第13話
神殿の中、闇へと飲まれたニスルを待っていたのは、亡くなったはずの母だった。
「嘘でしょ…?なんでお母さんがここに…?」
「ニスル、立派になったわね…さぁ、こっちへいらっしゃい」
優しく微笑みかけてくる母。
ニスルは偽物と分かっていながらも、惑わされてしまう。
「本当にお母さんなの?」
「そうよ?」
「でも、お母さんはあの日死んだはずだよ!」
確かにあの日、ニスルの母は死んでいる。母の死体を初めに見つけたのはニスルである。
「あらあら、取り乱して…何か悪い夢でも見ていたのかしら?ほら、私は元気よ?こっちへいらっしゃい?」
ニスルはそれが母の姿をした何かだと分かっている。しかし、もし本当に母だとしたのならというその思いからか、それに近づいて行ってしまう。
ある程度近づいたとき、母の姿をした何かがボソッと呟く。
「そうよ…人間なんて見捨ててこっちへいらっしゃい」
ニスルの耳にははっきり聞こえた。
「ねぇ…今、人間なんて見捨ててって言った?」
母の姿をした何かはニスルを不思議そうに見つめる。
「ニスル?」
「お母さんはね…人間の事が大好きだった。それこそ法に背いて人間を助けた事だってあるぐらいに…そんなお母さんが人間なんてって…そんな事言うはずがない!!」
「ニスル!お母さんに歯向かうの!?」
「お前なんてお母さんじゃない!!私はここに眠る槍を持って、飛朗斗を助けに行くんだ!!」
≪強き意志を確認…新たなマスターとして登録…完了≫
ニスルの頭に不思議な声が響く。
すると、前方から高速で何かが飛来した。
サクッ
何かが刺さったような音がした。
ニスルが音のした方を見る。
自分の胸に黄金に光る槍が刺さっている。
不思議と痛くなかった。母の姿をした何かは、顔を歪め、憤怒の表情を浮かべていた。口が裂け、耳元まで繋がっている。
まさしく鬼の形相だった。
再び槍を見る。槍は持ち手の方から布が舞うかのように消えて行っている。
そしてニスルは自分の体が少しづつ変化していることに気が付く。
少しづつ、少しづつ、体の先端から内側に向けて徐々に人間の体に近づいている。
母の姿をしていた怪物がこちらへと向かってくる。
「貴様ぁ!!食ってやる!!」
再び頭の中に声が響いた。
≪マスター、手を前にかざしてください。≫
その声の通りに手を前にかざす。
すると、怪物に対しニスルの手のひらから、先ほどニスルに突き刺さった黄金の槍が突き出し、怪物の眉間を貫いた。
怪物の体がだらんと槍からぶら下がる。再び槍は霧散するように消える。
槍が霧散し、怪物の体が地面へと落ちると、神殿内に充満していた闇が消え、先ほどの入り口で自分の体は止まっていた。
ニスルは特に何かを確認する訳でもなく、真後ろを振り返り、全力で駆け出す。一人で二人の相手をしている飛朗斗の元へと…
飛朗斗は一人で何とか耐えていた。
強化された獣人の攻撃は強力だった。
初撃を刀で受けた飛朗斗は手がしびれるような衝撃を受けて、後方へと距離を取る。
幸いなことに、獣人を強化している間は魔術師は他の魔術を発動できないようで、魔法弾といった魔法攻撃は一切飛んでこなかった。
しかし、獣人の相手だけでも、かなりの苦戦を強いられる。
獣人の爪を刀で弾き、反撃を試みるが、スピードも上がっているため、弾いたところに次の攻撃が来る。飛朗斗に取れる手は防御のみだった。
「ハハハ!!ドウシタ小僧!先程マデノ威勢ハドウシタ!!」
冗談からの爪の振り下ろし。飛朗斗は刀で受け止める。
ギィン
飛朗斗の手にびりびりと衝撃が走る。
獣人が飛朗斗のがら空きになった腹に対して、前蹴りを入れる。
後方へと吹っ飛ぶ飛朗斗。
岸壁にぶつかり、背中を強打する。
地面へと崩れ落ち、胃の中の物をすべて吐き出す。
「ゲホッゲホッ…な、なん何だ…あいつの出鱈目な筋力は…」
飛朗斗はもう1発食らったら確実に死ぬと思った。
逃げたいとも思っていた。しかし、飛朗斗はニスルを信じて疑わない。
「ハハハッ、オ前ノ相棒ハ オ前ヲ見捨テテ逃ゲタノダロウヨ!!」
獣人が動けないでいる飛朗斗に近寄りながらそう言ってきた。
「そんな事はない…あいつは戻ってくる…俺が死ぬ前に必ず!!」
飛朗斗は立ち上がろうとするも、うまく立ち上がれない。壁にぶつかった衝撃で軽い脳震盪を起こしていた。
そんな飛朗斗に獣人は近寄り、爪を構え、容赦なくとどめを刺す体制へ入る。
「ソウカ、ナラバ死ネ!!」
獣人がそう言い放った瞬間、飛朗斗は死を覚悟し、目を強く瞑る。
獣人は止まっていた。耳がピクリ、ピクリと動いている。
何かを聞き取ったのか渓谷の、ニスルが向かっていった方をじっと見つめる。
飛朗斗は目を開け、獣人の隙をみて距離を取ることにする。
「ナニカ来ルナ…」
飛朗斗にも聞こえる足音。そして何より、今まで感じた事のないような不思議な力を渓谷の奥から感じとるのだった。
神殿に住まう怪物
神殿にいつの頃からか住み着いていた怪物。侵入者の記憶から大切に思っている人物になりすまし、相手を油断させ、近づいてきた者を捕食していた。