表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
願い石  作者: まゆぽよ
4/5


 次の日の朝、清音は通学路で一緒になった正人に自分の出した結論の話をした。瑠璃子は今朝もあからさまに清音を無視して、もう先に走って行ってしまっていた。

「助けようと願おうとするのを…助ける?」正人は首をかしげた。「清音、昨日、何助けようとしたんだ?」正人には全く見当がつかなかった。

「るぅ」

「え?」

「るぅの左手治れって願ってあげても良いかな…って考えてた」清音は淡々と言った。

「え…けど、清音、るぅにあんなこと言ってたのに…なんで?」

「酷い事言ったし、悪かったなって思って」清音は目線を落としてぶっきらぼうに答えた。

「あ、そうだったのか…それを、僕がとめたから、石がうつってきた。そういう事か」

 正人は、左手に目をやった。

 ひどいな、僕。るぅがバレーできないようにとか清音が願うって…。

 正人は、唇を噛みしめた。

 清音は、正人の反応を待っていた。自分の出した結論を正人はどう思うのか。が、正人が黙ったままなので、しびれを切らして声をかけた。

「どう思う?」

「え、何が?」

「うつった理由。あってると思わない?」

「ああ…うん。あってるかもな。プリン願うのをとめるんじゃダメだったって事だよな」

 正人がそういうと、清音はうなずいた。

 あれ?プリンって言えば…すっかり忘れてたけど、昨日願ったプリン、手に入ってない。おかしいいな?るぅのデータからすると、昨日の夜には手に入ってて良いはずだけど…なんでだろう?しっかり光ったし。…もしかして、願いが叶う前に、石が正人にうつったから?…うん、考えられる理由ってそれしかない。

 清音がプリンの事を考えていると、正人が大きなあくびをした。

「何?寝不足?」今日なんかテストあったっけ?

「ん、まぁ」

 確かに正人は眠そうだった。そういう清音も遅くまで石がうつった理由を考えていたせいで、今朝は寝坊して、朝食抜きで飛び出してきていた。

「今日、テストなんて無かったよね?」清音は確認した。

「無いよ」正人は眠そうな顔で答えた。


「おい」教室に入って、席に着いた正人は、隣の席の瑠璃子に声をかけた。

 瑠璃子は不機嫌な顔を正人に向けた。正人は、左手を広げて瑠璃子の方へと突き出した。瑠璃子の視線は自然と正人の手にうつった。

「石、今、ここにある」正人が暗い声で言った。

 瑠璃子は目を見開いて正人を見た。「ほんとか?なんで?」

「なんでって…うつった」正人は口を一文字に結んだ。

「いつ、どうやって?」

「昨日、帰り。ほら、土手で会ったとき。あの直前」

 瑠璃子は一瞬口を開けてポカンとしたが、軽くうなずいた。

「で、清音の考えでは、『誰かを助けようと願おうとするのをとめると、とめた人に石がうつる』ってことらしい。石がうつった状況を聞いたけど、僕もきっとあってると思う」

「何?誰かを助けようと…?」瑠璃子は聞き返した。

「誰かを、助けようと、願おうと、するのを、とめると、とめた人に、石が、うつる」正人は小さな子どもに言うように、一言ずつゆっくりと繰り返した。

「ああ」瑠璃子は納得したかのようにうなずいた。

 確かに、あの時、病院の救急搬送のあの子を助けようとするのをさーやがとめた。で?

「正人へは?どうやってうつったんだ?」

「昨日…」正人が答えようとすると、担任の先生が入って来て話は途切れた。

 朝のホームルームが始まると、正人はすぐに睡魔に襲われた。眠気を抑えるのに精いっぱいな様子で、正人自身はなんとか意識を保っているつもりだったが、はたから見るとうたた寝しているようにしか見えなかった。ホームルームが終わると、正人は限界だとい言わんばかりに机につっぷした。

「おい、正人」すぐに瑠璃子が横からつついた。

 正人は、机につっぷしたまま、寝ぼけた顔を瑠璃子側に向けた。

「で、どうやってうつったんだよ?」瑠璃子は眠そうな正人の様子などお構いなしに聞いた。

「あ…清音に聞け…眠い」正人は顔を机に埋めた。

 瑠璃子はチラッと清音の方を見たが、もう一度正人をつついた。「おい、正人、教えろ」

 正人は迷惑そうな寝ぼけた顔を瑠璃子側に向けた。「清音がおまえを助けようとしたのを…とめた」正人はボソボソとそれだけ言うと顔を戻した。

「へっ?」あたしを助ける?って何だ?死にかけてなんてないけど?「おい」瑠璃子はまた正人をつついた。が、正人は顔を向けなかった。「おい、正人」瑠璃子は正人の肩を揺らしたが、反応はなかった。死んだように寝ているのか、もう話す気がないのか。さすがに瑠璃子も諦め、またチラッと清音を見たが、聞きに行く気にはなれなかった。

 正人は普段は授業はしっかりきっちり聞いているのに、よほど眠いらしく、授業中も半ばうたた寝状態で(本人的には、かなり睡魔と闘っているんだろうなと言う感じではあったが)、休み時間に入ってあわててノートをとったり、机につっぷして寝たり、と、ずっとそんな調子だった。

