勇者と聖女とそのおまけ
頭を落ち着かせたデービッドは外に出る。
事情を察したオーウェンから同情の目で見られるのも、男女の事に疎いミッシェルからの尋問も沢山だ、という思いからだ。
「(しかし先代伯爵は実直な人柄だったようだな。)」
城も贅沢な作りではないが堅固な作りだ。
所々にある悪趣味な置物は当代伯爵の趣味と理解出来るが、堅牢かつ実直な造りにデービッドは唸り声を上げた。
「我がドルイド家の造りがお気に召されましたか?」
気配を感じさせない…初老の男がデービッドを向く。
「驚かせてしまいましたね。私はドルイド家の執事長を務めております、バスティと申します。」
バスティはゆっくり頭を下げる。
「……!」
話せない、という事を思い出し、デービッドは驚き声を無理に抑える。
「申し訳ございません。話せないのでしたね。」
慇懃な態度だがその目は揶揄するように光っている。
こいつ分かっていて言っているな。嫌な奴だ、と思うデービッド。そこに畳み掛けるようにバスティは口を開く。
「…我が家のメイド長のお味はいかがでしたかな?」
先程の出来事を思い出したデービッドは顔を真っ赤にして俯いた。
「結構ですよ、あれがそのような行動に出る事自体ほぼない事ですし、私もいささか驚きを禁じ得ませんでしたから。」
クスクスと笑うバスティ。
そして…デービッドの持つ剣に目をやる。
「エクスカリバー。一介のメイドが持つにはあまりに不適格な武器でございますね。」
正確にはエクスカリバーもどきだが、デービッドの顔から血の気が失せる。
ヤバイヤバイヤバイ、こいつには全部バレている…と一瞬考えたデービッドだが、こいつはエクスカリバーもどきをエクスカリバーと言った。
となれば…まだ誤魔化せる可能性はある。そう、デービッドの話術をもってすれば!
「(って、俺喋っちゃダメじゃん!)」
百面相をするデービッドにバスティは笑い…
「手引きをするというなら吝かではありませんよ?」
と、デービッドに宣告した。
ーー
「いいのかよ?伯爵の執事なんだろ?後で気が変わって伯爵に俺を売られても困るぜ?」
「それはない、と先代伯爵に誓って言いましょう。」
バスティはきっぱりと言う。
「…相応しいお灸を据えてやらないと、先代が残したこの領地が全てパーになりますし。」
と、かなりの毒舌を言いながらデービッドを向く。
「…あんたはあくまで先代伯爵の執事であって、先代伯爵の遺したものを守りたいだけか。」
「有り体に言えばそうなります。」
バスティは好々爺然とした態度を崩していないが、目が違う。
デービッドの目的が先代伯爵に絡むものならば排除する、といった目だ。
「…エクスカリバーを俺が持つとなれば、目的は知れるだろう?」
「エクスカリバーのすり替え、ですか?」
バスティは首を傾げる。
「あれはあの放蕩息子が造らせた古来の製法のエクスカリバー。それを勇者や聖女が欲しがるとは理解に苦しみますね。」
エクスカリバーは強いが欠点があり過ぎて現代では使わなくなった剣だ。
ここまで来ると誤魔化すよりも正攻法のほうが早い、とデービッドは判断し
「ワイトスレイヤーの材料にする為にあの馬鹿の腰のエクスカリバーを狙いに来たんだよ。」
と言った。
バスティは得心いった、とばかりに頷く。
「成る程。あの無用の長物を回収に来られたわけですね。」
「そうなる。」
「てっきり私は伯爵を害してデービッド様が自ら伯爵になられるのかと。」
「個人的な恨みつらみをぶつける意味であれば害してやってもいいが、伯爵なんて制約の多い立場など御免被る。」
デービッドがきっぱりと言い切るとバスティは薄く笑った。
「…しかし良い剣だ。伯爵が持つには不適格にも程のある剣ですが。」
「(こいつこれがエクスカリバーでない事には気付いていても、中身はどうしたものかは知らないはず。)」
ブラフなどひっかけの多い会話。この辺りは年の功と言えるのか。
「贋作は贋作さ。どれだけ良い剣でも本物にはなれない。」
半分本心だが、半分嘘だ。
このエクスカリバーもどきは彼とソルの血と汗と涙の結晶。エクスカリバーに似ているが全く別のものである。
「成る程。わざわざすり替えのリスクを冒さずとも下賜するように手配致しましょう。
