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侍女さん、主のもとを離れる

 

【落ち人】とは、その言葉通り『他所から落ちてきた人』のことである。

 他所というのはこの場合、異なる世界を指す。

 この世界に魔法と言う概念はなく、故に他の世界から『何か』を召還する術もない。

【落ち人】は専ら術の暴走や時空の歪みという偶発的な要素によってこの世界に落ち、その原因故もとの世界に帰れなくなった哀れな異世界人なのだ。


 不運にもローウェルの内乱に巻き込まれた【落ち人】はサクラという名の20代の女性だった。

 彼女は最初こそ戻れない事実を嘆いたものの、すぐに己が迷い込んだ世界の危機に目を向け、己の知識が役立つならと非力な身で革命陣営に協力したのだという。




「と、まぁ……些か綺麗に纏まっちゃいるが、その【落ち人】が隣国の内乱に貢献したってのは事実らしい。で、だ。さっきヴィルから連絡があってな、そのサクラとかいう【落ち人】が暫く城下の宿に滞在するんだと」


 今回の訪問は公の使者としてではなく、かといって一般の旅行者扱いでもない。

 彼女はローウェルの国賓であることに変わりはないのだからと、持たされていた通行証は国家元首自らが発行した特別製であるらしい。

 それ故、レグザフォードでも彼女の扱いをどうすべきかと議論された。

 隣国の国賓であるならないがしろにはできない、いくら本人が望んでいても『それじゃごゆっくり』と完全放置することは無理なのだ。

 かといって仰々しく王宮に招くとなると、ある程度彼女の身分を周囲に明かす必要が出てくる。

 結局、ヴィルフリートの手配した馬車で王宮入りしたサクラは、国王夫妻と王太子夫妻に極秘扱いで挨拶をした後すぐに退出、裏門からこっそりと城下の宿へと移動したのだという。


「何もこそこそする必要はないと思いますがね」

「ニコルの言いたいことはわかるが、目立ちたくねぇんだとさ。幸いこっちじゃ倭国からの移住者も黒髪も珍しくねぇ。旅行者としてあちこち見て回りたいってんだから、そうさせてやりゃいい」

「波風を立てず穏便にお引取り願おう……ですか?それが陛下のご決断なら従いますよ」

「まぁ、そういうこった。ヴィルが条件として護衛をつけることを了承させたんだ、野放しってわけじゃねぇからいいだろうが」


 暢気そうには見えるが、グラディウスも無警戒というわけではないらしい。

 突然この世界に降ってわいた【落ち人】を自称する女性とその護衛数人、その背後に国家元首の影があるのだから、何かあれば通行証の発行元であるローウェルの責任として今後国交問題になることは明白だ。

 漸く国が復興の兆しを見せ始めた時期にわざわざそんな問題を起こそうとする可能性は低い、だが放置するわけにはいかないから護衛と銘打った監視はつけさせてもらう……そんな意図を含んだヴィルフリートの提案を呑んだということは、サクラという【落ち人】も己の立場を理解できてはいるのだろう。



「……嫌な予感しかしないんだが、護衛には誰を推薦したんだいグラド」

「お前の予想通りさ、トレーズ。やっぱ女の護衛は女に限るだろ」

「クレスタ嬢か……彼女の腕は認めるが、愛想が欠落しているのはどうにもいただけないね。別の意味で国交問題にならなければいいが」

「そう言うと思ってな、めちゃめちゃ女ウケのいいヤツをパートナーに指名してやった」

「女性ウケがどうとかいう問題ではないだろう、グラド」


 トレーズの危惧は尤もなことだ。

 もしメルヴェルのとった態度にサクラが傷ついたとして、それをローウェルに戻って報告されれば事と次第によっては抗議されかねない。

 とはいえ、そこまで大人気ない相手だとは聞いていないし、もしそうなら気難しいヴィルフリートがある程度の信頼を置くはずもないのだが。


 だからといって『女ウケのいいヤツ』をつけたというグラディウスも極端すぎるが、もしそのパートナーが問題を起こしたらどうするつもりなのか。

 女ウケがいいとはいえ、メルヴェルはそんじょそこらのご令嬢とはあれやこれやが色々規格外だ、あちらの使者と問題を起こさずとも、メルヴェルと問題を起こされてはそれこそ国の威信に関わってくる。


「ああ、大丈夫大丈夫。あいつなら女ウケがいい上にあの嬢ちゃんとのコンビネーションだってそれなりだ。フォローも得意で気遣いもできる。まさに騎士のお手本みたいなやつだからな」

