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侍女さん、謎を抱える

 


 王太子妃と倭国の一の姫の茶会は、穏やかな空気を纏いゆったりと進んでいった。

 二人とも一国の要人である前に女性であるからか、話題はレティシアと王太子の馴れ初め話に始まり、妃選抜試験の話題へと移り、そこで彼女が着た民族衣装の話から倭国独特の文化について、と話が弾んでいく。


「【キモノ】という衣装はデザインに左右されるドレスとは違い、着こなしひとつで凛々しくも艶めいても見られるものだと、実際に着てみて初めて気づかされましたわ。ですが聞くところによるとあの【キモノ】を数枚重ねて着こなす技があるのだとか。倭国の女性は小柄だとお聞きしましたが、重くはないのでしょうか?」

「それは十二単のことじゃな。公式行事の際は妾も着るが、確かにあれは重い。その上に金属製の冠を被るのだから、貴族の娘は体力がなくば務まらぬかもしれぬの」


 初対面時に比べれば、一の姫の口調はかなり砕けている。

 レティシアもいつになく雄弁だ。

 このまま何事もなく終了してくれれば、後は明日の帰国を待つばかりである。

 こっそり仕掛けた守護の陣が『気休め』程度で済んでくれるのなら、護衛役としても侍女としてもそれに越したことはない。


 が、現実はそう甘くはなかった。



 突如テーブルを取り囲むようにゆらりと立ち上った薄紫のカーテン……否、それが空気の壁であったとわかったのは、バチッと何かが弾かれた音が静かな庭園に響いたからだ。

 何事かと殺気立つ騎士、胡乱げな眼差しで立ち上がる一の姫、眉を顰める王太子妃。

 そんな中、結界が発動したのだと気づいたメルヴェルだけがレティシアを庇うように体勢を変え、それを見て異変を感じ取ったレインやポールも一の姫やレティシアを背に庇う形で周囲を睨みつけた。


『一度だけ攻撃を防ぐ』という役目を果たした結界はふわりと空気に溶け、クリアになった視界に映ったのは土の上に落ちている一枚の紙切れ。

 そしてそれを木の陰から見ている一対の瞳。


 メルヴェルの視線に気づいたその人物が背を向けるのと、彼女が構えた銃が弾を撃ち出すのとどちらが早かったか。

 パシャンと派手派手しいピンク色の液体が【賊】らしき人物の頭からかかったところを見ると、狙いは正確だったらしい。

 いざという時の追跡用にとキサラギに勧められたその【着色弾】は、皮肉なことに買って早々出番となってしまった。


 派手なピンク色の背中を追うのは騎士達に任せ、メルヴェルは落ちていた紙をまじまじと眺めた。

 それはキサラギの店でも見たことのある符に似ていたが、何と書いてあるのかまではさっぱりわからない。


「……粋なことをしてくれるのぅ。余程我が国に喧嘩を売りたいようじゃの、この賊は」


 ハッと視線を上げると、一旦城内に避難していたはずの一の姫が、いつの間にかすぐ側で手元の符らしきものを覗き込んでいた。

 姫はメルヴェルに視線を合わせ、反射的に礼をとろうとしてくる彼女を「よいよい」と手で制すると、ニッと悪戯っぽく微笑んでみせる。


「そなた、キサラギを知っておろう?」




(そうか……キサラギさんは倭国の術士、その国の姫君が知っていても不思議はない)


 理由わけあって国を飛び出してきたとはいえ、あれだけ効能のある札を作れる術士なのだから、王族の耳にもその名が届いていて何の不思議があろうか。

 しかも一の姫の口調からは、名だけでなくある程度の顔見知りであるというニュアンスも伝わってくる。

 ここは言い逃れせずに、メルも素直にそれを認めた。


「はい。存じ上げております」

「じゃろうな。その銃……骨董品的価値もあって我が国でも出回っておるが、白銀色しろがねのものはキサラギの作品のみ。あれは息災のようじゃの、少し安堵したわ」


 どうやらメルヴェルがそれなりに銃を使いこなしていることから、キサラギがメンテナンスしていることまで見抜いたらしい。


(これはキサラギさんの作品だったのか……)


 彼にメンテナンスを任せているのは事実だが、さすがに祖父に売りにきた東国の商人がキサラギの作品を扱っていたとは初耳だった。

 道理で銃を見せた時驚いたわけだ、と今になって思い返して納得する。


 と、そこでひとつ疑問が湧いて出た。

 この銃はメルの祖父……つまり先代のクレスタ子爵が道楽で集めた骨董品、だったはずだ。

 ならば


「恐れながら」

「なんじゃ?」

「……キサラギさんは、おいくつなのでしょうか?」

「…………さぁのぅ?妾が幼い頃からふてぶてしい大人の風体であったのじゃ、少なくとも四十(しじゅう)は超えておるはずよの」

「…………」


 倭国の住人は総じて童顔だと言うが、その倭国の特徴をあまり備えていないあのキサラギにも、どうやらその条件は当てはまるようだった。




 それはともかく、と一の姫はごほんとわざとらしく咳払いをして、話題を戻す。


「あれは力の強い術士での、城で召抱える手筈を整えておるうちに逃げられてしもうたのじゃ。キサラギが国を出たのは、あれの人嫌いを甘く見ておった妾の所為かもしれぬ。そう思うと不憫でな……」


