邂逅する星々
隕石は頭上で焔を炸裂させながら、地との距離を徐々に縮めている。それにより、土は水分が蒸発し干ばつ、海は湯気を発生させ熱湯となり、森は木々が燃えて焼け野原になろうとしていた。北極、南極の氷河は融ける。上からの熱により少年が水上を走りだし、数分が経過した。瞳には血筋が浮き出し、頬から、更には全身から汗が吹き出して、その場の過酷さは、精神的苦痛、肉体的苦痛を与え続けている。目線の先に見える隕石群が刻一刻と迫り、それが余計に少年を追い詰めている。
空から光を降らせていた太陽は跡形もなく消え失せ、青かった天空は灰色に覆いつくされていた。背景が灰色故に隕石一つ一つが際立って、隕石の数がどれほど多いか実感させられる。太陽の熱が消えたが気温が下がることなく増すばかりだ。隕石群上空とここには、何十度もの気温差がある。
少年の目の先に目的地の軍基地跡が見えてきた。端整な顔立ちには笑みが浮かび、黒色に白色が所々に混ざった髪は速度ゆえの強風に煽られ、少しすすれた衣服は前方からの強風、足下からの蒸気がぶつかり合い不自然な動きをしていた。バイクにも誤作動が生じ始め、溢した笑顔の奥では焦りを感じていた。ここで故障、そして転倒すると熱湯に溺れて、死が待っている。
「あと、ひと踏ん張りだ」
少年はあと少しだと自分に言い聞かせ、残りの数十マイルの距離の地獄を走る。
海に面する断崖が音を立てて崩れ始めた。水は爆弾が爆発した時のような飛沫を上げ、その高さは二十メートルにも及び、波紋がいくつも重なり合う。薄っすらと見えていた軍基地の扉は、戦争で敗れた国の紋様が見える所まで近づいてきた。扉の大きさに圧迫され息苦しさを感じていた。
そんな中、何とか扉の前まで辿り着くことができた。扉は片方が傾いていて小型船が一基入ることができる隙間ができていた。勿論、少年は余裕を残して軽々と入ることができた。入ると辺りの空気は一変し、涼しさが体の五感を優しく触れる。水上から顔を出した坂を上がり、ホバリングしていた機体は地に足をついた。
「電源を探すか」
バイクからは煙が出ていて、修理をしなければいけない状態になっていた。修理を一瞬で終わらせるという装置がここにはあるはずで、それを稼働させるには電源を入れなければならない。念のため硬化ナイフ――普通に触っても柔らかく危険性はないが、血液に触れるとダイアモンドの硬さを超える。刀身の先端だけが鋭く鉄でできていて、皮膚を切り裂くことができ、そこから血を採取、そして硬化させる。それは相手を油断させることができ、自らの血を使えば相手の身に付けている装甲を破壊することができる。だが、今の装甲は同等の硬さを持っていて簡単には破壊できない――を腰帯に付け、辺りを照らすライトを手にする。
装置を探すためにバイクから降り左側にある階段から滑降路へ登る。そこには、昔使われていた戦闘機の残骸があり、床や壁には弾痕が残されており、小規模な戦闘が行われていたことが分かる。
辺りを探索していると、人間の骨が転がっていたり、血痕が見つかったりした。その骸骨は軍服を着ていて、圧倒的戦力を持っていた日本兵の死者もいて、第二次の時のように銃を構えた戦闘をしていたのだろう。銃身の形や銃口から出るものは違うだろうけれど。と考えていたら、銃が見つかった。第二次で使われていたような黒光りの重厚感のある銃ではなく、銃身は一回り太って、重厚感のない軽そうなものだった。実際に手に取ってみると、案の定軽かった。壁に狙いを合わせ引き金を引くと、高く軽い音が鳴って銃身から碧い光が放たれ、壁に直径十五センチ程の痕ができた。頭蓋骨に十五センチの穴が空いていたのはそういうことか。
一応銃を構えクリアリングをして、電源の所まで近づいた。
「これっ……ぽいな」
電源が見つかったのは司令官の一つ下の部屋。部屋は円形で真ん中に源となる宝石があり、それを機械が包んでいた。この装置の電源であろうボタンを押すと、宝石が翡翠色に輝きだし、何かが回転する音が鳴りだした。