「ちょっと待ってください、グラド。その言い方ではもしや……今この時期に近衛騎士を王宮から離すなど、狙ってくださいと言わんばかりじゃないですか」


 王太子妃レティシアが出産した子は男児だった。

 それを知った国王夫妻は大いに喜び、一時は国を挙げてのお祝いムードに包まれたものだ。

 幸いなことに王太子には他に王位継承を争う強力なライバルもおらず、他国からの侵略や横槍も現段階では可能性が低い。

 気をつけるべきは国内だが、それ故王宮内では下女・庭師に至るまでの徹底的な身元管理がなされ、レティシアや御子の口に入るものは事前に数人の審査を経て、という実に今更ながら当たり前な管理体制が敷かれている。

 身元審査もコネや紹介などで適当に済ませていたこれまでが甘かったんだ、とは積極的に改革に取り組んだ王太子の弁である。



「だぁから安心しろって。ちゃんと陛下や王太子殿下の許可もいただいてある。あいつが抜ける間は俺達騎士団長組も出来る限りフォローに入る、ってな。ってことだお前ら、トレーズ以外はしっかり働いてもらうからな?」

「そこは私も協力させてもらうが……だが、よりにもよって彼をつけるか……」

「仕方ねぇだろ?あの嬢ちゃんとまともにコンビ組めそうなのはフェリシア兄弟と後はポールか、それくらいだ。そのうち、弟のレインと同僚のポールは妃殿下直属で離れられねぇ。なら、王太子殿下の直属ではあるが兄の方はまだ自由が利く。妃殿下と違って、王太子殿下はそこそこ自衛に長けてらっしゃるからな」

「とはいえ…………また思い切った人選を」


 目立つでしょうに、とニコラスは顔をしかめる。


 そう、以前『術具店キサラギ』の店番である老女も言っていたが、クロードはとかく目立つ容姿をしている。

 貴族であろうと平民であろうと、老若男女彼に憧れ絵姿を買い求める者が多いというのだから、彼を連れて街を歩けば「目立ちたくない」という件の迷い人も悪目立ちしてしまいはしないか。


「そこなんだがな。実は妃殿下からいいアドバイスをいただいたんだ」

「妃殿下から?」


 護衛にクロードを推薦したいのだという話が出た時、レティシアもその場にいたのだが、彼女は以前後宮で行われた王太子妃選抜試験でレオナルドが試した方法はどうかしら、と提案してきた。


『あの時、殆どの候補者はその術中に嵌りましたわ。でしたら効果は保証されたようなもの。さすがに()()()()()お相手は殿下というわけには参りませんけれど』


 今ではもう笑い話のネタになってしまったあの試験の時の罠……それを妻に皮肉られてしまったレオナルドは、苦笑いしながらそれはいいねと応じて見せた。

 ただし、今回姿を変えるのは目立たず騒がれず、背格好と年齢のよく似た平凡な顔立ちの青年で、と条件をつけて。


 そしてグラディウスが見つけてきたのは、図書室に勤務する『すれ違って挨拶をしても忘れられることの多い、影の薄い平凡顔の司書』といううってつけの文官。

 彼には念のためこの護衛の期間中は王宮内に部屋を用意して引きこもっていてもらうことになり、その間クロードは彼の顔を借りて護衛を務めるということで話は纏まった。



 さて、どうにか人選が決まってホッと一息ついた騎士団側はさて置き。

 大事な主であるレティシアから【落ち人】の護衛を言いつけられたメルヴェルは、表面上全くわからないが地味に落ち込んでいた。


 10歳でスカウトされてからずっと、彼女の護るべき主はレティシアだった。

 王太子妃となった後はそこに王太子という存在も付け加えられ、めでたく御子が生まれた後はその子も護衛対象として加わった。

 だが彼女にとって何より優先すべき主はレティシアただ一人。

 そんな彼女の元を暫く離れ、漸く治安の落ち着いた隣国からの来訪者を護れと命じられた彼女は、命じたのがレティシア当人でなければ不敬罪と罵られても断り続けていただろう。



「まぁその、なんだ。メル殿も色々不満はあるだろうが……」

「……いえ、それほどでは」

「隠してもわかる。妃殿下のこととなると、意外と顔に出やすいな」

「そう、ですか……」


 それはすみません、とメルが謝ると、名も知らぬ平凡顔の青年に顔を借りたクロードは、困ったように眉根を寄せた。


(あぁ、他人の顔を借りてても表情は変えられるのか……)


 便利な、とメルはふとその姿変えの術の有用性について考えた。

 今回は顔だけレンタルという形ではあるが、以前レオナルドとクロードの間でやっていたように、体ごと相手の姿を写し取るという術をかけていたなら、その人物は誰にでも好きな者の姿を一定時間纏うことができる、ということだ。

 それはつまり、王族や高位貴族が護衛もつけずにお忍びで街を歩くこともできるし、逆に平民が高貴な方の姿を借りて王宮に入ることもできる、ということ。


 有用性よりも、悪用されはしないかという方が彼女にとっては心配だ。

 今から会う相手は異世界からの迷い人であり、そんな術があることすら知らないだろうが、もし知られたらどうなる?

