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侍女さん、危機一髪


【一流】と名のつく付き人がいる。

 侍女であれ侍従であれ、性別年齢の区別なしに有能であると国が認めた者に与えられる称号のようなものである。

【一流】と名がついた者は、王族の世話を任される。

 幼い王子・王女から国王・王妃の世話まで、全て【一流】の名を持つ者に任されるのだ。

 


 有能であるか否か、それを決めるのは侍女長や侍従長であり、それぞれの主である。

 本来ならその者達の働きを審査し、その上で点数をつけ、一流に相応しいか否かを審議した上で国の判断を仰ぐのが筋なのだが……現在では残念なことにそこまでの労力は割かれていない。

 現在の騎士団がほぼ完全な実力主義であるのに対し、やはり王宮内では根強い権力主義がまかり通っている。

 王制なのだからそれは間違ってはいない、だとしてもその下につく者も貴賎きせんを問われるというのは問題であるかもしれない。

 例えば、『王妃様のお世話をするのだから当然貴族の子女に限る』……つまり貴族の子女イコール【一流】の名をいただく侍女・侍従である、という常識が成り立っているのだ。

 

 そういった優遇を受けた貴族の子女達は、当然の如くプライドが高い者が多い。

 中には控えめな者もいるが、そういったタイプは上についた名ばかり【一流】の先輩によって洗礼を受け、泣く泣く目立たない部署に追いやられるのが常である。

 

 



 メルヴェルに対しても、当然その『先輩方』からの洗礼は行われた。

 まずは様子見とばかりに建物の裏に呼び出され、王宮勤めの侍女の心得や【一流】の名を持つ者への接し方など、熱心に釘を刺された。

 しかしメルヴェルは表情ひとつ変えず

『懇切丁寧なご指導、ありがとうございました』

 と儀礼的な礼を述べただけで、あっさりその最初の洗礼をスルーしてしまった。

 

 これに対し、当然【一流】のお嬢様方は攻撃に出た。

 といっても、普段は護衛の騎士がすぐ傍に控えているため公にメルヴェルを非難したりすることはないが、陰では『先輩に従わない生意気な侍女』だとか『可愛げがないくせに騎士に取り入ろうとしている』だとか、彼女の行動を斜めに捉えた陰口を広めたりしている。

 レティシアの傍にいる時でも存在を無視されるのはもう当たり前だ。

 先日など王太子妃としてのお披露目式用にドレスを採寸している時に、わざとまち針を刺されたこともある。

 


 ある日は使用人部屋の化粧道具一式と鏡を持ち出され、探したら下水の中から見つかったということもあった。

 逆に、先輩侍女の一人が『財布がなくなった』と騒ぎたて、それがメルの部屋で見つかったということもあった。

 その時はあまりの騒ぎように護衛としてポールも同席したのだが、その際騒いだ侍女がこっそりポケットから取り出した財布を置こうとしていたのが目に入ったらしく、結局その場は勘違いでしたと渋々謝らせてうやむやのままに終わらせた。

 一応メルのいないところでポールが『そんなことはいけない』と言い聞かせたらしいのだが、それが更にメルヴェルへの逆恨みとなって先輩侍女の怒りに火をつけてしまったらしい。

 



 

「……なんか、悪かったな。あそこで侍女長に言いつけても結局誤魔化されると思ったんだが……まさか逆恨みされるとか、勘弁してくれって感じ」

「騎士団所属ってだけで侍女連中の目の色違うからなぁ。ほら、特に一流の人達って貴族の令嬢ばっかだろ?いい物件捕まえたいって必死なんだよ」

「ああ、それはわかる。って、俺は妻帯者だっつの。全く……いちいち色目使われちゃ仕事にならねぇよ」

「お二人とも。私も一応その『貴族の令嬢』であることをお忘れですか?」

 

 溜息交じりにメルヴェルがつっこんだことで、ポールとレインはそういえばそうだった、という顔で彼女を見た。

 

「まぁ、侍女殿は侍女殿だろ」

「うん、ああいうのと一緒には見てないよ。気にしなくていいって」

「……理解不能です」

 

 メルヴェルも『貴族の令嬢』だが、彼らにとっては【一流】の侍女と同じではないらしい。

 自分を認めてもらえているというのはわかるのだが、それをありがとうと受け入れる素直さはまだ彼女には足りていない。

 レインもポールもそういったところはあまり気にせず接してくれるから助かっているだけで、普通に考えれば【一流】の先輩方の言う通り『生意気』で『可愛げがない』態度だと言えよう。

 

「とにかく、レイン様もポール様もお仕事に戻ってください。特にレイン様のような家柄よし・独身・美形の騎士様とお話していると、ただでさえ燃え盛っているお姉さま方のひがみ根性に火薬を放り込んでしまいます」