エクスカリバーは高価ですが、あのような剣を持って戦いの役に立つとも思えませんしね。」
「本当であれば感謝したいが、あなたがそれを守るかどうか未知数だ。あなたを俺が信用するだけのものは何か?」
デービッドの言葉にバスティはくすり、と笑うと…
「私の先代伯爵への忠誠と同じくらいの重さで、この約束を果たすと言いましょう。」
必要であれば血判状でも作りますよ、とバスティは言うが、デービッドはバスティに首を振る。
「あなたを信用しよう。だが、疑問もある。何故執事が主を害するような事をやるのかが理解出来ない。」
「伯爵は甘やかされて育った籠の鳥なんですよ。籠の鳥は空に憧れますが、自然の中では生きられない。
我々という存在が伯爵にとって籠なのかそれとも餌を運ぶ人間なのかは分かりませんがね。」
「だから肥え太るんだよ、あのじゃがいもは。」
メイド服のまま悪態をつくデービッド。
「早いところあなたの後継者を作っておいたほうがいいぜ。このままだと家を潰すぞ、あの馬鹿は。」
「後継者を作っておくべきはあなたの方でしょう?相手は我がドルイド家のメイド長など如何ですかね?あれは器量は程々ですが気立ての良い女ですよ?」
「そっちかよ。ったく喰えないジジィだ。」
ーー
「あんたどこ行ってたのよ?もうすぐ会食よ。」
ミッシェルが戻ってきたデービッドに言う。
「あー。なんかエクスカリバーを下賜して頂けるように頼んで貰えるんだとよ。」
その言葉にオーウェンの目が輝く。
「じゃあそのエクスカリバーもどきは…」
「欲しけりゃ金貨1000枚な。」
デービッドにしては多少ふっかけた値段だが、オーウェンの返事は早かった。
「買った。」
オーウェンは即刻小切手にサインをする。
「王都のギルドに俺の口座があるからそこ行ってこの小切手を見せろ。」
どうせ使い途の無い金だ、とカラカラ笑うオーウェン。
デービッドからエクスカリバーもどきを受け取ると…抜刀し正眼に構えるもしっくり来ずに片手に切り替える。
「…これは片手剣だな。」
スッと利き手に構える。りんごを持つミッシェルに向かい剣を横薙ぎに一閃すると…
りんごは何の抵抗もなく真っ二つになり再度くっついた。傍目からは変わらないように見えるが、りんごに入った線が一度斬られたものだと示している。
「おおー。」
皆が感嘆の声を上げる。
「この剣に申し分なし。聖剣のサブとしてこれ以上は無い。」
聖剣は強いが使う側の負担も大きい。特殊効果のある武具は持つ方にも相応の負担があり、オーウェンは聖剣よりも特殊効果の無い剣が好きなのだ。
これまで聖剣のサブに鋼の剣を使っていたが、これで鋼の剣はお役御免となる。
オーウェンはデービッドに鋼の剣を渡し
「人々に尽くしてきた剣だ。供養してやってくれ。」
と言った。
「任せろ。立派な調理器具にしてやる。」
デービッドが恭しく頭を下げ…オーウェンが苦笑する。が。その二人の後頭部をミッシェルが叩いた。
「取っておきなさいよ!勇者オーウェンの使った剣なんて幾らになるか分かったもんじゃないわよ!」
「はぁ?使わない剣なんて可哀想だろ。この先使われもせずに形だけが残るよりも包丁や鍋にしてオーウェンの生活と共にあるほうが剣も幸せだぜ!」
言い合う二人だが、ドアのノックに飛び跳ねる。
「宴の準備が整いました。」
ノックの主はメイド長のアンだ。
アンがデービッドに濡れた目を向けると反射的に赤くなるデービッド。俯き下を見る。
「(初心ね。ドキドキさせてくれるじゃない、坊や…)」
もっと時間があれば、もっとドキドキ出来る体験をさせてあげるのに。と思うアン。
「改めて見ても色っぽいメイド長だな。」
オーウェンのストレートな言葉にミッシェルは少し首を傾げる。
「そうね。でもそんな好色そうには見えませんわ。」
ミッシェルは男女間には疎くとも人物鑑定眼は優れている。
あれは元々デービッドに興味を持っていてデービッドを扇情する為に敢えてそうしているだけのような気がする、とミッシェルはオーウェンに耳打ちした。
「(とことん厄介事に愛される奴ね。)」
「(男としてはある意味羨ましいが。)」
「(だったらシスターや貴族の令嬢口説きなさいって。オーウェンになら喜んで股開くわよ。)」
