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侍女さん、先輩侍女に物申す

 

「ねぇ、メル。最近お茶会に呼ばれなくなったわね?皆さんどうしておられるのかしら」

「はい、レティシア様。皆様それぞれ勉学に勤しんでおられたり趣味に精を出したりされていると聞き及んでおります」

「ふぅん…………実情は?」

「数日後に迫った殿下へのアピールタイム対策で髪を振り乱しておいでのようですよ」



 この国の成人年齢は15歳、王太子は2年前に成人の儀を迎え現在17歳だ。

 王族の慣わしとして成人と共に後継者として定められる立太子の儀も済ませ、王子レオナルドは次期国王として国民に披露された。

 幸いなことに国王には他に男子はおらず、王太子の2歳年上である姉もすでに他国に嫁いでいる。


 王子が王太子となったのを機に、国内中の貴族から我が娘を妃にと大量の絵姿が届けられた。

 とはいえ15歳といえばまだまだ遊びたい盛り……先延ばしにしたいと渋るレオナルドに対し、国王は臣下の不満が募らぬようにと妃候補者を数人選ばせた。

 公爵令嬢から男爵令嬢まで、総勢10名。

 ここ数代の国王が皆側室を設けなかったため機能していない後宮に彼女達を住まわせ、定期的に王太子と交流させる中で妃を決めさせようという狙いがあったのだろう。



 レオナルドは確かに定期的に【後宮】に通った。

 だがそれは親睦を深めるためではなく、あくまで儀礼的なものだ。

 一つ一つの部屋を訪れることもなく、彼は時折茶会や食事会を催して令嬢達と顔を合わせ、それが済めばさっさと帰っていく、その繰り返しだった。


 半年経った頃から、令嬢達の中に不満が生まれ始めた。

 一年経った頃から、令嬢の親達から国王に対して不満が寄せられ始めた。

 ある程度の期間において妃が選ばれるかと思えば、王太子はダラダラとただ期限を引き延ばすだけで一向に本腰を入れて妃選びに取り組もうとしていない。

 それではせっかく候補者として名乗りを上げた娘達が、適齢期を過ぎてしまう……その不安に基づいた焦りが、国王に意見するという暴挙に現れたのだろう。


 それ故国王は王太子に命じた。

 1ヶ月以内に妃候補の中から気に入った者を選ぶように、と。

 その命令をもっと早く出してくれていれば、と内心呆れはしても堂々とつっこめる者は勿論誰も居ない。

 結果、2年の長きにわたって引き伸ばされた王太子の妃選びのため、急遽『アピールタイム』というイベントが開かれることになった。

 王太子の前で、己の自慢できるものを披露せよ、というのだ。


 貴族というものは、裕福であればあるほど労働とは縁遠くなる生き物である。

 メルヴェルは特殊な例であるとしても、ここへ候補として呼ばれている令嬢達は着せ替え人形のように何から何まで他人にやってもらって当然という環境で育ってきた。

 何もせずとも【貴族】であるという身分だけで充分、と育てられてきたのだ。

 そこへきて『自分をアピールせよ』と言われ、令嬢達は慌てふためいた。


 


 実のところ、10人の中で最もレベルが高いのはうちのお嬢様 ───── レティシア様だろう、とメルヴェルは確信していた。

 透き通るような金の髪はサラサラとゆるく波打って腰まで届き、ぱっちりとした二重に縁取られたエメラルドの瞳に薔薇色の頬、肌理キメの細かな白い肌。

 あと数年もすれば身につくだろう色気を差し引いても充分に美しく、尚且つその辺の令嬢と比べて彼女は度胸があり理知的だ。

 今更付け焼刃の勉強をしたりやったこともない刺繍に四苦八苦しなくとも、ダンスは超一流、歌えば女神の如く、ついでにお菓子を作る腕も一級品なのだ。


(レティシア様は私の恩人なのだから。これで選ばれなかったら王子の趣味を疑うな) 


 6年前、メルヴェルが森の中で偶然助けた公爵令嬢は彼女を『侍女に』と家に招いた。

 こんな小娘がと最初は不審の目を向けてきていた公爵夫妻も、一度外で襲ってきた暴漢数人を彼女が一人で片付け、縛り上げ、ついでに余罪も自白させた上で警邏隊に突き出したのを知り、多少の畏怖と共に絶対的な信頼を寄せるようになった。