「……どこからつっこんでいいのかわからないけど、辛辣だねぇ侍女殿は」

「当然です。お給料分も仕事をしていない人は尊敬するに値しません」

 


 と、こんなことを言っているからいじめの対象になってしまうのだが。

 被害者である当人が全く堪えていないので、これはこれでいいのだろう。

 むしろこの場合、ストレスに晒されているのはいじめている方である。

 


『彼女達』は、仕事をしている時以上に真剣に考えた。

 いかにして、あの生意気な侍女を陥れることができるのか、と。

 普段は主であるレティシアの目があるため、あからさまに嫌がらせしたりするのは限界がある。

 それなら、と一人が切り出した。

 


『明日はレティシア様のお披露目式。そこからいなくなればいいんだわ』

 

 




 お披露目式当日

 純白のドレスに身を包んだレティシアは、この日を境に正式に【王太子妃】として表舞台に立つ。

 これはそのためのお披露目であり、王太子との結婚式も兼ねていた。

 


「レティシア様、お綺麗ですわ」

「本当に。王太子殿下と並ばれたら一対の絵画のようですわね」

 

 あからさまなお世辞を口にする侍女達に愛想笑いを返し、レティシアは内心溜息をついた。

 彼女達が【一流】なのは、仕事の内容ではなく媚と愛想なのだということはわかる。

 だが彼女達の雇い主はレティシアではなく、王宮……もっと言えば国王だ。

 レティシアが勝手に解雇することも配置換えすることもできない以上、唯一絶対服従であるメルヴェルへの嫌がらせも見てみぬフリをするしかない。

 

 チラリと視線を黒髪の侍女に向けると、彼女は心得たように『大丈夫ですよ』と頷いた。

 侍女達がいかに不真面目であっても、己の主たるレティシアのお披露目式を恙無く進行するのが彼女達の役目であり、不備があれば己の失態として【一流】の名に傷がついてしまう。

 この機にレティシアを害そうと考える者がいたとしても、警護はいつも以上に万全の態勢をとっているのだからそれも心配はいらない。

 加えて、式が始まってしまえば仕事のないメルも群衆の中に紛れて密かに見張りをするつもりだった。

 それがわかったレティシアも『お願いね』とひとつ頷き、どこか浮き足立つ侍女達を伴って静かに部屋を出た。

 



 

 まずは王宮の謁見の間にて国王夫妻を前に婚姻を宣言する。

 それを国王が承認すれば結婚式は終了だ。

 その後馬車に乗り、城下町をぐるりと一回りパレードすることでこの結婚を国民に知らしめる。

 

 王太子と並んで馬車に座ったレティシアの姿に、群集は沸きたった。

 豪奢な金の髪の王太子、透けるような淡い金の髪の王太子妃、太陽と月光のようだと吟遊詩人は詠った。

 いずれ劣らぬ麗しさに、早くも次代の誕生が楽しみだと囁かれた。

 懸念された暴動も乱入もなく、パレードはつつがなく終わりを迎えた。

 


「…………?」

「おいレイン、どうした?これからが護衛の本番だ、呆けている場合じゃないぞ」

「……申し訳ありません」

 

(出迎えの中にメルの姿がない……真っ先に出てきそうなのに、何故だ?)

 

 祝福ムード一色で出迎えた侍女の中に見知った姿を見つけられないことに、護衛についていたレインは僅かな疑念を抱いた。

 しかし今の彼は王太子夫妻の護衛である。

 他に何か役目を貰っているかもしれない、と彼は気持ちを切り替えて晩餐会の警護につくために仲間の下へ急いだ。

 

 そのことを後悔するのは、城に入った後のこと。

 




 

(不覚をとってしまった……ああ、あそこで気を抜かなければ)

 

 メルヴェルは、暗い倉庫の中にいた。

 大事な主であるレティシアの晴れ姿を前に気を抜いた瞬間背後から襲われ、気が付けば見知らぬ薄暗い小屋の中。

 どうやらさらわれたらしいと気づき、彼女は寝たフリをしながら情報収集に努めた。


 幸いなことに、メルはあらゆる薬の効果が表れにくい体質であったため、嗅がされた睡眠薬の効き目も弱かった。

 そのお陰で、彼女がまだ眠っていると思い込んだ『雇われ者達』の会話を聞くことができたわけだ。

 彼らの会話から聞こえたのは、異動初日から嫌味の洗礼を投げつけてきた【一流】の先輩侍女の名前……とくれば、これがメルヴェル個人への攻撃であることは明白だ。

 



