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侍女さん、困惑する


 祝賀ムードに包まれる城下町を抜け、王宮の敷地内へと入ったところでレインは馬を止めた。


 

「着いたよ、下りて」

「ありがとうございました。ではごきげんよう」

 

 丁寧に一礼し、くるりと方向転換して歩き出そうとするメルの腕を掴み、レインはすぐ近くにある建物の方へとぐいぐい引っ張っていく。

 彼女が向かおうとしていたのは王宮の端にある使用人棟、レインが今向かっているのは城をぐるりと取り囲むように建てられている騎士団の詰所のうち、彼の所属する第四騎士団用の建物だ。


 「ダメだよ。どうせ部屋に戻って着替えるだけでいい、なんて思ってるんでしょ。このままアレン先生に診てもらうよ」

「……アレン先生、ですか」

「おっ、苦手ですって顔してる。メルが顔に出すなんてよっぽど苦手なんだなぁ」

「そういうわけではないですが」

 

 はっきり否定しないということは、苦手だと認めたのと同意だ。

 


 アレン先生ことアレクサンドル・シェリアスといういささか発音し難い名前を持つの人は、今年36歳になる第四騎士団所属の医師である。

 

 騎士といっても王宮に詰めるだけが仕事というわけでは勿論なく、国境付近に駐在する者、辺境の地域に駐在する者、危険な魔獣などの討伐のために各地を巡回する者、などその役割は様々だ。

 近衛騎士以外はあらぬ癒着や馴れ合いを防ぐという意味合いもあって、定期的に担当区域を交代する。

 王宮に残っているのは全体の約四分の一ほどで、常駐する医師は怪我・病気・服毒などあらゆる場面に対応できるオールマイティな者に限られる。

 戦争や大規模な事故でもない限り精々日に十数人の診察で済むことが殆どであるため、ひとつの騎士団で毎日2,3人が勤務しているという状態が常であるらしい。

 

 アレンはそんな中、比較的若い世代の多い第四騎士団の担当医師として配属されているのだが、定期的に休みをとる他の医師とは違い、彼は王宮の使用人棟に住んでいるため大体いつ訪れても彼の医務室は【在室】の札がかけられているらしい。

 そのため、突発的な事故があった時はアレンの医務室を訪れろ、というのが第四騎士団のみならず全騎士団中の暗黙の了解であるらしかった。

 



「またあんたか、お嬢ちゃん。で、今度もまた付き添いはフェリシアの次男坊か?なんだ、痴話喧嘩でもやらかしたか」

「いや、痴話喧嘩で流血はないでしょ?」

「うちの親は普通にやってたぞ。兄貴達もむしろ当然のように見ていたが」

「「…………」」


 それはどうなんだと絶句するレインと、ほんの僅か呆れたように瞳を細めるメルヴェル。

 他人の家庭の事情に興味はないが、痴話喧嘩で流血沙汰が普通というのは充分異質である。

 それでもアレンの他に数人の兄弟がいるというのだから、喧嘩はしても結局夫婦円満であるということだろうか。

 いや、子供の前で流血沙汰になること自体問題だと言うべきか。

 他所様の家庭のこととはいえ、喧嘩や意見のぶつけ合いといった家族間のコミュニケーションの経験がほぼ皆無であるメルヴェルには、何が普通であるかいまいち判断がつかない。

 

「うちの話はどうでもいいんだよ。ほら、お嬢ちゃんは足を出せ」

「足出せって先生……」

「阿呆、出さなきゃ治療できんだろうが。お前もいつまでそこにいる気だ?年頃のお嬢ちゃんの生足拝みたいってんなら他所当たれ」

「いやその、それはさすがにないから。メルも冷たい目で見ないで、お願い」

「言い訳はいいから出てけ」

 

 出口はあっち、とご丁寧に指差されたレインは、はいはいと軽く答えて医務室を出た。

 といってもその場を離れるわけではなく、扉の脇で他の騎士が突然入らないか見張りをしてくれる気のようだ。

 その気配を感じたのか、アレンがふっと小さく苦笑した。

 

「自称友人だとは聞いたが、随分過保護だな。あれじゃまるで箱入り娘を気にする兄貴だ」

「兄、ですか……居たことがないのでその感覚はわかりませんが」

「あんたはなんでもかんでも頭で考えすぎなんじゃないのか?要はあいつやポール、クロードなんかが構ってくるのが嫌かどうかってそれだけだろ」

「…………」

 

 嫌かどうかと聞かれれば、決して嫌ではない。

 レインもポールもお調子者なところはあるが、彼女が最も踏み込まれたくない私的事情に関しては踏み込んでこようとはしない。

 冗談で済まされる範囲をきちんと踏まえた上で、一定の距離を置いてくれるその気遣いは正直心地いいほどだ。

 クロードにしても、それほど接触する機会はないが逢えば挨拶以上の会話はするし、時にそれがお説教めいた忠告になったとしても、押し付けがましくはないので彼女も自然に受け入れている。

