クロード、空回る
閑話、クロード視点
「報告します。先日の公爵令嬢襲撃の件ですが、会議での決定通りの処分が行われたことを確認いたしました」
「ああ、ご苦労」
アイシス男爵令嬢マーガレットがアスコット公爵令嬢レティシアを殺害せんと企んだ件について、首謀者であるマーガレットは投獄の上処刑されることが既に決定している。
父であるアイシス男爵は爵位剥奪と財産没収をした上で、妻と共に国外追放処分されることとなった。
本来なら直系の家族は皆処刑とされてもおかしくないのだが、そこは王太子妃が決まったという祝い事の公表を控えていることもあり、永久追放という罰で留めておくことで意見は一致したらしい。
「ところでクロード、レティシアの侍女が怪我を負った件だが」
「はい。場所が後宮内だったこともあり、騎士団の対処が遅れたとのこと。侍女殿には申し訳なく思っております」
「そうか。まぁ謝罪なら本人にするといい。それとな、レティシアの方から侍女にも武器の所持を認めて欲しいと嘆願が来ているんだ。お前ならどう判断する?」
後宮の主かもしくは年配の既婚者しか入ることを許されない女の園。
その中で女主人を護るために、身辺の世話につく侍女は例外的に武器の携帯を認められている。
だがここは王宮、しかも生粋の王族である王太子の居室の隣に居を構える妃の侍女が武器を持つとなると、全く話は違ってくる。
王宮内なのだから、扉の前までは護衛の騎士がつく。
部屋の中まではさすがに警護できないまでも、周囲は万全の警護で臨んでいるのだからそうそう危険なことなどありはしない、はずだ。
だが、とクロードは考える。
後宮内に男性が入れないからという盲点をついて、今回の襲撃は計画された。
そのことで、武器を持たない侍女が怪我を負った。
その場に居た弟の話を聞く限りでは、メルヴェルは主を護ろうと男爵令嬢のナイフの前に己の身を差し出し、その手を捻り上げて拘束したのだという。
『ナイフに毒が塗ってあったこともちゃんとわかってた。護衛としてはかなり有能だと思うけど?』
今の騎士団は実力主義で成り立っている。
貴族の子息が多いこともあり以前は権力主義の者が幅を利かせていたらしいが、今の騎士団長に代が替わってからは平民出身だろうと貴族の令息だろうと『実力があれば出世できる』という評価システムに変わっている。
身分を気にして逸材を見逃したくない、というのが第一騎士団から第四騎士団までの四人の騎士団長全員の意見だった。
しかし騎士団に女性は入れないのだから、いくら実力があってもスカウトするわけにはいかないし、彼女も【侍女】という枠を超えることはできないはずだ。
【護衛】は騎士の仕事であり、侍女の仕事ではないのだから。
とにかくレティシアの願いとはいえ、それが理に適わないレベルであるなら王太子といえどすっぱり断るはずだ。
それをクロードにあえて聞いているということは、王太子としては認めてもいいと思っているのだろう。
クロードは王太子付きの近衛騎士として考えた……もし自分ならどうだろうか、と。
護衛の術に長けた侍従がいたとして、その者がレオナルド殿下を護るためにと武器を携帯していたら。
(その者が信頼に値するのなら、共に王太子殿下を護ろうと誓うだろうな)
要は、メルヴェルが信頼に値するかどうかということなのだ。
そして、主であるレティシアは彼女に信頼を置いているらしい。
となればなにもクロードがあれこれと考える必要はない、彼が悩むべきはそのことが騎士団内部で波乱を引き起こさないかどうか、それだけだ。
己の意見を率直に伝えると、レオナルドは「わかった」と満足げに頷いた。
「ところで、その肝心の護衛だが誰をつけるつもりだ?間違っても侍女に敵意を燃やすような愚か者は配置してくれるなよ?」
「そんな愚か者は騎士団にはおりません、と申し上げられないのが辛いところですが……ひとまず我が弟、レインに打診しようと考えております」
「レイン・F・フェリシアか、なるほどな」
「身贔屓を差し引いても実力はある男ですし、先日の事件にて侍女殿を医師の元へ運んだと報告を受けております。あれなら、無闇に敵意を燃やすこともないかと存じます」
