メイド イン ヘル
ポティトからタンカートまで馬車で一日掛かる。
デービッドはなるだけ早く、と言っていたが、手配は遅々として進まなかった。
理由は色々とあるのだが、一番の理由は執事がデービッドの件を後回しにし、ワイナリーの作業を優先にした事と…
実験室の掃除を行なっていたはずのメイドが、情報を伯爵に流すために資料のいくつかを抜き出していたからである。
これには温厚で鳴らす(?)デービッドも頭に来て執事とメイドに向けて癇癪玉を破裂させた。
「てめぇら足引っ張りに来たならさっさと帰りやがれ!特にメイド!
情報で必要なもの、報告すべき事は全て執事に話しているし、テメェが持ってる資料ってのは技術的な問題や掛かる時間の問題で破棄した案件ばかりだ!
そんなもん伯爵に渡してどうすんだよ!技術の確立をする時間も無い、時間が掛かり過ぎて農業祭に間に合わない、そんな案件を伯爵が無理に進めろって言われたら、このワイナリーがパンクしちまうんだ!
設備を全て作り変えていくとワイナリーの破滅にも繋がりかねないし、そうなるとポティトのワイナリーが死ぬぞ!俺とソルの苦労だけで済む問題じゃねぇんだ!」
メイドは不貞腐れたような表情だ。自分の主人は伯爵であり、デービッドではない…。そう言いたげな態度にデービッドは首を振る。
どうにもこのメイドは自分に対して敵愾心に似たようなものがある、と思うが…何もした覚えもないし失礼な態度をこのメイドに取った覚えもない。
「執事はまだ許せる。優先順位の間違いくらいで、やっていた事は正しい。
男手のロビーを俺たちが取ってしまっているし、ロビーの穴を埋めようと必死になっていた事はよく分かるからな。
しかし。
手配しろと言った事についてはさっさと手配しろ!じゃねぇとこんな無駄な時間を使う羽目になるだろうが!」
執事は恐縮し、頭を下げる。
「これは言い過ぎだと分かった上で言うけどな、足引っ張りに来たのならさっさと帰ってバスティとアン呼んで来い!
仕事しねぇのならほかのメイドや執事に来て貰ったほうがマシだ!寧ろメイドは今すぐ帰ってアンと代われ!邪魔だ!」
止め役が居ないだけにデービッドは治らなかった。
普段ならここまで言う前にソルやトロイが、ミッシェルやオーウェンがいるならばそのどちらかがデービッドを取りなす。
デービッドの人格的な欠点だが、こと仕事において迷惑をかけられたりする事は許せても、段取りを崩される事は絶対に許せない。
「仕事は段取りが八割、二割が人」
というのが彼の仕事の根幹である。
「デービッド様、それは流石に些か言い過ぎと存じます。」
若い執事は慇懃に言った。
「…分かってる。ちとアタマ冷やしてくるから、馬車が来たら呼んでくれ。」
若い執事は困ったように微笑むと…分かりました。とだけ言った。
ーー
「えれぇ剣幕じゃねぇか、赤毛。」
ワイナリー近くの小川で顔を洗っていたデービッドにロイが飲み物を差し出す。
「あぁ。騒がせて申し訳ない。」
デービッドは一言お礼を言い飲み物を受け取る。
感情的になり、その怒りをそのまま他者にぶつけてしまった事。それを恥じていたのだ。
「ロビーはどうよ?年は若いが、あと10年もすりゃこのワイナリーを背負って立つ存在だぜ。」
ロイの言葉にデービッドは…
「ロビーか。だろうな。俺たちに欠けたワインの知識というものを補ってくれるし、このワイナリー…いや、ポティトのワインに誇りを持って仕事をしているってのが分かる。
ただまだ広い視点では見られないのが欠点といえば欠点だ。」
「ケッ。」
ロイはくい、と飲み物を飲む。デービッドもそれに倣い飲み物を飲むが…
「これ酒じゃねぇか!」
と目を丸くした。
「おう。ワインを作る時の上澄み…天使の雫よ。」
ロイはくっくっ、と笑う。