 くそっ、正人、役立たず。

 瑠璃子は、横で寝ている正人を横目でにらんで舌打ちをした。

 さーやがあたしを助けるってなんだ?そもそも、昨日、あんな言い方したくせにさ、助けるって、何がどうなったらそうなるんだよ。知りたいけど、さーやに聞く気になんてなれないしなぁ…ああ、もう、イライライするな。

 瑠璃子は両手で頭をかきむしった。

 「いてっ」昨日痛めた左手に痛みが走った。「くそっ」ホントにイライラする。


 瑠璃子がやっと正人と話ができたのは昼休みになってからだった。

「え?」正人から、石がうつった理由を聞くと、瑠璃子は自分の左手首を見た。「嘘だろ?」さーやが、あたしがバレーできるように手首治れって願おうとしただって?

「ほんとだろ」

「けどさ…昨日のさーや、あんなこと言って…言い方してて、あたしの事助けようとか思えるのか?」

 瑠璃子は清音の方にチラッと目をやった。

「じゃ、なんで石がうつった?仮にお前を助けようとしたってのが清音の嘘だったとして、そんな嘘を基ににして、わざわざ石がうつった理由、考えるか?」

「そうだな…」確かに、さーやはそんな無駄なことはしない気がする。

「それはそうと、ノート貸してくれ」正人は右手を差し出した。

「は?」

「今日の午前の授業の。全部」正人自身は眠いながらもノートをとっているつもりだったが、後で見てみると、ミミズのはっているような、字として判別できないものになっていた。

「貸すのは良いけど、まともに書いてないけど?」瑠璃子は悪びれずに言った。

「え…」正人は出していた手を力なく引っ込めた。「おまえ。そんなだから、あんなひどい点数とるんだ…」正人はボソボソと例の理科のテストの事を口にした。

「あそーかよ。ひどくて悪かったな。さーやに借りろよ。きっときっちりノートとってるって」

「……イヤだ。清音には借りたくない」正人は口を真っ直ぐに結んだ。

 あれ?本当にさーやの事、ライバル視してんのか?違うと思ったんだけどな?

 瑠璃子は正人を横目で見て頭をひねった。


 放課後、瑠璃子が清音の席までやってきてぶっきらぼうに声をかけた。「さーや」

 清音は座ったまま、無表情に顔をあげた。

「あのさ…正人に聞いた。ほんとか?…その…この手、治そうとしてくれたって」瑠璃子は午後中、ずっとこの事を考えていた。

「別に信じなくて良いけど」清音は、目を伏せた。

「…なんで、そんな言い方するんだよ」瑠璃子は口を尖らせ、イラッとした表情になった。

 清音はしばらくうつむいていたが、泣きそうな顔で瑠璃子を見上げて言った。

「ごめん」

 瑠璃子は清音の様子に驚いて無言で立ちつくした。

「昨日のも…ごめん」清音は酷い事を言った自分を思い出し、少し唇を噛みしめた。目から勝手に涙がにじみ出て、隠すようにうつむき、慌てて手で拭った。

 私、なんで泣いてるんだろう、なんで?

 瑠璃子は、しばらく口を結んだまま清音の様子を見ていた。そして、口を開いてぶっきらぼうに言った。

「何、泣いてんだよ」

「わかんない」清音はポツリと答えた。

 瑠璃子は何か考えている風に清音の様子を見つめていたが、心を決めたように声のトーンを上げてはっきりと言った。

「手、治そうとしてくれて、ありがと」瑠璃子は少し口の端をあげた。

 清音はうつむいたまま、首を横に振った。

 少し離れて2人の様子をうかがっていた正人がホッとした表情でフーッと息を吐いた。

「さーやってさ、天邪鬼(あまのじゃく)ってやつ?」瑠璃子は少しニヤけていた。

「まぁ…るぅみたいにストレートじゃない」清音は、はにかんだような笑顔を向けた。少し泣き痕が残っている。

「なんだよそれ。そういう言い方が素直じゃないっての。だから、本マッチョに冷たい目とか言われるんだよ」瑠璃子はいつものふざけた口調になっていた。

「かもね」清音は口の端をあげた。

 冷たい目だろうが何だろうがそんなことどうでも良い。るぅと仲直りできたのが嬉しい。るぅと一緒に行動して、色々考えて…るぅと一緒だから楽しかったんだ…。そうか、私、るぅの事好きなんだ。仲良くしていたかったんだ。

 清音は一気に心が軽くなった気がしていた。

「おい、そろそろ、石の事考えないか」正人がまだ眠そうな、疲れた顔で口をはさんだ。

 2人は正人を見た。

「なぁ、正人。その前に、あたしの左手治るように願ってみないか?」瑠璃子は本気で言ってるのか、ふざけて言ってるのかわからない感じで言った。

「するか!左手痛めるのわかってて、なんでおまえの為にわざわざそんなこと」

「あ…代償か…忘れてた」瑠璃子は清音を見た。

 さーや、代償あるのわかってたよな?なのに、願おうとしてくれたのか…やっぱり素直じゃないな。

 瑠璃子は口の端をあげた。

「石、誰かにうつす事なら、うまくやれば出来そうだけど」清音がいつもの冷静口調で口をはさんだ。

「へ…」正人は清音を見た。誰かにうつして終わりというのは『正しい人と書いて正人君』としては納得できない解決策に思えたに違いない。少し非難するような雰囲気が見てとれた。

