ドラゴンキラーと事件
翌日。漸く仕事が片付きデービッドはドラゴンキラーの構想を練る時間を作れた。
ソルは蒸気車・スチームくんZの設計と組み立ての見直しをやっており、オーウェンとミッシェルは時間が余っているという事でそれぞれギルドや教会に顔を出す。
工房でボーッとしているデービッドにトロイが緑茶を持ってきた。
「ドラゴンキラーの構想は順調ですかい?」
「ん?ああ。」
デービッドは緑茶を啜る。
「それは重畳。ドラゴンキラーとはどんな武器なんですかい?」
「あー、その事なんだが…。トロイ、お前なんでドラゴンが厄介な生物なのか分かるか?」
トロイは暫し考え…
「硬い楯鱗に覆われた皮膚もブレスも牙も爪も尾も厄介だから、でやすか?」
と答える。
デービッドは概ねその通りだと言い、トロイの頭を撫でた。
「そう。ドラゴンキラーという武器を考えるに至って、俺はドラゴンを斬るような…
エクスカリバーもどきのような剣や槍を想定していたんだが、オーウェンの持ってきてくれたドラゴンの鱗を見て考えが変わった。」
「ほう。」
デービッドは古代竜の鱗にオーウェンから預かったエクスカリバーもどきを一閃させる。
エクスカリバーもどきは弾かれ、鱗は傷一つついていない。
「…やはり硬いのでやすね、ドラゴンの鱗は。」
「ああ。それでだな。ドラゴンキラーの条件を考えてみたら、まず鱗の間を通す形状が望ましいと考えた。
ドラゴンは鱗の下は普通の皮と肉だ。
この場合…手甲型のものが望ましいのだろうが、この手法を使うとドラゴン相手に接近戦を挑める一握りしかいないバトルマスターか、超一流の武闘家のみしか扱えない武具となる。恐らくは剣聖ですら扱えない。」
言われてみればそうだ、と思うトロイ。
ドラゴンのブレス、爪、尻尾、牙を掻い潜り、拳が当たる程の接近戦を挑めるのはバトルマスターか超一流の武闘家、または勇者だ。
「で、俺はある程度の距離を取れて尚且つ遠心力があり、斬撃、刺突にも使える槍の形状が相応しいと考えた。
その発想がこれだ。」
デービッドの発案の槍。それは…
「何なんですかい、このおろし金のついた槍は。」
穂先の下におろし金のついた奇妙な槍だった。
「ドラゴンの楯鱗にこのおろし金状の引っ掛けを突き刺し、楯鱗を削り取る。
そうすればそこは無防備となるだろう?
ドラゴンの鱗自体とても硬いが基本は魚の鱗と同じだ。
着眼点は鱗剥ぎだが、ドラゴンを物理的に倒すには有効な手段だと思える。」
「成る程。物理の面に着目しやしたか。」
物理防御、魔法防御が優れているドラゴンに対しては確かに有効だ。
その二つを支えるのはドラゴンの体表を覆う楯鱗だからだ。
「ですが、こいつはかなり扱いが難しくなりやすね。リーチの面で尻尾とブレス以外気にしなくて良くなるのはメリットでやすが。」
「最初、エクスカリバーもどきを進化させた剣を作ろうと思ったんだよ。
だけどよ。剣だとドラゴンに届かない可能性があると思い直した。
仮に相手が飛竜だと余計にな。」
トロイは頷く。
ドラゴンは戦闘だと飛べて3メートル程だ。
飛竜と呼ばれるドラゴンですら飛び続けていない限り地上から羽ばたいてホバリングするまでに少しの猶予がある。
理由は至って簡単。
彼らの武器でもある体躯の大きさが足を引っ張るのだ。
あれだけの体積を浮かそうとしたら、それこそ相当な予備動作が必要になる。
飛ばれてしまうと空中戦では勝ち目が無くなるが、それ以前に叩くのであれば勝機はある。
「しかしドラゴンは山頂にいるものでやしょう?そんなうまくいくのでやすかね?」
デービッドは我が意を得たりとニヤリと笑う。
「トロイ。アンナプルの山頂は高い。となれば山頂は乱気流どころか立ってすらいられない風が吹き荒れている。
そんな中で風に逆らって飛び立つのは如何にドラゴンとはいえかなりの力がいるし、俺達を相手にするには最低の気象条件といえるぜ。
魔法の加護があるとしても、魔法はあくまで補助的なものであって強化系の魔法を使う場合は防護系の魔法を解かざるを得ないからな。」
トロイは、成る程。と頷く。
「だがなー…ドラゴンキラーはこれでいいとして、山頂に行くまでが大変なんだよ。」
オーウェンとミッシェルには魔力を温存してもらわないと困るし、そうなると魔導具というものは使えなくなる、とデービッドは言う。
「山岳を登るルートと、装備。
見直す面は多いし場合によっちゃまた設備投資の必要が出るかも知れん。」
「まぁ、王室から回収出来やすからそこは問題ないと思いやすが。」