部屋を出ると廊下に灯りが点いているかと思ったが、点くことはなく目が狂いそうな点滅をしていた。あの装置に電源が入ったかを確認するために急ぎ足で廊下を走った。
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廊下に飛び散った強化ガラスの破片を踏みしめながら、滑走路まで降りてきた。バイクを停めたところは、点滅することもなく正常に灯りが点いていた。しかし、今まで乗っていたバイクが見当たらない。辺りを見渡していると、近くにあった扉が開きその中に黒い人影が覗いた。
「電源を入れて下さりありがとうございます。貴方のバイクは故障しているようなので、私が昔開発した装置に入れておきました。おっと、貴方のその黒い髪と黒い瞳は……日本人、ですか」
その黒い人影は照明によって露にされた。真っ白なコートを着ていて、白銀の髪に顎の白髭を整えた老人が立っていた。彼からは独特な空気が流れている。
「貴方は、何者ですか?」
少年は腰帯に装着していた硬化ナイフに手をかけたまま問いかけた。
「私はマッドサイエンティスト――この軍基地での開発チームの指揮官でした……ですが、追放されました――」
そう言うと、狂気の科学者――マッドサイエンティストと名乗った老人はコートを脱ぎ、全身を露にした。その体は狂気の沙汰ではない、至る所は腐食し、あるところは肉の中に銅線や鉄が覗き、自分自身の体に実験の痕がある。この老人は自分の体にまで科学を侵食させている。
「――この体がその証拠です。それ以外に、たくさんの動物を捕まえては実験をして、殺す。そして、追放です」
「はあ……それで、何故それを僕に?」
「貴方は、私のことが分かってくれそうで……軍の人は誰も理解してくれなかった。開発チームの仲間さえ……」
少年は硬化ナイフから手を放し、警戒を解いた。
「何故僕が貴方のことを分かってくれると?」
「貴方は旅のお方とお見受けできますが……」
「まあ、それであってますよ」
少年が旅をし始めたのは数年前。日本近辺の街で生まれ、親にはすぐに見捨てられ児童保護施設送りにされた。少年は友達を一切つくらず、大人しく部屋の隅っこで座っていた。
物心がついてくると、子供用の玩具や遊びに興味を示すのではなく、外の世界に興味を示した。今までその施設に入れっぱなし、外の世界といえば周りが囲まれた中庭で空が狭かった。鳥籠に囚われた飛べない豚の気分だった。それ故に何度も施設を抜け出し、毎度のように連れ戻されていた。
そんなある日、釈放が決まった。十歳を過ぎると施設から解放されるようになっていた。たった一人で外の世界には戸惑いがあった。何が何だかわからなかった。宙を浮く乗用車に、宙を浮くスケートボードで走り回る自分と同じくらいの年の子供たち、立派な高層ビルや高層マンション。そのどれもに感嘆の声を漏らした。
それから、施設で学んだ現代社会のことを生かし働いた。十歳から立派な大人とされていた日本は、昔から英才教育を仕組まれていて、すぐに職に就ける状態だった。
少年が見つけた職は簡単で暇な時間しかなかった。その職の内容は機械が作業しているところを眺めているだけ、そして機械に何らかの異常があった場合は技師を横にあるスイッチで呼ぶ。ただそれだけの仕事内容だった。
少年は機械が動いているところを眺めながら、金が貯まったらバイクを買い旅をしようと心に決めていた。
何の異常もなく二年間の仕事を終えた少年は手に通帳を持ち、バイクを買いに行った。買ったのは大型のホバリングバイク。エンジンを起動させるとフロントとバックのタイヤが立て向きだったのが、横向きになりタイヤの中心が淡く光る。そのとき既に機体は浮遊し、一瞬の浮遊感に襲われた。乗ることにはすぐに慣れて少し街を走ると日本から出た。