「そうだ!」瑠璃子が大きな声を出した。「石うつして、他の人へうつす方法もちゃんと教えてやれば良いんじゃないか?『青い石、みんなで回せば怖くない!』みたいなさ」瑠璃子はふざけ口調で続けた。「そうだ、本マッチョにうつそう!信じてくれなかったしさ。さすがに石見たら信じるしかないだろ?」

「ああ、良いかも」清音も同意した。「からかったって思われたままも嫌だし。信じなくて悪かったってあやまってくれるかな?」清目は目を細めて口の端をあげた。

「あやまらぬなら、あやまらせてみせようホトトギス!」瑠璃子が更にふざけ出した。「あ、そうだ!石うつす方法教えて欲しければ、こないだの床マットAにしろ!って脅せるな」瑠璃子は嬉しそうだった。

「るぅ、悪知恵働くね」清音はプッと吹きだした。

「これ名案だ!イヒヒッ」瑠璃子は意地悪そうに笑った。

「おい、おまえら…」正人はとがめるような声をあげたが、浮かれてふざけている2人は聞いていない。

「本マッチョが戻ってくるまで、正人それ持っててよ。いつ戻ってくるのか知らないけど」清音もすっかり悪乗りしていた。正人を見もせずにふざけてそう言った。

「ぉ、なんかまるくおさまったっぽい?んじゃ、帰ろっか」瑠璃子がニタッと笑った。

 バンッ!「おさまってるわけないだろ!」正人が突然、机を思いっきり叩きながら声を荒げた。

 2人は驚いて正人を見た。顔を紅くして怒りを溜めた表情をしている。2人ともこんな正人は見たことが無かった。

「なんなんだよ…おまえら、勝手に喧嘩して、仲直りして。人が気使ってずっと我慢してるってのに…何浮かれてるんだよ!人の気も知らないで…おまえら石から解放されたから良いかもしれないけどな、石うつってきて喜んでるとでも思うのか!平気だとでも思うのか!少しは人の気持ちも考えろ!昨日なんて全然眠れなかった…泣きたい気分だ!これ、どうするんだよ!人に回せ?持っとけ?ふざけんな!」正人は本当に疲れてくしゃくしゃな泣きそうな顔で怒っていた。というか、完全に爆発していた。

 2人とも見たこともない正人の様子に驚いて、ただ、唖然として正人を見ていた。見る間に、怒りに震えた正人の目から涙が溢れだして来た。

「ぅぅ…おまえら、ホントに最低だな!おまえらなんか…おまえらなんか、死んじまえ!」正人は泣きながらそう叫んだ。

「うわっ」正人は何かにビクついて、少しよろけながら、自分の左手を見た。

 まさか…

 瑠璃子と清音が問い詰めるような目で正人を見た。

 正人は、涙にぬれた情けない顔で2人を見て、唇を震わせながらつぶやいた。

「ブーンって…光った」


「なんであんなこと言ったんだよ!バカ!」瑠璃子が正人に向かって叫んだ。あの後、教室でなんとかしようと考えていたが、結局良い案はみつからず、あっと言う間に放課後が終わって、今、3人は土手の道を歩いていた。

「だって、光るなんて、こんなことになるなんて…」正人が情けない顔つきで言い訳した。

「だってもクソもあるかっての!ちょっとふざけてただけだろうが、真にうけんなよ!」瑠璃子が更に追い討ちをかけるように叫んだ。

「今、そんな事言い合っても仕方ないから!」今度は清音が叫んだ。

 これ、さっき、石が光った後、一通り教室で交わしたやりとりのリプレイだ…。浮かれてふざけてたけど、正人に無神経な事言ってしまった……自分の事ばっかり考えて、石を手にした正人の気持ちを全く考えてなかった。私に石がうつってきた時、浮かれたるぅを見てイラッとしたのに、あんなに憂鬱だったのに、一人で抱え込むのはつらいと思ったくせに、石を持った時の気持ちをわかってたはずなのに、正人が協力するって言ってくれて有難かったのに…本当に自分の事ばかり考えてた。るぅと仲直りできてうれしくて…悪ふざけして……正人が怒ったのは当然だ…。

「大体、るぅ、あんたの本マッチョの時だって、さっきの正人のと同じようなもんだったじゃない。それでも責められんの?」清音はさとすように瑠璃子に言った。

 瑠璃子は、清音の言葉に無言になって、不満顔のままそっぽを向いた。

 でも、そもそも死ぬって何?あの世に行くって事?雑誌に書いてるみたいにお迎えが来て…っての?それって、ダメ?