今年25歳になるクロードには、32歳と29歳の姉、そして23歳になる弟がいる。
姉は二人とも嫁ぎ、レインはクロードを追う様にして騎士団へと入った。
実力は彼の言うように騎士団の中でもかなりのもので、体格もいい。
性格は真っ直ぐ……と言えば聞こえはいいが、23歳になる今でも時折子供のように無邪気な面が見え隠れするのは、兄として騎士団の先輩として問題だろうと頭を抱えている。
そんな弟だが、先日の襲撃事件の際は怪我を負ったメルヴェルに手を貸し、騎士団常駐の医師に診せたのだと報告を貰っている。
その時は周囲の誤解を招かないようにとわざわざ既婚者である同僚の手を借りてまで醜聞を防ごうとしたのだから、彼なりにメルヴェルを気に入ったのではないかと思われる。
それが異性としての興味であったなら、別の意味での危険を感じ候補から外しただろう。
しかし、話を聞く限りではとてもそうは思えない。
まるで同性の友人に対するように、レインは彼女の身のこなしを褒め称えていたのだから。
「もしレインがこの話を受けるようなら、後の人選はあれに一任しようと考えておりますがいかがでしょうか?」
「騎士に関しては異論はない。ただ、その襲ってきた令嬢の件もある。後宮を出たからとはいえ、他の令嬢の動きにも目を配らねばならんしな。相手が誰であろうと気を引き締めるようにと伝えてくれ」
「はっ、承知致しました」
後宮など興味はないと言っていた少し前までの王太子と今のレオナルドは大違いだ。
嫌々ながらも試験に立会い、やはり頭の軽い貴族の女はダメだと9人目までは悲観にくれていたレオナルドはしかし、最後の10人目で運命の出会いを果たしたらしい。
最後の一人が運命的な相手だった、というのは実に物語的で出来すぎな気はするが。
それでもこれまで妃の話題に耳も貸さなかった王太子が積極的になってくれたのは、専属近衛であるクロードにとってもありがたい。
「ああ、あの『天使様』の護衛の話?いいよ、なっても」
「『天使様』?」
「月光のような淡い金の髪に新緑の瞳をした女神様……天使のような王太子妃候補レティシア様のことだよ。知らないの?」
仮にも王太子の妃となる令嬢を『女神様』『天使様』と称するのは、悪いことではない。
崇拝するのはいいことだ、その度が過ぎなければ王太子であっても見逃してくれるだろう。
この勢いではファンクラブができそうだが、それはいいことなのか諌めるべきかまだ判断はつかない。
王太子妃至上主義という過激派が現れなければ、さして問題にもならないはずだが。
「実際、天使様を護衛したいってやつは大勢いるんだろ?けど、天使様に傾倒しすぎてるやつが護衛じゃ、色々間違いが起こらないとは言い切れない。騎士だって人間なんだし、なにより男だしね」
レインの言うことは、クロードが心配していたことそのものだった。
彼の言う通り、レティシアの護衛につきたいと願い出る騎士は大勢いた。
その中には使命感に燃えている者もいるだろうが、憧れや崇拝の気持ちを持って名乗りを上げている者も多いはずだ。
【主】に剣を捧げて忠誠を誓うのが騎士なのだ、そしてそれはまかり間違うと独占欲にも変わる。
自分は主のもの、そしてその自分が護る主も自分のものなのだ、と。
騎士はその力を持って主を護るが、それが護るためではなく真逆の目的で揮われたら最悪の結果になりかねない。
だからこそ、現段階においてレティシアに傾倒していそうな者は護衛候補から外すことにしている。
(尤も、話に聞く侍女殿の実力なら騎士が暴挙に出ても防いでくれそうだが……)
それはそれで騎士として情けないことである。
「まぁそれに、あの侍女さんもいるでしょ。天使様に傾倒するもの同士ってなったら火花が散りかねない。侍女さんはともかく騎士がそれやっちゃまずいしね」
「なんだ、やけに侍女殿を評価しているな」
「兄さんも見ればわかるよ。あの素早い身のこなし……女性だとか侍女だとかそういうの差し引いても手合わせしたいって思ったからさ」
「……頼むから問題は起こすなよ」
兄のその願いは、しかし叶わなかった。
数日後、部下が持ってきた報告書を読んでクロードは執務室を飛び出した。