「(いや、俺は恋愛に夢持ってるし…こういうのって時間をかけてお互い距離を詰めていって)」
「(ロマンチストねー。)」
クスクス笑うミッシェル。側から見ると聖母の笑みだがオーウェンとデービッドにすると明らかに揶揄して笑っている顔だ。
なーお、とトロイが鳴く。
「(いい加減行きましょうや。後で旦那が鬱陶しいですぜ。)」
そう言っているようだ。
オーウェンとミッシェルは並び歩き…漸くアンから解放されたデービッドは後ろから二人に恨みがましい視線を送るのみであった…。
ーー
「よくぞ参られた、勇者殿、聖女殿。」
会食の席ではドルイド伯爵が喜色満面の笑みを浮かべていた。
年の頃は25位か。金髪と優雅な動作が特徴的であるが…ここポティトに相応しいかといえば答えはノーだ。
戦場にバレリーナがいるような違和感といっていいだろうか。質実剛健な城の作りと彼は明らかに浮いていた。
「急な来訪に対してこのような心遣い、私達一同伯爵のご厚意に対し感謝しかございません。」
ミッシェルとオーウェンは恭しく頭を下げる。隣にいたデービッドの後頭部をミッシェルが手の血管が浮き出る程の強さで抑えつけ…デービッドは屈辱のあまり拳を握りしめている。
ドルイド伯爵の後ろでバスティとアンが苦笑いする。
「勇者と聖女は各国を回り困っている人民を救って回っていると聞く。
我が領に滞在される間、大いに翅を伸ばし英気を養ってくれたまえ。」
ドルイド伯爵の回答のあと、食事が運ばれてくる。
アンはミッシェルとオーウェンに盃を渡す。
ーこの中には伯爵の命令により睡眠剤が入っているがー
「(勇者と聖女にこんなものが効いてたまるか。)」
勇者と聖女は個人の力でも恐ろしいが、それぞれの加護の力は更に恐ろしい。
状態異常は大体無効となるし、この二人を害しようと思えばそれこそ伝え聞くヒドラの毒位でなければ効果が無い。
これは勇者と聖女の名前を利用しようとする輩への対策であり、それだけ勇者、聖女という職が滅多に出ない事を意味している。
無論隷属の類いの呪法も無効…故に『最強の存在』なのだ。
主人の浅はかさに軽く目眩を覚えるも、どうしようもない。とアンもバスティも諦めを覚えている。
「乾杯。」
盃が掲げられ…ミッシェルは小声で解毒の魔法を唱える。
薬を入れられている可能性を考え、ミッシェルは余程信用が出来る相手から出された飲食物以外は必ずそうする。
それが彼女の習慣だ。
パーティ全員に唱えた解毒の魔法は全員の盃を清め…ミッシェル達はポティトの農産物に安心して舌鼓を打つ事が出来た。
「(全く。これまでの勇者や聖女の扱いを少しでも知っていたらこんな真似怖くて出来ないんだけどね。)」
ミッシェルは戸惑いの表情を見せる伯爵に苦笑をした。
先代勇者は欲張った王に隷属化されていたが、先代聖女が勇者を解呪し王国は勇者によって滅ぼされた。
先先代の聖女が教会により害され軟禁された際、勇者が教会に壊滅的な被害を与え軟禁を解かせている。
それだけに事態を重く見た各国と教会は異常な程の加護をこのふたつの職に与えたのだ。
勇者も聖女もどこの国にも属さず、というのはここから来ている。
「(人間の欲なんて際限の無いものだけど、それだけを追うとえらいことになるものなのよね。)」
じゃがいものポタージュを飲むミッシェル。肉にかぶりつくオーウェン。
…そして。
「ZZZ…」
爆睡するデービッド。
「…はい?」
ミッシェルはアンを向くが、アンは首を振る。バスティも同様だ。
ミッシェルは何か毒物が入っていないかと周りを見る。…が。デービッドの付ける耳のイヤリングを見て納得した。
「(こ、こいつ魔法無効の宝具つけてるじゃない!)」
解毒の魔法は初級魔法だ。デービッドのつけるイヤリングは初級魔法程度なら無効化してしまうものである。
「(ば…か…)」
ミッシェルは頭痛がしてきた。
「これはいけない、メイドは気分が優れないようだ。
バスティ、アン。メイドを運びたまえ。」
バスティ達が冷や汗を流しながらデービッドを運ぶ。
「(最悪の事態にならぬよう注意します。)」
バスティはオーウェンとミッシェルに小さく言うと、眠るデービッドを客間へと連れていったのであった…。
次回もお楽しみに