 清音がそんな事を考えていると、不安気な顔付きの正人が声をかけた。

「清音、何考えてる?」

「え、あー…死んだらダメかな?…って」

「はぁ?」るぅがひっくり返ったような声を上げた。

「ダメだろ。ダメに決まってる」正人が当たり前だと言わんばかりに即答した。

 ダメかな…?

清音は首を傾げて、尋ねるようにるぅを見た。

「え…あたしバレーやりたいし。死にたくない。絶対」瑠璃子はきっぱりとそう言ってうなずいた。

「あー…うん、そう」

 そうか、るぅはやりたい事がある…私は?別にやりたい事ってある?無いよね?だったら死んでも別に構わない…?

 清音がそんな事を考えていると、突然、正人が清音の腕を両手でつかんで力いっぱい引っ張った。清音はバランスを崩し後ろへ倒れそうになり、とっさにすがるように瑠璃子の腕をつかんだ。が、清音と一緒に瑠璃子も芋づる式に正人の方へひっぱられた。3人とも勢い余ってそのまま後ろに倒れ、膝丈程の雑草の生い茂る土手を、団子になって数メートル転がり落ちた。

「いてっ、何す…」瑠璃子が一番に体を起こし、文句を言おうとしたが、十メートル程先の所を、車が土手を回転して落ちていく光景に言葉を失った。

 近くにいた数名の人たちが唖然としている。立ち尽くしている人、携帯で救急車を呼んでいるらしき人、みんな車の方に目がいき、正人たち3人が転がり落ちたのに気付いた人は居なかった。

「大丈夫か?」正人が四つん這いのまま這って行き、まだ立てずにいた清音に声をかけた。

「大丈夫…多分…」清音は体を起こした。

 正人は少しホッとした顔をして、河原で逆さまになって止まった車に目をやった。「あの車…真っ直ぐ突っ込んで来た。お前ら見てなかったと思うけど…」その声はかすかに震えていた。正人は車が突っ込んで来た時の事を思い出したのか、血の気が引いたような顔つきになっている。

 3人はとりあえず、雑草をかき分けて土手の道に戻った。3人は草まみれだった。

「あっ」瑠璃子がカバンをはたきながら、小さく声を漏らした。

「何?」清音が声をかけると、瑠璃子がカバンを見せた。正人も覗きこんだ。

 カバンにはナナメに一本何かがかすってついたような跡がくっきりとついていた。

 3人は顔を見あわせた。

 清音は逆さまになっている車の方へ目を向けた。

「あの車がかすったって事…よね?…ギリギリだったんだ…引っ張られなかったら…」清音は言わなくてもわかってるけどと思いつつ、口に出さずにはいられなかった。

 怖い、嫌だ…何だかわからないけど、やっぱりダメ、嫌、何とかしなきゃ…冷静に、冷静に、考えなきゃ…

「本マッチョ、1回は避けたんだよね…」清音はそう言って生つばを飲み込んだ。

 棒立ちになっていた瑠璃子が目だけ清音に向けてうなずいた。

 次が来る。いつ来る?本マッチョの場合は次の日だった、けど、今回もそうだとは限らない。それに、今回は、残念な事に『居なくなれ』じゃなくて『死んじまえ』だ。『おまえらなんて死んじまえ』今のからして、るぅと私、2人とも狙われてるのは確かっぽい。

「け、警察行こう!」正人がうわずった声で叫んだ。

「まず…信じてくれないだろうし…説明してる間に…死ぬかも」清音の声もつまっていた。

 冷静に…冷静に…考えろ、どうしたらよい?何か方法は?

 正人は思いつめた表情で自分の左手をじっとみつめていた。

 僕が石に2人を助けてと願えば助かる?けど、代償は?僕の命?

「くそっ、願い叶えるのはプリンだけにしろよ……」正人が自分の左手を強く握りしめながら、悔しそうに呟いた。

 プリン…プリン?清音は考え込んだ。そうだ、プリンだ!私はプリン貰ってない!

 救急車がけたたましいサイレンとともに到着し、3人とも反射的にそちらを見た。隊員が走り出てきて転げ落ちた車の中から人を引きずり出すのが見えた。ぐったりとした様子だ。

