽蝶にしか見えねえけどな。」
「手打ちにするぞ貴様。」
オベロンがデービッドを向くも…すぐに爆笑しだした。
「…化粧した側の言葉じゃないけど…。」
「似合ってるぞ、デービッド。怖いくらいだ。」
「おう、覚えてろ。後で張っ倒す。」
そこにいたのは…
ママ譲りの赤毛をツインテールにし三つ編みに束ね、度数の高い伊達眼鏡を装着し、ゴシックなメイド服を着たデービッドだった。
…一見どう見ても女だが、スカートをめくると馬脚を現す。
ミッシェルはすね毛まで剃れと言ったがデービッドは絶対に嫌だと断った。
理由?
こんな馬鹿騒ぎでそこまでやる必要性を感じなかった事と…
「ミッシェル嬢、とりもちがありやすぜ。」
と言ったトロイの言葉からだ。
「ひとまず俺はこれからモノローグ以外では話さないようにする。
魔物に襲われてしまい失語症を患った哀れなメイド、その名もミッシェルだ。」
「そこ私の名前?!あんたのママの名前でいいじゃない!」
「……。」
返答を返さないデービッド。もう演技は始まっているらしく、抑えて、抑えて、とゼスチャーで示す。
「…役に入りきるタイプか。一層ムカつくわ!」
ミッシェルは深呼吸し…これまでのがらっぱちな態度から神聖な聖女の仮面を被る。
「メイド様、私少々疲れてしまいましたわ。飲み物を買って来て頂けますか?」
デービッドは眉間にシワとコメカミに青筋を立てて恭しく頷くと、走って買い物に出たのであった。
次の話で酷い目に遭う予定です…