「おい、もう目を覚ましてやがるぞ。誰だよ、強力な薬だっつったのは」

「まぁいいじゃねぇか。どうせこれから散々可愛がってやるんだからよ、寝てて反応ねぇより精々啼いてもらおうぜ?」

 

 げへへ、ぐへへ、という下卑た笑い声に、メルは顔を顰めないようにするのが精一杯だった。

 どうやらこれはいじめの典型である『集団暴行』……しかも殴る蹴るではない『女性相手だからこその暴力』に訴えるつもりのようだ。

 同じ女性でありながら、否だからこそ、命じた者の卑劣さは反吐が出るほどよくわかる。

 

 状況を見極めている間に、男の一人がメルヴェルに近づいてきた。

 

「へぇ……見てみろよ。まだ乳臭ぇガキだとは聞いたが……顔のつくりは悪くねぇぞ」

「こりゃあ、益々啼かせるのが楽しみになってきたぜ」

「……お楽しみのところを申し訳ありませんが……その、」

 

 血が、と震える声で告げられた男達は、なんだなんだとメルの足元を覗き込んだ。

 確かにそこには、おびただしい出血の跡がある。

 その大半はスカートに染み込んで色を変えてしまっているため、言われるまで気付かなかったらしい。

 

 月のものか、と忌々しげに男の一人が吐き捨てると

 かまわないからやっちまおう、と他の一人がにやにやしながら言う。

 ああだこうだと言い合いした結果、金を貰った以上目的を果たさないとという結論に落ち着いたようで

 くるりと振り向いた男達の顔を見上げ、メルヴェルは仕方なさそうに小さく溜息をついた。

 

「……せっかく諦める機会を差し上げたのに。余程命が惜しくないようですね。残念です」

 




 

 

「ところでそこの貴方、メルヴェルの姿がないようだけど」

 

 晩餐会のための着替え中、レティシアのこの言葉を聞いたレインはやはりそうかと先程の疑念を蘇らせた。

 出迎えにいなかったとしても、他の役目を任されていたのだとしても、彼女が忠誠を誓う主がそれを知らないわけがない。

 

 レインは扉越しにそっとレティシアにその旨訊ねるが、メルヴェルは群集に紛れてパレードを見に行った後ここに戻ってきているはずだと言われ、今度は侍女を一人捉まえて話を聞いてみる。

 途端挙動不審な態度になった彼女を更に問い詰めると、自分は悪くない、脅されただけだと言い訳しながらも、先輩侍女の仕出かした馬鹿げた誘拐劇の一部始終を語ってくれた。

 

 事情を聞いたクロードはこんな大事な時にと額を押さえつつ、レインに全てを任せる、と解決を命じた。

 いくら生まれが子爵家だからとはいえ、侍女一人に対し騎士団を動かすわけにはいかない。

 しかもこの日は王太子妃のお披露目という大きなイベントが行われているのだ、警護の人手を割くわけにはいかなかった。

 

 そんな兄の苦悩を「大丈夫だから」と軽くかわし、レインは教えられた隠れ家へと駆け出した。

 



 

「メル、無事?」

「遅いですよ、レイン様。捕り物ならもう終わってしまいました」

 

 床に転がる男が5人。

 いずれ劣らぬいかつい男が後ろ手に縛られ、よだれを流して意識を他の世界へと飛ばし、中にはズボンをびっしょりと濡らした者までいる。

 

颯爽さっそうと助けに入れなかったのは残念だけどさ、なにやったの?」

「男性としては屈辱的なことを少々」

「……ああ……」

 

 女性に屈辱を味合わせようとしたのだから、男性として屈辱を味わってもらった、そうメルは言う。

 それなら当然のお仕置きだ、とレインも苦笑した。

 ただ、同じ男として彼らの感じただろう例えようのない苦痛は理解できるな、と少し同情しつつ。

 

「さて、と。後は憲兵に任せるとして、晩餐会までに戻ろうか。立てる?」

「問題ありません」

「ってメル、なにこの血。スカートびっしょりなんだけど」

「ああ、それは……」

 

 彼女はまず、後ろ手に縛られていた両手首を開放すべく、隠してあった短剣を足の動きだけでどうにかベルトから抜いた。

 そして音を立てないようにそっと体をずらして手の位置にまで移動させると、それで手の拘束を切った。

 その際深く切れてしまった部分から出血したため、それを『月のもの』と勘違いしてもらうためにスカートにわざと染み込ませたのだという。

 

 これにはレインも呆れるやら頭痛を覚えるやら。

 城に戻ったらすぐに治療することと言い置いて、彼は悪夢のような惨状を抜け半ば無理やりメルヴェルを馬に同乗させることにした。

 


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