「じゃんけん!」突然、清音がじゃんけんの構えをとりながら、瑠璃子にむかって叫んだ。

 瑠璃子は突然の大きな声にビクッと反応して清音を見た。

 清音はそのまま続けた。「ぽんっ!」

 瑠璃子は何のことかわからないまま、反射的にパーを出した。清音はチョキだ。

「さーや、何だよ?」

「るぅの負け!正人、あの人、助けようと願おうとして!」清音はそう叫び、車から運び出されている人を指差した。「で、るぅは、正人を止めて!」清音は叫び続けている。

 瑠璃子も正人も、突然叫びだした清音を前にキョトンとしていた。2人ともこんな清音を見るのは初めてだ。こんな、感情むき出しで叫んでいる清音を見るのは。

「早く!これしかないの!」清音が必死の形相で叫んだ。

 正人は清音の迫力に負けたようにうなずき、石のある手を握りしめて目を閉じた。

「るぅ、正人を止めて!」それは、絶叫に近かった。

「正人、やめろ!」瑠璃子も清音の勢いにのまれて、言われるまま訳もわからずに叫んだ。

 一瞬の沈黙の後、正人と瑠璃子は2人揃って答えを求めるように清音を見た。と、同時に瑠璃子は左手に違和感を感じ、手に目をやると叫んだ。「ぅわー!」

「石、うつった?」そう言った清音の肩はついさっきまで走っていたかのように上下に揺れていた。

 正人が自分の左手を見て、あっと小さく声をもらした。

「何なんだよーせっかく解放されたと思ってたのに!」瑠璃子が叫びながら、恨みがましい顔を清音に向けた。

 清音はホッとした表情を見せて一息ついた。「だって、死にたくないでしょ?これしか思いつかなかった」清音はいつもの冷静な声に戻っていた。

「へ?どういうことだよ?」瑠璃子は頭をひねった。

「石が他の誰かにうつれば、その前の願いは実行されない…のか?」正人はピンときて、確認するように聞いた。

 清音はうなずいた。「私、昨日願ったプリン貰って無い。貰う前に正人に石がうつったからじゃないかなって思ってたんだけど。だとすれば、これで大丈夫なはず。って思わない?」

「…思う。な」少し考えて、正人が同意した。

「けど、なんであたしなんだよ!さーやでも良かったんじゃないか!」瑠璃子は納得いかないという風にくってかかった。

「じゃんけん、負けたでしょ」

「あ…」瑠璃子は一気にしぼんだようになった。「じゃんけん、する前に言えよな…」

「一刻を争う事態だった。次がいつ来るかなんてわからない。でしょ?」清音は瑠璃子のカバンを顎で示した。

 瑠璃子はさっきついた自分のカバンの傷を見て言葉にならない声をもらした。

「けど…」瑠璃子は手にあるだろう青い石をみつめ、大きな溜め息をついた。

「また、一緒に方法考えるからさ。それに、とりあえず、誰かにうつすことはできるってわかってるし」清音は励ますように瑠璃子の肩をポンッと叩いた。

 瑠璃子は暗い顔で清音を見た。

「まぁ、また明日…とにかく今日は休みたい」清音は本当に疲れ切っていた。

 それは瑠璃子も正人も同じだった。


 清音は家へ帰るとお風呂がわりにシャワーを浴びた。手早く夕飯を食べ終えると、とっとと2階の自分の部屋へあがって行こうとした。

「ああ、そうだ、清音、昨日言うの忘れてたんだけど、招福堂のプリンあるよ」母親が冷蔵庫からプリンを出しつつ清音に声をかけた。が、清音は気づかずにそのままあがって行ってしまった。

「もう。まぁ、明日でも大丈夫でしょ。今朝は今朝で飛び出していって…なんだかすごく疲れてるみたいだし…なんなのかしらね」母親は手にしたプリンを見ながら、そう独り言を言いつつ、プリンを冷蔵庫に戻した。


 色々あった一日だったな…。るぅと仲直りして、石に殺されかけて、なんとか逃れる方法を思いついて…。

 昨日寝不足なのもあって、清音はとにかく早く眠りたかった。清音はいつもより随分早くベットに入ると、グダッと落ちていくように眠りについた。

 清音は、朝方、目覚ましが鳴るでもなく、ふと目を覚ました。

 何時だろう?

 清音が目覚まし時計を見るため、右側に寝返りをうった途端、頭のすぐ後ろでガシャン、ボスッと大きな音がした。清音は驚いて体を起こした。見ると、さっきまで頭があった所に、壁にかけていた額が落ちてきていた。落ちた額を少し持ち上げてみるとガラスが割れていた。

 ただの偶然?よね?だって、石はるぅにうつったんだし…正人の願いは消えたはず…。

 清音はそう思いつつも、少し不安になっていた。まだ起きるには早い時間だったが、手早く着替えて階下へ降りていった。

「あら、清音、おはよう、今朝はえらく早いのね。さっき何か音がしたけど?」台所に居た母親が清音に声をかけた。

「額が落ちてきた」清音は抑揚なく答えた。

「えっ?大丈夫…みたいね」母親は一瞬ギョッとした表情をしたが、清音の様子を確認して安心したようだ。

「うん。全然大丈夫」けど、目が覚めるのがもう少し遅かったら…?

「そうそう、招福堂のプリンあるのよ」母親が笑顔で言った。

「え?プリン…」清音は嫌な予感がした。「それ、いつからある?」

「え?ああ…一昨日だけど、今食べれば大丈夫よ」母親は一瞬痛いところをつかれたような顔をして、誤魔化すように笑った。

 清音は愕然とした。

 違う、偶然じゃない。私が願ったプリンだ。願いは叶ってたんだ。石の持ち主がかわっても願いは消えないってことだ!じゃあ…るぅも危ない…私はまた間一髪避けられた…けど、るぅは?