 

(嫌じゃ、ない。だけど……困る)

 

 以前レインが言っていたように、騎士というだけで独身女性の間では『結婚したい男性』のランクが上位になる。

 ポールのような妻帯者にでさえ固定のファンがついているほどなのだ、独身でお年頃のレインやクロードになると相当数のファンがついている。

 噂では非公式なファンクラブがいくつかあり、特に貴族の令嬢ばかりで構成されたそれでは『抜け駆け厳禁』とばかりに様々な制約があるのだという。

 そんな中、ファンではない一介の侍女が親しく会話する、という状態はさぞや令嬢達の嫉妬を煽るだろう。

 令嬢に限らず、彼らに憧れて胸を焦がしている女性全てに睨まれるのはさすがに困る。

 


 メルヴェルが困り果てて俯くと、アレンはやれやれと言いたげに「手当てするぞ」と無理やり話題を戻した。

 

「怪我が見える程度まででいい、スカートを上げてくれ」

「はい」


 仕方ないなと腿の中ほどまでスカートを捲くり、挟んであった短剣と銃を取り外して手に持つ。

 そんなところに隠してりゃ当然だ、と大体の経緯が理解できたらしいアレンは溜息をついて消毒を始める。

 メルヴェルは手持ち無沙汰なのか、スカートの無事な部分で短剣についた血を擦って拭くと、ぐるりと室内を見渡した。


 「……随分と無防備ですね」

 

 呟いた声は小さく、『何が』という部分を欠いているためわかり難かったが、どうやらその態度でアレンには理解できたらしい。

 彼は一旦手を止め、そうだなと短く同意した。

 

「確かに、ここにはその気になりゃ凶器になり得るものが多くある。例えばそこの消毒液、包帯も随分丈夫だしなぁ。薬は使いようによっちゃ毒にもなる。今んとこ医務室のもんを悪用しようって馬鹿がいないだけで、こうも無防備なのは問題だな」

「はい」

「かといって、全部を棚の中に仕舞いこんじまったら非常時に困る。要はモラルを弁えたやつらばかりなら問題はないわけだな?」

「そうですね」

 

 常識的に考えて、医務室の備品は怪我の手当てや病気の治癒のために使う。

 その効用を逆手にとって悪用しようとする愚か者がいるとは到底思えないが、万が一騎士仲間や王宮の誰か、もしくはこの医務室の主、そのいずれかに殺意を抱いた者が簡単に備品を持ち出したなら。

 その可能性は高くはないが、皆無とも言い切れない。

 メルヴェルはその可能性を示唆し、アレンもそれを認めてみせた。

 

(このお嬢ちゃんが孤立してるってのはわかる気がするな。率直すぎるんだ)

 

 彼女に嫌がらせする者達は、皆この真っ直ぐな眼差しが怖いのだろう。

 己の醜い部分を見抜かれているようで、嘲られているようで、だから怖くなって彼女を排しようとしたり、遠くからキャンキャン吠え掛かったりする。

 その証拠に、己に恥じるところをもたないレインやポールのような者は彼女を嫌わない。

 クロードにしても、色々やりすぎだと頭を痛めることはあるが、頭から非難することはない。

 

 アレンにとってもこの己を飾らない少女は好感が持てる。

 年齢が20歳も離れていることもあり、父親が娘を見守るような感覚ではあるが目が離せないと思う。

 一言で言えば危なっかしいのだ。

 他人を頼ることを知らず、ギリギリまで自分の力でやろうとするから先日や今回のようにすぐに怪我を負う。

 それをいさめてやれる者がいればいいが、そこまで考えて彼はまた苦笑した。

 これではまるで本当に父親のようだ、と。

 



「よし、血は止まってるな。一応包帯は巻いておくが、傷が治るまでその物騒なもんは外しとけ」

「ですがこれは……」

「妃殿下に報告してやろうか?上から取り上げられるより自主的に外した方がマシだろ」

「…………はい」

 

 確かにこの怪我のことがレティシアの耳に入れば、怪我が治るまではお預けだと取り上げられかねない。

 自分のことで主を煩わせるよりは、とメルヴェルは仕方なく足につけようとした皮製のホルダーを横に置いた。

 その様子が拗ねた子供のようで、アレンの笑みを誘う。

 

(感情表現が苦手だとか言ってるが、こいつはただ『知らない』だけなんだろうな)

 

 彼女は甘え方を知らないだけなのだと彼は思った。

 余程厳しく育てられたのか、逆に放任だったのか、彼女は他人との距離感をはかりかねている。

 