「男同士、腹割って話すにゃこいつが一番だからな。」
ロイはワインの瓶を持っている。その笑顔はロビーによく似た…太陽のような笑顔だ。
デービッドは…「酔わせても何も出ねぇぞ。」と言い、その気遣いを受ける事にした。
「…なぁ、赤毛。おめぇの目から見てこのワイナリーをどう思うよ。」
杯を交わすうちにロイは一言ぽつりと言う。
「…そうだな。伝統的な製法による率の悪さと品質の劣る出せないワインをどうするかが今後の課題だろう。」
差し出がましい話になるが、新製品の計画を立ててみた。とデービッドはロイに計画書を見せる。
「二級品をホットワイン用に調合し売る…赤白と合成酒にしたロゼワイン?」
「ロゼワインについてはロビーが改めて研究をするだろう。
俺たちでは赤白の合成しか思いつかなかったが、ロビーはその先の合成酒でないロゼワインの方法を考えている。」
うーむ、とロイは考え…
「おい赤毛、お前ちょっと調合室に来い。」
と、デービッドを調合室に連れて行った。
ーー
調合室ではへべれけに酔った女がワインを飲んでいた。
「仕事中に飲酒とはいい身分だな。」
「まぁそれがこいつの仕事だからな。紹介するぜ、赤毛。こいつはウチのマスターブレンダー、ジュリだ。」
ジュリと呼ばれた女…最早ビール樽のような丸々とした女は、酒臭い息を二人に向けた。
「あら、ロイ。そこの可愛い赤毛ちゃんはどうしたの?奥さんに逃げられたからって少年趣味に走った?」
「ちげーよ馬鹿野郎。こんな爆弾みてぇなガキお断りだ。こいつはデービッド。伯爵の肝煎りでウチのワイナリーに助っ人に来た。」
デービッドはジュリによろしく、と手を出す。ジュリはそれにハグで応え…真っ赤になったデービッドが慌ててジュリを引き離した。
「まだ坊やなのにこんな子にポティトのワインの価値がわかるのかしら?」
「こいつはロビーと話してポティトのワインの現状を外から見た意見をくれている。それについてお前の意見が聞きたくてな。」
デービッドは現状のワイナリーの課題と自分が思う解決策を話す。
ジュリは頷きながら聞き…
「たしかに中にいたら分かりづらい箇所だわね。」
と感心したように言った。
「死んでしまったワインでもそうすれば売り物になる、か…。ロイの夢でもあるわよね。廃棄されるワインの減少は。」
ロイは頷く。
「ただね、そのロゼワイン?それはそのままじゃとても売り物にならないわよ。
ワインを混ぜ合わせる発想自体は昔からあるもので、そのワインっていうのは品質が劣る証でもあるの。
ロビーが研究するっていう、赤ワインを製造途中で引き上げるというやり方でないと、品質が劣るものです、と喧伝しながら売るようなもので、ポティトのワイナリーの名を汚すものと扱われるんじゃないかしら?」
ジュリの意見は最もだ。だが。
「まだこれは技術が確立していないが…炭酸ガスを中に封じ込めたスパークリングワインという手法もある。」
デービッドはスパークリングワインの構想を話した。
ジュリもロイも興味深そうに話を聞く。
「成る程、そのままでは売り物にならない炭酸ガスの強いワインを逆手に取ったか。しかし…それは本当に美味いのか?」
「ロビーは気に入ったようだぜ。ジュリ、今から言う方法でブレンドしてくれ。」
デービッドはジュリにレシピを渡す。
「…重曹に砂糖?!こんなもん何に使うのよ!」
「論より証拠…砂糖は柑橘系の果糖がいいな。用意出来るか?」
「そりゃあね。ま、自信あるみたいだし作ってみるか…えーと重曹と果糖と死んだワインでロゼワイン、と」
そして…
「…これ売れるわ。」
と、ジュリは目を丸くした。
ロイも一口飲むが…
「死んだワインの味が気にならんな。このしゅわしゅわした後口が爽やかで後を引く。」