 レティシアはメルヴェルを護衛としてあちこちに連れ出し、メルヴェルはレティシアや邸の者達から貴族としての礼節や侍女としての嗜みなどを学んだ。

 家にいたのでは決して知ることができなかった世界を見せてくれたレティシアには、一生かかっても返しきれないほどの恩がある。



 その恩人たるお嬢様は、他の候補者からの『お茶会の招待』と称した地味な嫌がらせがなくなったことを残念がるような口調で「暇ねぇ」と呟き、お茶を所望した。


 家から連れてこられる侍女は一人だけ、ということでメルヴェルは護衛兼務としてレティシアに付き従った。

 本来なら持込の許されない短剣などの武器の携帯を認められているのもそのためだ。

 後宮は王族と一部の許された上層部以外の男性は立ち入ることができない。

 後宮の警護は騎士が担当するが彼らも部屋までは立ち入ることができないため、日常令嬢達の身辺警護は護身術の心得のある侍女が行うことになっている。

 といっても、有事の際は身を挺して庇うくらいのレベルだ。


 そんな中、もしこの持ち込まれた護身用の武器で刃傷沙汰が引き起こされてしまった場合……主も侍女も責任を問われ処罰を受けることになる。

 妃候補達は我こそはと互いに牽制しあってはいたが、今のところ公に処分されるような問題が起こっていないのはひとえにこの【牽制】による適度な距離感があったからかもしれない。




 少しして、お茶と茶菓子を載せたトレイを押して茶色の巻き髪が可愛らしい侍女が入ってきた。

 ポットから紅茶を注ぎ、それがレティシアの前にコトリと置かれたのを見て、メルヴェルが動いた。


「失礼致します」

「ちょっ、あなた何を」

「お毒見です」

「それなら先程厨房で済ませてありますわ、失礼なっ!」


 眉を吊り上げるお茶担当侍女を他所に、そ知らぬ顔でメルヴェルはカップを手に取り一口だけ小さく口に入れた。

 途端、形のいい眉が顰められる。


「…………ミーナ殿、この香りの茶葉は昨日まではなかった物。一体どちらからの頂き物ですか?」


 カチャリと優雅にカップを戻すと、メルヴェルはミーナと呼んだ茶髪の侍女を冷ややかな眼差しで見据えた。

 ただでさえ普段から無表情だの愛想が足りないだの陰口を言われ続ける侍女仲間に睨まれたミーナはビクリと身を震わせ、赤くなるやら青くなるやら忙しい。


「なっ、あっ、しっ、」

「……?困りましたね、侍女たるものきちんと『人の言葉』を話していただかなくては」

「しっ、失礼にもほどがありますわっ!!変人子爵令嬢の分際でっ!この茶葉は私が伯爵たるお父様に買っていただいた高級品。断じて毒など入っておりません!」

「私は『昨日まではなかった香り』だと言っただけで、毒だとは言っておりませんよ?それとも、毒入りなのですか?」


 無表情のままコトンと首を傾げるメルヴェルは怖い、直接的に怒りを向けられるより遥かに怖い。

 とここで、レティシアが「その辺でやめなさい」とやんわり仲裁に入った。


「ごめんなさいね、ミーナ。この子、私のことが好きで好きで堪らないらしいの。だからちょっとのことで過敏に反応してしまうのよ」

「……いいえ、気にしておりません。お嬢様にお気遣いいただくなんて勿体無いことですわ」



 感情的になった私も悪かった、とはミーナは言わない。

 実際みっともなく騒いでいたのはミーナ一人で、メルヴェルはただ『お茶の香りが違う』と指摘しただけだ。

 それをさらりと庇ったレティシアは女主人としてはさすがとしか言いようがないが、この伯爵家出身の侍女は救いようがない。


(バカだわ……)

(バカですね……)


 主従して同じことを思っているとは露知らず、ミーナは改めてお茶を淹れ直しレティシアの前に置いた。


「そうだ、お詫びにミーナも一緒にお茶に付き合ってちょうだい。最高級の茶葉なのでしょう?一人で飲むなんて味気ないわ」

「いいえ、お嬢様とお茶をご一緒するなどそんな恐れ多いことでございます」

「あら、私がいいと言っているのよ?こんなにいい香りのお茶ですもの、きっと味も最高級の名にふさわしいものに違いないわ。それなら冷めてしまう前にいただかなくてはね。さ、座って?」

