ダークエルフのネクロマンサーは友達欲しさに人間の国に行きます
「いいなぁ……」
ダークエルフのアルコルは遠くにいる子どもたちのじゃれ合いを羨ましそうに見ていた。
彼女はひとりぼっちだった。
『ネクロマンサー』になる前も、なってからもである。
昔は勇気を出して「仲間に入れて」と言ったのだが、残念な結果に終わった。
苦い経験のせいで、彼女はもう勇気を出せなくなってしまった。
だから遠くから楽しそうなダークエルフの子どもたちを見ているしかない。
「友達がいたら楽しいんだろうなあ……」
しょんぼりと肩を落とす。
そんな彼女に話しかける存在があった。
彼女の右肩の上に浮かぶ紫色の霧である。
<<アルコル殿には我らがいるではありませんか>>
低くよく通る渋い声で言われたが、彼女は首を横にふった。
「君は死霊でしょ。ボクは生きている命の友達が欲しいの」
<<は、はあ……>>
彼女の悲しそうな答えに死霊は一瞬言葉に詰まったものの、すぐにアイデアを出す。
<<で、では、人間の国に行くというのはどうでしょう?>>
「人間の国に……?」
彼女は可愛らしく小首をかしげた。
あどけない顔立ちをした彼女がやれば保護欲を刺激される。
<<はい。人間は怖いもの知らずですし、『ネクロマンサー』のこともそこまで伝わっていないでしょう。アルコル殿と仲良くしてくれる者だっているかもしれません>>
「そっかぁ……」
アルコルは迷う。
今までダークエルフの里から出たことがない彼女は、外の世界について何も知らない。
怖さもあるが、同時に好奇心もある。
「でも、悪いことする死霊使いってだいたい人間だよね……変な誤解があったりしないかな?」
彼女はふと不安になった。
『ネクロマンサー』と死霊使いは別の存在なのだが、果たしてその点を認識されているのだろうか。
『ネクロマンサー』を過去に複数輩出しているダークエルフですら、あまりよくわかっていないのに。
<<誤解を説明したらわかってくれる者を探すしか……>>
紫色の霧状の死霊は自信なさそうに言う。
「ダークエルフじゃ、それも無理だものね」
アルコルはそっと目を伏せる。
『ネクロマンサー』はダークエルフたちにとって理屈抜きで畏怖の対象だった。
<<元々あなたに友達がいなかったのは我らのせいではないと思いますが……>>
「うぐ」
遠慮がちな指摘に彼女はうなる。
痛いところを突かれて顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
くぐもった笑い声が起こる。
「バカバカ、ばかぁ!」
彼女が涙目になって両手を振り回すと、死霊は消えてしまう。
元より彼は正しい意味の霊ではない。
冥界で存在を許された冥府の住民である。
冥府へと帰ったのだろう。
誰もいなくなってしまうと余計に寂しくなる。
でも、彼女は再び死霊を呼び出すほど面の皮は厚くない。
しょんぼりと肩を落として、一人とぼとぼと帰路につく。
彼女の家はダークエルフの里の中央にあり、他の同胞のものよりもはるかに大きい。
『ネクロマンサー』は冥府の神オルキヌスに仕え、世界における生と死の均衡を守る役目を請け負う。
その能力は絶大であり、屋敷の大きさは彼女に対する同胞たちの感情の表れと言える。
「広いお屋敷よりも友達が欲しいのになあ……」
アルコルはぽつりとつぶやく。
勇気を出してお願いしたことは何度もあるが、全員が悲鳴をあげて逃げてしまった。
「『ネクロマンサー』、別に怖くないのに……」
ネクロマンサーの名を騙って悪事を働く不届きものを怖がるのは彼女にもわかる。
しかし、彼女はあくまでも冥府の神に仕える身であり、冥府の神の意向に沿って動くのだから何も怖くはない。
残念ながらその理屈は同胞たちに通用しなかったため、彼女は今もぼっちだった。
「本当に人間の国に行っちゃおうかな?」
『ネクロマンサー』の仕事は別にここにいないとできないものではない。
むしろダークエルフの里に引きこもっている方が、差し支えが出てくるかもしれなかった。
「どうせ外の世界に行かなきゃいけないのなら一緒かぁ……」
早いか遅いかの違いにすぎないのであれば、早めに行動して拠点を作っておいた方がいいだろう。
彼女はそう思い、里の外に出た。
「オルキヌス様、どうかこのアルコルに御身のご加護を。そして願わくば友達ができますように」
彼女は跪いて冥府の神オルキヌスに祈りをささげる。
二つめに関しては専門外のはずだが、彼女は他に頼るアテがなかった。