「学校行ってくる」清音はそういうと、家を飛び出した。

「え?ごはんは?プリンは?まだ早いでしょ?」と言い終える頃には、もう清音の姿はなくなっていた。

「古いから食べたくないのかしら、全く、贅沢なんだから」母親はブツブツとつぶやいた。


 清音の家から瑠璃子の家まではほんの数ブロック。普通に歩いても一、二分程で着く。清音は走った。

 るぅ、生きてて!お願い、無事でいて!私はさっき避けた。次が来るとしても少しは間があるはず。けど、るぅは?

 また襲われるに違いない恐怖よりも、今は瑠璃子の無事を願う気持ちの方が強かった。

 ほんの一分足らずの事なのに、清音にはとても長く感じられた。瑠璃子の家に着き瑠璃子を呼び出すと、瑠璃子はパン片手に玄関に出てきた。清音は息を切らせながら瑠璃子の両腕を強く握って瑠璃子をみつめた。

 るぅ、生きてた…。「よかった」清音はそうつぶやきながら手を離し、息を整えた。

「ど、どうしたんだよ?」瑠璃子は清音の普通ではない様子に面食らっていた。

「プリン、あったの。持ち主がかわっても願いは消えない。私…さっき二度目があった」清音は深刻な表情で訴えた。

 瑠璃子はあやうく持っていたパンを落としかけた。「あたし、なんも無いけど…ほんとか?」

 清音は血の気の引いたような顔つきでうなずいた。

「とにかく…カバンとってくる」瑠璃子は一旦家の中へ戻り、すぐにカバンを持って出てきた。清音が先に門を出たが、カバンが門の取っ手にひっかかった。

「さーや、カバン。これあたしもよくひっかけるんだよな」瑠璃子がそう言って呼び止めつつ、清音のカバンを取っ手から外そうとした。清音は瑠璃子の声に立ち止まり、振り返った。

 次の瞬間、車がすごいスピードで、清音にかすりそうなギリギリの所を通りぬけた。清音と瑠璃子は目を見開いて、通り抜けた車を目で追いつつ、立ち尽くした。

「い、今のも…そう…よね?三度目?……私だけ?狙われてる?」清音は震える唇で半ばつぶやくように言った。

 瑠璃子は、見開いた目を清音に向けるだけで、何も言えなかった。

 私だけだ。るぅは狙われてない。私だけ狙われてる。しかも思ったより次が早い…。

 清音の体が小さく震えだした。瑠璃子は清音が震えてる事に気づき、清音の腕を強く握った。が、やはり何も言えなかった。

 落ち着け、私!どうして?るぅと私の違いは何?

 理由を考えているうちに、清音の体の震えは止まっていた。

 ……石だ。石を持ってるかどうか。そうか、わかった。

「石…」清音が口を開いた。

「え?」瑠璃子は清音の腕を握っていた手を放した。

「石の持ち主は保護されるんだ。持ち主殺しちゃったら自分…石もアウトだから」そうだ。きっとるぅが狙われない理由はこれだ、これしかない。

 瑠璃子が左手を見た。「じゃあ、もう一回、これ、さーやにうつせば…」

 そうか、石を持ってる人が保護されるなら…確かに私は保護される。けど、るぅはどうなる?石の持ち主でなくなったら?…また狙われる…持ち主が変わっても願いが消えないんならそうなる。

「…きっと、今度はるぅが狙われる」清音は瑠璃子をまっすぐに見て真顔で言った。

 瑠璃子は深刻な表情で無言で見つめ返した。

「どっちかが死ぬしかないってこと」清音はきっぱりそう言いきると、瑠璃子から目を逸らして、学校への道を歩き出した。瑠璃子も後に続いた。

 学校行ってどうするんだろう…でも、家に隠れてたって方法はいくらでもあるに違いない。どこに居てもきっと同じ…。私にうつせばるぅが狙われるし、他の誰かにうつしたって、2人とも狙われるだけ。石に助けてって願えば、きっと代償は願った人の命。どうしたって、誰かが死ななくちゃならない。もう解決策も思いつかない。

 そんな事を考えて歩いているうち、清音の中に、どこか諦めたような気持ちが芽生えていた。

 まだ、通学時間には早く、歩いている生徒はほとんど居なかった。2人は無言のまま歩き、無意識でいつもの河原への道へ降りていた。河原を歩いていると突然瑠璃子が立ち止まった。清音も立ち止まって瑠璃子に目をやった。

