デービッドと愉快な仲間たち
トロイの言葉通り、根負けしたデービッドがイライラしながら工房から出てきた。
「…こんな俗な王様がいて妖精王国もお先真っ暗だぜ!」
毒吐くデービッド。ミッシェルはその言葉に苦笑しながら下を向く。
妖精王・オベロンと妖精女王・ティターニアの大喧嘩の話は伝説として語り継がれている位有名である。
『浮気草』
現在ではごく弱い効果のものがモテない男や女のための気休め的なジョークグッズとして発売されているが、それの大元は妖精王と妖精女王の大喧嘩の時の副産物だ。
「うむうむ、下々の者の生活を見るのも王たる者の役目だからな。」
「お前の王国は妖精王国だろ、いつの間にこの王国に侵攻しやがったんだよ害虫。」
「お二人ともその辺で…。」
トロイがニコニコしながら間に入る。
「これ以上揉め事起こしやすと路銀渡しやせんぜ、旦那。妖精王様。」
糸目を吊り上げトロイが笑う。
数瞬の間をおいてオベロンとデービッドが手を握り合い和解する。
「なに言ってんだよトロイ!俺たちはこんな仲良しだろ!」
「ああ、そうだケットシーのトロイよ!我々は決して揉め事など起こしてはいない!」
「それは重畳。」
トロイは懐に手を入れて二人に金貨を一枚ずつ渡す。
オーウェンとミッシェルはこのよろず屋においての最高権力者を認識すると共に、彼らの横の繋がりを少し羨ましく感じた。
勇者は勇者として。
聖女は聖女として。
唯一無二の存在であるからこそ孤高の存在であり、それは絶対に変わらない。
元々畏まった生活など送っていなかっただけに肩の凝るオーウェンと…
年頃だけに周囲のように弾けたいと心の底では願うミッシェルにとって、好き勝手に生きているデービッド達が羨ましかった。
しかし。デービッドに言わせると…
普通に生きていて金に困らない生活を送れるてめーらが甘えた事抜かすな。
である。
飼い犬と野良犬の違い。飼い犬は黙っていてもエサを貰えるが、野良犬は獲物を捕まえないとエサは無い。
ミッシェルがデービッドの事を嫌うのは、野良犬の自由奔放さと強さを感じるからだ。
デービッドがミッシェルの事を嫌うのは、飼い犬の要領の良さと息苦しさを感じるからだ。
三者三様の思いがあるが、勇者、聖女、危険人物のお互いに対する評価はそれであった。
ーーーー
城下町を歩くデービッド達。
先頭をトロイとオーウェンが歩き、真ん中をオベロンとミッシェルが歩く。最後尾はデービッドだ。
冒険を重ねた者の悲しい性だが、先陣を切るのは勇者や戦士、騎士といったフィジカル系の者と、もうひとつが索敵能力に優れた者だ。
オーウェンは先頭を歩くのは当たり前の事。
トロイは索敵をしながら歩くのは当たり前の事なのだ。
最後尾を歩くデービッドにしても同じ事であり、時折背後を警戒しながら歩いている。
市井を物見するにはあまりにもといった態勢だが、同行するのは聖女と妖精王。
警戒に越した事は無い。
屋台につき、オベロンは花の蜜の入った飲み物を買う。妖精である彼にとって肉類は食べられなくもないが、余程の事が無い限りは口にしない。
妖精にとってエネルギー摂取以外の食事は嗜好品のようなものであり、わざわざ肉類を摂る必要がない。
トロイのように妖精といっても元となる種族に近い者はその種族の好むものを好むが、トロイにしてもエネルギー摂取以外の食事は嗜好品のようなものだ。
因みに言うとトロイの好物は鯵の開きであり東方の国の天日干し以外鯵の開きとして認めないという拘りようである。
「何故この王国は東方の国と交易をしないのでやすかねぇ…」
ブツブツ文句を言いながらフィッシュ&チップスを齧るトロイ。
ミッシェルは聖女の威厳を保ち、こうした所で食事はまずしない。
「スノッブな奴だな、全く…」
デービッドはチュロスやケバブをオーウェンと食べる。