 短剣の横に置かれた銃に、彼は目を留めた。

 東の島国で作られた珍しい金属製のそれは、手入れを欠かしていない証拠に銀色に鈍く光っている。


 アレンは多少魔術の痕跡を感じ取ることが出来る体質だ。

 故にこの銃にも、そしてメル自身にもなんらかの術式がかけられていることに気付いた。

 術士は基本的に数が少なく、その能力もまちまちだ。

 術式を装身具や武器に込められる者は城下の町にもいるが、貴重であるということはそのまま値段の高さへと結びつく。

 侍女の給料程度では、余程切り詰めなければ購入は難しいはずだ。

 

 そうまでして、彼女がこの実用性のあまりない高価な『玩具』に拘る理由はわからない。

 だが彼女の中では、そうする価値があるシロモノなのだろう。

 

「……そっちの銃は持ってていいんじゃないか。別に怪我もせんだろう」

 

 ぽつりと洩らしたその言葉に、メルヴェルは意外そうに蒼の瞳を見張り

 撤回されては適わないと思ったのか、「はい」とひとつ頷いた。

 


(この人のこんなところが苦手なんだ)

 

 見透かされている、と彼女は気付いた。

 アレンにしてみれば案外わかりやすいその感情の変化も、これまで周囲にいたレティシア以外の人間にとっては読み取り難く、『感情がない』とまで言われたことすらあった。

 しかしレインやポール、クロードなどは彼女を嫌うことなく近づいてくるし、このアレンという医師は彼女が抑え込んでいる感情などお見通しだというように先回りしてくる。

 そのくせ、踏み込まれたくない部分には踏み込んでこないのだから、拒絶することもできない。

 

「ところで……これは俺の単なる興味だから答えなくてもいいが」

「?」


 なんだろうと顔を上げると、その鋭い琥珀色の瞳が困惑気味に揺れている。

『興味』というからには個人的なことを聞かれるのだろう、そう警戒するメルヴェルにアレンは頭を掻いて「いや、違うんだ」と先にその可能性を否定した。

 

「あんたの事情に踏み込もうってんじゃない。ただその、なんだ……あんたにかかったその術式がなんなのか知りたいだけなんだ」

「先生は魔術の心得が?」

「いや。ただ職業柄、術の痕跡に少々敏感なだけだ。お嬢ちゃんの場合、王宮の術士に知り合いがいるって様子じゃなさそうだし、ってことはキサラギ氏の術なんじゃないのか?」

「……お見逸れしました。まさかキサラギさんをご存知だとは」

 

 言外に肯定したメルヴェルの言葉に、アレンはやっぱりなと頷いた。

 

 キサラギというのが、メルヴェルの銃をあれこれと改良したり術式を組み込んでくれたりした職人の名である。

 彼はその名の通り東国の生まれで、過去に何があったのかわからないが相当な人嫌いだ。

 商売人でありながら、彼は客を選ぶ。

 気に入った客でない限り店番に全て任せ、姿を見せない店主……彼自身が術士であると知っていたアレンは、実は自分も常連なのだと語った。

 

「で、術式は見たところそのピアスに組み込んであるようだな。そういや、前の時も守護の術式がどうのって言ってた気がするが」

「はい、同じものです」

「そうか。ちょっと見せてもらっていいか?」

 

 どうぞと僅かに首を傾げたメルヴェルの耳にアレンの指が伸びる。



 と、そのタイミングで廊下から怒鳴り声のような大声が響いてきた。

 一拍置き、ガチャリと開かれる扉。

 

「先生、悪いけど急患!」

「だから今は診察中だって……」

「なんだ、喧しい」

「…………」


 駆け込んできた若い騎士を止めようとレインも続いて診察室に入り、そこで見た光景に二人の視線は釘付けになった。

 

 医務室に男女が一組、片方はスカートを足の半ばまで捲り上げ、男は間近に椅子を寄せてその頬辺りに手を置いている。

 見ようによっては、今から口付けしますよという風にもとれるその体勢に、事情をなんとなく知るレインが呆れたが、先に入ってきた騎士はわかりやすくうろたえた。

 

「あ、あの、俺、よく考えたらそれほど酷い怪我じゃないし。てか打ち身だし。後で冷やしとけばいいだろうから、うん。お、お邪魔しましたー!!」

 

 挙動不審極まりない言動を残して駆け去って行った『自称急患』をぼんやり見送って、レインは「誤解されたなぁ」と呆れたように呟いた。

 

「てか何やってんの、先生」

「俺にやましいところはない」

「それはわかるけどさ……あいつ絶対誤解したよ?」

「そうか……悪かったな、お嬢ちゃん」

「いえ、私はいいのですが」


 むしろ困るのはアレンの方だろう。

 年齢差20歳の親子ほど年の違う男女の関係、となれば不利なのはやはり男性サイドである。

 もしかすると『アレン先生は少女愛好家だった』とあらぬ噂が流れるかもしれない。

 

 とそこまで説明してやると、アレンは不本意ですと言いたげに顔を顰めた。


「俺は心身ともに大人の女が好みだ」

「や、だからそれを俺に言っても仕方ないでしょうが」



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