 彼女はあの堅物騎士団長ヴィルフリートが認めた人物だ、だがその護衛の者はどうだろう?


 幸い、その術を使えるのは王宮にいるお抱え術士ただ一人だと言うが……キサラギの例もある、もし高位の術士が悪意を持った者に雇われでもしたら。

 もし以前の茶会のように、その高位の術士の使う札を真似して使おうという者が現れたら。


 相当に深刻な顔をしていたのだろう、さすがに心配になったクロードがその顔を覗き込み、「メル殿」と名を呼んで意識を戻させる。


「考え込むのはいいが、考えすぎると堂々巡りになってしまわないか?」

「…………はい」

「あまり気にするな。とにかく、この期間中は毎日顔を合わせることになるんだ。何かあれば相談して欲しい」

「そう、ですね」


 できる内容のことなら、と付け加えられた一言に、彼は「メル殿らしい」と小さく笑った。



 と、そんなやりとりをしているうちに、指定された宿屋の前に着いた。

 宿の横に立っている30代くらいの男性が、黒髪と茶髪の男女二人連れに目を留めて来い来いと手招きしてくる。

 どうやら不審人物を通さないための見張りらしい。


「ヴィル様の使いで参りました。お嬢様にお逢いしたいのですが」


『いいか、宿に入る前に見張りの兵士に合言葉を告げるように。キーワードは二つ。【ヴィルの使い】と【お嬢様にお逢いしたい】だ。絶対に忘れるなよ』


 設定としては、サクラは第三騎士団長ヴィルフリートの客人であり倭国から来たお嬢様、メルヴェルとクロードはヴィルフリートに命じられて世話役と護衛として派遣された、ということになっている。

 国王の賓客となれば大騒ぎになってしまうが、ヴィルフリートの個人的な客人であれば「ああ、だからお付きの人がいるのか」と思われる程度で済む。


 ヴィルフリートに教えられていた合言葉を告げると、兵士らしき男は「お待ちしていました。どうぞ」と踵を返した。

 その後に続こうとして、ふとクロードが自分を見下ろしているのに気づき、メルヴェルは道を譲るように一歩身を引いた。

 が、彼はそれでも動こうとしない。


「どうかされましたか、クロード様」

「その、名前なんだが……私の名はどこにでもある名前だから呼ばれても構わないが、さすがに様付けはどうだろうか?我々は同じ使用人という設定だろう?」

「そう、ですね……」


 ですが困りました、とメルは僅かに顔をしかめた。


(ヴィルフリート様の使用人として来ている以上、同僚のクロード様相手に畏まるのはおかしい、か)


 正騎士であり侯爵家の人間であるクロードに対してなら畏まってもおかしくはない。

 だが、今の設定では騎士団長ヴィルフリートの命を受けて派遣された使用人二人なのだから、その使用人相手に畏まりすぎるのはおかしい、という意味だろう。



 とはいえ、メルヴェルは誰に対しても敬語を崩さない。

 否、崩せないと言った方が正しい。

 今回は任務であるため、崩せないと我侭を言うわけにもいかず、彼女は少し逡巡してから妥協点を探して口を開いた。


「あの、敬語は癖のようなものなので……」

「あぁ、それ自体は構わないと思うが」

「…………クロード、とお呼びした方がいいのでしょうか?」


 躊躇いながらも呼び捨てにされたその名前に、彼は一度目を瞬いてから「もう一度」と促した。

 そして「クロード」と今度は迷わず呼ばれた名に、それでいいだろうと目を細める。


「では、私もメルと呼び捨てさせてもらう」

「はい。ご随意に」

「ほら、また硬くなる」

「クロードも充分硬いと思いますが」


 それで平民設定は無理がありますね、と指摘されたクロードはムッとした顔で考え込み……それもそうかと納得した。


「では、騎士団の下っ端だということにしよう。騎士であれば言葉遣いが硬くても不信感は持たれまい」


(下っ端、という雰囲気では既にないんですが……)


 それは言わない方が良さそうだ、とメルヴェルは少し早足になりながら先を行くクロードの後を追いかけた。



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