「いいえ、いいえ!私如きがお嬢様とお茶をご相伴するなど……滅相も御座いません!!」


 必死になって頭を振るミーナの横で、縦巻きツインテールがぶるんぶるんと大きく揺れる。

 当然ぺしぺしとその顔に縦ロールが往復ビンタを繰り返していて、女主人もその侍女も笑いを堪えるのに苦労している。

 レティシアの方が『笑い』である一方、メルヴェルの方は『嗤い』であるという違いはあるが。


 先程まで驕り昂ぶって格下のメルヴェルを見下していた伯爵令嬢は、公爵令嬢の誘いを全力で拒否している。

 その態度だけで『お茶には仕掛けがありますよ』と自白しているようなものだ。


 レティシアは口元だけで優雅に微笑んで、「そう、残念だわ」とあっさり引き下がると少し冷めてしまった紅茶に口をつけた。

 そのままコク、と一口飲む。


「あら、いい香りね。メル、これが高級品の香りよ。覚えておきなさいな」

「失礼致しました、レティシア様。記憶に留めておきます」

「んー……本当に美味しいわ。ごちそうさま」


 カチャリ、とカップをソーサーに戻してもう一度完全無欠な微笑みをひとつ。


「私もお父様に頼んで同じ茶葉を買っていただこうかしら。ねぇミーナ、これはなんというお茶なの?とても美味しかったから是非教えていただきたいわ」

「…………」

「ミーナ?どうしたの、顔色が悪いわ」

「いっ、……いいえ、私は」


 存じません、と続いた言葉は酷く掠れていた。

 顔色も青を通り越して死人の如く真っ白だ。

 彼女をここまで怯えさせた原因は、レティシアが件の『問題ありなお茶』を飲み干してけろっとしているからだろう。

 これでは疑ってくださいと言っているようなものだ。


「そうなの、残念だわ。今度伯爵様に聞いておいてちょうだいね」

「は、はい」

「本当に顔が真っ白よ、ミーナ。お茶はもういいわ、下がって休みなさいな」



 よろよろとお茶担当の侍女が退出したのを見ると、女主人は「さて」とメルヴェルを見やった。


「教えてちょうだい。黒幕は誰?」

「見た限り、彼女が他の候補者と連絡を取り合っている様子はございませんでした。他の侍女との縁続きや城外での密会なども考えましたが、他の候補者ならばこの大事な時期にこんな直接的な手段に訴える可能性は低いと考えます。加えてミーナ殿は伯爵令嬢……ならば候補者に選ばれず侍女として王宮にあがったことへの嫉妬と怨恨と考える方が妥当かと」

「私を殺しても、自分が候補になれるわけではないのにね。愚かだわ」

「……理性ではわかっていても感情が時にそれを凌駕するものですよ、我々人間というのは」


 常に冷静で滅多に感情を露にしない侍女の言葉に、レティシアはぱちくりと新緑色の瞳をみはった。

 彼女の忠実な侍女がこのように感情論を口にするのは非常に珍しい。

 もしメルヴェルが感情のたがを外してしまうとしたら、それは何がきっかけなのかとそんならちもないことを考えかけて、無意味なことだとその思考を追い払った。

 今は裏切る心配のない侍女よりも、裏切った……否、元よりレティシアに忠誠を誓っていなかった侍女の処遇について考える方が先だ。



 基本、メルヴェル以外の侍女をレティシアは信用していない。

 特に彼女のいないところでメルヴェルを蔑む発言を繰り返しているらしいミーナには注意していたので、彼女が伯爵家から何かを取り寄せたことを知りすぐにそれを実家である公爵家に頼み調べてもらった。

 そして同じ茶葉を差し入れという名目で送ってもらい、メルヴェルにこっそりすり替えさせたのだ。

 それが毒入りであったことは、送り返した茶葉を調査して判明している。


 もしミーナをこのまま放っておいても、彼女は近いうちに暇乞いとまごいしてここを去るだろう。

 実家に戻るか違う場所に働き口を求めるか、いずれにしてもレティシアの命をこれ以上狙ってくる可能性は低い。

 なら放っておくかとそういうわけにもいかない。

 今回は偶々露見したからいいようなものの、未遂であっても公爵令嬢を害しようとしたという事実は裁かれて当然の罪状なのだ。

 レティシア当人はここ後宮の住人であるため動けないが、早々に馬脚を現したことを公爵家に伝えれば証拠を揃えた上でミーナの実家である伯爵家を辺境に追いやることくらいは可能だろう。


 

「それにしても……レティシア様も後宮での振舞いがお上手になりましたね」

「うふふ、そうでしょ?今後どうなるにしても身につけておいて損はしない技能ですもの。でもメルの助言があったからよ」


『ああいう勝手に仕掛けて勝手に自滅する輩に一番効くのは、反撃ではなく無視です』


 

 翌日、体調が悪いからと侍女を辞して実家へ戻ったミーナの話を聞き、メルの言った通りだったわね、とレティシアは嬉しそうに微笑んだ。



 その後かの伯爵家は自ら爵位を返上し、辺境の地に夜逃げ同然で引っ越していったと社交界でささやかな噂が流れたが、すぐにその名はどこからも聞かれなくなった。




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