7話:イバージント盗賊団
戦います。
彼らの――イバージント盗賊団の活動は、主に夜に行われる。
ただ今日は、秘境に乗り込むということで、未知の危険を考慮し、日中に行動することになっている。S級を博する彼らでも、視界の悪い状態での秘境は死に繋がりかねないのだ。
無論、日中でも危険なのは変わらない。そのため、彼らはスキルを用いて最短、最速で目的を達成する道を割り出していた。
「ダイハン。あの女は今どこにいる?」
片目のない隻眼の男――盗賊団お頭のハカントが、隣に控えている大柄な男にそう言った。腹に響いてくるような低い声だ
ハカントに忠実な、ダイハンと呼ばれた男はお頭の問いに答えるべく、額に走る切り傷に人差し指を当て、目を瞑る。
「へぇ。絶壁山の南端から動いてませんぜ」
そして、【追跡術】というスキルで逃げた女の居場所を掴み、ハカントに伝えた。
「おいダイハン。動かねぇとは、ぴくりともか?」
ハカントは顎にたっぷりと生えた髭を撫でた。嫌な事を想像した時の、この男の癖だ。
「いや、周辺をチョロチョロと動くんで、生きてはいますぜ」
その癖を知っているダイハンは首を振って否定する。――安心してくだせぇ、と。
「そうか」
それを聞いたハカントは、女が生きている――またあいつをいたぶることができる、と片目を細め、ニヤリと口許に弧を作った。
「お頭はホントあの女を気に入ってるでゲスね」
黒髪で細身の男――サカマがそう言って、ギシシと歪な笑いを漏らす。
「サカマ、お前にはわからんのか?俺が声を掛けた時のあの女の顔、鳴き声、反応。クククッ、タマラネェじゃないか……!」
「いい趣味してるでゲスよ、お頭は」
サカマという男はギシシ……といやらしく笑った。皮肉で言ったわけではないとハカントにはすぐわかったため、ハカントもククッと笑って返した。
サカマとの話が終わったと見ると、二人のよく似た男――ガルガーとエルガーがサカマの両脇からぬっと出てきた。吊り上がった四つの目が照らりと猟奇的な光を放っている。そして、ガルガー、エルガーの順に二人は口を開く。
「それよりお頭。俺たちはあの女のためにワイバーンを五頭も集めさせられたんだぜ?」とガルガーが言い、
「『捕獲』が済んだら俺たちに何か褒美があってもいいんじゃねぇか?」エルガーが続ける。
「「例えばあの女を一晩貸してくれるとかさぁ」」
最後に二人の声が重なった。
瞬間、バチィ!とあたりに雷鳴が轟く。
「バカを言うな!俺は処女が苦痛に悶えるのが好きなんだ!お前たちに貸せばすぐに食い散らかして楽しめなくなるだろうが!」
目を血走らせ、稲妻を走らせての激昂を受けた男二人はしゅんと小さくなる。ここで歯向かえば比喩でなく雷を落とされるのだ。
「ったく。お前たちは次に行く村で攫ってくればいいじゃねぇか」
「え!?次は俺たちにも分けてくれるでゲスか!?」
意外なハカントの発言にサカマが食いつく。
「そうだな、少しだけだぞ?」
「やりー!!でゲス」
「お頭、本当にあの女を気に入ってるようですねぇ……。俺たちに余りもんじゃねぇ女が渡るなんて初めてだぜ……」
「これでやる気も!」
「出るってもんだぜ!」
こんな下卑たことで、盗賊たちの士気は簡単に、最上級まで高められた。
「そうか!よし!ダイハン、サカマ、ガルガー、エルガー、それぞれワイバーンに乗れ!行くぞ!」
「「「「へぇ!」」」でゲス」
そして出撃するべく、五人はそれぞれワイバーンの背中にまたがってゆく。
この盗賊団は五人という少人数で構成されている。
だがその実力は、世間でS級の危険度を評され、恐れられるに十分値する。
一人ひとりがワイバーンという、人間が使役できる最高レベルの翼竜をなんなく操っていることからも、その強さが伺えるだろう。
つまり彼らには、五人しか必要なかったのだ。
そんな彼らは――ダイハンを先頭とした五人の盗賊団は、リーフの許を目指して、絶壁を登ってゆく。
青く透き通る果て無き空は、そんな彼らを招き入れるように、吸い込んだ。
「お頭!あの家の中ですぜ!あの女は!」
そして遂に、ハカントたち盗賊団の視界には、赤い屋根の家が。
「そうか!よし!このまま近づくぞ!安心しきったところに俺の声を聞かせてやる!」
クククッ、ギシシ、ヒヒッという笑いで青い空を濁す五人。
だが、先頭をゆくダイハンに異変が起き、その笑みは消える。
ギェッ、とダイハンの乗るワイバーンが何かにぶつかったのだ。
「ッ!?」
「どうしたダイハン!」
キリシャが張った結界は人間には作用せず、(作用させようとすれば出来るのだが、彼は敢えてしなかった)慣性の法則に従ってダイハンの身体が投げ出された。
「……お頭!どうやら魔物除けの結界が張られているようですぜ!この先からはワイバーンから降りた方が!」