日本を出ると圧迫感のあった都市から一変し、開放感のある大海原に出た。少し離れてから後ろを振り返ると、どれだけ日本が巨大な国かが分かった。
日本を出てから東に向かうと、進めば進むほど建物は無くなっていく。その理由は、第三次大戦で日本が国を滅ぼしたからだ。日本から四方八方進めば進むほど荒野が広がっている。所々にある都市はすべて日本軍のもの、日本がどれだけの力を持っているかが分かる。
日本を感じながら旅をしていたら、隕石が降った。
――そして現在に至る。
「貴方はいろんな世界を見たいのだろう?私も同じだ。これをこうしたらどうなるのか、これをこうしたらこうなるのか……探求の繰り返し。私もいろんな結果を見たい。この先に何があるのか、知りたいだろう?それと……わ、私は――」
彼の言葉を遮ったのは地震――隕石群の墜落によるものだ。頭上の滑走路からは岩々が落下しそれが砕ける音が鳴り響き、地を揺らしている。
「おい!こっちだ!この扉の中だっ!」
天井の岩が轟音で崩れ落ちている中、老人の張った声が耳に届く。彼は彼が出てきた扉の前で手振りで呼んでいた。少年は急いで扉の中に駆け込み、それと同時に扉が閉まる。
軍基地の外では破壊が行われ、ありとあらゆる動物、自然が爆風により消し去っていく。海の水は一瞬で蒸発し海の底にクレーターを創り、爆風が軍基地の扉の隙間から入り込み、内部を焼き尽くす。隕石群が墜ちた音は凄まじく、今にも鼓膜が破れそうで脳が吹き飛ぶかというくらいだ。
少年と老人は腰を低くし手で両耳を抑え、これが収まるまでそのままの状態で待機した。
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轟音が微かに耳に残り、小さい揺れが続いている。二人は耳から両手を放し尻餅をついた。
「大丈夫か?少年……」
意識が朦朧とした状態で体調を確認する。
「う、ああ……だ、大丈夫、です」
二人は背を壁に任せ落ち着くまで沈黙と静寂が数分の間続き、少年が話を切り出す。
「そ、それで、最後何か言いかけてましたけど……」
「いや、何でもない。忘れてくれ」
少年は隣に座る老人の顔を窺う。老人は少し悲しそうな顔をして俯いていた。彼にも事情があるのだと思い、忘れることにした。
「あの、さっきの話なんですけど……僕と貴方が同じだという話。そうかもしれません。いろんなことが知りたい、故に探求する。それが人道を外れるとしても自分がその先を知りたいなら仕方ないと思います……僕はまだ旅を始めてあまり経ってないので、よくわかんないですけど」
老人は少し嬉しさか喜びが感じられる顔をしていた。
「そういう考え方をしてくれるんだな。自分の知りたいことの為なら人道外れても……か」
突如、甲高い一定の音が鳴り響き近くの装置の扉が開く。その中には少年のバイクが新品同様の状態で入っていた。
「修理は終わったようだ」
老人は少年のバイクを装置から取り出し、少年の許に持ってきてくれた。
「軍基地の外は恐らく地獄絵図だろうから少しの間ここにいると良い。そういえば、訊き忘れていたが名前は?」
「名前はシキ。貴方は何と呼べば」
「おお、それを訊いてくれるということは、シキの旅について行っても良いということか?」
「そうですね、この先の旅は何か危険な気がしますし、一人より二人の方が心強いし、一緒に旅しましょうっ。そ、それでなんと呼べば」
「ありがとうシキ!それで名前だが……マッド、マッドとでも呼んでくれ!いやー旅か今まで軍基地に引き籠っていたし、最近は自分の体のことで外にもあまり出てないからな。この年で初の旅か……」
老人――マッドは子供のように無邪気な笑顔で喜んでいた。
少年――シキはそれを見て同い年の友人ができたように感じた。
これだけ嬉しくても、悪寒は消えない。世界は隕石群でどう変わったのだろう。何が始まるのだろう。
何か、何かが始まりそうな気がしてならない――。