 キサラギが倭国を出てわざわざレグザフォードでひっそり店を開いていたのは、どうやらそういう経緯があったようだ。

 確かに彼は相当の人嫌いで客も選り好みする。

 そんな彼を城で召抱えよう、国のために働かせようとしたなら、いくら愛国心があったとしても嫌気が差して逃げ出してしまうのは仕方がないのかもしれない。

 個人的な誘いなら断れば済むが、一国の要人の誘いとなれば断るという選択肢はないに等しいのだから。


「そうそう、その符のことじゃったな」


 一の姫は気持ちを切り替えるように表情を引き締め、ついっと『虫が這ったような不可解な模様』の上を指でなぞった。


「キサラギを知っておるならあの奇妙な店番のことも知っておろう?あのばばは【ヒトガタ】という。術式を込めた符を人に似せて動かしておるらしい。これも同じ……否、良く似せた劣化品じゃがの」

「では、守護の陣が弾いたのは【ヒトガタ】であったということでございますか?」

「うむ。弾かれた程度で符に戻るなぞ、劣化品の証拠じゃ。それに我が国の文字をよく真似てはいるが、見るものが見れば文法も用法も間違っておる。これでよくも【ヒトガタ】を発動させられたものよ」


 どうやら一の姫は、直接攻撃されたことに対してではなく、このお粗末な作りの符に対して『我が国へ喧嘩を売っている』と憤っているようだ。


【ヒトガタ】の符を作りたければ、何も倭国の文字を真似せずとも自国のオリジナルで作ればいい。

 なにをどう利用してどのように工夫するかは術士次第だ、言い換えればセンスが問われる職業であるのかもしれない。

 それをわざわざ倭国の文字を真似、よりにもよってその国の将来的なトップの目に触れるかもしれない状況でぶつけてきた。


 そこから推測できるのは二つ。

 自分の作品に絶対的な自信を持ち、倭国の攻撃だと誤解させることで二国間を仲違いさせたがっている者の仕業。

 もしくは、そう誤解させたがっている他国の仕業と見せかけたい、倭国の者の仕業。

 ローウェルの宣戦布告か、レグザフォード内部の反乱か、倭国の裏切りか。

 いずれの可能性もゼロではない以上、判断材料がこれだけではぐるぐるとした堂々巡りに終わってしまう。


 メルヴェルがあれこれと思索をめぐらせていることに気づいた一の姫は、手に持っていた符をそっと差し出した。

 持っていろ、ということだと判断したメルヴェルは跪き最上級の礼をとったまま押し頂くように受け取る。


「力のある倭国の術士ならば、それがどの国の作品なのか見抜けるかもしれんが……ここにはおらぬからな。始末はまかせたぞ」

「畏まりました」


 暗に『預けるからキサラギに見せて来い』と言われたことがわかり、彼女は感謝を込めて深く頭を垂れた。




 場が落ち着いてしばらくしてから、賊を追っていった騎士達が帰って来た。

 その最後尾にいたレインはメルを見つけると足早に駆け寄り、話せることだけになるけどと手短に報告してくれる。


「ド派手ピンクの男……捕まえたはいいが自決したよ。どうやら最初から捨て駒扱いだったみたいだな」

「そうですか」

「わかったことと言えば、倭国風の服を着ていたことと、術士本人じゃなかったことくらいかな」

「術士ではなかったのですか?」

「死体をざっと調べたアレン先生がそう言うんだから間違いないと思う。しかも……っと、ここから先は機密事項だから言えないんだった。悪いな」


 いいえ、とメルヴェルは頭を振った。

 要人二人を狙った攻撃、となれば個人的な恨みというレベルを超えている。

 これは多かれ少なかれ国同士の事情が関わってきているはずであり、そこへきて賊が自決したこと、倭国のものと思わしき服装だったこと、これだけでも充分に国家機密に関わる情報であると言える。