結界の中で着地したダイハンは結界の存在を冷静に見破り、そう報告した。
「そうか!お前ら聞いたろ!?」
「「「へぇ!」」でゲス」
盗賊団が全員着地したところで、赤い屋根の家から、一人の、白衣を着た男が現れた。
盗賊団にとって男は全く知らない人物だ。こういう未知数の相手と出会った時、この盗賊団は油断をしたりしない。そうして生き残ってきたのだから。
「お頭、さっきの結界は多分あいつの仕業ですぜ」
「そうだろうな。お前ら、油断するなよ」
「わかってるでゲスよ」
「「いつものことだぜお頭」」
盗賊たちは、リーフを『捕獲』するためにはキリシャを倒さなければならないと判断し、臨戦態勢を取った。
遠距離のハカントが後列、近距離のダイハン、ガルガー、エルガーが前列、サカマが中列だ。
そしてすぐに彼らは仕掛ける。
「お前のその白衣!」
「赤く染めてやるぜ!」
まずガルガーとエルガーが特攻を。
一見、無謀にも見えるが、残りのメンバーでの補助がそれを可能にするのだ。
「【麻痺付与:ボルトランス】!」
遠方からの電撃。
「キシ、【毒矢】くらえ!」
中陣からの弓。
そしてダイハンが敵の背後へ回り込もうとする。
魔、物、前、後あらゆる攻撃が混ぜられた――いつもの完璧な布陣だ、と彼らは思った。
「【変換】【逆行】」
だがその完璧な布陣も、彼が――キリシャが一言紡ぐだけで簡単に停止する。
「どういうことだ!?俺の電撃が消えた!?」
「俺の弓も毒が消えたっス!!」
ハカントの電撃、サカマの毒は弾けるように消え、
「足が!?」
「言うことを聞かない!?」
「ぐっ……!」
前陣三人の足はスローのように緩慢に。
「お前たちの魔法は解体され、魔力は逆に働いたんだ」
サカマが放った矢を躱しながら、何が起こっているのかわからない盗賊たちにキリシャは申し訳程度の説明をしてやる。そして、そのキリシャの両手には拳大の、石の円盤が握られており、それに彫られた幾何学模様が光を放っている。
「何をバカな!【ボルトランス】!」
バチィ!と空気を焼く雷鳴。
「【変換】」
雷鳴は弾け、空気に混ざる。
「どうしてだ!!」
「魔力の構造を変えたからだ。諦めろ」
その瞬間の不敵に笑うキリシャに、人間を超えたものを感じ、盗賊たちは身震いをしてしまう。
「……いや!アイツいま俺が放った矢までは防ぎきれてなかったでゲス!物理攻撃ならイケるはずでゲス!」
「物理攻撃?アイツらの仕事じゃねぇか!」
そう叫んだハカントの視線の先には今もノロノロと動く三人組が。
「魔力の効果を『逆行』させたからな」
キリシャはポケットの魔法陣を入れ替えながらそう説明してやった。
――これだけのヒントがあれば学ぶだろう。強化したはずが弱体化になっているのだからな。
だが、わかったところで対策されるのを待つキリシャでもない。
「さて、お前らは生贄になってもらおうか。リーフが私に心を開くためのな。【変換】【構築】」
「テンメェ!あの女は俺のだ!てめぇには渡さねぇ!!」
ハカントはお気に入りの玩具を奪われた子供のように激昂する。それをキリシャは、ふんと鼻で笑った。
「さぁ見ろ。私が完成させた竜の技。【擬似】竜の息吹!!」
キリシャが紡ぎだした言葉は放射状の赤黒い光となり、空間そのものを震わせ、灼いた。
『ぐわァァァァァ!!』
叫び声。そして暫しの轟音。
……後には、灼けてぶくぶくと泡を吐き出す地面だけが残っていた。
「……保って五秒か。やはり石ではダメだな」
そう呟いた彼の足元には、どろりとした赤い塊が地面を灼いていた。
「やはり、まだまだ竜には程遠い」
ふんっと不満気な声を漏らした後、彼は踵を返した。
彼が向かう先の――家の窓からは、リーフが涙を流して彼を見ていた。
「――ぁぁぁぁぁぁ!!」
さて、五人の盗賊たちは真っ逆さまに落ちていた。キリシャが放った技の熱が彼らに届く前に、衝撃波によって吹き飛ばされたからだ。だがそれで助かったわけではない。目下に、まさに目下に、死が迫っているのである。
「どうするんでゲスかお頭!このままだと落ちて死ぬでゲスよ!?」
「トマトみたいに」
「ベチャ!だな!」
「お頭!もうあれを使うしかないぜ!」
「あぁ、ダイハン!やってくれ!」
やってくれと言われたダイハンは、必死で魔力を練り上げる。
「【バブルバインド】!!」
そして、地面が数メートル先に迫ったところでそれは成った……。
その日、秘境周辺を警備に来たカウパティの騎士団によって、プカプカと浮いた泡に閉じ込められているS級の盗賊たちが逮捕された、というおかしなニュースが、王国中に広まった。
読んで下さり、ありがとうございます。
とりあえずここで一区切りですね。