「石、さーやにうつそう」瑠璃子は左手をギュッと握りしめた。瑠璃子は歩きながらずっとこの事を考えていた。

 清音は驚いた顔で瑠璃子を見た。「るぅ、あんたって、すごいね」

「へっ?何が?」

 私がるぅの立場だったら、言えたかな…。「もういいよ」そう言って、清音は目を伏せた。清音はいつもにも増して冷静に見えた。実際、清音は何故だか落ち着いていた。

「でも、ごめん。さーや、もとはと言えば…あたしが巻き込まなかったら、こんなことにならなかった」瑠璃子は悲壮な顔つきをしている。

 私も最初はそう思ったけど、「るぅ、もういいって。バレーやりたいようね。私やりたいこと別にないから」それに、るぅが死ぬのなんて見たくないし…。

「そんな……それに、昨日、あたしがじゃんけん勝ってたら、立場逆だった」

「ああ、あれね…気にする必要ない。あんた慌てたらパー出すのわかっててじゃんけんしたから」

「へ?」

「るぅ、昔そうだったから。やっぱり未だにそうだった」清音はフッと小さく笑った。

「あ…」瑠璃子は慌てるとパーを出す癖があり、小学校の頃、バカはパーを出すと良くかわかわれていたのだ。

「打算があった。だから、きっとバチが当たった」ああ、そうかもしれない。「だから、気にしなくて良いって」清音は瑠璃子を見て口の端をあげた。

「そんな…諦めたみたいに言うなよ!」瑠璃子はたまらなくなって叫んだ。

「んー、でも、もう策がない。どうしようもない」清音はさっぱりとした顔をしていた。

「さーや、やっぱり石、うつそう」瑠璃子は唇を噛みしめた。

「だから、そんな事したら…」

「やってみなきゃわからないじゃないか!」瑠璃子は清音の言葉をさえぎるように叫んだ。

 清音は瑠璃子を見つめて、小さく首を横に振った。

 なんか、死ぬかもしれないってのに、わりと冷静で居られるもんなんだ。昨日車を見た時は怖いって思ったけど、実感がわかないだけかなぁ……。

 瑠璃子は左手をみつめた。

「願っちゃ…代償があるから」清音は瑠璃子の思いを察し、あやうく止めそうになったが、言い方を変えて釘をさした。

 やばいやばい、止めたら石がうつっちゃう。

 瑠璃子は唇を噛みしめ、憎しみのこもった目で自分の左手を睨みつけた。

 瑠璃子は突然、そばに落ちていた石ころを拾いあげ、自分の左手のひらに思いっきり打ち付けた。

「いってー」

 清音は何が起こったのか想像できた。瑠璃子は拾った石ころを青い石に打ちつけようとした。でも、石ころは青い石を通り抜け、瑠璃子は自分の手を打ち付けてしまった。しかも痛めてる左手。

 清音は何も言わず、ただ瑠璃子の様子を見ていた。

「くそっ!」瑠璃子は石ころを投げ捨てると、突然、清音をすっぽりとくるむように抱きしめた。

「な、何?るぅ」

「あたしが守ってやる。あたしは殺さないんだろ?だったら、こうやってあたしがくるんでれば、きっとさーやも殺せない」瑠璃子は唇を噛みしめた。

「んーどうだろう…」車は突っ込んで来なさそうだけど、方法は他にも色々ありそうだけどなぁ…。でも、まぁ、気休めってわかっててもなんか少し安心かな。

「ずっとこうしてるから。一生」瑠璃子は清音を抱きしめる腕に力を込めた。

「それ無理だし」清音はフッと笑った。

 しばらくすると、瑠璃子にくるまれたまま、清音が話し始めた。

「るぅ、その石、一生手放さないように気をつけなきゃね」

「えっ?」

「石が誰か他の人にうつったら。きっとるぅも死ぬことになる。私の推測が正しくて、願いが叶うのに時効が無いなら。だけど」

「ああ……そうか、石の持ち主でなくなったら狙われるのか…。これと一生付き合わなきゃならないってことか…結局…」

「それと、人が死んだ代償が何になるのかわからないけど、正人に気にするなって言ってやって。って言っても無理かもしれないけど、とにかく私は恨んで無いからって伝えて。正人の気持ち考えてなかった私も悪かったと思ってるって。…力、なってやりなよ。他に誰もこんな話信じないだろうし…なんか、一番かわいそうなの、正人な気がしてきた」

「そんな、最期みたいなこと言うなよ…」瑠璃子が弱々しく言った。

「ん…けど、もうのがれる方法思いつかないし。時間の問題」けど、どっちが良いんだか…って気がするな…石と一生つきあわなきゃならないるぅ。代償が何なのかにもよるけど、私を死なせてしまったと負い目を背負わなきゃならない正人。石に殺される私。うん。この3人の中だと、私が一番マシだとすら思えてくる。だから、こんな冷静で居られるのかな?もういいや。こうやってるぅにくるまれてると、なんか気持ち良いし。このまま、何も考えずに最期待ってるのも悪くない。

 清音は目を閉じて、肩の力を抜いた。

「ある!」瑠璃子が突然大きな声を出した。清音はビクッとして目を開けた。瑠璃子はガバッと顔を離して、清音をじっとみつめて力強く断言した。「きっと方法、ある。さーやならきっと思いつく!」

「え…けど、るぅ」清音は困惑したような顔つきになった。

「けども何もない!諦めんな!こうやって守ってる間に考えろよ!」瑠璃子は更に力強く言い放つと、もう一度清音をすっぽりとくるんだ。

 確かに、諦めたらそこで終わりだけど。諦めなかったら?どっちみち同じかもしれない。けど、ほんの少しでも可能性があるなら、最後まであがいてみても良いのかもしれない。ううん、あがくべきだ。るぅの言う通りだ。それに、もし生き残れたら、また一緒に石のこと考えてあげられる。正人もかわいそうな事にならずに済む。

「わかった。考える。るぅ、守ってて」清音はそう断言すると、不思議と自分の中から何か力が湧いてくるような気がした。

「うん、任せとけ!」瑠璃子は腕にギュッと力を込めた。清音は瑠璃子がニッと笑ったような気がした。

 そういえば、正人の代償ってなんだろう?…正人も死ぬ?あれ??何か変?・・・るぅが救急車のあの子を助けてたら?代償は?るぅの命。るぅが死ぬ。って思ったけど…人を助けようとしたのと、殺そうとしたのと、代償が同じ?・・・そんなの絶対おかしい。どっちがどっち?・・・『死ぬ事を願ったら死ぬ』が正しい。うん。絶対そう。じゃあ、助ける事を願ったら?・・・助かる?・・え?