「あとは…こいつだな。」
デービッドは鉄の塊を取り出す。
「平地の時はかなり役に立つが…山地だと危険なだけになっちまうけど。」
「そいつは何ですかい?」
デービッドは鉄の塊を壁に投げる。
鉄の塊は壁にぶつかり爆発し、四散する…。
「花火の技術の応用だ。中に色々仕込めば殺傷能力の高い武器になる。
…まぁ手榴弾だな。
それと、これはまだ実験段階だが…」
デービッドは少量の水に浸した石を壁に投げた。石は爆発し…トロイは毛を逆立てた。
「脂肪酸の分解の時にたまたま見つけた。これに硫酸と硝酸を混ぜると…起爆性の高い水になるんだ。
量によっちゃ上級爆発魔法以上の威力になるぜ!」
所謂ニトログリセリンである。
デービッドは胸を張り、言った。
「こいつがあれば危険な山岳の工事も色々捗るぜ!」
「…しかし大丈夫でやすかい?少量でもこんな危険なものを。
多量に作っても置き場所に物凄く困るんじゃないんでやすかねぇ。」
デービッドの目が見開き…次の瞬間、地面に手をついて落ち込んだ。
「デスヨネー…」
…デービッドの発想と発見までは良い。
だがそれを活かす技術というものがこの世界にはまだ無く、それを魔力という概念でどうにかするのがこの世界の常識であり、それを使わずにやっていこうとするデービッドこそ、この世界では異端なのだ。
「まだこの発見は早過ぎるか。物ができてもそれを活かす方法が無い。」
デービッドは落ち込み…少量だけ作ったニトログリセリンをどうしたら良いものか悩むのであった。
ーー
一週間後、デービッド作のドラゴンキラーは出来上がった。
「これは…。」
オーウェンが長槍を持つ。槍の刃はドラゴンの牙を鍛えたものだ。そして目を引くのは穂の下に付いている細かい棘。
「そいつはドラゴンの爪だ。こいつの使い方は、この棘をドラゴンの鱗に刺して引っ張る事によって、ドラゴンの鱗を剥がしていくものさ!」
胸を張るデービッドだが、オーウェンとミッシェルは青い顔をしている。
「…ねぇ、デービッド。逆鱗って言葉知ってる?」
デービッドは
「知ってら。龍の顎の下の逆さになってる鱗だろ?」
と答える。
「…あのさ、デービッド。例えばよ?例えばデービッドがすね毛にテープ貼られて思いっきり引っ張られたとしたら、それやった人…許せる?」
「そらぶっ殺すに決まってんだろ。」
ミッシェルは溜息をつき…オーウェンがミッシェルに代わり口を開く。
「お前のドラゴンキラーの発想ってのはそれと同じだ。
間違いなくドラゴンキラーだが、ドラゴンをこの上なく怒らせる意味でもドラゴンキラーだ。」
効果はあるだろうが非人道的な武器を作りやがって。とオーウェンは首を振った。
デービッドとソルは大地に手をつく…。
「…また無駄に出来がいいのが腹立たしい。竜騎士垂涎だぜ、これは。」
オーウェンは長槍を振り、しなりを確かめる。間違いなく超一流の槍だ。が。ドラゴンにとっては拷問器具の一種になるのだろうが。
「…一度使ってみないと効果も分からないし、一応持って行くか。」
オーウェンは槍を背中に背負った。
「あ、それとよ。スチームくんマークツーの改良型、スチームくんZがあるんだよ。
今から起動実験するが、お前ら乗ってみるか?」
「「断わる。」」
「即答かよ!」
ちっ、友達甲斐のない奴らめ。と毒吐きながらデービッドはスチームくんZをローラーの上に乗せる。
「これは?」
「おう。いちいち外で実験すんのが馬鹿馬鹿しくてよ。鉄のローラーの上に乗せてみる事にしたんだ。」
「スチームくんマークツーは足回りに問題があったからのう。」
これなら長時間の実験も出来る、とデービッドとソルは笑った。
「ところでタム・リンはどうした?」
「さぁ?」
「そっかぁ。アンナプルの地図をお願いしたかったんだがな。
…というよりあいつ俺の言うこと聞くつもり自体ねぇだろうなぁ。力の論理で行くと俺はあいつより弱いし。」
デービッドは別に無くとも問題はない、ソルが斥候に行ったほうがより確実だ、と思い直し、スチームくんZの起動実験に意識を戻す。
実験は成功。
足回りの問題も全て解決し、スチームくんZは一応の完成を見た。
「さて、ソル。悪いがアンナプルに行ってもらえるか?地図作成がてら斥候を頼みたい。」
「おう、ええぞ。」
大地の妖精であるソルにとって地形が悪かろうが雪が積もろうが何の問題もない。
海の中や空の上でない限り、大地は大地なのだ。
少し時間をかけていけば、山のルートの見取り図などすぐに出来る。