「レイン・F・フェリシア、王太子妃殿下専属侍女殿に挑戦状を叩きつけたというのは真実か?」
「うわ、なに兄さん。空気が凍り付いてるんだけど」
「真面目に答えろ」
クロードがブリザードを纏っていたのは、ひとえにこの弟がしでかしたことへの怒りのためだ。
こうなるとただでさえ怜悧に見られるその美貌が、研ぎ澄まされた刃のように鋭く危険なものへと変わってしまう。
彼に憧れる女性達でも耐えられるかどうか……あまりの迫力に卒倒されてしまうかもしれない。
そんな兄の怒りを感じ取り、レインは背筋を伸ばして部下モードに切り替わった。
「王太子殿下専属近衛騎士殿にお答えいたします。確かに、私ことレイン・F・フェリシアは王太子妃殿下専属侍女メルヴェル・クレスタ殿に騎士として勝負を挑みました」
そんな名前だったのか、と部屋のあちこちから声が上がる。
クロードも一瞬そう思ったが、とにかく今は侍女殿の本名よりも弟のしでかしたことを追及する方が先だ。
「……報告書によれば、それを拒絶した侍女殿を無理やり襲ったとあるが?」
「『必要性を感じません』と侍女殿が拒絶されたので、その背後から殺気を向けたのは事実です。さすがですね、彼女は。反射的に主を護ろうと扉を背に庇いましたから」
(あぁ、それは確かにいい反応だ。……いや、そうじゃないだろう)
レオナルドから許可が下りたとはいえ、メルヴェルはまだ武器を返してもらっていないはずだ。
丸腰の、しかも女性に対して背後から殺気を向けたとなると、護衛の騎士としても男としても問題である。
もし彼女が丸腰でなかったなら、今頃怪我を負わされていた可能性も否定できない。
レインはあくまで『挑戦』という軽い気持ちだったのだろうが、侍女にしてみれば主の部屋の前で殺気を向ける相手はイコール敵であるのだから。
それに何より、護衛につくレティシアに対しても申し訳ない。
「…レイン・F・フェリシア。今回のことは王太子殿下にも報告した上で訓告処分とする。次はないぞ」
「はっ、寛大なご処置に感謝致します」
「……担当を外れることになっても文句は言えんぞ」
「だよねぇ。ごめんね」
わかっている、彼はその噂の侍女殿の実力を実感したかっただけなのだ。
その上で『共に護ろう』と誓いたかったのかもしれない。
いくら護衛とはいえ、始終べったりはりついて主を護ることはできない。
室内や移動する馬車の中など、すぐ傍に控え主を護るのは侍女の役目なのだ。
多少軽いところはあるが、レインが騎士として出来た男なのは騎士団長の保証つきである。
今回のことは、辺境に出て留守にしている騎士団長にかわって騎士団を預かるクロードの監督不行き届き、ということで済ませるしかない。
それでもレティシアが不快な想いをしたのなら、人選をやり直す必要があるだろう。
きちんと書いてきた弟の反省文と自分の報告書を手に、クロードが訪れたのは王太子の執務室。
ちょうど休憩時間だったのか、珍しくレティシアを呼んでお茶会らしきものを催していたのには心底驚いたが、邪魔をしたかと早々に引き上げようとしたクロードはしかしレティシアに呼び止められた。
「ちょうど良かったですわ、クロード殿。護衛についてくださっている弟君のことでお話ししたいことがありましたの」
「弟といえば、先日はそちらの侍女殿にご迷惑をおかけしたと聞いております。大変申し訳ございませんでした」
「ええ、確かにあれは問題のある行動だったと思いますわ。ですがあの後きちんと謝罪は受けましたし、なによりあの子……メルと仲良くなろうとしてくれているのが嬉しくて。あの子は誤解されやすい性格だから、お友達になってもらえるならありがたいと今殿下とお話ししていたところですのよ」
「レティシアがここまで言うんだ、レインをチェンジするなんて言うなよ?クロード」
どうやら兄が散々悩んで『人事変更案』を考えている間に、ちゃっかり者の弟は当人とその主に詫びを入れた上に頻繁に侍女殿とコンタクトをとっていたらしい。
これは弟をもう一度問い質す必要があるなと考えながら、クロードは始末書と共に持ってきた人事案を廊下でそっと破り捨てた。