「るぅ!…清音?」近くで正人の声がした。

 2人は一瞬正人の方に目をやり、気まずそうに目を伏せた。

 正人はずっと走ってきたらしく、息が荒い。

「おまえら、何やって…」清音を抱きしめてる瑠璃子を見て、正人は不審そうに聞いた。

「おまえこそ」瑠璃子は少し正人の方へ顔を向けた。

「僕は…やっぱり心配だったからさ、おまえ達んちに行ったら、2人とも早くに出たって言われて、探してた。どう…なってる?」正人は不安そうに尋ねた。

「あたしは大丈夫だけど…さーやだけ、まだ狙われてる」

 正人は絶望的な表情をした。「なんでだよ…石うつったら願い消えるんじゃ…」

「消えなかったらしい。あたしは石の持ち主だから狙われないんだってさ」瑠璃子は辛そうに言った。「だから…守ってる」瑠璃子は清音の頭に顔を埋めた。

 正人は、しばらく呆然と立ち尽くしていたが、突然、瑠璃子ごと清音を抱きしめた。

「なに?」瑠璃子は驚いた声を漏らした。

「僕も、守る…ごめん…僕……ごめん」正人の声はつまっていた。

「こんなことになるんなら、こんな思いするくらいなら、死んだ方がましだ。やっぱりあの時願っておけば良かった…清音を助けてって…」正人は鼻をすすりながら独り言のようにつぶやいた。

「正人、私、諦めてないから」清音の落ち着いてはいるが、力のこもった声がした。

「え」正人の腕が少し緩んだ。

「今、方法考えてる」清音の声に、更に力がこもった。

「そうさ、さーやもあたしも諦めてない」瑠璃子が力強い声で言った。「だから正人、おまえも諦めんな!」

「あ……わかった」正人は小さくうなずいた。「僕も諦めない。僕も考える」正人は口をギュッと結んで、抱きしめる腕にもギュッと力を込めた。

 瑠璃子はうなずき、清音を守る腕に更に力を込めた。

「ちょっ、正人、さーやが何かもがいてる」突然、瑠璃子が焦ったような声をあげた。

「へっ?」2人はあわてて清音から少し離れた。

「大丈夫か?」正人が心配顔で尋ねる。瑠璃子も心配そうに覗き込んでいる。

「はっ……ふぅー、もう、しめすぎ!窒息死するっての!」清音は大きく息を吸って、赤い顔で元気に言った。

「はぁ、びっくりした。心臓発作でもおこしたかと思った」正人は安堵の表情を浮かべた。

 心臓発作…そういう手もあるか…。やっぱり避けようないな……。

 そんな事を思いながら、清音が顔を上げると、ほっとした顔で自分をみつめる瑠璃子と正人の顔の間から、白い物体が自分目がけて飛んで来るのが目に映った。

「へ……」

 清音が一瞬目を見開いたかと思うと、ゴンッと鈍い音がして、清音はその場に倒れ込んだ。

「さーやっ!?」瑠璃子が悲鳴のような声をあげて、清音のそばに屈みこんだ。

 正人は蒼白な顔で立ち尽くした。が、すぐに口を開いた。

「ぼ、僕、僕、救急車呼んで来る…上、人通ってるはず…」そう言いながら、正人は急な斜面になっている雑草だらけの土手を、何度かつまづきながら駆けあがって行った。

 頭、痛い…

 清音は遠くなる意識の中、目の前の、真横になった地面に転がっている白い球を目にした。

 ゴルフボールだ……嘘でしょ…居たんだ…こんな所で練習するバカ…あ、それに今まだ通学時間前だ…見回りもない…しまったな…ゴルフボールが当たって死ぬの?なんか、すごくかっこ悪い気がする…けど、これでこんな所で練習するバカ居なくなるかな…そう考えるとちょっとは意味のある死になるのかなぁ……

「さーや、今、救急車呼んでるからな!」

 清音には必死に叫ぶ瑠璃子の声が遠くの方でかすかに聞こえる気がした。突然、白い光が視界に広がった。

 ぁぁ、白い光に包まれてる…気持ち良い…これって、もしかして、あの世?私、死んだのかな…なんか声が聞こえる、なんだろうこの声、男の人?女の人?きれいな声…何か言ってる…これがお迎えってやつなのかな……

 るぅ、正人、ごめん。解決策、間に合わなかったみたい……




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