本来タム・リンにこの仕事を頼み、この間に他の仕事をソルとしたかったが、タム・リンがいない以上はどうしようもない。
ソルは「二週間程で戻る」とよろず屋の半纏を羽織り軽装備で出掛けて行く。
「あんな軽装備で大丈夫なの?」
「ソルならあれでも重装備な位でさぁ。ソルは大地の妖精でやすから、大地を使って移動すりゃあ地上のどんな所でもソルの庭になりやす。
ただ、本人は趣が無いと言って急ぎの仕事の時しか使いやせんがね。」
人と妖精の違いは、妖精は自然発生する事象とも言える存在という所だ。
故に距離というものは存在せず、自分が行きたいと思う所に自分が存在出来る条件さえあれば存在出来る。
ソルの場合。大地や岩があってソルが生きられる環境下であれば、そこはソルの存在出来る条件を満たすのだ。
流石に湖底や海底ではソルは生きられない為、移動こそは出来ど存在する事は出来ない。
各地に居る妖精達は『そこに存在出来る条件がある』ので存在出来るのであり、例外がトロイやソルのように『主を持つ』妖精達となる。
彼らは確固とした一個の存在であり、主が命じない限りは主から離れられない。
この法則は絶対であり、主から契約を解除されるか、自分で破棄しない限り妖精王ですらその理を曲げる事は不可能である。
『妖精に名を与え、妖精が名を受け入れる』という事は、そういう事なのだ。
「おい、デービッド。ちょっといいか?」
よろず屋の工房のドアが開く。そこにいるのは…ケスラーだ。
「憲兵総監殿か。」
「からかうな、馬鹿者が。今はそれどころではない。」
ケスラーはデービッドを見る。
「お前最近変な発明をして、変な遊びしてないだろうな?」
「…はい?」
ケスラーが言うには、ここ一週間程神隠しが起こっているという。その被害者の全ては若い女性…。
よろず屋にいる全員の顔が青くなる。
「どうした?心当たりがあるのか?」
ケスラーは皆を見る。
重苦しい雰囲気の中、口を開いたのはミッシェルだった。
「…ええ。ケスラー様、ですが下手をすると外交問題になりかねぬ話。どうかよろず屋にその事件の解決を依頼されませんか?」
ケスラーはしばらく考える。
「…三日。いや、二日だ。その時間をやるからその間に犯人を見つけ出せ。
それで無理ならば憲兵隊の名誉にかけて我々が犯人を検挙する。」
そう言い、ケスラーは去る。
去った後…
「後々の憂いを無くすためにもあいつ殺ろう。」
と殺る気満々のミッシェルが聖女の杖を禍々しいモーニングスターに変化させ…
「よせ!外交問題になる!」
それをオーウェンが止め…
「…まぁ、それがあいつの妖精としての在り方だからなぁ。」
妖精に理解のあるデービッドが苦い顔をする。
「殺ろうよー殺ろうよーデービッドー。」
側から聞けばデービッドがミッシェルにベッドに誘われているようにも聞こえるが…真逆だ。
「一概にあいつの妖精としての在り方を否定するのはダメだ。
人間の倫理観を妖精であるあいつに押し付けてはダメだ。これはあくまで人間側が問題としている事だ。」
デービッドはミッシェルにキッパリと言う。
むぅ〜、とミッシェルは頬を膨らませ…トロイを抱く。
「だがどうするんだ?あいつを野放しにも出来んだろう。」
俺が退治しようか?とオーウェンはデービッドに言うが…
「ばぁか。勇者とタイマンなんてあいつが張るわけねぇだろ。あの向こう見ずなクー・フーリンじゃあるまいし。
元々俺がオベロンに協力要請したから起こった問題だし、ここは俺が責任を取るのが筋だろう?」
まぁ確かにそうだ。
しかし。
「お前勝てるの?相手は妖精王国の元騎士団長。クー・フーリンと互角の腕の男だぞ?」
と、オーウェンはデービッドに言う。
「勝てるもんか。俺はトロイと同じくらいの力量しかないし、場合によっちゃトロイにも敵わないんだぞ?」
「だから私が行くって。」
「殺すのはダメだと言っているだろうが。
…まぁあいつに俺は勝てはしないが、懲らしめる事は出来るぜ。」
デービッドはビーカーにある水に手袋を浸すとそれを金属の箱に入れる。
「この件は俺が預からせてもらうぜ。」
そう言うとデービッドは魔力探知の魔導具を持ち、よろず屋から出たのであった。
ここのところ更新時間がまちまちで申し訳ありません。
タム・リンを一回痛い目に遭わさないと動きようがなかったので、次回決戦です。
タム・リンはどうしようもない、というのは人間側の都合から見た話であり、彼自身は自分の在り方について一ミリもブレていないんですよね。
だからこそ一層ミッシェルに嫌われていますが。