「仕方ありませんわ。私は聖女。神が示した調理をされた物以外口にするわけにはいきません。」
人前故に硬い言葉のミッシェル。デービッドは殊更揶揄うように笑い…
「おいおい人前だからっていい人ぶるなって。お前が人格破綻者だなんて誰でも知って…」
「神罰です。」
ミッシェルの杖に叩き潰されたのであった…。
「おい、デービッド。あの刀すごいな。」
オーウェンがケバブの肉を切る刀を見る。
「ありゃ牛刀だ。ダマスカス鋼を使っている超高級品だがな。」
「ダマスカス鋼か。」
「ま、ダマスカス鋼っていってもありゃ偽物だがよ。ダマスカス鋼の精製ってのはオーパーツの部類の技術になるし、ダマスカス鋼に似た鉄鋼を使ってある刀だ。」
「美しさはダマスカス鋼以上はないからな。」
オーウェンは目を細めて牛刀を見る。
「残念だがあの鋼材を使ってワイトスレイヤーは出来ないからな。」
オーウェンはその言葉に少しがっかりした表情を見せた。
「…頑張っても無理か?」
「当たり前だ。ダマスカス鋼の紋様ってのは内部の結晶の作用になるんだよ。
鍛造中に彫り込み術式を入れたとしてもそれは単にその術式が組み込まれたただの刀であって、ワイトスレイヤーではないんだ。」
その程度でワイトスレイヤーを名乗れるならミスリルソードで事が足りるわ、とデービッドは言った。
「…そうか…」
がっかりと頭を下げるオーウェン。
「ダマスカスで宝剣用の煌びやかなやつを一本作ってやろうか?」
デービッドは好意のつもりで言った一言だったが、それはオーウェンの気に障ったらしい。
「馬鹿か!宝剣など一体何の役に立つ!言い伝えに残るワイトスレイヤーのように不死者以外に役に立たないようなものならばともかく、煌びやかで硬いだけの剣を何に使えと!」
暫く説教が続き、これはたまらんとばかりにデービッドが逃げ出す。
「あいつが武具フェチという事を忘れていたぜ…。」
オーウェンはこの世にある全ての武具の性能を100%以上に引き出せる。
ただのナイフでさえ彼が持てばそれは絶対的な武器となるし、木の盾ですらひとつあれば並みのタンク役そこのけの活躍が出来る。
それだけに自らが持つ武具には物凄く拘るし、一度気に入ったものは物凄く大切にする。
数打ちの剣では彼の力に負けてヘシ折れてしまうか刀身が無くなってしまうか。そのいずれかの結果となる。
例外が聖剣の予備として持つワンオブサウザンドの鋼の剣位か。
無銘とはいえ聖剣を持つまで彼と共に戦場を駆け、動乱を生き抜いたそれはデービッドをして「剣の中の剣」と呼べるものであった。
彼が宝剣というものに否定的なのは…
『所詮儀式用の剣であり、生きた剣の持つ機能美が存在しない』
からだ。
それに恐らく死後に歴史に名を残すであろう彼がそんなものを好んで使用していた、と言われた日には勇者として名折れもいいところ。
そうした『人々の規範』という一面もデービッドがオーウェンをあまり好まぬ所である。
そして、それと真逆の性格なのは…
「哀れな子羊よ…。」
無駄に神々しく慈愛の微笑みを浮かべた聖女である。
「ダマスカスの宝剣、我が主に納めるとは殊勝な心掛けです。」
「(話聞いてやがったな、この俗物。)」
デービッドが足元に唾を吐き捨てる。
教会用語となるが、納めるとは寄進の事だ。
寄進とは…タダでよこせ。という事である。
「嫌だよ、欲しければ俺から買え。ただの煌びやかな宝剣でも金貨1000枚はするのに希少なダマスカスだぞ。せめて三倍は貰わねぇと大赤字だ。」
ウチの経営責任者が黙ってねぇぞ、とデービッドはミッシェルを睨む。
「俗に囚われるとはなんと哀れな…。その業を取り去る為にも我が教会にダマスカスの宝剣を納めなさい。そうすれば貴方の不浄なる魂も主の加護により一時的に清められるでしょう。」
「お前俺の魂が主の加護ですら一時的にしか清められない位汚れきってるってさらりと言ったな。