目から鱗という表情の二人だが…デービッドはまだまだだと言った。
「問題は塩味だ。飲み続けると鼻に付く。」
ジュリはその言葉を聞き、もう一口飲む。
「…気付き辛いけど、確かに塩味がする。」
頭を悩ます二人にロイは言った。
「どうせ合成酒としてしか売れんのだろう?ならばこんな方法はどうだ?」
ロイは果糖を少し多めに溶かしてかき混ぜる。
「果糖を入れるやり方というのも昔からある。スイカに塩をかけると甘く感じるように塩味を逆手に取ってしまえばいい。
それにこの方法ならばブドウのジュースにも応用が出来る。」
「それだ!」
デービッドとロイとジュリが小躍りし部屋を飛び跳ねる。
いい歳した大男と大女、そして若者が飛び跳ねる姿はとても間抜けであり…
「…デービッド様、馬車の用意が出来ました…」
と、執事に苦笑されたのであった。
ーー
馬車の中では執事は兎も角メイドの態度の悪さが目に余る。
執事はデービッドから言われたことを真摯に受け止め反省したらしく、これからを期待出来るが…
メイドは、お前は主人ではない。と態度全体に出している。
「(…こいつダメだ。)」
年が若いので仕方ないのだろうが、伯爵への忠誠の在り方を間違っている。
徒らに情報を錯綜をさせてもらっても困るし、それによって伯爵自身が困るのだ。
「(一体どんな教育をしてやがるんだ、伯爵家は。)」
アンがこうした教育をするとは思えないし、やはりあのじゃがいも野郎か、とデービッドはそっぽを向く。
「…のくせに」
メイドが小さく呟く。
「あ?何だ?」
デービッドは聞き返す。メイドは…
「メイのストーカーが随分偉くなったものよね!」
その言葉にデービッドの顔が青くなる。
メイ。デービッドの初恋の人であり現在ポティト在住の女だ。
「メイド長は興味深そうに聞いていたけど、アンタみたいな女の敵の言う事をなんでアタシが聞かないといけないのよ!」
「いやいやいや待て待て待てあいつなんて言いやがった?」
いきなりの黒歴史発表会にデービッドの顔が青くなり…
「言っていたわよ、冒険で死ぬかも知れないから(表記不可)させろとか言ってたって!」
「尾鰭つき過ぎだろ!デートしてくれとは頼んだが!」
「薔薇の花をいきなり送ったとか!」
「いやそれマジだけどやめろ!」
…どうやらこのメイドの態度が悪かったのは、最初からデービッドの事が嫌いだったからのようだ。
「メイド長呼べ、ってのもメイド長に無理矢理(表記不可)するつもりだからでしょ!」
「しねぇー!」
寧ろこっちはアンにされた側だ!と叫びたい衝動に駆られるが…アンの立場を考え口を閉じる。
…そしてこの拷問はタンカートに着くまで続き…
「あの女、会ったらぜってータダじゃおかねぇ!」
デービッドにミッシェルを含め、同世代の女はクズしかいない!と、女に対する誤った認識を叩き込んだのであった。
馬車がよろず屋の外に止まり、デービッドと執事は並んで外に出た。執事は荷物の移動も手伝ってくれるつもりのようだ。
「…執事くん。」
「はい。」
「君はよくやってくれている。そこを承知の上で俺のわがままを聞いて頂きたい。」
「分かっています。私が護衛をしてあのメイドを帰し、メイド長と交代ですね。
私はどうしましょうか?」
「バスティに判断をお任せします。君に不満というものはあんまりないので。」
女性に対してはメンタルの弱いデービッドは弱々しく言うと…執事に少し待つように伝える。
「随分お早いお帰りで。
ん?いきなりどうしたんですかい?」
よろず屋で店番をしていたトロイに抱き着き、その胸の中で暫く泣いたという…。
案外サクサク行っていますが、ここからがデービッドとソルにとって本当の地獄です。
あとワイン製造についてのツッコミはご遠慮下さい…