 更にレインがあえて『機密事項だから』と他にも何かあると明かしたということは、何らかの重要ポイントを見つけたということだろう。

 ここまで明かしてもらえるだけでも彼女の扱いが特別なのは良くわかる、それ以上をと望むのは【侍女】の立場では無理だ。


 だから彼女は知らない。

 賊の死因でもある猛毒は、隣国ローウェルが産地である植物から採取できることを。

 その植物の保有する毒を毒薬としてだけではなく薄めて薬としても使用しているのは、隣国だけだという事実を。

 彼女自身が行けないからと符を預けたクロードが、キサラギから符の出所は隣国だと明かされたことを。



【敵】はローウェルである可能性が高い。

 だが、そうと断定するには与えられた情報がわざとらしすぎる。

【敵】は混乱を狙っているのか、それとも明らかな宣戦布告をして愉しんでいるのか。


 そんな中、独自の伝手を辿って隣国を調べていたヴィルフリートが奇妙なネタを持ち帰り、王太子レオナルドに報告した。

 曰く……『近々隣国で革命が起こるだろう』と。


「革命とはまた今更という気がするが」

「これまでは国王の恐怖政治に対し警戒しつつ様子を見ていたらしいのですが、最近になって反国王派が水面下で頻繁に会合を開いているようです。私の調べたところ、中心人物は宰相……その背後に【落ち人】がいるらしいことまでは突き止めたのですが、それ以上は残念ながらわかっておりません」

「【落ち人】だって?ローウェルが【落ち人】を保護したなんて話、初耳だな」

「はい。本来、【落ち人】を保護した段階で各国に報告する義務があるのですが、ローウェルはそれを怠っていたということか……もしくは国に保護されていない【落ち人】かもしれません」


【落ち人】とは、その言葉通り『落ちてきた人』を意味する。

 望むと望まざるとに関わらず、この世界と隣り合ったもうひとつの世界からある日突然人が【落ちて】くることがある。それを便宜上【落ち人】と呼ぶのだ。

 本来なら政に関わったりしないはずの【落ち人】がローウェルにいて、更に国家反逆を企てている宰相と共に在るという情報は、有益を通り越して危険極まりない。


「わかった。【落ち人】に関してはひとまず置いておこう。ローウェルと今回の賊に関しては父上に報告する。まぁ暫くは様子見という結論になるかもしれないが、ヴィルフリートには引き続き調査を頼みたい」

「承知しました」



 王太子レオナルドが予告した通り、後日国王が下した結論は『動きがあるまでは様子を見る』という無難なものだった。

 賊がはっきりとローウェルの手の者だとわかっていたなら何らかの手段で抗議する選択肢もあっただろうが、あくまで可能性が高いというだけで断定するには至っていない。

 それなら警戒を強めた上で、計画されているという革命行為の成否を見守った方がいいだろうという意味合いである。


 様子見、と決まってからはほぼこれまで通りの穏やかな日々が続いた。

 レオナルドとレティシアの夫婦仲は睦まじく、お腹も徐々にではあるが存在を主張してきている。

 体調を気遣ってか公務は減らされ、厳重な警護の中一日、また一日と何事もない日常が過ぎていった。


 そんなある日のこと


「国王陛下に申し上げます!隣国ローウェルにて宰相を中心とした革命が発生、国王は倒れ王城は革命の同志によって占拠されたとのことにございます」


 普段の沈着冷静な態度はどこへやら

 彼にしては珍しく慌てふためいて駆け込んできたヴィルフリートは、誰もが言葉を失う驚愕の事実を告げた。


 悪政で名高い現国王が革命の下に倒れた。

 それを成した宰相以下革命の同志達は、王城を一時的に占拠して混乱の対処にあたっているらしい。


 実は最初の『様子見』を決めた暫く後に、ヴィルフリートの部下がローウェルの革命組織から手紙を預かってきた。

 内容は、『この国は跡継ぎもなく現国王は精神に異常をきたし始めている。諸々の事情を鑑み、王政を廃し民主制をとることにしたのでご了承いただきたい』というものだ。

 要約すると、王政を否定しているのではないから怒らないで欲しい、という意味合いである。

 レグザフォードはその事情をある程度知っていたこともあり、口出しはしないが邪魔もしないという『様子見』スタンスを貫くことにした。

 継続してヴィルフリートやその部下を送り込んで探らせ、必要があれば最低限物資の支援はする、という程度だったが、それはどうやら周辺の他国も同じであるようだった。

 国としては手を出さないが、個人としてこっそり支援するのは咎めない、回りくどいがそんな方法をとったわけである。


「とにかく、先方が落ちつくまでは様子を見るしかあるまいな」


 その国王の一言に、異を唱える者は誰もいなかった。



 ローウェル王国

 小国ながら豊穣な土地とそこから採れる様々な特産物を売り物にしていたかの国の【王国】としての歴史に終止符を打ったのは、政治の中枢を取り仕切る宰相その人だった。

 だがその陰に、助言者として【落ち人】の存在があったことを知る者は少ない。

 その【落ち人】の提案により、かの国は王政を捨て『民主国家』として生まれ変わろうとしている。


 民が指導者を選び、民の意見を広く取り入れ、民の意思により指導者の是非を決める、実現すれば理想的な政治体系になるだろう、そんな国を目指してローウェルは動き始めた。


 歴代【落ち人】の中でもトップクラスの偉業を成し遂げた当人が、このレグザフォードを訪れ

 メルヴェルの周辺に小さな嵐を伴って確実な変化をもたらすのは、その少し後の話。




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