教会ってのは人を個人の好悪で判断するんですか?ええ?聖女様のミッシェルさん?」
目を逸らすミッシェル。
「…お前ダマスカスの宝剣なんて何に使うんだよ。使用用途によっては値段を考えてやらなくはないぜ。」
しかし教会の人間が宝剣を欲しがるというのには興味が湧く。
何らかの儀式用にするのなら宣伝効果もあるので名を売る為に一時的な損をしてもよかろう。と思ったデービッドであるが、ミッシェルの一言は…
「ダマスカスの宝剣って刀身カッコよさそうだから…」
である。
「何が聖女だよこの俗物…。俺の魂よりもお前の魂のほうが穢れきっているんじゃねぇの?」
「安心なさい。自覚はあるわ。」
だからこそ許されるように神に祈るんでしょうが、とミッシェルは胸を張る。
「私は聖女という立場上絶対の禁忌になるからそうした事は絶対にしないし出来ないけど…経営に困ったり余裕を持ちたいと考える教会のシスターって身を売ったりも普通にあるからね。」
「俗物の集まりかよ…。夢も希望もねぇなこの世界。」
「破戒しなきゃ割と何でもありだし、教会って内ゲバばっかよ。それが嫌で嫌でたまらないから聖女として各地方回って困窮されている方や病気で困っておられる方に主の御加護を示しているしね。」
…ミッシェルの本心だろう。事実彼女は困っている人間に手を差し伸べる事を自らの役割と自覚している。故にストレスフルの日々を過ごしているのだ。
変に狂信的よりも好感は持てる。だが。それなら治癒師として独立すればいいのに。やっぱりこいつは嫌いだ。と改めて思うデービッドであった。
「おう、デービッド。」
何処からか声がする。
ミッシェルは周りを見るも誰もいない。オベロンが下に降りていき、小さな男に声を掛けた。
「おお、お前はー」
「へい、妖精王様。ドワーフのソルです。」
その言葉にオベロンは笑う。
「ソルか。お前何してんだ?」
ドワーフのソル。本当は地を司る妖精のノームである。
筋骨隆々の身体と一見するとドワーフ種のようなノームとしては規格外の大きさを誇っている。
「がっはっは。この近くの鉱山でダマスカス鋼の鉱脈が少しあったからなぁ、それを取りに行っていたんじゃい。」
泥だらけのソルが笑う。その顔は老人のようなものだが、笑うとそれはとても子供っぽく見えた。
「ダマスカスか。少し分けてくれよ。」
「おうええぞ。金貨10枚。」
「ちっ。」
デービッドはトロイを見る。トロイは…
「火急の必要が無いダマスカスに大枚は叩けねぇですわ。置き場もねぇですしねぇ。」
とキッパリと言った。事実工房にダマスカスはもう少しある。
「ウチの在庫が切れるまでソルの旦那が寝かしてくれるというなら、この場で手付けとして金貨5枚お支払いしまさぁ。
あとは納品の時にお支払いしやしょう。」
トロイの提案にソルは暫く考えると…
「この商売上手の猫めが。」
と笑い、契約を結んだ。
「ソル、腹減ってねぇか?さっきからワイトスレイヤーの事ばっか考えていていい加減飽きてきたんだよ。」
デービッドの言葉にソルは目を丸くした。
「ワイトスレイヤー?」
伝説級の武器にソルの目が輝く。
「ワイトスレイヤーを作るのか?」
「あぁ。その辺りに不死王がいるらしくてよ。特Sクエストだからわざわざ勇者と聖女が来てるんだよ。」
さらっと機密事項を言うデービッド。
「そりゃあいけねぇ。道理で大地がおかしいわけじゃあ。」
うむうむ、と頷くソル。
「腹拵えしてからさっさとワイトスレイヤーを作り上げるとしようかのう。」
腰につけている水袋を呷る。匂いからして葡萄酒だろう。
「…貴方は…」
オーウェンがソルに声をかけようとするも、ソルはウィンクをしながら人差し指を鼻につける。
「他言無用じゃ勇者よ。ワシはデービッドの仲間、ドワーフのソルじゃい。」
と言うとガハハと笑った。
ーー