表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

校長先生のお話

 僕らは体育館に集められた。

 夏休み前の終業式だ。

 外では「じーじーじーじじじじじじじー」と蝉がやかましく鳴いている。

 体育館にはクーラーなんかなく、額から、胸から、腕からと、身体中から汗が吹き出してくる。

 もうシャツはびしょびしょで、腰のあたりに汗がたまって、汗疹がちくちくする。

 さっさとこんなところから抜け出して、シャワーを浴びたい。

 それで、夏休みを満喫するんだ。

 中学最初の夏休み。新しい友達もできたし。

 特に、僕の隣に立っている西崎くんとは趣味がよく合う。

 コミケに行く約束もしている。


 壇上に、グレーのスーツを着た人が上った。

 小太りで、背が小さく、禿げ上がった頭がきらきらと光っている。


「私は、新しくこの海山中学に赴任した校長の古川といいます。前の校長はといいますと、大病を患ったとかで、退職されたんですね。私は校長職は初めてで、そこにいる一年生のみなさんとおんなじですね」


 その新しく来た校長先生が僕ら一年生のほうを見る。

 思わず目が合った。

 校長先生は、にやにやと笑いかけてきた。


「こんなふうに自己紹介しても、夏休み前ですからね、皆さん忘れてしまうかもしれないですけどね。まあまあ、生徒さんは校長なんてあんまり気にしなくていいんですよね。私も中学校の頃の校長の名前なんて覚えてないですしね。だから、忘れてしまってもかまわないんですよね。私の名前なんてみなさんにとって意味のないことですからね。それよりも方程式のひとつでも覚えたほうがいいですからね。まあ、勉強を覚えるっていうのも、意味があるとは限らないかもしれないですけどね」


 その新しく来た校長先生は、相当な早口でわーっとしゃべった。

 暑さのせいもあるかもしれないけど、新しい校長先生の話を聞いていると頭がくらくらしてきた。


「みなさん夏休みにこれから入るということで、最後にちょっとだけお話させていただこうかな、と。ええとですね、みなさんは玉石混淆とか言われますかね? 言われたことある? 前の校長に? ひどいですねえ。まあ、病気になった人をあんまり悪く言うのはよくないですね。私はですね。みなさんが『玉』だと思いますね。不必要な人間なんていない、そう思いますよ。『玉』といっても、卵焼きのことじゃありませんよ。え? 何のことかって? お寿司屋さんでは、卵焼きのことをそういうんです。まあ、こんなのも覚えてたって意味はないんですけどね。ええと、何の話してましたっけ? ああ、玉石混淆ね。そう、みなさんは石みたいな食えないような連中じゃあありません。みなさんひとりひとりが大事な存在だってことです。今、世界は大変ですよね。アメリカではトランプさんが大統領になったりして。これから世界は変わるかもしれないですね。ええ、もっと、もーっと変わるかもしれない。その世界にとって、みなさんは必要なんですね」


 ばたっ。

 前に立っていた須藤さんが倒れた。


「えっ、あっ」

 僕はおろおろするばかりで何もできない。

 すぐに担任の伊藤先生が飛んできて、須藤さんを運び出した。

 

 大丈夫かな? 入学式でも須藤さんは貧血で倒れてたけど。

 僕はでもちょっと思う。こんな暑いところから抜け出して、校長先生の長い話を聞かずに済んだんだから、むしろお得なんじゃないかって。ううん、お得って言葉はちょっと変かな。でも、そんな感じ。

 隣の西崎くんもうんざりした様子だ。早く終わってほしいよ。


「おやおや、大丈夫でしょうか。でも、運がいいかもしれませんね。私の話を聞かないで済んだわけですから。あんまり話が長くなると、また倒れちゃう人も出てくるかもしれませんね。それに教頭先生にも怒られちゃいますから。本題を端的にお話しましょう」


 校長先生はぐるりと僕ら体育館の生徒たちを見渡した。


「いいですか、世界の始めには神がいました。私には髪がないですけれどね。って、そんなことはどうでもいいって? ええ、失礼いたしました。それでですね、その神様ユヨンゴ・ゲラゲラ様は、性格のわるーい神様に封印されてしまったわけです。でもですね、時は来ました。ユヨンゴ・ゲラゲラ様の復活です。私が今から言う呪文を聞いた人には、ユヨンゴ・ゲラゲラ様が見えるってわけです。ちょっと見た目はビビっちゃうかもしれないですけれどね」


 校長先生は何を話しているんだろう。

 みんなざわざわし始めた。

 教頭先生もおろおろしている。


「あんら・よんごご・ふらぬぬんわんわ・のるのるりるの・ほうせんがるいん・ほんほん・てる・あふらもお・ざほんがらわよ・よよらのん・すらがばほん・ほわんたてらん・よにみみひひ・ほたれぽほほあ・ありばむお・じふがんざせんが・いわあれ・ぞ・ほお・ほお・わわいれがんてらんみ・おいがわんざ・ざす・おい・ほお・せん・ら・れらん・ごご・みらぐゆ・んごんご・ざわがんれ・いんらふれぽい・あんらふれぽい・ざが・がざ・ざす・おい・ほお・せん・ら・ら・あう・あ・ざーれ」


 校長先生は満足そうな顔をしている。


「以上です」


「きゃああああああああああ!」

 そこかしこから悲鳴が上がった。


 校長先生の背後から巨大な何かが現れた。

 黒くて、ぐにゃぐにゃしてて、わけがわからない。

 でも……「歯」があるみたいだった。一本一本が数メートルもある、巨大な歯だ。


 その巨大な歯に生徒たちが……みんな……教頭先生も噛み砕かれていく。

 血が……ばらばらの手足が……内臓が……首が飛んで……


「田中くん、逃げよう」

 西崎くんがぼおっとしている僕の手を取った。


 西崎くんと逃げようとしたけれど、僕は血まみれの床のせいで滑って転ぶ。

 僕の間近に巨大な何かと巨大な歯が迫る。


「た、助けて……」

 ああ、もう駄目だ……。


 そのとき、校長先生の声が聞こえてきた。


「校長というのはいいものですね。みなさん黙って私の話を聞いてくれるのですから」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 見てしまった。 まじめに校長先生のお話を参考に小説を書こうとして参考資料を探していたらとんだ名作だった。 まさかお話の場をこのように使うとは思わなかった。 理解不能な呪文を放ち、その場にい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